2012 - 05 - 19
'草間彌生 永遠の永遠の永遠' - 埼玉県立近代美術館
世界的な現代美術家として活躍する草間彌生の、最新の創作活動を紹介します。
半世紀以上にわたって、水玉や網の目の作品を作り続けてきた草間は、2009年から、驚異的な創作意欲を傾け、まったく新しい絵画の仕事に取り組みはじめました。それらは子どものように自由で楽しい想像力に溢れながら、人間の内面世界をえぐり出すような、これまでに見たこともない作品群となりました。この色彩豊かな新作と対照的なのが、50点からなる『愛はとこしえ』の連作です。草間が2004年から3年間で一気に描き上げたモノクロの線画作品は、無限に湧き出る連鎖的なイメージを、魔法のような筆使いで描き出したものです。さらに、初公開となる『南瓜』などの彫刻やインスタレーションも展示し、草間の分身としての創作世界を体感いただきます。
草間彌生という希有な才能をもった芸術家の、最先端の挑戦を、ぜひご確認ください。
―――http://www.asahi.com/kusama/
草間さんの作品との出会いは、六本木の森美術館の横にあるミュージアムショップだったように思う。たしか2年前くらい。
そのときはすっかり男性だと思っていて、「水玉がすごい男の人」くらいにしか感じていなかった。
wikipediaで調べたら、そもそもは女性であり、幼い頃から統合失調症と闘っていると記載されていて、「ギフテッド…!!!!」と思った。
祖母と「病それらを芸術に昇華できるって、ひとつのこたえなのかな」と話したことをおぼえてる。
あとから、様々なところにオブジェが展示されている人気の作家だと知り、
去年は青森県の十和田市現代美術館にも訪問したので、「フィーチャーされるすごい芸術家なんだな」という印象に変化した。
そうしたら今年の六本木アートナイトでは、ヒルズアリーナにある草間オブジェには人だかりができていた。
それでもまだ、私にとっての草間さんは「ビビッドでちょっとかわいいからはやってるのかな」くらいの認識だったんだけど(すみません)
今日の'永遠の永遠の永遠'展に来ることで、彼女の作品のもっともっと深いところに触れることができたのが本当に良かったと思っています。
これである意味逆に「草間さんの作品って、カラフルでかわいいよね!」とシンプルに紹介できる気もする。
以下感想です。
- カワイイ・ビビッドという理由で人気なのかな…
- ある意味いま日本が推進してる「トーキョー・カワイイ」に通じるものがあるのかも
- 使われた色を数えてみる。/ あか・くろ・あお・きいろ・みどり・ピンク・金・銀・オレンジ・紺 どの作品でもこれくらいの中から。
- 原色づかいが憂鬱さと生命の深刻さをあらわしている
- 幻覚が元で絵画を〜というエピソードが有名で、そこで見えたものが描かれているとは決して限らないけど、「写実的」な要素は強い。だからこそ目でみたときに、つくりものという違和感を感じにくいのかな。
- 理科の細胞(きっとみんなが思ってる)
- 花と虫や、生活用品など有機物無機物にへだてなくに目を描くことで「いきものにする」魔法
- 「永遠の永遠の永遠」の詩で語られている「死」とは、精神と物質のどちらの比重が大きいのかな。
- 草間さんの詩は、文字通りの賛美歌という印象がつよい。とても宗教的だなとかんじる。
- 1950年代ごろにはすでにシアトルやNYで大活躍していたらしい。ヒッピーたちと一緒にいろいろやっていて、和製ガガかなという印象も強いけど、もっと芸術・哲学・政治という分野で身体表現を核に活動していたそうです。
- 2009年に文化功労賞を受賞したのがきっかけで、一気に著名になったの?
草間さんのバックグラウンドに持っている(であろう)憂鬱な気持ちそれらは
ある意味で私たちにも共感できる部分が多くあるのだと思う。
これが非常に'日本的な'共感であり、感情移入なのか、他の文化圏の人々にも共鳴する感覚なのかはわからないけれど。
(憂鬱な偉人は多いが)女性である彼女がそういうメッセージを発信し、
その上でなお奇才と称されるアウトプットを実現している、この現象がとてもユニークだと感じる。
彼女は「私ってなんて天才なんだろう」「天才は現れるときを知っている」と表現しているけれど、
自分と社会とのつながりかた・距離感に自分ならではのひとつの明確な答えを持ちたいと強く思っているかなと予想します。
そしてそれこそがまさに「気を病む」現象そのものなのかもしれないな、と。
歴史にのこる人を、今私たちは目の前にしているのだと。
2012 - 05 - 03
クーリエ・ジャポン December 2011 vol.086
COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2011年 12月号 [雑誌]
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/10/25
- メディア: 雑誌
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経済学は歴史が非常に浅い学問で、18世紀にアダム・スミスが『国富論』を著したのがその先駆けとされています。優に1000年以上もの歴史がある他の自然科学などの学問に比べれば、経済学には洗練されるための時間と、飛躍するためのテストケースが欠けていたとも考えられるのではないでしょうか。事実、リーマンショック以降の経済混乱からも、いくつもの新しい見識が生まれています。経済学は日々、進歩を続けているのです。
今月のキーワード
Hacktivism -ハクティビズム
: コンピュータハッキングと政治行動主義(アクティビズム)を組み合わせた造語。政治的なメッセージをともなった、ハッカー集団の抗議活動をこう呼ぶ。
記憶する自己 -Remembering self
: 過ぎ去った日々を振り返り、人生の"意味"を考える主体としての自己。ノーベル経済学賞を受賞した心理学者のダニエル・カーネマンが考案した概念。
Dark Energy -暗黒エネルギー
: 宇宙全体のエネルギーの約70%を占めると仮定される、未知のエネルギー。宇宙が加速度的に膨張している原因とされ、研究が進められている。
Special Air Service -SAS
英国陸軍の特集空挺部隊のこと。敵陣内の主要施設への潜入破壊工作などを専門とする世界初の特殊部隊で、他国の特殊部隊の手本となった。
Solyndra -ソリンドラ
: 米国の太陽光パネルメーカー。政府から巨額の融資保証を受け、グリーン政策に力を入れるオバマ政権の象徴的存在となったが、今年9月に経営破綻した。
David Guetta - Nothing But the Beat, The Movie

英語/アメリカ/2011年
2012年4月現在、ニコニコ生放送が1回行われ、iTunesでのダウンロード(Podcast扱いで、無料で観れる)が可能です。他にもEMIのサイト上や様々な所でプロモーションに活用されているそう。
David Guettaは、私がビルボードのチャートに興味を持ち始めたきっかけになった人。
DJが来るイベントにたくさん行ったことはないけど、クラブミュージックは大好き、ということで
「Nothing But The Beat」の赤盤は「Where Them Girls At」がシングルカットされた時点でDL済み。
音楽系ムービーははじめて見たけど、そのアーティストに陶酔できるという意味でファンにとっては垂涎ものかも。
それにしても「彼がハウスミュージックのプレゼンスを押し上げた」って意見がたくさんの人々から聞かれて、
あーゲッタってすごく革命なんだ、と改めて感じました。
それにしてもイビサ島に行かずして死ぬことはできまい。

2012 - 04 - 29
Numero Tokyo 2012 June.
Numero TOKYO (ヌメロ・トウキョウ) 2012年 06月号 [雑誌]
- 出版社/メーカー: 扶桑社
- 発売日: 2012/04/27
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長澤まさみ
13歳で芸能界デビューした長澤まさみ。彼女が放つピュアで純真、そして真っ直ぐな魅力で、演じるキャラクターに見る者をいとも簡単に恍惚とさせてしまう。女優として確固たるキャリアを築き、25歳へ。大人の女性となったいま、逸脱したその美しさを解禁し、私たちを再び陶酔させる。
10代の頃から自分の限界を決めるのがすごくイヤで、人に自分をさらけ出したり本音を言わないタイプだったんですけど、そこもオープンにしていくと、より新しい自分に出会えるというのもこの仕事に学んだこと。でもだからって、根本的な秘密主義は変わらないんですけどね。(笑)
(長澤まさみ)
このインタビューを読んで、長澤まさみが好きになった。すごくストイックだし、完璧主義だし、私が好きだった頃の岡田准一に似てるなーと思った。どっちも10代早々から芸能界ってところに入っていたりするよね。ひとの人生っておもしろいです。
ウィスィット・ポンミニット
絵はお金がなくても描ける。絵はどんな時代でも描ける。絵は時間が少なくても描ける。自分の綺麗な夢を信じて、指だけ動かして世界の人に見せよう。
岡田将生へ「器用ですか?」
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/04/23
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料理はなんでするかっていうと、ほかのことを考えないで集中できるからやってるんですよね。あんまり考えたくないときとかに料理作るとそれ以外のこと忘れられるのでストレス発散にもなってます。
(岡田将生へ50の質問)
2012 - 04 - 14
乱 - 黒澤明監督
- 出版社/メーカー: 角川エンタテインメント
- 発売日: 2009/05/29
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1985年/日本/日本語
出演
仲代達矢/寺尾聰/根津甚八/隆大介/原田美枝子
くろさわあきら…おづやすじろう……
日本映画の金字塔だと知ってはいても、なかなか触手が伸びず観る機会がなかった映画。
超初心者ですがよろしくおねがいします。
★---
そんな乱ですが、フランスの方々との共同制作、ワダ・エミさんの素晴らしい衣装、武満徹さんの音楽、リア王や三本矢など様々な古典エピーソードへのオマージュ、なによりも各役者さんの立ち振る舞い…それらの調和がとても美しい作品だと感じました。
赤・黄・青のバランス(各人のパーソナルイメージづくり)もすばらしい。これは、言語化した上で各色を決めたのか、それとも色彩担当のひと言で決まったのか、すごく気になるところです。
上に書いたように、大部分がオマージュであるので、「理解→分解→再構築」という表現だと私は理解しています。
なので教訓とか、心に刺さるひと言とか、そういうのは正直ないし、それを求めて観る作品でもないのでしょう。
ただ映画の評価において「空気感」「世界観」(の密度)や完成度の高さといった部分の存在感も大きいし、
日本文化(武士道と呼ばれるものや、その対極にある西洋文化への柔軟性)の特徴も端的に伝わる…という意味でも
広く深く評価されるに値する映画だと思います。
時代背景を考えると撮影技術、そして演者の方々の集中力もさぞ素晴らしい。お城を燃やしたり、自然をきれいに描いていたり。
あと私はロングカットと遠くからズームしていくカメラワークが大好きなので、そこでもこの映画のスケールの大きさを感じ取れます。
私は話をするときに頭より口が先に動くタイプなのだけど(しゃべったあとに「あ、私ってこういう考えをしてるんだ」って勝手に納得してフィードバックしてることがすごく多い)、こういう映像制作畑の人は、撮ったカットがどういうものになるのか、もう目にはそれが見えてる上で撮影してるのかな?と気になります。(絵コンテを書いたりするし、制作陣でイメージも共有もしなくちゃならないからある程度は視覚化した上で撮影するのが常なような気もするけど、その段階での、解像度というかイメージの鮮明さはやっぱり監督のセンスの高さに依存するのかなと)
いろんな俳優さんの若いころ、っていうのが観れたのもうれしかったです。根津さんがぎらぎらしててかっこよかった!ピーターさんの道化もユニークだし「助演」ってまさにこういうことをいうのかな、とも思います。すごい、のひと言です。
「結局、色恋に溺れると滅びちゃうよ」っていうバッドエンド感にシェイクスピア悲劇と日本文化の親和性の高さというか、いまいちハッピーになれない絶望感を感じてしまったり。*
2012 - 03 - 28
ICC - 「インターネット アート これから」――ポスト・インターネットのリアリティ
Memo/Thinking, Words, Museum, Art, Culture
http://www.ntticc.or.jp/Archive/2012/Internet_Art_Future/index_j.html
ICCで開催されていたインターネット系アートのイベント。
トークショーではdividualのお二人も登壇。
以下は私が知人に送った、トークショーのレポートです。
・「アートを社会に実装する」
・「パラレルワールド的な世界がそこにだけある」
この2つのキーワードが非常にユニークだなと感じました。
参加したトークショーのお題は「ビジネスとアート活動」だったのですが、
結論から言えば、つまりはそこに境目はなく、上記のように
「(自分が信じる"価値"を)いかにして社会に組み込んでいくか」こそがhave to thinkなのだなあと。
そこに「アート」や「ビジネス」といった大げさな括りをもたせるからどんどん方向が逸れていく。
(多少方向が逸れたとしてマスがそう認識するわけではありません。
けれども感度の高い人達に気が付かれてしまうとか、
本人とスポンサーの間で違和感を感じるとかそういったことは生じてきます。
だからここの認識が重要かといえば大衆にとってはそうでもないし、
活動の担い手からすれば非常に重要な価値基準にもなりうる。)
ただ、登壇者自身も、活動資金を貯めるのがすごく大変だと嘆いていたので
(ヨーロッパに住んでいた時期があるということで日本の現状との比較も含め)
資金調達の方法をまじめに考えなくてはいけないことも確かではあります。
彼らは2人組のユニットなのですが、株式会社で運営しています。
NPOも作ったそうですが、結局使わなかったそうで、
彼らのスタンスとしては「社長です、っていう仮衣で名乗ってるんだけど、
それは自分たちのやりたいことをやりやすくするための手段です」っていう認識だとか。
「webサービスそのものがパブリックアートになっていく」
「API化する世界」
・Europeana (参考) 欧州文化遺産のマルチメディア図書館「Europeana」一般公開
・DATA.GOV
・Data│San Francisco
元のデータを「引用する」というかたちをとって、クリエイティビティの担保と行政のコストカットを実現させることもできる。サンフランシスコのデータでは、駐車場や犯罪率、母親向けの公園リストなどが活用されている。
展示そのものはちょっとカオスラウンジ的な様相を呈していたのですが、
全体的に感じたことは「アートとウェブが溶けこむようす」「素人と玄人が溶けこむようす」など、境界線が消えていること。
いずれも「溶けこむ」「混ざってしまう」などがキーワードだと感じます。
そこにある世界にはプロもアマもなく、よくも悪くも雑多で猥雑である。
そんな猥雑さこそが21世紀の真の姿なのかもしれないな、と考えたりもします。
谷口暁彦さんの『夜の12時をすぎてから今日のことを明日っていうとそれが今日なのか明日なのかわからなくなる』という作品は、タイトルはなんとも意味深ながら、時計と、その横に映像に映った時計がならんでいるというすごくシンプルなインスタレーション。おそらくキャプションには「映像の中の時計は、実存のそれとかぶり、「今」を表しているように見える。しかし、その映像が示すものは、紛れもなく過去(撮られた時)なのだ。」というようなことが書いてあったはず。なるほどと頷くと共に、「画面越しのリアルタイム・リアリテイ」をこれほどわかりやすく表した表現もないだろうなと感じます。その後見かけた以前のICCイベントの映像にて、津田さんが「野球場にいながら、ワンセグを見る。そうするとちょうど数秒の差が心地よい。リアルを行き来する。」なんてことを発言していました。私たちが画面越しに共有するリアルタイムはどんどん0.1秒を縮めていっている(Ustreamもある種のエポックかも)わけだけれど、その現実に一歩立ち止まって、俯瞰するチャンスを与えてくれる作品でした。
アーロン・コブリン+川島高さんの『1000セント』は大きなモザイクアート。
真鍋大度+石橋素&やくしまるえつこの『プロポーション』は光と音とテクノロジーが交差する。
