akehyon-diary

2011-06-09

[]ゲーデルの定理

ゲーデルの定理ほど、多くの哲学者思想家に影響を与えた数学の定理は少ないのではないか。しかし著者(2006年にガンで急逝しているそうだ)は、ゲーデルの定理を「利用」して述べられた文章の多くが誤解に基づいていることを、容赦なく暴きだす。はっきり言って、本書は難解で分かりにくい。哲学というより、数学の本である日本版はかわいいイラストなどをいれてとっつきやすくしているけれど、本質的に難しい話なのだから、あまり効果は・・・

ゲーデルの定理――利用と誤用の不完全ガイド

[]日本のむらむら、昔と今

日本のむら」各地を取材したもので、全九章。必ずしも行政上の「村」とは限らない。地域的には偏りがあり、秋田に3章、長野に2章(長野県南部には、合併せずに小規模に残った村が多い)、岩手に1章、その他、対馬奄美沖縄離島研究対象である

第1章では満州開拓へと「分村」を余儀なくされた長野県泰阜村を取り上げる。泰阜村という名前自体、中国の「泰山・曲阜」から取られている。JR飯田線が近くを通っているが、いずれも車で近づき難い「秘境駅」だ。第6章の平谷村も同じ地域だが、こちらは子どもの減少により、中学校を廃校にして、中学教育を近くの阿智村委託する話。

第3章の大潟村悲劇も忘れがたい。八郎潟干拓で生まれた大潟村は、大規模農業モデル地域として、いわば農業エリートを受け入れてきた自治体だが、折からの米あまり、減反と、国の政策に翻弄され続け、痛ましいことだが自殺者も多い。国策に従わなかった農業者には、土地を取り上げ、賠償させるなど、厳しいペナルティが課されている。

第5章はいわば「入会地の悲劇である。舞台は現在岩手県一戸町小繋。1873年の地租改正で、土地の私的所有概念が導入され、入会地を勝手に買われてしまった住民たちに、裁判所は冷たかった。入会権を認めなかったのである。その過程で、住民たちは地主側に寝返ったものとそうでないものとで分裂、1975年の調停まで続く。

対馬の「豆酘」を「豆酸」と間違えているのは残念だ。確かに「酘」はめったに使わない字だが・・・

 魅力的な筆によって描かれた地域を読んでいると、未踏の地は是非行ってみたくなる。情報化はどうなのだろうか。

日本のむらむら、昔と今―人口からみた九篇

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