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凹レンズ(旧館) RSSフィード Twitter

November 23(Fri), 2012

しあわせな結婚の1つの形

男女関係はいつの世の中でも難しいものです。それこそ、相手の心を一生つかんで思い通りに操る7つの方法・・・なんてあれば良いのかもしれませんが、そんあものは存在し得ないのです。

ただ、こういう関係の持ち方が自分の感覚にフィットするという形を考えていくことはできます。よい瞬間に出会ったり、よい関係を持つことができている人に出会ったり、知ることはできるのです。本エントリーでは、D・カーネギーの「人を動かす」の中で紹介されている話を引用します。


ディズレーリ夫婦のかたち(以下引用)

「わたしは一生のうちにばかなことも大いにやるかも知れないが、恋愛結婚だけはしないつもりだ」。

これは、ディズレーリのことばである。

彼は、それを実行した。35歳まで独身をつづけ、ある金持ちの未亡人に求婚した。十五も年上の婦人で、50年の歳月を経た頭髪には霜を置いていた。むろん、恋愛ではない。彼が金を目当てに求婚しているのだということを、彼女はよく知っていた。そこで彼女は、条件をひとつ持ち出した。彼の性格を知るために、一年間待ってくれというのだ。そして期限がくると、彼女は承知した。

いかにも散文的で、勘定高い話だが、その結果は非常な成功で、このふたりほど幸福な結婚生活を楽しんだ夫婦はめずらしい。

ディズレーリの選んだ金持ちの未亡人は、若くもなければ美人でもなく、また、頭がいいわけでもなかった。文学や歴史の知識もなく、吹き出したくなるようなまちがいを平気で口にした。たとえば、ギリシア時代とローマ時代とは、どちらが先だかわからない。服装や家具調度のこのみにも、まるでセンスがない。だが、結婚生活におけるもっとも重要なものを持っていた。――すなわち、男性操縦の術を心得ていたのだ。

彼女には、夫の知能に対抗するなどという考えは少しもなかった。才女たち相手の機知の応酬に疲れて帰ってきたディズレーリにとって、妻のとりとめもないおしゃべりは、このうえないなぐさめとなった。やさしい妻のおもいやりにつつまれた家庭は、彼にとって何ものにもかえがたい心の休息所だった。彼が人生の幸福を感じたのは、妻とともにすごしているときだった。彼女は彼のよき協力者であり、心の友であり、また助言者でもあった。その日の出来事を早く彼女に話したいばかりに、彼は、いつも会議が終わるとすぐ家に飛んで帰った。彼女は(これが重要なことだが)、夫の仕事に対して絶対の信頼を寄せていた。

彼女は30年間、ディズレーリのためのみに生きた。彼女の富も、彼のために費やすからこそ、値打ちがあると考えた。そのかわり、彼女はディズレーリにとって、かけがえのない女性となった。死後、ディズレーリは伯爵になった。だが、それ以前に、自分が平民だったころ、彼はヴィクトリア女王に妻を貴族の列に加えるように具申し、1868年に彼女は貴族の列に加えられた。

彼女が人前でどんなへまをしでかしても、彼は決して彼女を責めたり、とがめたりしなかった。もし、だれかが彼女をからかったりしようものなら、彼は、むきになって彼女をかばった。

(引用以上)


自分たちにできること

僕たちにできることは、これだけやっておけば大丈夫という恋愛の法則を見つけて、それだけを順守することではないし、必ずうまくいく相手を絶対失敗しないように選ぶこととも違う。一般的な答えよりも、ただ一人の伴侶のことを知っていくことのほうが関係を変える可能性があります。

ディズレーリ夫婦のように、もしかしたら出会いの形や、細かな条件は、すべてを決定する絶対的な物ではないのかもしれません。ベストな相手でなかったとしても、二人のよりベターな瞬間瞬間に出会うためにできることは必ずある。

目の前の人間の話を本当の意味でしっかりと聞くことができるか、率直に自分の気持ちを伝えることができるかという、当たり前の難しいことを何度も何度も積み重ねていくことなのでしょう。平穏な凪だけの海なんてありえない、何度も押し寄せてくる波に揺さぶられながら、それでも前進して、人生の中で出会うものを一緒に楽しんでいければ、きっと豊かな時間だと思うのです。


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