2012-02-16
「あきらめたら、そこで試合終了だよ」
今週のお題「最近、ハマっていること」
最近FACEBOOKの方にハマり気味でブログ更新が疎かになってしまいました。でもやはりFACEBOOKはアメリカ生まれのソーシャルネットワークと言うか、すんなり一般的な日本人の日常にマッチするものとも言えなそうですね。自分自身も何だか「無理してる」感を覚え始めています。
さて、お題に対する書き込みはこれではなく、最近“再び”ハマっているのが「スラムダンク」。
先日時間を持て余したので、何の気なしに本棚のスラムダンクの単行本に手が伸びました。
たまたま手にしたのは7巻。それは「三井」とその仲間がバスケ部に殴りこみにくるシーン。さあ、もう止まりません。一気に最終巻まで読破しました。
やはり安西先生のセリフ
「あきらめたら、そこで試合終了だよ」
は染みます。
ありがちな言葉ながら、物語全体の構成と、そこにある安西先生自身の人生・背景があるからこそ重いんですよねぇ、これが。
そりゃあ三井も「バスケがしたいです」と言いますわな。心から。
日本のバスケ漫画の代表的作品であるスラムダンク。
やはり何度読んでもハマりますね!
何でもかんでも主人公(とそのチーム)が結局は勝利するという、漫画やヒーロー物にありがちなシナリオではなく、負けることの必然であったり、負けたことの「美」であったりと、特に真剣にスポーツに取り組む者にとっては、自分をそこにシンクロできる「リアル」な作品だと思います。
さて、また1巻から読み直しです!
中学時代、かなり真剣にバスケをやっていただけに余計にハマるんですよね。
「左手はそえるだけ」
ホント、その通りなんです!
2012-02-04
本当の友達と、増殖する友達?
今週のお題「私のともだち」
ようやくスマホを買ったこともあり、3週間ほど前からFACEBOOKを始めてみました。
ぎこちなく手探りではじめながら、まずは親しい友人をひとり友達申請。するとその友人の友達リストには懐かしい名前が多数ありました。
大学時代、アメフトをやっており、その時の「戦友」の名がズラリ。2〜3名とりあえず申請すると、すぐさま返事が来て「実は今週の土曜日に同期会をやるんだけど、どう?」というメッセージ。
時間も空いていたので勿論OKと返信しました。
こんなわずか3〜4日の出来事で、これまで約20年会っていなかった友人たちと超久しぶりの対面です。FACEBOOKってスゲーな!と本気で思いましたね。
それぞれオッサンになった同期たちと、最初こそ緊張もあったものの、酒が入ればあの頃そのままのやり取りが展開されました。負けてしまった試合の話になり、それはそれは激論となり、
「あのときオメーがさあ」
「そういうお前も後半に入ってからさあ」
と、あの頃はみなギリシャの彫刻のようなパーフェクトボディだったのに、今では下腹部を振るわせながらの激論となりました。
やっぱり一緒に苦楽を共にした友の存在は大切ですね。本当に楽しいひとときでした。
そしてFACEBOOK、本当にありがとう!流行る理由が分かりました。
その日以降は他の同期やチームの先輩・後輩、実業団時代のチームメイトなどから友達申請をいただき、あっという間に「友達ネットワーク」が完成しました。
FACEBOOKは若者はもとより、我々のような中年世代の希薄になったつながりを修復してくれるアイテムとしてオススメするものであります!
ただ、最近になって「あなたは誰?」という方からの友達申請が増えてきましたね。
共通の友達が多かったり、信用性が認められればいいのですが、アメフトつながりということでアメリカ(人)からの申請がきたりします。
ある申請がきて、承認する前にその方のニュースフィードを覗いてみると、すべて英語で記された中に「$」のマークと「CASINO」の文字がいたるところにあり、なんだか恐くなって承認は取りやめました。大した個人情報は記載していませんが、やっぱり不安になりますよね。
友達となった関係を利用して個人情報を収集するといった問題や、ダウンロードしたアプリがスマホ内の重要な個人情報を収集してしまったりと、最近では問題点も指摘されているFACEBOOK。確かに便利ですが、友達は基本やっぱり顔を合わせた人間にかぎりますね。
FACEBOOKユーザーの皆さま、断る勇気を!
2012-02-01
本当に不思議「なぜ俺に聞くの?」
私は自分で言うのも何ですが、やさしいハートとは裏腹に見た目はかなりコワモテな中年。
大学・実業団とスポーツで鍛え、今でも週一レベルながら区のトレーニングセンターで汗を流していることもあり「赤い彗星」などとブログタイトルにしておきながら実は「ランバ・ラル」。
とてもとてもシャアのようなスレンダー&美男子ではありません。むしろ「ドズル中将」と言った方がより正しいでしょう。
そんな私なのですが、不思議なことに本当によく街中で他人から道を聴かれたり、いろんな質問を受けたりします。見た目もっと話しかけやすそうな人たちが周りにいっぱいいるのに一体何故なの?
いったん声を掛けられれば私はムチャクチャ丁寧です。いつも最後には感謝の言葉をいただきます。
でも見た目はなぁ…。もし自分だったらいきなり話しかけるのは恐いタイプたど思うのですか…。
先日も区のスポーツセンターにトレーニングに向かうと、センターのエントランスの前で足を引きずっている男性の方がこちらを見ています。そう、いつもそうなのですが、必ず気がつくとすでにロックオンされているのです。
すると吸い込まれるように私の方に歩み寄ってきて「このセンターではケガのリハビリトレーニングなんてできるのでしょうか?」と質問してきました。
どう見たってセンターの職員には見えない、休日で無精髭のままのいかつい私に何故聴いてくるのだろう?無論私の性格上、きっちり対応させていただきましたが…。
そういえば昔、信号待ちの横断歩道の向こう側で素敵な笑顔で私を見つめる青年がいて、信号が青に変わると、一切私から目線を外さず、まっすぐに私の目の前まできて、交差点のど真ん中で
「あなたの幸せを祈らせてください」と手のひらをかざされた事がありました。
「うああ、宗教かぁっ!」
とその場を離れましたが、あれだけ信号待ちで並んでいる人間の中で何故私を選んだのだろうか?
事実、会社の仲のいい部下も「正直当初はしゃべり掛けづらかったですよ」と誰もが言います。
不思議だなあ。困っている人や、勧誘している人からすると話しやすそうに見えるのですかね。
これは得しているのか、損しているのか、まだまだ自分が見えていないということなのでしょう。
2012-01-25
あの頃は20歳になったとたん
今週のお題「20歳」
はるか昔の20歳。
当時は大学の部活が忙しく、成人式なんてとても参加できませんでしたので、それだけが心残りではあります。
でも、最近の成人式の「恒例」とも言える新成人(ごく一部)の暴れっぷりを見ると、成人式自体の意味合いも考えてしまいますよね。何にしても真面目な参加者が可哀そうです。
さて、私が20歳になったとき、明らかに変わったことがありました。
それは突然の「電話」そして「手紙」です。
「おめでとうございます!当選です!貴方だけにゴールドカードが発行できます!」
「お友達を紹介してくれるだけで○○万円が入金されるシステムを貴方だけにお教えします!」
「英会話を始めるチャンスです!さあ、お返事は☆▲〒§▼Θ(←ここだけ早口英語)ですね?」
などなど。
今は個人情報保護法などもあり、あんまり聞かなくなったように思いますが、当時は本当に多かったです。今も勿論、20歳のタイミングを問わずにいかにも胡散臭い勧誘の電話(メール)がありますが、そのバイタリティを何故「善」の方向で活用できないかなぁ、といつも思います。
いずれにしても20歳とは責任を背負う人間としての誕生日。
そんな意識が当時から私にあったなら、もっと立派な大人になれただろうになぁ。
2012-01-18
幸せかぁ・・・
先日、ブータン国王が来日され、その人柄とブータンが世界一幸せな国である
ということが話題になりましたよね。
今、会社(仕事)は非常に忙しいシーズンを迎えており、まさに「書き入れ時」
なのですが、そんな中で部下に対して
「忙しいことを幸せに思わなきゃダメだ!」
と檄を飛ばしたとき、先日のブータンの話題がふと頭をよぎりました。
ネットで検索してみると「幸福度指数」なるものもあり、経済や寿命、環境など
さまざまな観点・視点から世界の国々をランキングしています。
信憑性は分かりませんが、そういったランキングではけっこう日本は上位なんです。
アメリカが全然下位だったりして、ホントかよって思いますが。
そんなものを見ていると
「幸せって何だろう」
「幸せを、何の根拠をもって他人(他国)をランキングにできるんだろう」
と改めて考えてしまいます。
ブータンの報道映像を見ると、もちろんああ言った触れ込みの映像ですから、
映像に映る人々の笑顔はまぶしく、見事な景観もあり、それはそれは平和で美しい
国に見えましたが、ブータンにだって殺人事件や卑劣な詐欺事件なども起きているで
しょうし、深い悲しみを背負っている人々もいるはずですよね。
また、いわゆる先端技術ではやっぱりブータンよりは日本の方が優れている訳で、
スマホや最新の携帯ゲーム機などを自在に操る渋谷あたりの若者に、ブータンでの
生活が幸せに映る若者が何人いるでしょうか。
要は幸せなんて自分自身がどう思っているかがすべてであって、他人が勝手に幸せ
の項目を設定して数値化できるものでは無いと思うのです。
自分がサボってやらないくせに、一生懸命に頑張って実績を上げた同僚を見て
「俺はなんて不幸なんだ」なんてボヤく人間もいますし。
運がいいことが幸せ、運が悪いことが不幸、いわゆるツイてるかツイてないか
だけで自分が幸せかどうかを計る人もいますよね。
一般的な日本の今の現状から見たサラリーマンからすれば「忙しいのは幸せ」と
いう私の言葉は的外れではないとは思いますが、忙しいことを面倒だと、不幸だと
思う人間もいる訳で、改めて人に幸せを説くことの難しさを感じています。
「幸せ」という漢字は「辛い」という字とよく似ていますよね。
「辛」にわずか一本、線を引くだけで「幸」になる。
幸せは辛さを知って初めて得られるものだと思うんだけどなあ。





