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2010-07-15 自分を不幸にする「すべてか無か」と「コントロール」

自分を不幸にする「すべてか無か」と「コントロール」

「すべてか無か」と「コントロール」は、ライフスキルの不足から起こる現象です。

主に自己肯定感の低い人が行動を起こすときの行動パターンとして両輪になっていることが多く、いろんな場面で登場しますが、この2つを使えば使うほど、親密な人間関係が作れず、やがては自己破滅に至ります。

「すべてか無か」と「コントロール」、聞きなれない者にはなにか大変なことと思うかも知れませんが、2つの機能の問題解決については、想像するよりは実際には、ずっと簡単です。それには、まず自身にその傾向があることを認識することから始まります。

まず、「すべてか無か」について考えてみましょう。

自分では気がつかないうちにとっている「すべてか無か」という極端から極端にジャンプする感じ方、考え方、行動パターンの根源は、親しみのある愛情を基本とした人間関係を体験していないことに起因します。親密な関係は、いきなり作れるものではなく、安全を確かめながら、一歩、一歩、互いに歩み寄りながら、信頼を積み上げていくものです。通常、親密な人間関係の学習は、家族間で行われます。親密な関係には一貫した愛情表現があり、安全性が脅かされたりせず、その時々の感情で考え、感じ方、態度、表情、行動パターンが変わるものではありません。

「すべてか無か」は、一貫性がなく機能していない家族関係から生じている場合が大半です。機能している家族とは、家族ひとりひとりの人権が尊重され、互いに自立をめざしている一方で、助けが必要な場合にはサポートが受けることができる家族です。

 親密な関係は一貫した愛情表現で育まれます。たとえば昨日、お父さんが抱っこしてくれて、「おまえはいい子だね、かわいいね。元気に大きくなるんだよ」と言ってくれた。 そして今日も同じように、やさしくしてくれた。このように一貫して同じ態度で育んでくれるとゆっくりと認識していくことができます。

 ところが機能していない家族では不幸なことが起こります。昨日は父親が抱っこして「いい子だね・・・」と言ってくれたのに、今日になると「お前は悪い子だ。問題ばかり起こしてひどい子だ」と険しい表情と強い語気で怒る。しかも子供の方では思い当たるような理由もはっきりしないまま、特に酔った挙句の表現なら、子供にはなにが起こったのか分かりません。

 このイエスとノーの極端な違いには中間がありません。 つまり、ここでは、すべて正しいか、あるいは逆に、すべて間違いなのです。しかし実際は、すべて正しいわけでも、すべて間違いなわけでもなく、正しいこともあれば、間違っていることもあるのが現実です。

 ところがこのような体験を繰り返していると、「すべてか無か’という非現実的な感じ方、考え方が常習化してしまうのです。

 たとえば、好きな人ができて、相手も好意的だったとします。そこで相手を信じると、受け入れて欲しくなるのが人の気持ちです。そこで、信頼しているとすべてをさらけ出そうとしますが、まだそこまで親密でない相手は戸惑い閉口して距離をおき、場合によっては去っていきます。すると今度は一切信用せずに分かち合おうとしなくなります。このやり方は、どちらも非現実的なやり方なので健全に機能している人からは遠のく結果になります。このため人間関係の傾向は同種のタイプとの関係に限定的になりがちです。つまり「共依存」に陥りやすいのです。

 「すべてか無か」は、感情処理にも著しい傾向を示します。感情イコール行動イコール結果というように、やはり極端に結果に結びつけてしまいます。この傾向があるため自分の感情を気軽に表現することも、相手からの感情の反応を受け取ることも苦手、あるいは嫌います。 そこでどんな会話をしたらいいのか分からないといった悩みが生じます。

 仮に怒り(感情)が表現されたとします。そこで反射的に恐怖が生じて、続いて暴力(行動)がやってくると想像します。同時に関係性が破綻すると思います。このような体験を繰り返し受けていると相手が感情を表現すると、一足飛びに結論を申し渡されたような気がして、どうしていいのか分からなくなるのです。感情の表現と行動は次元の違うことで同じではありませんが、その判断が出来ないのです。

 感情の表現が結論のように感じると、境界の認識は混沌とするようになります。境界が混沌とするとは、自分の感情と相手の感情が混沌とすることを意味します。誰の感情なのか分からなくなってしまいます。 これは、恥ずかしさの原因になります。なぜなら、相手の感情と思ったことが、実は自分の感情だったとしたら・・・たとえば相手が自分に好意を持っていると感じて甘えた後に、「なぜそんなになれなれしいの」と言われたら赤面してしまいます。

 このような経験をすると、自分を表現することが恐怖になります。先に述べたように、その後、一切信用せずに分かち合おうとしなくなります。

 このように極端から極端へジャンプしてしまうのは、感情を仕分けできないために、自分と他者の間にある境界を越えてしまった自分、あるいは再度、境界を越えてしまうか分からない自分に自信が持てなくなり、他者と距離をおこうとします。

 主体性を持てないこども時代は別として、成人した現在では、相手から好意が示されたら、好意的に感じてくれている部分もあるが、そうでない部分もあって当然だし、自分が相手に持っている好意の強さと相手がこちらに寄せる好意の強さは同じでないと理解できるはずです。つまり全体がグレーであり混沌を受け入れることができるストレス対処スキル(ライフスキルのひとつです)を発揮する、あるいは身につけるようにすることが、自己実現に欠かせない防衛になります。

境界が認識できないとは、自分の感じ方、考えだけに注目しすぎて、相手の感じ方、考えに無頓着ということです。 自分の世界があるように、同じ大きさ、重さで相手にも相手の世界があるのです。親密な関係は混沌を受け入れることからスタートして、主体的に境界をゆるめたり強めたり、言葉、態度、表情を使って、ゆっくりと一歩、一歩、安心を確かめながら育んでいきます。

このような行動は人間関係だけではありません。仕事、勉強でも同じことがいえます。一歩一歩が苦手な人は、グレーを受容し、一歩一歩積み重ねていく根気 が苦手です。

 コントロールできないと不安になる傾向があります、コントロールは主体性を持たないこどもにとって生き抜く知恵であり、スキルです。こどもにとってコントロールできないことはすべてを委ねるしかないので恐怖です。人を信用すればコントロールをゆるめますが、ゆるめるとどのような扱いを受けるかわからない不安を感じるからです。

 成人しても、コントロールは、自分を守るために使っている分、よくないこととは思いにくいのです。

たとえば”相手が自分に好意を持っている”と感じます。自分も相手に好意を持っているとします。感情と行動が一体になってしまう自分は感情表現するのが不安です。そこで次に自分が感情を表現することも、行動しなくてもいいように相手を動かして確認しようとします。自分が傷つかないように思わせぶりな態度や表情、どのようにでも解釈できる言語と非言語的なメッセージで相手が行動するように仕掛けます。

 言い換えると「私にはムリなのです」と「弱者」を御旗にして、自分の思うように相手を動かしてしまえというのが「コントロール」です。

 このような行動パターンは、女性全般にあてはまりますが、身体的に受け身であること、さらに長い間の男尊女卑、つまり弱者にされ続けてきた社会的な風土が影響しています。「弱者の戦術」という点では共通点が発見できますが、ここで問題にしているのは、「すべてか無か」の発想です。

そこで重要なことは、この傾向に気づくことです。それから、敏感過ぎる警戒心を逆に利用して、自分が極端に行動したり、感じたり、考えることに注目して用心するようにするといいのです。



 行き止まりを感じる時、四方八方が強固な壁であるかのように感じた時には、「すべてか無か」に、どっぷりはまっていないか、自問自答するのです。自分自身に話しかけるのです。自分がどうしたいのか、すべてか無だけでなく、他にどのような選択肢があるのか考えるのです。

ゆっくり考えて、ゆっくり進むのです、一歩、一歩、先に進む様にします。いきなり結果を求めずに、なにごとかを成し遂げるときにするように、マイルストーンを使うのです。

 マイルストーンとは、大きな目標を細分化して、いくつもの小さな目標を立てるやり方です。結果にたどり着く行程を作って、ひとつひとつの行程をどのようにクリアしていくか、その計画を用意して、一歩、一歩を確実にクリアするのです。うまくいかない時には、行動の結果を分析して、どうすればいいのかを考えてやり直してみるのです。

 人間関係において親しくなっても、トラブル場合もあります。それでもやり直し、修復するように取り組めば関係はよりよいものにすることができます。自分で乗り越えることができないと感じた時には、アサーティブに、つまり率直、誠実、対等、自己責任を忘れずに、信頼できる人に相談してみるのもいいでしょう。

 とにかくやってみることです。完璧主義は自分を否定的を捉える原因になります。完璧主義は「すべてか無か」の感じ方から生まれています。自分の瑞々しい感覚を再生するために、白か黒か、イエスかノーか、すべてか無かの習慣化した感じ方、考え方を捨て、コントロールを手放すのです。

手放すには勇気がいるでしょう。しかし手放さないと「ライフスキル」は不足のままになります。


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