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2010-02-06

[]コロンビア大学のコア・カリキュラム(2)

コロンビア大学のコア・カリキュラム(1)http://d.hatena.ne.jp/adawho/20100205の続きです。


コロンビア大学が一、二年生全員に課しているコア・カリキュラム。その運営システムについて述べる前に、もうひとつ科目を具体的に見てみよう。

"Contemporary Civilization in the West" (以下、CC) と並んでコロンビア大がコア・カリキュラムの中心的な科目と位置づけているのが "Literature Humanities" (以下、LH)である。これは一年生の必修科目であり、CCと同じように一週間に4時間割り当てられている。ただしシラバスを見るかぎり、一週間に一日しか指定されていないので、たぶん二時間の枠が一日二コマ続くのだろう。これも実際にシラバスを見ることができる。


LITERATURE HUMANITIES: (前期)

第一週

Homer, ILIAD


第二週

Choice 1*(Sappho’s LYRICS)

HYMN TO DEMETER


第三週

GILGAMESH

Homer, ODYSSEY


第四週

ODYSSEY

Herodotus, THE HISTORIES: Bk 1: ch.1-140;178-216(pp.3-64;78-94);Bk II: ch.1-5; 33-51; 85-90; 112-20 (pp.95-7; 108-16; 126-8; 137-41); Bk  III: ch.1-38; 61-88 (pp.169-86; 195-208); Bk VII: ch.1-60; 100-52; 187-239 (pp.404-29; 438-57; 470-88); Bk VIII:ch.111-2; 140-44 (pp.526-7; 536-40); Book IX:ch.120-2 (pp.588-90)


第五週

Aeschylus, ORESTEIA


第六週

Sophocles, OEDIPUS

Euripides, MEDEA


第七週

Choice 2*(other plays of Sophocles or Euripides)

Thucydides, HISTORY OF THE PELOPONNESIAN WAR : Bk. I:pp. 35-87; 118-23; Bk. II:124-173; Bk. III:194-245; 400-408; Bk. VI:414-429, 447-9, 465-70; Bk. VII: 525-537


第八週

Thucydides

中間考査


第九週

Aristophanes, LYSISTRATA


第十週

Plato, SYMPOSIUM


第十一週

GENESIS


第十二週

JOB


第十三週

LUKE

JOHN


第十四週

Review

Choice 3*(other Biblical texts such as Samuel I & II (Biblical heroes) or the Book of Esther)


ところどころにある"Choice"というのは、ここで括弧内の作品をさらに選んでもいいし、進み具合の遅いクラスはここで挽回するというように、調整コマとして機能しているらしい。

前期の課題図書ホメロスイリアス』、『オデュッセイア』、『ギルガメシュ叙事詩』、ヘロドトス『歴史』、アイスキュロス『オレステイア』、ソフォクレスオイディプス王』、エウリピデスメディア』、トゥキディデス『戦史』、アリストファネス『女の平和』、プラトン『饗宴』、創世記ヨブ記、ルカ書、ヨハネ書。

古代ギリシャと聖書でほとんど前期が終わってしまうという驚愕のスケジュール。次に後期も見てみよう。


LITERATURE HUMANITIES: (後期)

第一週

Virgil, AENEID


第二週

Ovid, METAMORPHOSES Books 1, 12-14, 15.745-870


第三週

Augustine, CONFESSIONS, BKS 1-10


第四週

Dante, 36 Selected Cantos INFERNO 1-5; 9-10; 13; 15; 24-27; 33-34; PURGATORIO 1-3; 10-13; 16-17; 21-22; 24; 27; 30; PARADISO 2-3; 15-17; 27; 33


第五週

Boccaccio, DECAMERON: Prologue (1-3); Day I Intro (4-23) & novellas 1, 2, 3; II: 7, 9, 10; III: 1, 10; IV: Intro (284-291) & 1,2,4,5; V:4,8,10; VI:1;7;9,10; VII: 2, 9;VIII: 3,7; IX: 3, 10; X: 5, 10; Epilogue (798-802)


第六週

Montaigne, ESSAYS: To the Reader, 23;On Idleness, 26-8; On the Power of the Imagination, 36-48;On Cannibals, 105-19;On Repentance, 235-50; On Experience, 343-406


第七週

Shakespeare, KING LEAR


第八週

Shakespeare

中間考査


第九週

Cervantes, DON QUIXOTE: Part I:Prologue, ch.1-36; 45-52; Part II: Prologue, ch.1-3;8-15;22-23; 30; 40-1; 45; 72-74


第十週

Choice 1(Lyric poetry)

Austen, PRIDE AND PREJUDICE


第十一週

Austen, PRIDE AND PREJUDICE

Dostoevsky, CRIME AND PUNISHMENT


第十二週

Dostoevsky, CRIME AND PUNISHMENT


第十三週

Woolf, TO THE LIGHTHOUSE


第十四週

Choice 2(a 20 century text)

Review


ウェルギリウスアエネーイス』、オウィディウス『変身物語』、アウグスティヌス『告白』、ダンテ神曲』、ボッカチオ『デカメロン』、モンテーニュ『エセー』、シェイクスピアリア王』、セルバンテスドン・キホーテ』、オースティン『高慢と偏見』、ドストエフスキー罪と罰』、ウルフ灯台へ』。

一年を通して古代ギリシャ・ローマに始まり、ボッカチオ、モンテーニュあたりからヴァージニア・ウルフにいたる加速感がすごい。ちなみにこのLHの課題図書は時代によって変化しており、1937年の科目創設時から現在まで指定されつづけてきた〈不動の〉作品は5つしかない。ホメロスイリアス』、アイスキュロス『オレステイア』、ソフォクレスオイディプス王』、ダンテ神曲』(のなかの「地獄編」)、シェイクスピアリア王』である。

近現代の作品に限っていえば、長い間スウィフト『ガリヴァー旅行記』やゲーテファウスト』が指定されていたこともあるし、短期間ながらフィールディング『トム・ジョーンズ』、メルヴィル『白鯨』、スタンダール『赤と黒』、バーナード・ショー『人と超人』、カフカ『変身』などがリーディング・リストにあがったこともある。

何度でも繰り返すが、これはコロンビア大学の一年生が文系理系を問わず全員履修する必修科目である(厳密にいえば、制度的に漏れる学生も出てくるのだが面倒くさいので割愛)。

これはある意味で先に紹介した二年生の必修科目 CCよりも衝撃的かもしれない。CCがあくまでも政治思想や哲学に根ざした科目であるのに対して、こちらは基本的に文学作品である。これを、一年生全員に課し続けるというのは、よほど長い歴史や伝統がないと不可能だろう。

たとえば僕が帰国して、本務校の教養教育にこのようなカリキュラムを提案したとしてもほとんど相手にされないと思う。仮にこれまで日本という国を形作ってきたと思われる古典──それには当然、日本だけでなく中国やインド、そして西洋の古典が含まれるのだろうが──を一、二年生全員に課しましょうといったところで、ああやっぱりこいつ頭おかしかったんだ、で終わってしまうはずだ。それとも、いわゆる大綱化(91年?でしたっけ?)以前は日本の大学でもこういう科目を設置していたところはあるのでしょうか。

もちろん、コロンビアのコア・カリキュラムに対しても多くの批判はある。まず容易に想像できるのが、この西洋中心主義的なリーディング・リストに対する疑義であり、これは1960年代以降の反体制運動の中でかなり批判されてきたという。歴史的にいえば、1919年にCCが創設されて以降、多くのアイヴィー・リーグの大学コロンビアのこのカリキュラムを参考に教養課程のカリキュラムを組んだらしい。ところが、それこそ公民権運動やフェミニズム運動の高まりを受けてこうした白人/男性中心主義的なコースは批判され、いまでは他の大学ではかなり変更を余儀なくされているという。だからいまだにこうしたコースをかたくなに維持しているコロンビアは、アイヴィーの中でも〈保守的〉だといえるのかもしれない。

だが、そうしたコースそのものの政治性/イデオロギー性といったたいそうな話ではなく、日本の大学に務めるひとりの教員として、ごくごく素朴に「よくこんな科目をいまだに維持できているな」と思う。学生の古典離れや文学離れは今に始まったことではないし、それも日本に限った話でもない。たしかにものすごくざっくりしたレベルでいえば、日本よりもまだアメリカの方が「古典」に対する敬意は残っていると思う。でもそれは簡単に比較できるものではなくて、たとえばアメリカコロンビアなどのアイヴィー・リーグに入る学生は偏差値だけでなく〈階級的にも〉上流であり、そうした人々の間で「古典に対するリスペクトはある」といっても、どちらかというと大衆教育の側面が強い日本と比べるには無理があるだろう。

ようするに、昨日のAの反応ではないが、コロンビアの学生だってこんな科目を楽しみにしているわけはないと思うのだ。なんで物理学科に入ったのに、一年中アイスキュロスダンテセルバンテスを読まなければならないんだ、というのは自然な反応である。そしてさらに重要なのは、いったい誰がこんなコースを教えられるのかという問題だ。現在の学問的な枠組みからいえば、当然このリーディング・リストすべてをカバーするような「専門領域」はありえない。教える側にしても、こんなに面倒くさいコースはないはずだ。

単純な計算をしてみよう。コロンビア大学の学部生の数は約4000人である(コロンビア大学の学部はColumbia Collegeの他に、School of Engineering and Applied ScienceとSchool of General Studiesがあるのだが、ここではColumbia Collegeに話を限る)。つまり1年生は約1000人だと考えていいだろう。それが、1クラス22人に分かれてこのコースを履修するのだとすると、このコースを教えるために少なくとも45人の教員を毎年確保しなければならないのだ。いったい誰が教えていて、そもそもどういう組織がこのコア・カリキュラムを運営しているのか。次回はこうしたことについて書きます。(さらに続きます)。

コロンビア大学のコア・カリキュラム(3) http://d.hatena.ne.jp/adawho/20100211 に続きました。

(3/1 追記:コメント欄で指摘していただいたとおり、大学に入学した時点ではまだ学生の専攻は決まっていません。なので、このエントリー内にある「なんで物理学科に入ったのに、一年中アイスキュロスダンテセルバンテスを読まなければならないんだ、というのは自然な反応である」という記述に関しては誤りです。訂正いたします。ただし、大学の履修案内のページに "If you are considering a major in the humanities and social sciences, you should in your first two years take a combination of Core courses and introductory-level courses in disciplines that interest you and that you would like to explore as potential majors or concentrations. If you are considering a major in the sciences, you must focus on the required introductory science and math courses in your first two years."とあるように*1、入学した段階で学生側もある程度専攻を見据えて履修科目を選択するようです。)

rmrm 2010/02/11 00:45 カリキュラムもすごいですが、この記事はすばらしいです。どんどん続けてください。
面白いし、(隠れた対象読者層である)同業者は必読だと思う。すこし宣伝したい。

ogasawaraogasawara 2010/02/11 06:50 とても興味深く、読ませていただいてます。
人文の売場に少し関わった者としては、もし今自分が大学生なら、ぜひとも受けてみたい授業ですね。

adawhoadawho 2010/02/12 00:47 >rmさん
ありがとうございます。rmさんってrmさんでいいんですよね(笑)。というかrmさんだという前提でおききしますが、たとえば大綱化以前の国立大の教養部って、文理共通の必修科目とか普通にあったんでしょうか?

>ogasawaraさん
そう、こういうのってむしろ社会人になってからのほうがありがたみがわかるかもね。でも問題は19、20の学生にこのカリキュラムの正当性をいかに説明するかなんだよなあ。いや、説明する必要はさらさらないんだけど、なんというかこういうコースを必修にしておいて大学側がいかに〈動じない〉でいられるかが試されるというか。

rmrm 2010/02/14 22:05  よく覚えてないというのが正直なところですが、たとえば、哲学のクラスとかは、これが一点で絶対必修ではなかったような気がするが、実際の受講パターンとしては実質ほぼ必修で、文理共通で開かれていたような気もします。
 そこに話がいくと難しいところですが、今回レポートしていただいたものと、私がかつてとった哲学のクラスを比べると、違いは、私が知ってるものの圧倒的なヌルさですね。成績は最後の試験のみで、カレーライスの作り方を書いても可という伝説が有名でした。大教室のマス授業だったし、たぶん、先生のほうにも、哲学って点をつけるようなものじゃない(思考する能力を養うものだ)というような「哲学」があったんじゃないかと思いますが。
 けど、その「哲学」って、言ってみれば、旧制高校以来の伝統だろうし、現実的、即効的には、その授業を、大学のアイデンティティやプライドにつなげて、学生、教員両方のやる気を高めるんでしょうね。コロンビアだって、日本でも話題になってると言われれば、学生もやる気がでるだろう。うちでは「XX大学の歴史」みたいな科目を作ってるけど、そんなことするくらいなら、こっちのほうがずっと良い。

adawhoadawho 2010/02/14 23:11 なるほど。でも一応あるにはあったんですね。このあたり僕も全然知らないのでよくわからないんですよ。あと「思考する能力を養う」云々というのは、実はコロンビアでも批判をかわすためによくいわれるようで、ようは「作品が重要なんじゃなくて〈思考力を養う〉ためなんだ」と。まあでも明らかに作品を重視しているいわけですが。
あと、今回自分でも思ったのは、うちらの業界でもアメリカの院を出たり留学されたりする人はどんどん増えていてなんとなく様子は伝わっているんですが、ヨーロッパやアメリカの大学で1、2年の教育がどうなってるかって驚くほど情報が共有されてないですよね。もちろんアメリカなんてそれこそ大学によって全然違うんでしょうけど。

ultravisitorultravisitor 2010/02/15 23:06 初めまして。興味深く読ませていただきました。

コロンビアでは言及されている科目が「必修」というのはすごいですね。ぼくは院生としてハーバードのCoreに関わったことがあるのですが、ハーバードではCore科目はすべて「選択必修」でした。あと、ハーバードではCoreは基本的に大人数クラスでしたね。(ただし、毎週TAによる少人数の「セクション」が課せられてました。大人数クラスは少人数のセクションに分かれて、そこで毎週の復習やら、質疑応答やら、課題の返却や模範解答の解説などが行われていました。)ただし、今Harvardのサイトを見てみたら2009年からカリキュラムを大幅に変更したとあるので、今は変わっているかもしれません。

ところで気になったのですが「なんで物理学科に入ったのに、一年中アイスキュロスやダンテやセルバンテスを読まなければならないんだ」という一文がありますが、コロンビアでは最初から学科が決まっているのですか? ハーバードでは、学科の決定は2年の終わりで、入学時点では学科はおろか文系理系さえ分かれておらず、それがアメリカの大学の普通の姿だと勝手に思っていたのですが、そうでもないんでしょうか。

adawhoadawho 2010/02/16 00:29 いや、そうなんですよ。いわゆる文理の区別ってこっちはないみたいですよね。だからその部分は多分間違ってると思います(すみません、確認してみます)。
知り合いの教員に聞いてみるとコロンビアのコアはよくも悪くも有名で、いわゆるアイヴィーを目指す高校生の間でも「きつい」ことで知られてるみたいな話は聞きました。
あとせっかくなのでお聞きしたいのですが(笑)、ハーバードのコアもやはり院生やポスドクが中心になって教えている感じですか?こちらできいたところ、コロンビアでは最近はもう少しシニア・ファカルティーが積極的にかかわるようにいろいろ試行錯誤しているようです。

ultravisitorultravisitor 2010/02/16 06:18 返信ありがとうございます。こんなカリキュラムじゃ、日本人歌手が芸能活動の片手間にこなすのは不可能ですね。

ハーバードのコアでも、シニア・ファカルティーが分担でもいいからなるべく関わるように、というお達しがあったと思います。ただ、上にも述べたように、ハーバードのコアは大人数クラスが基本だったので、ティーチングスタッフの数はそれほど多くなくて良いという違いはあるかと思います。院生が受け持つことはなかったですね。院生は、あくまで「セクション」担当でした。コアの授業は基本的に週3回で、そのうちの1回がセクションで、院生が受け持つことになっていました。本題とは関係ありませんが、セクションでも学生からの授業評価を受けて、評価が悪いとティーチングセンター送りになります。ぼくもティーチングセンター送りになったことがあります(笑。

ultravisitorultravisitor 2010/02/16 10:51 ブログの記事の中でリンクさせていただきました。http://d.hatena.ne.jp/ultravisitor/20100216

adawhoadawho 2010/02/16 22:10 でもこういうプログラムって、「院生やポスドクが中心」というとなんとなく力を入れていないように対外的には思われますが、むしろ利点もすごく多いのではないでしょうか。ある文書には「教授のように100の委員会に属していたり家族がいたりしない分、準備にも集中できる」とあったし、記事でも触れましたが、テキストが古い分、若い教員の方が学生の興味をつかみやすいということもあるだろうし。
リンクもありがとうございます。記事もとても興味深かったです。たしかに新卒制度などとも関連したシステムですよね・・・。だとするともうほんとにどこから手をつけるべきか、と暗澹たる気持ちになります。ただアメリカの大学も(奨学金などがふんだんに用意されているとはいえ)とくにアイヴィー・リーグの授業料の高さは異常ですし、よくもわるくも(日本に比べると)階級社会を反映する制度なのかな、と思ったりします。話題になった水村さんの本もそうですけど、「教養を身につけたエリート」がそもそも日本に必要なのか、とか。といっても、普段からそういうことを考えているわけではなくて(笑)、こちらにきてたまたまコロンビアの教養教育について調べて単純に驚いてしまった、というところです(笑)。

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