2009-10-28
■[雑記] 
昨日の続きー。
私と彼は結婚するはずだった。結婚を前提にお付き合いしていた。けれどお互いにうつ病になり、方や無職、方や休職というかたちになってしまったたため、すぐにとは行かなくなった。私は病気さえ治れば、と思っていた。病気さえ治れば、復職できれば、彼の両親に挨拶にいける。彼も仕事を見つけて、堂々とうちの両親に会いに来てくれる。うちの両親は彼の病気をわかったうえで、一度遊びに連れておいでと言っていたんだけど、彼が「とても今の状況では無理」と断固拒否していた。
しかし私たちは別れてしまった。別れを切り出したのは私のほうだ。理由はまず、彼の体のことでどうしても許せない欠点があることを知ったため。これは後天的なもので、彼の意思と行動さえあれば避けることが出来たはずのものだった。情けないことに3年以上付き合ってきて、彼が告白するまで私はそのことに気づくことが出来なかった。
もうひとつは、私の精神的な浮気。休職して1年半くらいで、私は復職デイケアというものに参加していた。主治医のところとは違う精神科で行われているもので、主治医の紹介で参加させてもらっていた。そこにある寡黙な青年がいた。体つきはがっちりしていて、いつも難しそうな本を読んでいる。毎日まじめに遅刻せずデイに通い、プログラムにもきちんと参加する。ただ無口で、フリートークの時間も自ら発言することは滅多になく、話を振られてやっと一言二言答えるような感じの人だった。
私は初めの頃から何となくこの人(仮にAさんとしよう)のことが気になっていた。けれど浮気するつもりなんてなかったし、なんとなく目で追っている「だけ」のつもりだった。しかしいつの間にか彼の存在は私の中で大きなものとなっていた。それに気づいたのは、ちょうど彼の欠点について知ったあたりの頃だった。
Aさんは実家はこっちだけど、職場は関東の方で、休みを取って実家に戻り、デイに参加していた。つまり復職すれば関東に行ってしまうことがわかっていたし、彼女がいることも風のうわさで聞いて知っていた。そういうこともあり、なおかつ不器用な私には乗り換えるとかAさんの彼女からAさんを取るなんて選択肢はなかった。ただ、Aさんがもうすぐめでたくデイを「卒業」することを知って、どうしても自分の気持ちをAさんに伝えておきたかったので、さりげなく手紙を渡して告白した。「好きだけど、付き合いたいわけではありません」という、人を食うような内容のものだった。二日後、「予定通り」Aさんから同じように手紙で振ってもらった。
彼氏に対する私の不満は募る一方だった。デイに参加してきちんと薬も飲んで、積極的に病気を治そう、またはうまく付き合いながら社会復帰しようとしている人たちと比べると、彼は病気を治すことに消極的なように思えた(一度無理に社会復帰しようとしたことはあった)。はじめに通っていた病院もいつの間にか行かなくなり、当然薬も飲んでいなかった。彼の話を聞く限りでは、そこはあまり良い病院とは言えなそうだった。だから私の通っている病院を紹介しようかとも思ったけど、まずは自分が回復しないと薦めるのに説得力がないと考え、やめておいた。
市外の実家に戻ってからは、ますます精神科に通いづらい状態に彼は追い込まれた。人口190万の地方都市とは違い、そういう病院はあるにはあるが、近所の目が気になって通うのに躊躇があったのだろう。ただ神経性の胃炎があったので、内科には通っていた。
同じ年齢で、同じ病気にかかって、それなのにそれぞれの治療環境がここまで違うのはなぜだろうと悲しく思ったときもあった。彼はたまたまついていなかった。初めに行った病院がヤブだったから、病院に行きたくなってしまった。私はたまたまついていた。主治医のはからいで、この地方では最先端の精神医療を受けることが出来ていた。まったく世の中は不公平だ。
もし、私が彼にきちんと通院を続けるように言っていたら、副作用を恐れず薬を飲むよう薦めていたら、病院を変えるよう薦めていたら、違っていたのかもしれない。でも私はそうしなかった。押し付けるのは良くない、という考えのつもりだったけど、実際には拒否されるのが怖かったせいだ。「何でも言いたいことは話し合おう」と約束したのに、出来なかった。
別れ話をする前、私は彼の欠点について、直すようメールで伝えた。けれどやはりある事情からすぐにはそれは無理だという返事があった。
しばらくして私は彼との別れを決意し、やはりメールで自分の意思を伝えた。彼はひどく怒っていた。「告白するときは直接言えって言ったくせに、別れ話はメールで済ますのかよ」と。正論すぎてグウの音も出ない。何とか言い訳をしたけど、彼の怒りを鎮めることは出来ず、どうしたら良いものかと途方にくれていた。
デイで考え込んでいる私を見て気にかけてくれたのか、ある参加者さんが粘土のようなもので何か作ろうと誘ってくれた。その人はふざけてウ○コの形を器用に作り上げ、私は苦労して目玉のオヤジを作ったのだが不器用なため全く別な生き物のようなものが出来上がった。それぞれの作品と、私の作った変な生き物のポーズをマネした他の参加者さんの写真をミクシにアップして「最近、毎日が楽しいです」と心にもないことを書いておいた。翌日、気づくとマイミクが一人減っていた。彼が私とのマイミクを切ったのだった。それが彼の最終的な答えだと私は判断した。
これが去年の3月のこと。その後、寂しくなった私はデアイケイで知り合った男性と付き合いかけたけど、どうも怪しい点が多く、猜疑心の強い私とは合わずフェードアウト。そして年末にミクシつながりで中学の同窓会があり、そこでかつて片思いしていた人(Bくんとしよう)と再会し、友人のバックアップもあり、飲み会やカラオケにBくんを誘い、自分から何気なくメールして、ついに「2人で遊ぼう」とメールした後の返信が「彼女が出来たので…」だった。ショックではあったけど、「中高の頃好きだった」ことを伝え、「私はあきらめるよ」と宣言した。その後の荒みっぷりはここにも書いたとおり。
今、記事を書くために彼と別れた時期を調べて驚いた。去年のことだなんて。もっと昔のことだという気がしていた。
付き合っていた頃、特にお互い休職や退職して、彼が実家へ帰るまでのあいだはほぼ完全に二人だけの世界に私たちはいた。彼にはネトゲの仲間と話すこともあっただろうけど、デイに参加するまで私にはほぼ彼しか居なかった。彼と共有したり、彼からもらったものがたくさんある。一緒に読んだマンガ、一緒に観たアニメ、一緒に聴いた音楽、彼が好きで、私がやきもちをやいたアニメのキャラクター。外ではいつも手をつないで歩いたこと。私の下手くそな料理をおいしいといって食べてくれたこと。ニコ動を初めとするインターネットの楽しみ方を教えてくれたのも彼だった。大の犬好きな彼と歩いていると、散歩中の犬とすれ違うたびに二人でその犬をじっと見ていたから、今でも近所を散歩中の犬を見かけるたびに、隣に彼がいるような気がしてしまう。なんて私は勝手なんだろう。
このあいだ「百瀬、こっちを向いて」を読んで泣いた理由は、私が百瀬のように彼の心に上がりこんで踏み荒らしてしまったことを思い知らされたから。また逆の見方も出来る。三年間も、あれほど誠実な態度で私と付き合ってくれた人は居なかった。私は弱くなってしまった。江國香織の「流しのしたの骨」という作品の中で、主人公の姉が離婚して「私と夫は半分殺しあった」というようなことをいう場面がある。それにも似ている気がする。
私は今年の春、決められた休職期間内にうつ病が治らなかったという理由で市役所をクビになった。そして実家へ舞い戻り(復職するつもりだったのでデイケアは卒業した)事情を知らない人から見ればにーとみたいな生活を送っている。一応病気療養中なんだけどね…。
主治医の診断書によると、働ける状態を10とすると、私は現在7程度らしい。恋愛においては、それくらいかそれ以下かなと思っている。つまり恋愛などという、正常な人でさえ精神的にアップダウンする状態に身を置くにはまだまだ時期尚早だということ。ゆっくり病気を治して、仕事を始められるようになったら考えましょう、というところ。
以上です。長駄文最後までお読みくださりありがとうございます。

