初見では語り尽くせない映画『サウダーヂ』を、取り急ぎ初見で語る

新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。さて2012年最初の記事は年末に見た映画の感想です。ここ数年の日本映画で個人的にはいちばん「感じさせられた」映画としておすすめします。


年末に、映画『サウダーヂ』(監督:富田克也 製作:空族 『サウダーヂ』製作委員会)を見た。ついに2011年のベストワンの映画が来たという感想。甲府の街を舞台に、そこにうごめく日系ブラジル人、タイ人、派遣労働者をはじめさまざまな人物の生き様が描かれ、これまで見えなかった日本の地方都市の、さらには日本のリアルな現状と問題を考えさせてくれる映画だ。
この映画、ひとことでは説明しきれない面白さがある。おそらく複数回見ないとこの面白さは的確に表現できないだろう。ここでは現時点の感想を断片的にあげることにする。ネタバレしないよう十分注意するつもりだが気になる方はご鑑賞後にお読みいただきたい。

映画は全体に散文調で大きなストーリーがあるわけではない。一人ひとりの日常をほぼ均等に描写していく構成だ。ただし、個々の登場人物のストーリーはそれぞれに分断されていて、しかもほとんど相互にクロスしない。ここがまず新鮮。バラバラに存在する各エピソードが最後に大団円シーンを迎えるということもない。ドキュメンタリータッチでまるで散文詩のようである。その分見終わったあとの余韻は非常に大きい。

崩壊寸前の土木建築業を支える派遣労働者、不況が深刻化し真っ先に解雇される外国人労働者たち、国の家族を養うため飲食店でショーガール兼ホステスとして働くアジア人女性たち、自己破産し崩壊する家族、怪しげな商売に手を染める者、等々、この映画の登場人物たちは皆厳しい現実に身をさらしている。そしてほとんど全員(一部を除く)が、心のなかにそれぞれのサウダーヂを抱いている。ここではないどこか=自分のいるべき場所を求める心情——サウダーヂとはポルトガル語(ブラジル)で「郷愁」とか「思慕」「憧憬」に近い意味の言葉だそうだが、この個々人のサウダーヂは必ずしもその人を幸せにしない。

今いる場所がその個人にとって孤立感や閉塞感を高めるものであればあるほど、人はここではない場所へのサウダーヂを抱き、葛藤する。その感情は時に筋違いの敵意となり、悪態となり、ぶつける場所のない言葉に形を変える(リアルな不満の断片を歩きながらフリースタイルのラップに昇華させる「天野」のシーンはとくに素晴らしい!)。そしてまた別の登場人物の不満は焦りとなり、他者から見れば滑稽なほど現実離れした夢想へと姿をかえていく。こうしたどうしようもない孤立感と閉塞感、そしてそこから生まれる妄想の類は、地方都市出身の私には非常に共感できるが、これをもって単に地方都市の現実を描いた映画と決めつけるのは早計だろう。この映画のテーマはずっと広く、深い。むしろ労働や経済の映画といってもいいのではないか。そういう懐の深さがこの映画にはあると思う。

個々のストーリーがほとんど交差しないように、登場人物どうしも深いコミュニケーションに至らないのも興味深い。土木作業の現場でも同僚たちは互いに敬語を使用し、必要以上に深く関わろうとはしないし(ドラッグメイトになる「掘」と「保坂」にしても、結局はそのひとときだけの遊び相手という感じ)、日系ブラジル人と日本人のヒップホップグループ同士も張り合いはするものの直接的な抗争には発展しない(これも一部の「事件」を除く)。この深く関わらない感じが、よりいっそう人間の孤立感を際立たせる。誰にも頼れない感じ。めいめいが全く別の方向を向いている感じ。このあたりは地方だけのリアルではない。大都市に住む人にも思い当たる節があるのではないか。

不況や失職、転職、移住……こうした言葉が現実の問題として突きつけられる2011年末にあって、この映画の話は他人事ではない。「どんな中でもメシを食って行かなくてはいけない」という最低の課題、その一点においては私たちもこの映画に描かれた人々も変わるところはない。どんなにヒドイ状況でも何とか生きていく登場人物たちを見ているうちに言いようもない共感をおぼえ愛おしさを感じ始める理由はこんなところにもあるのだろうか。一見自分とは全く別世界の住人に見える登場人物一人ひとりのサウダーヂを共に感じる、そんな疑似体験もこの映画の面白さの一つだと感じた。

リアリティを徹底して積み重ね、言いようもない孤独と乗り越えられない壁に囲まれる絶望感を徹底的に描ききったあとで、「さて、あんたはどうするの?」と見る者に問いかける危険な映画。でもけっして暗くはない。全体的な印象はザッツ・エンタテインメント。ヒップホップムービーとしても評価を高めそうな一本。とにかくこの映画を見てほしい。きっとたくさんのことを感じるはず。2012には東京だけでなく各都市にも巡回予定とのこと。DVD化されないという噂なのでDon't miss it!

(追記)
最後に、街の人々のなかでは「美心会」の3人がもっともぶれず、クールな印象。きっと彼女たちには余計なサウダーヂがない。ここで生きていくしかないという開き直りがあるから、周囲の動きに敏感だし、現実的な判断ができる。うーむ、深い(笑)。