Hatena::ブログ(Diary)

Adukan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-01-05

adukan

新年も明けたことだし何か久々に書こうと思ったけど全然書けなくなっていた.

もう今更きれい事を書く気なんてのは全くないのだけど,やっぱり人として「文章を書くからにはそれなりのことを」と思ってしまうらしい.それが手を止める.

思うとAdukanを始めた当初は「自分のためのブログ」でした.日常に起こったこととか,好きなこと,感じたこと,そういうのをつらつらと書ければ良いかな,と思っていました.

けど,ある時を境に気がつくと,このブログは「誰かのためのブログ」になってました.「面白い」と言ってくれるのはありがたいんだけど,見られる人が増える度に…素直に書こうとしたことを全然書けなくなっていきました.

書けなくなった理由として「〜が悪い」と言いたいわけじゃない.自分が,Weblogを続けていればいずれはそうなるのは目に見えたであろうに,何も考えず,ただつらつらと偉そうに,とりとめもなく書いていたというのが問題なのだと思う.

実際にAdukanの後半は内容が凄く背伸びをして自分の本音じゃない感じが凄くした.

だから,こういうのも変だけど,自分はこのブログは最初の方,2年目ぐらいが一番良く書けていると思う.誤字脱字が沢山あって日本語的にも何か変で,締めも全然まとまってなくて,話も落ちてない.けど,内容的には背伸びをせず素直に思ったことを書けていると思う.


先輩に「君のブログは沢山良いことが書いてあるのに,どうしてやらないの?はっきり言ってそれは悪いことだよ」と,そう言われた時.

自分の中では大変複雑な気持ちで,先輩は正しいことを言ってるのに,何というかそれに対して少しむかついた自分が気持ち悪かった.

前にそういうことを書いてたときは「書けば変わる.口に出せば,ネットに残せば…」と思っていたけど実際は何も変わりませんでしたとさ.

当たり前だけど,こういうのはやっぱり行動してなんぼのものなんだよね.それが痛いほど分かったから,自分はブログを書くのが控えめになった.



この前,ふとある機会があって昔自分が尊敬する人のブログを見たとき.新しく色んなものが作られていて,驚いた.

私があーだこーだ,と偉そうに思想を垂れ流してる間に彼は色んなものをどんどん作って次のステップにいっていた.そして,そんなブログがとても羨ましかった.


さて,唐突ですがadukanは本日をもって閉鎖となります.もう,更新することはないでしょう.

ただ,自分が見れる形で残しておく,というのは後生の戒めとしては凄く意味があるので適当に放置しようかと思います.

今まで,このブログで色んな事を書いてきましたが「書いて良かった」と思う事の方が多かったです.「書かなければ良かった」と思う事は今にするとあまりない気がします.

次のステップにつなげる,という意味でこのブログは凄く役立ったと感じます.

次のどういう形式でブログを書くかは決めてませんが,それでもまたブログを書こうとは思います.ブログを書くの楽しいですもの.

それでは,今まで読んでくださった皆様本当にありがとうございました.

またお会いできる日まで.さようなら.

2011-09-22

コエドビールは缶で売っていた,というお話

単なる日記です.本の感想の方は最近ゴリゴリと書いてるわけですが,代わりにこっちの方はネタがなくなってしまいました,なので日常ネタでも.

結構前にD&Dの勉強会ついでにコエドビールについてぱぱっと書きましたが,帰り際に駅中のスーパーをじろじろ覗いていたらコエドビールの缶が普通に売ってました.

勉強会以来ずっと,コエドビールは割高な瓶かつ物産展とか百貨店でしか売ってないと思っていたのですが,まさか近所のスーパーで,しかも缶で売ってるとは思いもよりませんでした.

f:id:aduka:20110922221209j:image:h250

ちなみに一本280円と普通のビールにしては中々お高いのですが,そこはクラフトビールなのであまり気にせず購入して帰宅しました.せっかくの機会なので帰り際に焼き鳥とか購入して一人晩酌でございます.

f:id:aduka:20110922221134j:image:h250

味とかは上手く書き表せないので省略させて頂きますが,やっぱり美味しいなぁと.

個人的にお酒は大好きなのでこう言うお酒とかがもっと広まって色んな味の美味しいお酒が増えると嬉しいなぁと思います.そういえばこの前の飲み会で「霧筑波」という日本酒を飲みましたがあれもあれで美味しかったです.

どうでも良いですがコエドビールさんのサイトは凄くお洒落なのでリンクを張って適当に締めたいと思います.皆様も見かけたら是非お試しください.

2011-09-17

本をどういう基準で選んでいるかというお話

「本をよく読む」と友人に話したら「どのようにして読む本を選んでるのか?」という事を聞かれました.せっかくなので個人的な方法を書いてみます.とはいっても普通の方法なので,ライフハックにも何にもなりませんが.

推薦図書本を利用

世の中には本をすすめる本というのが少なからず存在します.また大学教師が新入生にすすめる100冊: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいるのようなサイトも存在します.「本を選ぶために本を読む」というのはなんとも滑稽な話ですが,個人的にはそれもそれで楽しかったりします.

特に大学の教授が書く大学生向けの推薦図書などは難しいですが学ぶことが多くて読んでいて楽しかったります.広島大学の先生が書いた本なんかは有名なので大学の図書館においてあると思います.SFの方はなさそうですけど….

大学新入生に薦める101冊の本 新版

大学新入生に薦める101冊の本 新版

SFはこれを読め! (ちくまプリマー新書)

SFはこれを読め! (ちくまプリマー新書)

書評,個人ブログを利用

書評サイトなどをジロジロと見て,面白そうなのを探しています.基本的には自分の好きな人の書評サイトをRSS登録してフィードを見ていくだけですが….ちなみにこういった本の感想サイト,個人の書評などは,自分が読んだ本や話題図書のタイトル+書評,感想などでぐぐると結構簡単に出てきます.

以下,個人的によく見てるサイトを一部抜粋

などなど.なにか他にもおもしろサイトとか教えていてだけると有りがたいです.

本屋でブラブラとさがす.

CDとかもそうですが本もジャケット買いみたいなことを時々します.当たり外れが大きい本手法ですが予想外の本やまだ読んでないジャンルの本などを手軽に読むことができておすすめだったります.

あと,新書やトレンドの本などを簡単に見つけられて面白いです.六本木青山ブックセンターTSUTAYAとかヴィレッジヴァンガードだと本のセレクトが秀逸なので個人的には近くまで行ったら結構覗いてる気がします.

好きな作者,文庫の本を適当に買う

先ほどに比べるとちょっと遊びが少ないですが,外れる確率は大きく減ります.個人的に岩波文庫中公文庫吉川英治歴史時代文庫,創元SF文庫の本は面白いのが多くていいなぁ,と.

ちなみに個人的には最近ユリイカのバックナンバーがすごく面白くてお金に余裕があったらなるべく買うようにしてます.yomyomも短篇集ですが読みやすくて好きだったりします.

yom yom (ヨムヨム) 2011年 07月号 [雑誌]

yom yom (ヨムヨム) 2011年 07月号 [雑誌]

2011-09-07

本の感想を書くと言うこと

最近本を読むわりにその感想を書いてなくて,なんというか情けないな,と本をある程度読んでいて思った.

この夏は個人的に「岩波文庫フェア」ということで,普段読まない岩波文庫の本を10冊読むというルールを課していたわけだけど,気がついたら本当に「読む」だけで終わってしまった….*1

自分の場合,今までの人生においてインプットを10するよりはアウトプットを1したほうが遙かに学んで来たことが多いのでそういう意味でも本の感想はやっぱり書かなくちゃいけないのかな,とは考えました.

ただ…読書は趣味,楽しみであり,自己成長を行うためにやっているわけではないので別にそこまで無理にアウトプットしなくても良いのかなぁとも思います.デカルトの「方法序説」にも書いてあるように読書は「用意された著者と読者の対話」であり,読者が納得したのならその対話の後日談を第三者に知らせなくても良いのでは?と思って仕方ないのです.

言い訳っぽくて申し訳ないのだけど,自分の場合「そこまでして感想をブログに書きたいか,他人に本をお勧めしたいか」というとそうでもない本や感想の方が圧倒的に多いわけで…そういう状態で感想を書いたとしても最終的に行き着くところは本の感想ではなくて自分の思考であって…それが後から自分で読み返したときに一種の気持ち悪さを醸し出していて書くことをやめてました,また,書いたとしても直ぐ消していました.

その節の方には本当に申し訳ございませんでした.

顔の見えない人に自分の考えを書くのは怖い

本好きの友人とお茶したときとかには良く「この本面白いよ!!」ってお勧めするんですけど,ブログだと相手の顔色が見えないからやり方が分からないというか「それがその人にとっても面白い!!」って確証が持てないんですよね.

で,そういう状況下で自分の思考を垂れ流すことに一種の恐怖感を感じてたのもまた事実で,Webに感想を書くというのはやっぱり自分にとってはハードルが高いなぁ,といざブログを書こうと思う度に思います.

また,本の感想を書くにしても自分の場合,根がネガティブなので本の良かったところより悪かったところの方に自然と目が行ってしまうわけです.で,そういうのをつらつらと書いて,まだその本を読んだことがない人はその感想文を読んでどう思うんだろうな,って考えたんですよね.普通に考えればよほどのadukaマニアじゃない限り「じゃあ読まなくても良いか」ってなっちゃうと思うんですよね.

わがままですが自分は本を無理に誉めたりはしたくないですし.また,本に書かれた良い言葉や要約をそのままくるっと抜き出して本のキャッチコピーとして使いたくないわけです.

良い言葉,考え,読んだ本の存在は沢山の人に知って貰いたいけど,作者がどういう流れでその言葉を作品に組み込んだのかを,やっぱり読者には考えて,知って欲しいわけです.なにより本を読むという行為を楽しんで貰いたいわけです.私としては

最近ウェブサービスで本の要約をシェアするサイトが人気を博してるように,世間の皆様が求めてるのは本のノウハウ,名言であって,個人の感想ではないのかなぁ,と私が感じてるのもあるかもしれませんが….

結構まえに本の感想を書かなくちゃいけないのに単なる広告みたいな記事を書いてしまって少なからず後悔してます.*2

今までの人生で

私事ですが,今までの人生で本を読んで,本の内容が凄く面白くて,感動して,著者に感謝したいと言うことで便書を送ったことが2回だけあります.今にして思うと,何でそこまで自分は行動できたのだろうか,とも思うし,著者様に感想を送るなんて烏滸がましかったなぁ,とも思います.

二人のうち一人は返信をくれて歓喜したのですが,もう一人からは返信が来なくてしょげた思い出もありますがw

ただ,その大好きな本を読み直す度に「あぁそういえばこの本の著者にはファンレターを送ったなぁ」という思い出もキチンとあるわけで,ネットを通じてそういう思い出が増えるのなら感想を書く,本を紹介するのもありなのかなぁ,と思いました.

まぁ,結局のところ書かないかは気分次第なのかな….1年ぐらい前の自分は書いてたらしいので,もしかしたらまたひっそりと何処かで書いてるかもしれませんね.

最近こう言うエントリーを書こうと考える度にadukaというハンドルネームが邪魔に感じる事が増えてきました.どうにかしないとなぁ….

*1:ちなみにまだ7冊

*2:戒めのために消してません.

2011-08-07

デモはもっと気軽に起こすべき

お台場騒然、「韓流やめろ」コール フジ批判デモに多数参加 (1/2) : J-CASTニュースを読んで.

一応ネットではそれなりの動きがあったようですが,私と言えば普通に家で本を読んでました.

個人的に今の放送局の運営体制がどうだとか,韓流がどうだとかといった「動機」は個人的にはあまり気にしない話なので控えさせて頂きますが,それでも個人的に「不服に思ってる人が一カ所に集まってデモが行われた」という事実は何というか少し嬉しかったりします.

傍から見ると危ない思想ですが,個人的にデモはもっと気軽にやるべきだと思う訳です.そんな大それた理由がなくても,嫌と思えたのならバンバンやるべきだと思います.警察には事前にキチンと届け出る必要はありますがネットでぐちぐちと文句を言ったり,騒いだとしても普通の人には何も伝わらないと思う訳です.

もちろん,デモをする上でなんでも感でもそのたびに突っかかればいいというものでもないと思います.

けど…人として嫌だと思っていること,気持ち悪いと思っていることに正直に動いて,その感情を包み隠さず外に出し,たとえ無駄だろうが,意味があるかどうかわからないだろうが,それでも動くという行為は人として美しいな,と思う訳です.

なので,個人的にはデモの基となる動機や結果というのはわりとどうでも良かったりします.デモは「行動する」ということに価値があると思うので.

なぜadukaはこんな思想を持つようになったのか

結構前にも書いたような気がするけど,なんで私がこう言う思想を持ってるのかつらつらと再度書いてみる.

デモといっても世界には死者が出るようなあぶないデモもあるわけで…「デモなんてなければいい」と思う人もいると思いますが,少なくとも日本ではデモ行為は法でやり方が正しく定められているし,武力的ないざこざがあまり起こらないので良いと思ってたりします.

私がこんな甘い考えを持っているのは,学生時代に本屋で何気なく出会った加藤登紀子さんの1986年,学生運動が行われていた時代について語った本に出会ったからなんですよね.

登紀子1968を語る (情況新書)

登紀子1968を語る (情況新書)

ぱらぱらめくって読んでみると,それが”本当かどうか,当時の社会的に穿った見方をしてないか”というのは置いておいて凄く魅力的な言葉がたくさん書かれていたんですよね.

じつは68年って大それたことじゃなくて,確かに子供っぽい運動でもあったと思うんですよ.でも,その子供っぽさとかアマチュアリズムの中にも真実はあったと思うんです.人間というのは,もともと子供みたいに本当のことがあるんです.

人というのは決められたルールに基づいて生きているものじゃないと個人的に思っています.私たちはロボットじゃなくて感情がある.無慈悲に「やっても意味ないから」とか「法で定められてるから」とかそういう単純なルールにただ従って生きていける生き物ではない思います.

絶望を感じて死ぬときもある.もちろん幸福を感じるときもあるけど幸福だって長く感じすぎれば幸福でなくなる,そういった訳の分からない生物だと個人的には思っていたりします.じゃあ,何が生きる上で正しいかと言えば,それは個人が”その時”感じる「気持ち」だと思う訳です.

気持ちに正直になって行動する,というのは人間くさいかもしれませんが,私は好きです.最後に本を読んでいて付箋が挟まれていたページの文章が良かったので転載させて頂きます.

うまくいかないことは,別のところで発散させて生きていくのが賢い生き方なんだ,というのが一般的です.

だから,普通の学生には,どうせ変わらないのに学生運動をしている連中はバカなんだと思われています.それもある意味正しくて,みんな利口で大人なんです.

=中略=

今の若者が陥ってる危機っていうのは,経済的にも弱者だし,精神的にもプライドが持てないという状況にいっていることなんですよね.

でもね,エネルギーっていうのは必要にならないと出てこないんですよ.重いものを持たなければ,持てるかどうか分からないし,その必要がなければ力が出てこないわけ.ぶつかっていないから,弱いわけですよ.

頑張る目標が確立されていないから,エネルギーが出ないんです.頑張る必要がなくて,頑張れる必要がなくて,出口が見えない状況がるよね.それを何とかしていかないと.