直ちに影響は無い(あらゆる物質は毒である)

どうも、安全とか健康の話になると、安全か/危険か、みたいな、善悪二元論みたいな話になることが多くて、個人的に、これには違和感を持っている。
と言うか、もっとハッキリ言うと、毎回それを説明するのは面倒くさい。

そんなわけで、安全性とか危険性というものについて、少し自分なりにまとめておきたいと思う。

まず始めに、普段あたりまえに食べている物質の致死量について。

水:10リットル
塩:30〜300g
砂糖:1kg
カフェイン:3〜10g
アルコール:380〜450ml
醤油:168〜1500ml


毎日安全だと食べている、水だって塩だって砂糖だって、摂りすぎれば死ぬ。
物質が何であれ、毒性があるか/無いかと言えば、毒性はある。
ただ、その量が、普通の生活をしている分には摂る可能性が少ないから、危険だと認識されていないだけの話であって。

例えば、塩を例に考えれば、毎日食べている塩だって、一度に大量に摂れば死ぬ。
一度に大量に採らなかったとしても、毎日少しずつ摂れば、長期的に何らかの影響が出る可能性がある。

前者を「確定的影響」、後者を「確率的影響」と言えば、今騒がれている放射線と、似たような話になるだろう。


「醤油に含まれる塩分、これは危険でしょうか?」
と聞かれた場合、科学的な正確さを持って答えようとすれば、なんと答えればいいだろうか。

仮に塩分を一食で10gとか摂ったとしても、すぐに影響が出るとは思えない。
ただ、何にでも醤油をドバドバかける人がいたとすれば、将来的に影響が出る可能性は否定できない。
少なくともゼロではない。

だから、科学的正確さを持って答えようとすれば、「全く安全です」とは言えない。
現実的には気にするレベルでは無くても、影響が出る可能性はゼロではないのだから。
(と言うか、科学に真摯であろうとすればするほど、“可能性はゼロ”とは普通言えなくなる)

そんなときの回答としては、「直ちに影響は無い」が、一番正確な回答になるだろう。

同じように、
「ケーキに含まれる糖分、これは危険でしょうか?」
「ビールに含まれるアルコール、これは危険でしょうか?」
と聞かれれば、厳密に答えようとすれば、

「直ちに影響は無い」
になるだろう。

こういう答えに対し、
「聞いたって、どうせまた“直ちに影響は無い”としか言わないんだろ。もう信用できない!」
と言う人がいたら、どうだろう。

私などは、
「じゃあ聞くな」
と思ってしまう。
直ちに影響は無いから直ちに影響は無いと言ったのに、じゃあどう言えばよかったのかと。

普通に毎日食べてるものでも「危険性があるか?」と聞かれて厳密に答えようとすれば、「直ちに影響は無い」になる。
それは、塩でも砂糖でもアルコールでも、同じ話。


アメリカの例になるが、カリフォルニア大学バークレー校が、マウスやラットを使って、日常的に食べてる食品などの、発がんリスクを調べたものがある。
http://potency.berkeley.edu/pdfs/herp.pdf
それによると、日常的に摂取しているものの中で、発がんリスクを高いものから見ていくと、

まずは上の方に、ホルムアルデヒドトリクロロエチレンといった、聞き覚えのある化学物質が顔を出す。
ところが、このホルムアルデヒドトリクロロエチレンとそう変わらない位置に、ビールやワインといった、アルコール類全般がランクインしている。

日常生活の中で受けるがんリスクとしては、ホルムアルデヒドトリクロロエチレンと、アルコールの摂取で、そう変わらないということだ。

それから下を見ていくと、コーヒーや野菜といった、普段食べている食品が出てくる。
コーヒー、レタス、トマト、マッシュルーム、リンゴ、セロリ、シナモン、ニンジン、パン、ジャガイモと、普段食べている食品が並んでいる。
つまり、これらには有毒物質が含まれており、発ガンリスクがある、ということ。

その下を見ていくと、ようやくここでDDTや、ダイオキシン類が出てくる。
日常のがんリスクとしては、DDTやダイオキシン類よりも、レタスやトマトやリンゴやセロリの方が高いということ。

その下を見てようやく、カルバリル、ジコホール、ヘキサクロロベンゼンといった農薬類と、食品添加物が出てくる。

つまり、農薬、食品添加物、DDTにダイオキシンと言えば、危険なイメージがあって、なるべく摂取したくない、子供に食べさせたくないランキング上位にノミネートされる物質だが、日常生活の中でのがんリスクで見ると、そういったものよりも、レタスにトマトにリンゴにニンジンといった、野菜類の方ががんリスクは高いということ。

どうしてこういうことになるかというと、知っている人もいるだろうが、植物は、その体内で有害物質を作り出すから。
自然状態での野菜は、他の虫などに食べられないように、その体内に有害物質を作り出す。
それが、人間にとっての有害物質でもあるということ。

有機無農薬栽培なら農薬が使われなくて安全、と考える人も多いだろうが、農薬が使われなくて虫がつく環境であるほど、植物は自分の体内に有害物質を作り出す。
もちろん、問題のある中国野菜みたいに、基準値以上に農薬を使いまくるのは問題外だが、そういったこともあって、基準値以内の農薬栽培と有機無農薬栽培とでは、どちらが有毒物質が少ないと、一概に言いにくいという話もある。

その他にも、タマネギやジャガイモに含まれる成分が、もし食品添加物残留農薬だったとしたら、カレーライスの中に入れられるタマネギは一切あるかないかになるとか、ほぼ全てのジャガイモは基準違反で回収になるとか、そういう話もある。

そんなわけで、
「先生! ジャガイモ食べたいんですけど! これは安全でしょうか!?」
と聞かれれば、ジャガイモをたくさん食えば危険性はあるのだから、
「直ちに影響は無い」
と言うのが、責任ある立場の人間が言う、一番正確な答えになるだろうよね。

※まぁそもそも、普段飲んでいる水道水だって、塩素の関係で、発がん性があると言われたりもするんだけどね。
※だけどまぁ、塩素消毒しない水流したら、それこそもっと多くの健康が失われるだろうけど。

健康とか安全の話になると、自然のものは安全で、人工のものは危険、そう考える人は多い。
だけど、ここまで書いてきたように、何が危険か安全かというと、結局は、「どういう物質がどれだけの量あるか」でしかないということ。
「何があった」ではなく、「どれだけあった」という≪量の概念≫を抜きにしては何も語れないということ。

自然か人工かとか、昔からあった危険性か新しく知った危険性かとか、そういうのは、安全か危険かを判断するのに、何の役にも立たないということ。


昔の偉いお医者さんである、パラケルススという人は、

「あらゆる物質は毒である。毒であるかそうでないかを分けるのは、その量だけである。」

と言ったそうだ。
そして現代の毒性学の世界でも、「あらゆる物質は毒である」と考えている。

そんなわけで、何かあると、直ぐに、安全か/危険か、と言いたがるテレビなどに対しては、

「いや、基本的に全部毒ですよ」

と言ってみたくなる。



関連:【至急】日本の水に危険物質!
http://d.hatena.ne.jp/akatibarati/20110608/1307546140


※今日の日記は、ここら辺を参考にしました。
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091162471932.html
http://blackshadow.seesaa.net/article/894512.html
http://www.yasuienv.net/FoodSafeUneyama.htm


【追記 11.10.03】
なんか、急にブクマコメが伸びてるから何事かと思ったら、放射性物質と塩や砂糖を同列に語るべきではないとか、全ての物質は毒なんだから放射性物質だけ騒ぐなって論点がオカシイとか、そんな感じの批判が沢山。
何と言うか、このエントリは、放射性物質と塩や砂糖の危険性を比べてるんじゃなく、全ての物質には何であれ毒性があるんだから、危険性を考える際には、物質が「有るか/無いか」ではなく、どれくらいの量があるかを考えることが重要だ、って趣旨なんだが。それが自然由来だろうが人工由来だろうが。
「全ての物質は毒なんだから放射能だけ騒ぐな」って言ってるんじゃなく、「全ての物質は毒なんだから危険性を判断するにはその量を考えるべき」って言ってるわけなんだが。

ちなみに、「直ちに害は〜」の部分については、科学にはゼロとか絶対とか普通そう言い方はありえず、科学に真摯であればあろうとするほど、「ゼロ」とか「全く」とは言えなくなるんだから、科学的に厳密に答えようとすればするほど、「直ちに害は〜」という言い方にならざるを得ない、ということ。
例えば塩分の摂取量が1日8グラムだったとして、その人が50年後に絶対病気にならないとか、誰が言い切れるだろうか。
科学的に厳密に答えようとすればするほど、「病気になる確率はゼロです」とか、「病気にはなりません」とかは言えなくなるんだが。
そんなときの答え方としては、「直ちに害は〜」といった言い方になってしまうだろうと。

いや、他にもっと上手い答え方があると言う人がいるならそれはそれで別にいいんだが、自分としてはこういう言い方でもいいと思うし、自分としてはこういう言い方で特に問題を感じない、ということ。

ともかく、放射性物質と塩や砂糖を同列に比べるなとか言われてるけど、そんな比較はしていない。