Hatena::ブログ(Diary)

世界で一番大切な君に話すこと。 このページをアンテナに追加 RSSフィード

やる気の向こう側にいるひとへ、勇気があったら飛べるのにと考えているひとに ライフスキルをパワーアップ★じぶんぢから再生プロジェクト「ゲンキポリタン 」の愛ピです。

2012-01-02

【自分を変える】統合する最後の第8ステップ

f:id:aip2009:20090409125502j:image

f:id:aip2009:20090409125819j:image

福井市足羽神社


 このステップに辿りついて、統合の効果で、よくやくすっきりとした安定を感じることだろう。

統合は、新しい自分のアイデンティティの誕生を体感させる。


実際にはまだ足を踏み出していなくても、すでに自分が変わったように感じるだろう。

統合によって、本当の自分に出会ったように感じる。それまで随所、随所に相反する考えがいくつもあった上、他者の価値観まで紛れ込んでいたアンビバレンツな自分しか知らなかったからだ。

統合によって、考えたこととは、別のことを感じ、さらにもう一つ別のことをするいったバラバラ感がなくなる。


 人に限らず部分がバラバラにされると完全感を失う。混乱の状態は人形をバラバラにして目に入る混沌とした状態と同じだ。

統合はそれが完全に修復されたイメージとよく似ている。統合とは自分でも気がつかなかった自身の回復なのだ。


感情、考え、行動は全体としてのまとまっていき、さらに経験することで、統合は深まる。

以前より気づきの機会が多くなり、効果的に問題を処理できる能力が高まっていく。副産物は平穏と安心、そして喜びだ。


統合は問題の消滅ではない。それでも古い習慣や恐怖、信念を捨て、新しいものと結ぶ。

単なるアイデンティティの変化ではなく、以前以上に強く、深く、幅広いアイデンティティに変わるのだ。

それが自信になりPDCAを回すことを受け入れる。この受容こそが変化なのだ。


 個人的な変化は、環境(組織文化、配偶者の価値観など)に支えられなければ維持しにくいものだ。

気づいてバックアップしてくれる人がいるとよいが、そうでない場合でも落胆せずに、「そんなものだ」と肯定的な解釈をして、自らサポート体制をつくるようにすることが大切だ。

サポート体制をつくるには、自分が成し遂げた変化を受け入れて尊重してくれる人が傍にいてくれるといいだろう。


f:id:aip2009:20090409130253j:image

福井市足羽神社

f:id:aip2009:20081230000706j:image


関連サイト&ブログ

日本全国男前プロジェクト

ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト

ライフスキルで自分を動かす

【アサーティブネス】自分をじぶんの味方にするために【アサーティブを学ぶ】

沈黙を抱きしめて。


ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト

2011-04-12 家族から学んで実行する自立の学習

家族から学んで実行する自立の学習

f:id:aip2009:20090410003114j:image福井市足羽神社

■家族から学んで実行する自立の学習

・ 目的を持つ

・ 自分の「限界」を恐れないで、限界を認識する

・ 限界に対処する方法を工夫する

・ 「助け」が求められる自分になる。

・ いまこの瞬間に「集中」する。

・ 愛とは励ますこと。

私たちの暮らしはコミュニケーションがすべてと言っても過言ではない。

毎日、あらゆるところから不意にメッセージが投げかけられる。楽しいものもあれば、不愉快になるものもあり、それらによって自分の気持ちが動く。しかし気持ちが動く前に、投げ込んだ当事者に返すものが大半だ。

「じぶんぢから」とは「コミュニケーション力」に他ならない。

では、どうして自立したコミュニケーションができると、自分が価値ある存在と思えるようになるのだろうか?

 まず、自分のままでいいと思えるのは自立しているからだ。自分に否定的だと自分の不足を依存で賄おうとする。しかし自立は、足るところも足らないところもあるけれど、自分の責任は自分が引き受ける状態だ。必要があれば助けを求めることもできる。助けを求めた責任を自分が引き受けるから、助けを求めることができるのだ。どのような状態であっても自分を引き受けるとは、次のような態度と結びついている。

●自分と周囲の人を尊重し励ます

プロセスに注目する

● 決めたことは責任をとる

● できるまでやる

● いまこの瞬間に集中する

● 理想と現実の差をうめる目標を選ぶ

● 感情的な行動をしない

 このような態度を自分に課せられると不安に感じるのは、努力の必要を感じるからだろう。努力の必要が生じるのは、そこに限界があるからで、ネガティブな受け止め方をしてしまう。しかし、限界を認識できることで、なにをどのように努力したら、自分はどう変わるのか判ってくる。同時に努力してもできないことも分かるようになる。そうして自分のアイデンティティが分かってくる。

 自分にはできること、できないことがある。だから助けを求めるが、同じように、相手から助けを求められることもある。やはり自分と同じで相手にもできること、できないことがあるからだ。お互いのできる、できないことを確認して、できることは「イエス」、できないことは「ノー」と返す。それはお互いさまである。

 これは普通の感覚ですが、自分の限界が判らないと、できないことでも「イエス」と言ってしまう。逆にできることでも「ノー」と言う。自分の責任範囲があやふやで混乱してしまう。自分の限界が判らなくなるのは感情が先走ってしまうからだ。相手が不機嫌になるといやだとか、断ると嫌われるとか、自分が不利になるとか心配するからだ。しかし、自分は万能の神ではあることはない。限界のある人間なのだ。自分の仕事とそうでない仕事がある。断ると嫌われるとか、自分が不利になるとか、考える以前の問題だ。

 役割分担もないままに使った食器を使った人が洗わないのは、洗う人の限界を気にとめない、つまり尊重しないからだし、伝えないままに引き受けている人の責任なのだ。このように「イエス」、「ノー」が混乱してくると、自分が尊重されていない気持ちが強くなる。否定的なメッセージを受け取っていると、自分でも自分に否定的になる。しかも「ノー」と言うべきところを「イエス」と言って引き受けていたら責任範囲が拡大する一方だ。押し付けられたメッセージ、相手の問題は相手に返すのが、コミュニケーションをよくするポイントだ。

コミュニケーションのあり方を学ぶ場所が「家族」なのだ。「イエス」、「ノー」は日常的に多く使う言葉だが、使い方で人生は変わる。家族はそのことをよく認識して「家庭」は学習の場だと知っておくことが大切だ。

D

f:id:aip2009:20081230000706j:image

関連サイト&ブログ

ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト

ライフスキルで自分を動かす

【アサーティブネス】自分をじぶんの味方にするために【アサーティブを学ぶ】

沈黙を抱きしめて。


ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト

2011-03-30 機能する家族

機能する家族

f:id:aip2009:20110325094222j:image


自分が何を苦痛としているのか、どう考えているのかを探究することで、子供を励ます能力を磨く。

親はパートナー以上に、こどもを通じて学ぶことができるのだ。子供に注意をするとき、叱るとき、あるいは子供が言うことを聞かないとき、親は気分を害すが、

パートナーに比べると防衛することは少ない。その分、自分が何を恐れ、不安になり、苛立っているのかが、晴れた日の空を見るように見やすい。

もし、こどもを通じて学ぶ意志がなく、苛立って叱責するなら、こどもへの態度は白か黒かのように、甘やかすか、あるいは厳格、感情的になるかに分かれるだろう。

学ぼうとしない親の態度や表情は、親自身にも、こどもたちにも、プラスになるものはなにもないのだ。

このような体験を積んでいくと、子供はコントロールされることに不満を持ち、親から離れようとする。うっとうしいから距離を置きたいという理由からだ。子供は親の仕組みを真似してコントロールしょうするのだ。しかしそれは自立に向かっているものではなく、自分の放棄でしかない。パートナーの場合と同じく、愛されていないと感じている。

思春期のこどもの反抗は、自立したい欲求が背景にある。にも、関わらず親がいつまでもコントロールしようとするから複雑になるのだ。親のコントロールはこどもへの愛情ではなく、親自身の不安から起こっているといえる。こどもがそれに反抗するのは、こどもに生じた不安に対する防衛だ。反抗は双方が自分を失っている証しなのだ。

親子が不安になっていたら、家族に安定はなくなる。「反抗期」は、突然やってくるのではなく、そこに至るまでの結果なのだ。

親が境界を認識して、こどもの自由つまり率直、誠実、対等、自己責任を柱にした良心と、良心で使いこなせる知識、知恵からなる良識を尊重すればこどもの欲求をくじくことはない。

不透明な限界への不安、アイデンティティの混乱、自立へのとまどいと葛藤が生じると価値観の衝突が起こるので対立は避けられないにしても、あっておかしくない問題は乗り越えることができる。対立を通して愛されていると感じて、家族の親密さが深まる。食事の時間も寝る時間も、親密で愛情のあるひとときになる。

家族の基盤は、ひとり、ひとりのありようで作る。

パートナーのそれぞれが自分の恐怖や価値観を認識していないと、防衛的になる。防衛的になると、相手に力を誇示するか、逆に力不足を強調する支配的なコミュニケーションをするようになる。

日常的に主導権争いが家庭は戦場になる。戦火が鎮まるのは無関心、服従になったときですが、仮面をかぶっただけなので、親密で愛情のあるコミュニケーションはなく、本当の平和はない。

率直、誠実、対等、自己責任を柱にしたコミュニケーションができなくなり、愛情を感じることも学ぶこともできなくなる。

他者の庭からは青い芝生に見えてもその実態は枯れているのだ。

家族で大切なことは、境界を守ることだ。

ひとりひとりの「個室」があっても、境界を守らなければ「個室」はないのだ。

物質的な豊かさを実現しても、虚ろなのは、親密な愛情が欠けているからだ。親密な愛情の正体は境界つまり個人の自由を尊重した励ましのある関係だ。

f:id:aip2009:20090409163122j:image

自由とは、良心と良識だ。

良心とは、率直、誠実、対等、自己責任を柱にした心だ。良識とは、知識、知恵を良心で使いこなせるスキルだ。自由は、境界の領域にしかないのだ。

相手が誰であっても、支配的、防衛的、依存的な態度・言動は自由を尊重しないものだ。

自由を尊重するとは、自分を考え、相手を考えることだ。

相手を変えようとするかわりに、「相手のことを知りたい、学びたい」と心から思うとき、喜びが跳ねながらやってくるだろう。

コントロールしたい欲求を捨てることは難しいものだ。学ぶよりも楽だからだ。手抜きだ。つまりそれこそが愛情の不足なのだ。

愛情とは、その難儀を難儀と思わず、心から「相手のことを知りたい、学びたい」と思い実行することなのだ。

ひとりひとりの欲求や権利が尊重されると、ひとりひとりが学び成長しながら、全員で愛する体験をつくっていける。これが機能する家族の仕組みの基盤なのだ。

このやり方が難しいと感じるのは、他のシステムを疑いもしないで受け入れているからだ。

国、地域、学校、家族、あらゆる共同体が、問題意識もないまま当たり前のように恐怖心や罪悪感を利用して、コントロールしている状態になれているからだ。しかしそれらは安心や意欲を引き出す代わりに不安、不信、反感を引き出してしまうのだ。

たとえば人の評価をするときに、その人の内側にある本当の価値に無関心なまま、なにを手に入れたかで判断するように、自分に対しても同じ評価をしている。

なぜ、そういう評価をしているのか、考えてみることが必要なのだ。


f:id:aip2009:20110325094221j:image




f:id:aip2009:20081230000706j:image

関連サイト&ブログ

ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト

ライフスキルで自分を動かす

【アサーティブネス】自分をじぶんの味方にするために【アサーティブを学ぶ】

沈黙を抱きしめて。


ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト

2010-02-26 家族の仕組みがこどもを幸福にする

家族の仕組みがこどもを幸福にする

家族の仕組みがこども幸福にする

http://www.genkipolitan.com/img_kokoro/DSCN2792.jpg

福井県福井市 福井歴史博物館

家族の仕組みがこどもを幸福にする

家族の仕組みが機能している健全な家族であっても対立は起きます。対立は苦痛ですが苦痛を隠さないのが機能している家族の特長です。すべての対立は学習の機会です。

自分が何を苦痛としているのか、どう考えているのかを探ることで、子供を励ます能力を磨きます。

親はパートナー以上に、こどもを通じて学ぶことができるのです。子供に注意をするとき、叱るとき、あるいは子供が言うことを聞かないとき、親は気分を害しますが、

パートナーに比べると防衛することは少ないものです。その分、自分が何を恐れ、不安になり、苛立っているのかが、晴れた日の空を見るように見やすいのです。

もし、こどもを通じて学ぶ意志がなく、苛立って叱責するなら、こどもへの態度は白か黒かのように、甘やかすか、あるいは厳格、感情的になるかに分かれるでしょう。

学ぼうとしない親の態度や表情は、親自身にも、こどもたちにも、プラスになるものはなにもないでしょう。

このような体験を積んでいくと、子供はコントロールされることに不満を持ち、親から離れようとします。うっとうしいから距離を置きたいという理由だけです。子供は親の仕組みを真似してコントロールしょうとしたのです。しかしそれは自立に向かっているものではなく、自分の放棄でしかありません。パートナーの場合と同じく、愛されていないという思いが生じています。


思春期のこどもの反抗は、親がいつまでもコントロールしようとするから起きるのです。親のコントロールはこどもへの愛情ではなく、親自身の不安から起こっていることです。こどもがそれに反抗するのは、こどもに生じた不安に対する防衛です。反抗は双方が自分を失っている証しなのです。

親子が不安になっていたら、家族に安定はなくなります。「反抗期」は、突然やってくるのではなく、そこに至るまでの結果なのです。

親が境界を認識して、こどもの自由つまり率直、誠実、対等、自己責任を柱にした良心と、良心で使いこなせる知識、知恵からなる良識を尊重すればこどもの欲求をくじくことはありません。

不透明な限界への不安、アイデンティティの混乱、自立へのとまどいと葛藤が生じると価値観の衝突が起こるので対立は避けられないにしても、あっておかしくない問題は乗り越えることができます。対立を通して愛されていると感じて、家族の親密さが深まります。食事の時間も寝る時間も、親密で愛情のあるひとときになります。

家族の基盤は、ひとり、ひとりのありようで作ります。

パートナーのそれぞれが自分の恐怖や価値観を認識していないと、防衛的になります。防衛的になると、相手に力を誇示するか、逆に力不足を強調する支配的なコミュニケーションをするようになります。

日常的に主導権争いが家庭は戦場になります。戦火が鎮まるのは無関心、服従になったときですが、仮面をかぶっただけなので、親密で愛情のあるコミュニケーションはなく、本当の平和はありません。率直、誠実、対等、自己責任を柱にしたコミュニケーションができなくなり、愛情を感じることも学ぶこともできなくなります。

他者の庭からは青い芝生に見えてもその実態は枯れているのです。

家族で大切なことは、境界を守ることです。

ひとりひとりの「個室」があっても、境界を守らなければ「個室」はないのです。物質的な豊かさを実現しても、虚ろなのは、親密な愛情が欠けているからです。親密な愛情の正体は境界つまり個人の自由を尊重した励ましのある関係です。

自由とは、良心と良識です。

良心とは、率直、誠実、対等、自己責任を柱にした心です。

良識とは、知識、知恵を良心で使いこなせるスキルです。

自由は、境界の領域にしかないのです。

相手が誰であっても、支配的、防衛的、依存的な態度・言動は自由を尊重しないものです。

自由を尊重するとは、自分を考え、相手を考えることです。相手を変えようとするかわりに、「相手のことを知りたい、学びたい」と心から思うとき、喜びが跳ねながらやってきます。コントロールしたい欲求を捨てることは難しいものです。学ぶよりも楽だからです。手抜きです。つまりそれこそが愛情の不足なのです。

愛情とは、その難儀を難儀と思わず、心から「相手のことを知りたい、学びたい」と思い実行することなのです。


ひとりひとりの欲求や権利が尊重されると、ひとりひとりが学び成長しながら、全員で愛する体験をつくっていけます。これが機能する家族の仕組みの基盤なのです。

このやり方が難しいと感じるのは、他のシステムを疑いもしないで受け入れているからです。

国、地域、企業、学校、家族、あらゆる共同体が、問題意識もないまま当たり前のように恐怖心や罪悪感を利用して、コントロールしている状態になれているからです。しかしそれらは安心や意欲を引き出す代わりに不安、不信、反感を引き出してしまうのです。

たとえば人の評価をするときに、その人の内側にある本当の価値に無関心なまま、なにを手に入れたかで判断するように、自分に対しても同じ評価をしています。

なぜ、あなたはそんな評価をしているのか、考えてみることが必要なのです。

http://www.genkipolitan.com/img_kokoro/DSCN2791.jpg

福井県福井市 福井歴史博物館 福井藩




------------------------------------------------

http://www.genkipolitan.com/img_kokoro/guide_11.jpg

【 ライフスキル講座の目的 】

目的・目標を明確に持っていただき、目的・目標を達成するスキルを内側には育み、達成意欲が高まり、挑戦したいと感じずにはいられない勇気を育みます。

一年間の講座を通して、驚くほど強化したセルフエスティーム(自己肯定感)によって、信頼できる自分を作り、自分の内側から自分を好きになっていただきます。

------------------------------------------------

あんなに悩んだのに、あんなに本を読んだのに、あんなにお金を使ったのに、

嘘のようにかんたんに自分が変わる、人生が変わる

eラーニング 自分を好きなる作法 ライフスキル講座は、あなたとタッグを組むのは「本質からぶれない」ためです。

本を読むのはとてもいいこと。人と話すこともいいこと。セミナーを受講するのもいいことです。ただ難点があります。本質が判らないまま本を読んだり、本質が判っていないひとに相談したり、本質が判っていない成功事例を聴いても、本質の到達するのに時間がかかってしまいます。仮説を試すのはいいことだけど、実行→検証→反省の繰り返しは時間がかかります。


大事なことは答えを知ること。そしてもっと大事なことは答えから逆算して、あなたの目的と目標のスケジュール(計画)を作ること。

それ以上に、一番大事なことは、あなたがやりたいことしかしない生活をすることです。

回り道が不必要に時間を奪ってしまうので、いつまでたってもやりたいことしかしない生活に届きません。eラーニング 自分を好きなる作法 ライフスキル講座は、これを一気に短縮、一年間に圧縮。1年後、やりたいことしかしない生活をしているあなたになっていただきます。

------------------------------------------------

【 eラーニング ライフスキル講座の特徴 】

ワン・トゥ・ワンのパーソナルトレーニングであること

ご自分のペーズで学んでいただけること

主役はごご自分であること  詳しく

------------------------------------------------

知識を学ぶのではなく、あなたの行動が変わる。いくつもの重要なことを6つのコンテンツに判りやすく盛り込みました。しかも判らないことはすぐに理解できるワン・トゥ・ワンのパーソナルトレーニング。




f:id:aip2009:20081230000706j:image


関連サイト&ブログ

日本全国男前プロジェクト

ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト

ライフスキルで自分を動かす

【アサーティブネス】自分をじぶんの味方にするために【アサーティブを学ぶ】

沈黙を抱きしめて。


ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト ■ワーカホリックと「妻の自立」

2009-09-28 目的を持てない心

目的を持てない心

http://www.genkipolitan.com/img_kokoro/IMG_0105.jpg

福井市


大切な君が幸福になるために知っておいてほしいこと。

■目的を持てない心


目的を持てる心には、自分に主体性があるのが特長的だ。

主体的であることによって、否定することも、否定を受け入れることも、ひとつの意見として処理が出来る。

人の価値を他者が決めることなどあり得ないと考えることができるからだ。

一方、目的を持てない心の場合、否定は人格の否定と感情的に判断してしまう。

人の価値を他者の判断に委ねてしまうからだ。

「ノー」は人格の否定ではないと頭で判っている。それでも、いざ「ノー」に直面すると、不安から感情的になり、人格の否定と受け取らずにはいられなくなる。

ノーと言えない、ノーを受け入れられないのは、特定された問題でしかない。

背後には、依存心がうごめいている。

より大きな対人関係の問題が潜んでいる。

主体性がなく受動的であることが影響している。

自分の価値は、他者の評価、あるいは自分の価値ある行動をすることで、評価されるという思い込みがある。

自分の評価は自分でできると主体的になれずに、依存的になるだけでなく、強迫的な万能感に振り回され、できなければならないと自分に圧力をかける。

依存心の奥に無力感、その隣には万能感が並んでいる。

アンビバレンツ(相反する)な引き裂かれたような状態になる。

自分の行動の責任を引き受けらえない態度が、他者への依存を強める。、

強めるほど、主体性を失い、目的が持てなく、身動きできない蟻地獄に陥る。

目的を持つことと、責任を持つことは比例していて、やりがいも評価も比例する。

責任を持てるよろこびを放棄したら、対人関係が困難にする。

自分の責任を他人が負う、他人の責任を自分が負う。

自分は誰で、相手は誰か。

境界がなくなり、責任と共にアイデンティティがなくなる。

目的が持てないのは、自分が誰だか分からないからだ。


目的を持てる心を取り戻すには、自分の責任を引き受けることだ。

すると境界線が浮かんでくる。



http://www.genkipolitan.com/img_kokoro/IMG_0107.jpg

福井市


f:id:aip2009:20081230000706j:image


関連サイト&ブログ

日本全国男前プロジェクト

ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト

ライフスキルで自分を動かす

世界で一番大切な君に話すこと。

沈黙を抱きしめて。


ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト