アクチュアリー・インターンシップのES

今日はアクチュアリーインターンシップのES(エントリーシート)の書き方について考えてみたいと思います。

きっかけは、教えてgooOKWave)の
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6106055.html
とそこでリンクされている
https://docs.google.com/document/pub?id=1bEmUER4vglY1_L7-J2-wkQqtGYU2X2XJAgveFfatLL4

ご質問者(rewさん)は、アクチュアリーインターンシップの申し込みを考えているらしく、ES(エントリー・シート)に関するコメントを求めています。


もちろんそちらで答えてもよいのですが、
(1)この内容がご本人だけでなく、それ以外の読者の方にも資する内容であること。
(2)アクチュアリー関連に限定すれば教えてgooをご覧になっている方よりこちらのブログをご覧になっている方が多いのではないかと考えられること。
(3)制限の字数を超過すると考えられること。*1
(4)後でも述べるようにアクチュアリーとして必要な資質の一つの「情報収集力」があると考えられ、ご本人がここに辿りつかれない場合は、「ご縁がなかった」と考えられること。
などの理由でこちらに記載することといたします。

(2010/8/25 追記:その後、rewさんが、Twitter上相互にフォローしている方だと(ご本人のTweetで)分かりました。やはり、「ご縁があった」模様で、こちらに書いて良かったと思った次第です。)


 また、私自身が向こうでここへのリンクを張ることは規約違反なのでいたしません。*2

0.表現上の問題

これは全般的にいえることですが、いくつかの表現で改善すべき点があると思われます。例えば
○「シュミレーション」→「シミュレーション」
○「アクチュアリーという職務を通じて自身の強みを最大化し、…」アクチュアリーの仕事をしていると数理的能力etcが更に増進するのでしょうか?「アクチュアリーという職務を通じて自身の強みを最大限生かし、…」といった意味でしょうか?
○「下記に示すように、」→「下記」とは文字通り「下に記す」だから「下記に示す」だと「下に記し示す」と2重表現(「馬から落馬」の類)の恐れがあるので整理したほうがよいでしょう。


1.「アクチュアリーに必要だと思われる能力」について

rewさんが挙げられた3つ「数理的能力」、「コンピュータリテラシー」及び「説明能力」以外に(あるいはそれ以上に)大事なものとして、
情報収集力
があると思います。

http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20100531
でも述べたように、アクチュアリーの2次試験は「情報戦」という面もあり、また、実務においても情報を収集し活用することが強く求められると考えます。(これらは、最近では、主にインターネットを使って行われるので、「コンピューターリテラシー」と共通する部分もあるのですが)

また、rewさんの場合は、「英語力」もアピール可能と考えます。
外資系は別として)英語そのものが業務で必要になる部門は必ずしも多くないのですが、海外の動向(ソルベンシーIIやIFRS等)に関する情報収集において英語力があるのとないのとではその効率が大きく違ってくるからです。
rewさんの場合は、「米国カリフォルニア大学留学」経験があるので、それなりの英語力があると考えられるので、それを、例えばTOEIC、TOFEL等のスコアや、英検等の合格実績(があればそれ)を示せばよいと考えます。

(2010/8/25 追記:rewさんのTwitter上でのプロフィールでは、TOEIC、TOFELのスコアとも相当のものでした。)

2.「何故左記の能力がアクチュアリーに必要なのか」について

「計算やシュミレーション*3の際にエクセルを中心としたソフトウェアを使うため」
という部分で、エクセルは、アクチュアリー業務では基本的なツールで実際によく使うことは間違いがないと思うのですが、「中心」といってよいかどうかは議論があるところだと思います。
更に、その右にある
「・物理学実験、金融勉強会、他社アクチュアリーコースインターンシップでのデータ処理作業においてエクセルを駆使した経験がある」
などの表現を読むと、rewさんが、
エクセル以外のソフトウェアに思いが至っていないのではないか?
と危惧されます。
例えば、
○十万件単位(以上)のデータだとエクセルでは困難*4なのでアクセスを使う
○それよりさらに大きな百万件単位(以上)のデータだとアクセスでも厳しい*5ので、さらに別の方法を考える必要がある
といった具合です。
また、
○将来収支分析のようなものは、エクセルやアクセスなど汎用のツールでは難しく、専門のソフトウエア*6を用いることが少なくない
し、更には、
○文書や資料を作る際にはワード、パワーポイントなどが使われることもある
といった要素もあります。

もちろん、学生・院生さんの段階でこれらすべてのソフトウェアに習熟することは不可能だし、また、その必要もありません。将来、どんな新たなソフトウェアを導入することになるかは全く予想できないので。

ただ、未体験のソフトウェアを扱う際には、エクセル等での既存のソフトウェアでの経験は当然役に立つはずだし、それはアピールしてよいのですが、
「エクセルを駆使した経験がある」
だけでは具体性に欠けると考えられます。
例えば、
○VBAは使ったかどうか?使った場合、どのようなコードを書いたか。
○アドイン、関数その他の機能でどのようなものを使ったのか?
等を書くと「駆使」のレベルが分かってよいのではないかと考えます。

3.「左記の能力が私の強みであるといえる証拠」欄について

上記の「エクセルを駆使した経験」でも述べたことですが、表現に具体的・定量的な記述が不足していると思われます。
例えば、
○「高校時代に全国模試で数学の偏差値が80を超える」というのはどのような模試か。偏差値などは母集団の質によっていくらでも変動するので、模試の中身をしめさずにこのような偏差値だけ表現することにそれほど意味があるとも思えません。また、「超える」のは1回だけの現象か、それとも常時超えていたのか。これが例えば「○○大模試」(○○にはいわゆる難関大学名が入る)といった難関大学の受験予定者ばかりを集めた試験での結果であればアピールの価値もあるのかも知れませんが…
○「大学・大学院においてシュミレーション*7プログラム開発している」という部分は、プログラミング言語ソースコードの行数などの具体的な情報があったほうがよいと考えます。
○「米国カリフォルニア大学留学中」
「カリフォルニア大学」とは大学群をさす
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%A2%E5%A4%A7%E5%AD%A6
ので、
例えば、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)といった具合に「○○校」の部分まで示すのが普通だと考えます。

(2010/8/25 追記:rewさんのTwitter上でのプロフィールを拝見するとUCSC(University of California,Santa Cruz;カリフォルニア大学サンタクルーズ校)に留学されていたことが分かりました。)

4.表の下の文章について

アクチュアリーという職務を通じて自身の強みを最大化し、貴社の企業価値上昇に大きく貢献していけると考える。」
で前半については上記のとおりですが、
それが自身の強みを最大限生かすこととしても、後半の「貴社の企業価値上昇に大きく貢献」につながってきません。
ごく乱暴に言えば、「企業価値上昇」の主な手段は、「収入を増やす」and/or「支出を減らす」なのですが、具体的にどのような手段で企業価値上昇を考えているのかが見えてきません。

5.研究内容について

下の方で、「現在大学院でコンピュータシュミレーション*8の為の数理モデリングを研究」とあるのですが、これも違和感があります。
「コンピュータシュミレーション*9」はあくまでも手段であり、目的ではないはずです。
何らかの意味で解明したい自然現象・社会現象等があり、その手段(の1つ)としてシミュレーションがあるのだと思います。

6.「インターンシップで感じたいこと」の記載

このエントリーシートでは最初の質問の
「今回のインターンシップへの応募動機、インターンシップで感じたいことなど自由に述べてください」
とあるのですが、「応募動機」(もっと言うと、自己のアクチュアリーとしてのPR)がメインで、
インターンシップで何を知りたいか」
という点の記述がないようです。
もちろん当該インターンシップは、就職活動の選考の前段階なのだもと考えられ、アクチュアリーとしての適性をアピールされるのは大いに結構なことだと思われますが、あくまで、建前は「アクチュアリーの職務疑似体験」のはずであり、実際に、会社側にアクチュアリーの仕事の中身を知ってもらいたいという動機もあるはず(学生・院生さんと会社側とのミスマッチを避けるため)なので、そのリクエストはしたほうがよいのではないかと考えます。
rewさんの場合は、他社で同様のインターンシップに参加していることを表中に書いているので*10、他社のインターンシップで更に知りたいと思った点等を書けばよいのではないでしょうか。
あるいは他社のインターンシップのご経験がない、あるいはそれを書かないほうがよいと判断された場合は、先輩のアクチュアリーに聞いてみたいこと等を書くのもよいのではないかと思います。


以上いろいろとケチをつけたのですが、
ここまでのエントリーシートを書くのは相当大変
だったと思います。
この方は、アクチュアリーに必要な特に「説明能力」を挙げてその理由を
数学的に算出された結果を、数学に馴染みのない人に対してもわかりやすく説明できる必要があるため
としている点は大いに評価すべきと考えられます。*11
自分が学生のときには、このようなインターシップはなかったはずですが、もしあったとしてもここまでのものが書けたかどうか自信がありません。

(余談)「アクチュアリーの業務で、特に興味があるもの」の項

rewさんは、恐らく「責任準備金の計算」というものに対し、古い、面白みのないものというイメージを持たれていることを危惧します。

確かにこれまでの責任準備金は、「保険料及び責任準備金の算出方法書」*12に書かれたとおりに機械的に算出されるものであることは確かです。
ただし、IFRS国際財務報告基準)やEUのSolvency II等では、「経済価値ベース」*13と呼ばれる新しい資産・負債評価が検討されています。

IFRS国際財務報告基準)やEUのSolvency II等がまだ検討中であることからも分かるように、経済価値ベースの保険負債評価はまさに発展途上であり、まさしくrewさんがおっしゃる「創る」行為そのもので、大学院で研究してきたモデリングを駆使できるだろうし、第三分野の商品と同様あるいはそれ以上に「新しい」分野だと考えます。

もっとも、これは各人の興味の問題であり、口をはさむものではないかもしれないのですが、アクチュアリーの業務に対するステレオ・タイプな観念からは脱したほうがよいと思われるし、そういった先端の話題を先輩から引き出すために、折角のインターンシップの機会を活用してみるのもよいのではないかと思います。

*1:何回かに分けて投稿することは可能ですが

*2:これをご覧になられた皆様のうちのどなたかが張られることを妨げるものではありません。

*3:原文ママ

*4:Excel2003だと65,535行が限度

*5:アクセスは、1ファイル2GBの制限があります。1レコード1kBだと200万件。また1つのデータから派生していくつものテーブルを作ると、元データが数十万件程度でもこの制限に到達することがあります。

*6:一からプログラミングするのはあまりにも時間がかかりすぎます。

*7:原文ママ

*8:原文ママ

*9:原文ママ

*10:このことの是非はさておき、もし書くのであればということです。

*11:表現自体には少し違和感があるのですが…

*12:保険業法第4条第2項第4号 http://www.nn.em-net.ne.jp/~s-iwk/2010-04-01/hou/a004.html に規定される生命(または損害)保険業免許申請書に添付すべき書面の1つ

*13:日本アクチュアリー会のサイト内の文書 http://www.actuaries.jp/info/ISPT/ISPT-IntRep_NewsRelease.pdf では、「※経済価値ベース(市場整合的な評価)・市場価格または市場整合的な手法を用いた資産・負債のキャッシュフローの評価。」とされています。「時価評価」という言い方をされることもありますが、安易な「時価」という言葉の使用については、s_iwkさんが警鐘を鳴らされています。 http://iwk.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-4688.html 参照