リチャード・ルウォンティン師の説諭

「この研究分野では二つのセクトが戦っている。ひとつは聖シーウォルから日本人への手紙の信奉者で、こう信じている:必ずしも速い者が競争に勝つのではなく、強い者が戦いに勝つのでもない。しかし時と災難はすべての人に臨む。もう一つの宗派は聖ロナルドの門弟たちで、次のように信じる:招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない

 

前半は旧約聖書「伝道の書」9:12、後半は新約「マタイによる福音書」。

 

www.nature.com

 

 

知能と遺伝の研究:アップデート

こんな記事があった。インテレクチュアル・ダーク・ウェブというのがあるのだそうだ。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59351

これを呼んで、ふと、論文を紹介したいと思った。これらは強烈な研究成果である、と、私は思っているのだが。日本国内的には特に注目はされていないように思う。

これらは科学雑誌としては、昨年度に公開された結果である。

2018年6月に、27万人のゲノムデータを用いたのIQについての遺伝解析結果が報告された。

https://www.nature.com/articles/s41588-018-0152-6

わかりやすい研究結果を列挙すると

  • 269,867人を用いたゲノム解析により、IQの多様性に関わる遺伝的座位205箇所発見した。
  • ありふれた遺伝的バリアントによって、IQのばらつきの19%程度が説明できそうだ。
  • 候補遺伝子は(当たり前だが)中枢神経系で発現する遺伝子であることが多く、特に線条体の中型有棘ニューロン、海馬の錐体細胞で発現。
  • メンデルランダム化試験(MR)により、IQが高いとアルツハイマー病・ADHDになりづらいが、自閉症になりやすい可能性を示した。

あとはパスウェイ解析とかしている。

どうもバイオロジカルな解析に終始しており、アルツハイマー病などもMRを示すのみで安全運転の印象のある論文であった。

日本では、そもそも私の知る限り公に研究すらされていない、IQについてのゲノム解析であるが、遂行が困難であることは欧米でも同様だと思う。中国あたりがさらっとやっちゃうかと思っていたが、結局欧米が先んじた。

さてこれは良かったのだが次の成果は波紋を呼んだ。

https://www.nature.com/articles/s41588-018-0147-3

これは業界的には、商業誌が掲載した世界初の100万人ゲノム解析、として話題になったが、むしろ内容の方が色々難しいところがある論文だ。

  • 1,131,881人を用いたゲノム解析により、学業達成度(学歴)に関わる1,271箇所の遺伝的座位を発見した。
  • 694,894人を用いたX染色体解析でも、10箇所が学歴に関連していた。
  • 22,135人の家系データを用いて、上記解析結果を再現することを確認した。
  • 今回発見した学歴に関わる遺伝的バリアントを用いて、学歴を予測する遺伝的スコアを構築した。Add HealthとHRSという、ゲノム解析には使用しなかった二つの独立したコホートで、この遺伝的スコア予測率を確認したところ、スコア5分位最上位では大卒率がいずれも50%前後、5分位最下位では大卒率が10%前後だった。高卒率にはそこまでの差はないが、やはり5分位最上位で90-95%、最下位で70-85%という差があった。
  • 欧州系集団のゲノム解析から構築された遺伝的スコアであり、欧州系集団以外の学歴の予測能力はこのように高くないと予測される。

学歴は生まれつき予想できちゃう。ただ、これは集団としての平均値であって、個人の運命を決めるようなものではない。だけど、集団としてはこのようには観察された。

生まれつき学歴がほんの少しでも、集団としてであっても、予想できるだけでも、ポリコレ的には微妙感で満載だが、より社会的に問題なのは、遺伝が原因だということは、両親が学歴が高いなら子も学歴が高くなりがち、というのは、社会階層だの与える教育の問題だけではなくて、遺伝によって決まる部分もある程度、無視できない大きさで、あるということかと。実際にはそれぞれが複合的に絡み合うだろう。しかし、ずっと昔に書いたが、基本的に学歴のような多因子形質は、遺伝因子と環境因子の影響を受けるが、教育機会均等化などをするというのは、環境因子の影響が小さくなることを意味する。もちろんそれを狙っているのだ。しかし、それをするとますます遺伝因子の影響度は強くなるのである。それは社会階層の固定化を意味する。

ただし、実はこのような学歴の遺伝的効果にはドミナンス効果があることが示唆されており

https://www.nature.com/articles/nature14618

だとすると、鳶が鷹を産むことには特に不思議はない(遺伝学的には)。(学歴についての)社会階層は、ドミナンス効果によってシャッフルされるだろうと期待できる。「ゲノム情報によって決まる」ということと、「親から子に形質が遺伝する」ことはイコールではないのである。ただ、この研究成果はその後のフォローがあまりされていない。私は好きな研究なのですが。

ところで、Plominさんという、一流の遺伝学者が、何やら本を書いたそうだ。

https://www.amazon.co.jp/dp/B07K9KXVM5

これがまあ、ここら辺のことを少し書いた本ではあって。そういうことを社会的に発信すると、やはり怒る人が出てくるわけです。

https://www.nature.com/articles/d41586-018-06784-5

勘違いすべきでないのは、ここら辺の議論と、Watsonが「黒人は白人より知能が低い、遺伝子が理由で」とかいうとんでもない差別発言とはわけが違う、というところなのです。少なくともPlominもComfortも、社会を良くするのはどういうことかという議論をしているのだから。Watson発言は、その科学的妥当性にかかわらず、個人についての差別につながり、しかも社会を特によくするように思えない。もしも白人であるワトソンがこれについて発言するなら、アジア人のことを述べればよかった。そして名著DNAでは、そうしていたはずなのに。やっぱりWatsonは、単純に、耄碌しているんだと思う。アジア人である私はもちろんこれについて何も述べません。

などと思いつつ。

育ちより氏の社会になっていく

回り回って(自分だけか)ポリジェニックモデルでもういいだろうとなっている昨今です。昔恥ずかしいこと書いた。消したい。

急に何を書くかというと、以下のニュース記事「ニューヨーク州 公立大学無償化を発表 全米で初」について

http://b.hatena.ne.jp/entry/www3.nhk.or.jp/news/html/20170104/k10010828391000.html

今の時点ではスターが付いていないブコメ「(とても良いと思うし)腐す訳では無いが、結局遺伝的に高知脳な人材に手厚い補助が入る状態であり、再配分とセットでないと格差拡大政策に成る。」というのがあるが、まったくその通りだ。

ポリジェニックモデルが正しく、知性や運動、芸術、コミュニケーションスキルなどの才能もそれに従うとするならば(多分従うと思われる)、万人に平等に環境と機会を与えれば与えるほど、環境要因によるばらつきが小さくなり、遺伝要因によるばらつきが大きくなる、つまり育ちより氏で決まるようになる。今よりも遺伝率がどんどん大きくなっていく。

しかも加法的効果だけでいいっぽいので、父親と母親の優秀さが足し算的に加算される。ほんとかいな。いやそうなるっぽし。いまのところ数10万人規模のゲノム研究からはそういうことらしいとしかいいようがない(ま、100年前からわかっていたことだとフィッシャーさんは言うかもしれん)。学業達成度にわずかなドミナンス効果を認めた論文もあるので絶対ではないが(これはこれでセンシティブ・・・)。しかしあれも強い効果ではなかった。

ま、とはいえ、環境の影響はずっと大きいです。しかし教育機会均等がどんどん進めば、その環境の影響が小さくなるというのがここで言いたいことなわけです。ほんとにそんなに環境の影響が小さくなることがあるのだろうかとは思うが、しかし500年前と比べれば今の人々の平等さは考えられないほどだろう、そして500年後にも平等さはさらに進展しそうな気しかしない。

今後はこうやって、長い時間をかけてではあるが、ますます、生まれが良ければそのまま能力を発揮するような社会に今後なっていくことは避けられないと私は思う。それを避ける手段は撹乱因子をいれることで、つまり人々にアンフェアな環境を与えることに他ならない。そのようなことは現代の倫理的規範から考えて受け入れられないことだろう。

逆に遺伝因子側を操作できないだろうか?遺伝子編集によってデザイナーベビーを作る・・・などということになることは、今のところはちょっと考えにくいと私は思う。センシティブなのであまり立ち入りたくはないものの、重篤な難病などではない一般的なヒトの特徴は、ほぼ非常に多数の遺伝因子によって決まるだろうとわかってきており、そして新しくわかってきたこととしては、「もしかすると地球上のすべてのヒトサンプルを集めて調べても、ポリジェニック効果の全貌は明らかにならないかもしれない」くらいに弱くて沢山あって、まさしくinfinitesimal modelと名付けて正しいような状況であるということがある。さらに各遺伝因子は多面的効果pleiotropyを持つことが知られているので、ある変異を入れることが別のことに良くないかもしれない。例えばがんになりにくい変異は心筋梗塞になりやすくさせる一般的傾向が知られている。まあ、結論が出てしまえば当然というかそんなものだ。あちらをたてればこちらがたたず。デザインベビーなどありそうもない。

2017年現在までの知見を総動員しても、ゲノムを編集して「理想人」をつくるなんていうのは、絵空事ってことじゃなくて、不可能であろうとわかってきている感じかと思う。まあ理想人ってなんじゃいな、そもそも定義がないな。

とすると、元の論に戻って、育ちより氏で決まる社会に今後どんどんなっていくわけだから、そのような中でできるだけ万人が幸せに生きていくような社会を作っていくという長期的ビジョンが必要だと思う。アメリカみたいにマジ育ちが良くて能力が高いヒトにそのまんま幸せを与える(?)社会、批判はあっても、ヒトという生物の基本に立ち戻って、どのような社会がワークするかを考えた結果ではあるだろう。日本は考えてない。「頑張ればなんとかなる」という神話にいまだにこだわっている。ま、しばらくはその神話も生き続けるのだろう、100年規模の話ではあるでしょうが、その先を考えない社会はゆっくりと衰退していきそうだ。

なんか成果とか業績とかでなく、みんな好きなことやればいいんじゃないかなぁ。ベーシックインカムとかいいんじゃないの(経済素人なので聞き流してください)

翻訳ミス

ぼーっとNature genetics電子版眺めていたら、日本語翻訳ミス見つけた。

http://www.nature.com/ng/journal/v47/n10/fp/ng.3390_ja.html

「伸長とBMI:バリアントのインピュテーション(補完)を用いた遺伝的分散の推定により、ヒトの身長とBMIについてこれまでに欠けていたわずかな遺伝率を明らかにする」

このタイトル翻訳ミスは、完全に論文の論調を間違えて捉えているので重大なように思う。ま、そもそも身長を「伸長」という変換ミスを放置プレーしてるレベルだけれど。誰も見てないだけかな。うちの分野では重要な論文ですけど。

原題はGenetic variance estimation with imputed variants finds negligible missing heritability for human height and body mass indexである。確かに訳しづらいけど、論文読んだ上で解釈すると「ヒト身長とBMIについての変異インピューテーションを用いた遺伝的分散推定により、「見つからない遺伝率」なんてほとんどないことがわかった」とでも言う感じか。だいぶ印象違うでしょう。。。

そもそもmissing heritabilityを固有名詞として扱っていないので、この分野を全く知らず翻訳してることはわかる。

この論文は、

  • ヒトゲノム30億塩基中50万程度のマーカーである「SNP」を用いたGWASは身長などの量的形質や疾患発症を一部しか説明できない
  • その大きさは、双生児研究による「遺伝率」よりもかなり小さかったので、SNPによっては埋められない遺伝率の分を「見つからない遺伝率Missing heritability」と称した
  • そこで次世代シーケンサーなどで30億全部シークエンスすれば、「見つからない遺伝率」が埋まるのではないかという主張があった
  • しかし本研究によれば、SNP + インピューテーションをやれば、双生児研究による「遺伝率」はほとんど埋まりそうであり、SNPによっては埋められない「見つからない遺伝率」の大きさはnegligibleである
  • だからSNPを続けよう。次世代シーケンサーは金のムダ*1

と言いたいわけ。

Nature AsiaにはGWAS系のチェック要員がいないのかな。

*1:超注意:分野によります。身長・BMIだとか多因子性疾患ではムダ、ということ

学業達成度に影響する遺伝因子

Genome-wide association study identifies 74 loci associated with educational attainment | Nature

(supplementary informationが134ページもある)

  • 30万人について930万箇所の遺伝的変異をスクリーニング
  • 74か所の遺伝的配列が学業達成度に統計的に関連していた
  • 11万人の独立したデータで確認、72か所において一致する関連を確認した。
  • 既存データベースで、胎児脳組織において遺伝子発現を調節していると考えられる部位(DHS)に有意に多く存在(enrichment)していた
  • 頭蓋内容量(≠頭の大きさ)と教育年数との遺伝的相関を発見した(P=1.2e-6)
  • ほかにも4つの形質(正の相関:認知機能、躁うつ病、負の相関:アルツハイマー病、神経症傾向)との有意な遺伝的相関を認めた。
  • 身長(正)や統合失調症(正)との遺伝的相関も有意であったが小さかった。
  • 独立したサンプルにおいて、発見した遺伝的変異により教育年数の予測を試み、それと実際の教育年数との相関をみたところ、R2=0.032くらいだった(P=1.18e-39)

この解析のフェノタイプは「教育を受けた年数」。日本でやるなら、中卒は9、高卒は12、大卒以上は16~という年数。留年したら長くなるんじゃないの?とも思うがそういう細かいことは気にしないのが大規模ゲノムワイド解析。欧州系集団のみを対象としている。

DHSというのはDNaseI Hypersensitivity Siteの略。それぞれの細胞内において核ゲノムはクロマチン構造を取り、ゲノムDNAはヒストンというタンパク質のまわりにグルグル巻きにされているので外からそのDNA配列にアクセスできないが、一部はヒストンにまかれていないところがある。そういうところには転写因子複合体などというタンパク質の塊がくっついて、遺伝子の発現を調整する。DHSは実験的にそういう箇所を同定する。そして、そういった場所は細胞によって違う。すると、今回教育年数に関連するとされた遺伝的変異が、胎児脳組織のDHSにたくさんあった。すなわち、胎児脳組織においてこれら遺伝的変異が機能を発揮しているだろう(ほかの組織・・・例えば筋肉などでは、遺伝的変異があってもヒストンにグルグル巻きされているので機能を発揮していないだろう)。胎児脳において遺伝的変異により遺伝子調節に違いが生じることが、最終的に教育を受ける年数に影響する・・・と、まあ「そうですね」というような解析結果である。そのほか本論文では一般的に中枢神経系組織に影響しているだろうという解析もいくつかしている。

「遺伝的相関」と書くとなにやら一般名詞のようにも見えるが、最近のゲノム解析で使っているなら普通GCTAとかLDSCとかの特定のソフトウェアの結果を指し、今回はLDSCによるもの。これの意味についてはいろいろな理解をする人がいるとは思うが、おそらく一致して理解可能なのは、「これら多因子遺伝性の形質は様々な遺伝子パスウェイにおけるいろいろな遺伝的配列の違いが影響している。遺伝的相関は、二つの形質がそういった遺伝子パスウェイを共有している割合を示している」ということ。そもそもわざわざ遺伝統計学者が「遺伝的相関」という言葉を使っているのだから、因果関係ではありませんよと注釈していることに等しい。

とはいえ、頭蓋内容量と教育年数が遺伝子パスウェイを共有していれば、その機能を起こす場所つまり脳であることが一致しているから、ある程度因果関係を示しているようにも思われる。一方躁うつ病においては、教育年数が長くなると躁うつ病をきたしやすいという交絡因子を反映している可能性もある。

統計学的因果推論をしたいというときにはMendelian randomizationをするということに(今のところ)なっている。

HPVワクチン副作用(仮)とHLA遺伝型との遺伝的関連についてのメモ

HPVワクチン副作用の話。

以前から話題になってはいたみたいなので(http://togetter.com/li/906273)す。このtogetterには「HLA-DPB1*0501が92%(11人)だった」、とあるので、この時点で調べたのは12人くらいだったのかな。

それから最近これが出て

http://mainichi.jp/articles/20160317/k00/00m/040/109000c

  • 研究班は信州大と鹿児島大で、ワクチン接種後に学習障害や過剰な睡眠などの脳機能障害が出た10代の少女らの血液を採り、遺伝子「HLA−DPB1」の型を調べた。
  • その結果、「0501」の型の患者が信州大で14人中10人(71%)、鹿児島大で19人中16人(84%)を占めた。
  • 「0501」は一般の日本人の集団では4割程度とされ

とある。

「7~8割」と減っているのだけれど、サンプルサイズが増えたら割合が低下したようで、これ自体は全く問題のないこと。ただ12人とかのレベルで発表していたのがおかしい。そして今後もこの数字は変化していくだろう。

これについて、当該新聞記事は

  • 調査数が少なく「科学的に意味はない」(日本産科婦人科学会前理事長の小西郁生・京都大教授)との指摘もあるが、

と書いているが、なぜ「が、」で終わらせるのか理解できない。この結果について、まっとうな研究者ならこの小西先生の指摘以外の結論を導き出しようがない。


ところでこの新聞記事、私本当にわからないことがあるのです。

メンデルの遺伝法則を出すまでもなく、ヒトゲノムは2倍体で、常染色体についてそれぞれ2本の染色体を持つ。この時、上記新聞記事で

「0501」の型の患者が信州大で14人中10人(71%)、鹿児島大で19人中16人(84%)を占めた。

とあるのだが、ヒトは「0501/0501」または「0501/その他」または「その他/その他」、というふうに、二本の染色体のそれぞれに存在するアレルの組み合わせとして「遺伝子型」を持つと言う風に高校の生物学で・・・我々の頃は習ったけどね、この記者さんが教育を受けたころは習わなかったかもしれませんが・・・。でも優性とか劣性とか習ったよね?まあ、そういうわけなので、『「0501」の型の患者』なる表現をすることはできないのだが、人数ベースで語る場合「0501キャリア」を指すことはある。すなわち、ここでいう

  • 「0501」の型の患者

というのは、私の解説のうち「0501/0501」と、「0501/その他」を合わせた数なのだろうと思う。

それに対して、記事中にある

  • 「0501」は一般の日本人の集団では4割程度とされ

は、アレル頻度のことでしょう。つまり、n人の日本人がいた時、そのすべての染色体本数2n本のうちの、HLA-DPB1*0501が乗っている染色体の本数。「アレル頻度」と明言していないのになぜそうだと思うかというと、例えばhttp://www.nature.com/ng/journal/v47/n7/extref/ng.3310-S1.pdf のSupplementary Table 1.にも(かなり下の方)38.9%とあるし。これは900人程度を調べている。

ちなみにここを見ると分かる通り、HLA-DPB1*0501というのは日本人HLA-DPB1アレルのうち最大頻度のものなんですね。最も多くの人が持っているアレルだということです。それがHPVワクチン副作用のリスクなんでしょうかね?

で、0501アレル頻度38.9%だとすると、ハーディ・ワインベルク法則に基づき「0501/その他」が47.5%、「0501/0501」が15.1%くらいになるので、これを合わせると62.6%。

だから、「信州大71%」「鹿児島大84%」と比較すべきはこの「62.6%」であるはずだと思います。だいぶ受ける印象が違うと思いますが。そして12人レベルでは92%だったところ、33人レベルで78.8%(両大学合算)まで低下して、だいぶ一般集団頻度である62.6%に近づいているところですが、今胸を張ってこの結果を発表できるのはすごいなあ。研究者ならちょっとドキドキしますよね。当初のチャンピオン気味のデータが否定方向に傾いているなあと思う時期のデータだと感じるので。

「そうは言っても、最初に92%もの頻度を観察したのだからなんらかの真実を反映しているのではないか」、と思われる方は、まずHLA-##だけでも最低6種類あり、そのうちHLA-DPにもAとBがあって(まあDPAは多型性低いけど)、さらにDPB1*##に数十種類あって、さらにそのそれぞれにDPB1*05##の2桁が付いていることを思い出そう。小サンプルの結果から、なんか良さそうなものを探し出すには事欠かない状況なのです。そしてそういうものは大体、数を増やせば安定してくる。頻度主義的*1統計学の言葉で言えば、ただでさえ検出力が全く足りてない上に、多重検定の問題がのしかかっています。今後の進展次第で科学的に有意義な結果になることを否定するわけではありませんけれど。

最後に、HLAアレル頻度には地域差が観察されます。他のゲノム領域とは独立した地域差を示すので特徴的であることが知られています。多分地域のローカルな感染症の歴史を反映しているのでしょう。すなわち、信州大、鹿児島大でHLAを調べたなら、それと地理的マッチする(もちろん他に年齢性別もマッチしている)コントロールのHLAをちゃんと調べないと、単に日本人一般集団と比較しても、本当はダメです。代替案として、ゲノムワイドSNPを調べて遺伝的地理情報の補正を行うというのはある。しかしそれだけのためにねぇ。

毎日新聞記者も、もうちょっとこの記事出す前に意見を聞くべき先生がいるだろう。NYTとかはこういう時にちゃんと適切な人に意見を求めて、科学的に変な記事にならないようにしているように感じるのですが。もちろんコメントを寄せていただいている京大の先生はきちんとしたことをおっしゃっているが、他にも何人もの利害関係のなさそうな人(例えば医者ではない遺伝学者)に聞いてみんな同じようなことを言うことを発見するはずだ。

*1:最近p値を濫用するのは・・・的な話が話題になっているので一応書いてみた