殺人の追憶

これはなかなか。舞台は1986年の韓国の田舎の村で、地元の警察が猟奇的な連続強姦殺人事件を捜査する様を描いたお話。実際に起きた事件を基にしてるらしい。刑事さん達の捜査の様子が、ユーモラスではありながらもそのユーモアが何だか抑制効きすぎと言うか、いちいち不毛な感じのする描写で描かれていく前半はあまりピンと来ず、一体どういう映画なんだろう、と思ってたら雰囲気がどんどん重苦しくなっていって、それは最後の事件発生後、線路上でのやりとりのシーンで最高潮に!これはたまらない。当時の韓国の社会情勢をアクセントにしつつ、刑事さん達がほとんど得体の知れない怪物のような“事件”そのものに翻弄され、追い詰められていく様を丁寧に丁寧に描いてくれちゃってるもんだから、見てるほうも辛い辛い。ああ、ソ刑事が哀れすぎる。ズシンと重いものが欲しいな、って方にお勧め。警察小説とか好きな人にも。
で、そのクライマックスのさらに後、ラストで描かれる情景には少し震えが来た。あの「用水路」が映った瞬間にもう。最後まで見ると本当にタイトル通りの映画で、自分(そしてたぶん同僚も)の人生を全く違う物に変えてしまった大きな出来事についてしびれるように強く思い出す、というお話だったのだなあ。やっぱり“犯人”には“顔”が無いし。エンドクレジットが始まってもなかなか席を立てそうにないような映画だった。
あと、たぶんやおい的にも途中まではなかなか楽しめる映画だと思うんで、そっち方面の方々にもお勧めしておこう。最後まで楽しむのはちときついが。

乾くるみ『イニシエーション・ラブ』(背景色でのネタバレ含)

……えっ?……………あ、あっ、ああー、わかった。そっかそっかそういうことか。気付くのにだいぶ時間がかかってしまった。つまりマユにとってもイニシエーション・ラブだったってことですね。彼女は二人の“たっくん”に対して二股を掛けていた、と。
でもこの趣向って面白いかなあ。帯によると「今年最大の問題作かもしれません。ぜひ、2度読まれることをお勧めします」だそうだけど、全然読み返す気が起こらないよ。話自体は80年代の若者どもがアヘアヘイチャイチャしてる様子を描いた微妙な不快感を含むもので、あまり魅力が無いのだもの。勿論、そのへんも意図的にやってるんだろうし(セックスシーンの萎え萎え感には特に悪意を感じて愉快)、先の展開に興味を持たせないにしても圧倒的に読みやすくはあるので普通に読む分には別に問題ない。でもなあ、「再読させる力」には欠けていると思う。仕掛けられたトリックと(一応の)作品テーマの結びつきの見せ方が巧くないと言うか、「だから何?」で終わってしまいそうな感じ。こりゃ再読云々以前に作品として読者に訴えかける力が弱いんじゃないかという気がするな。
と言うわけで、少なくとも本格ミステリとしては評価しにくいと思う。僕はもっとこの作家らしい“普通”からの微妙なずれ方を楽しめるのが読みたかったよ。章題まで昔のヒット曲のタイトルになってたりして80年代ネタには豊富なので、ノスタルジーを感じたい人にはお勧めできるかも。ただし作者はその年代に対して悪意たっぷりな気がするのでご注意を。