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November 21(Mon), 2011

伊集院光のワッハッハおじさんの話

東日本大震災が起こり、自粛ムードの中、伊集院光が決意の末、それでも馬鹿馬鹿しいラジオをやると決めた第一回放送の最後に語られた話。とても暖かであり、切ない物語。文字起こしは既に色々な方がされていて、それを自分が、しかも今やることなのか?ということには疑問がある。けれど、ぜひ音声と一緒に文字を見て欲しい、いや、伊集院光の語るこの物語を一度でいいから彼の声で聞いてみて欲しいと思ったのです。

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以下のページの書き起こしを一部読みやすいように改定し引用します。

伊集院光の話: 「ワッハッハ星人」の話

  もう なんかほんとに、くだらない事をばっか言ってる間にエンディングなんですけどもね。空脳のコーナーでよく「子供の頃、どんなおじさん見た?」みたいな話を募集するんですよ。で、僕は突然現れて、バケツに入ったサワガニを素手で取れたらあげるっていうおじさんが来て…みたいのはあるんですけど。

  そん時に、若手の芸人に聞いた話なんだけどね。あの人、なんつったっけ。気合いだ!っていう人…。アニマルさんが気合いだ!気合いだ!っていうのと、ワッハッハッハッ!ワッハッハッ!てやるじゃん。あれを見るたびに、そいつが、「ワッハッハおじさん」「ワッハッハ星人」を思い出すっていう話をしてて。こんな事(東日本大震災)が全然ある前ね。ワッハッハ星人というのがいて。で、それが、また、良い話でさ。良い話っていうか、不思議だけど、良い話でさ。

  阪神大震災の時に、家にヒビが入ったんで(そのお笑い芸人が)避難する所に避難してて。…まだガキだったらしいんだけど…。その時に、ワッハッハ星人っていう おっさんが来て。まあ 基本、役に立たないおじさんらしいんだよ。そういう所で、大人が色んな世話してる所で、「(自分は)ワッハッハ星人だ」って、おじさんは言うんだって。で、おじさんに触ったら、「ワッハッハ」って言わなきゃダメだっていうルールを勝手に作って、鬼ごっこみたいな事をしてるんだって。…で、捕まると、もうしょうがないから、おじさんがいるから、皆で「ワッハッハ、ワッハッハ」言ってるだけなんだって。…

  ある日突然、「全員ワッハッハにしたら、おじさんは、次の星に行く」みたいな事を言うんだって。そしたら、そいつ(お笑い芸人)は、もうそのガキの中では大人だったし、足が速かったから、ワッハッハ星人に捕まんなかったんだけど、皆が捕まって、「ワッハッハ」やってるのに自分だけやれないのが、ちょっと寂しくなってきて。夜、そのワッハッハおじさんの所にばったり会ったフリして、捕まっちゃったらワッハッハ仲間になれると思って、行こうと思ったら


  おじさん、泣いてたんだって。  一人で。


  もう  それが、なんか  すごい良い話でさ。えー  そのぉ...お  俺は多分、あの ワッハッハ星人になりたい なりたいなって、ちょっと思ったりとか。


  あと、今、そういうとこにいてさ、あんまやる事なかったらさ、そういう役目もあんじゃない?って、ちょっと思ったりするね。あと、がんばれって言うのが普通かしんないけど、がんばってるよ!多分。多分。皆、がんばってるっていうか、もうそこで、ただ、息をしてる事でももう がんばってる!っていう意識は持った方がいい。

  皆がこれ以上、がんばれって言ったところで、がんばり様なんか誰も分からないのに、つい僕らは、リズムでがんばれって言っちゃいがちなんだよね。失礼のない言葉だと思って。で、その気持ちも分かってほしいんだ。その短い言葉で、「自分達はあなた達の味方です」って言うために、がんばってっていうので締めちゃうけど。自分達は多分、がんばってると思うので、あの、とりあえず、今日をやり過ごして、みませんかっていう。えぇ・・・あの 色々、失礼ありましたけども


  ほんとに あの 良い明日が来るように



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僕は何度見ても、2分17秒から2分19秒の伊集院が「俺は多分、あの ワッハッハ星人になりたい」という前の“間”で涙がこみ上げてくる。感情がわきあがって、それを抑えて喋っているであろう、その声のつまりに僕は揺さぶられて、鼻腔の奥や目頭に熱いものを感じる。

伊集院光の好きなところの1つは、「自分の言葉」、実感や手触りのある言葉を使って話しをしてくれるところです。レッテルラベリングなどではない、それが例えば馬鹿馬鹿しいことであっても、言葉を紡いでくれる。「がんばれ」という一見最近ではネガティブに受け取られる言葉すら、その裏でどんな想いがあるのか?という感覚を引きつけ、形にしてくれる。下ネタ、くだらない話を当時の雰囲気の中、バンバンとばしてくれた。ああいったすがたを勇姿と言うんだろう。

「ワッハッハおじさんの話し」という、この物語が、一人でも多くの人の目に触れますように。



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