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Hopeless Homeless このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2007-05-18

[][]「地球へ…」と「夢みる惑星」(を考える前の準備メモ)

地球へ… 1 (Gファンタジーコミックススーパー)

地球へ… 1 (Gファンタジーコミックススーパー)

夢みる惑星 (1) (小学館文庫)

夢みる惑星 (1) (小学館文庫)


 ・大泉サロンの漫画家たち 萩尾望都、竹宮恵子、佐藤史生など。

 ・「キャベツ畑の遺産相続人」(萩尾望都)に出てくる佐藤史生

 ・「ド・サト」「おモー様」「ケーコたん」。ケーコたんとド・サトに親交はあったのか?

 ・「地球へ…」と「夢みる惑星」の執筆時期は重なるか?

 ・佐藤史生と坂田靖子の親交(「ベル・デアボリカ」の後書き)

 ・異能者と常人の対立 ベースとなるのはどちらか?

  「常人たちの中から、異能者であるミュウが生まれた」(「地球へ…」)

  「異能者たちの中から生まれた落ちこぼれである常人。

   だがこれは進化の必然。常人こそが生きる力を持った生き物」(「夢みる惑星」「星の丘より」)

 ・作られた偶像、フィシス(「地球へ…」)とイリス(「夢みる惑星」)

 ・自覚的に孤独の中にいる王ジョミー(「地球へ…」)、からっぽのイリス(「夢みる惑星」)

 ・強引な導き手、二人の先達者ソルジャー・ブルー(「地球へ…」)とエル・ライジア(「夢みる惑星」)

 ・環境の悪化により母星を離れた人々、という共通項。

  だが舞台は、はるか未来(「地球へ…」)とはるか過去(「夢みる惑星」)

 ・「地球」へ還る物語(「地球へ…」)と、「地球」へたどり着いた者たちの物語(「夢みる惑星」)

 ・竹宮恵子の英雄志向、佐藤史生の常人志向。

  ひとりの選ばれた人間が世界を戦いで切り開く物語を好む竹宮。

  選ばれた人間はあくまで異端であり、常人の側へ立ち続ける佐藤。

 ・コンピュータは悪(「地球へ…」)か、

  それとも生まれたばかりの子供(「ワン・ゼロ」「魔術師さがし」)か?

 ・完結し、完成される世界(竹宮漫画)と、切り取られ、広がり続ける世界(佐藤漫画)

 ・超能力による戦い(「地球へ…」)と、権謀術数による政治闘争(「夢みる惑星」)

 ・少年漫画のフォーマットで描かれた「地球へ…」、SFのフォーマットで描かれた「夢みる惑星」


この2作品が、しばらく前から頭の中でリンクしてしようがない。

同じようなテーマ、ストーリーラインながら、結末やスタンス、価値観はまったく別。


竹宮恵子作品の随所には、無邪気な英雄礼讃がみられる。芸術家は人ならざる領域へ踏み込むことを許された超人であるし、芸術の前には生け贄が必要である。抜きんでた人間は異種として遠ざけられながらも敬われ、理解されることは少ない。対比として、エピソード単位では、常人の強さやしたたかさ、やさしさ、執着が、異能者を上回り物語を動かすこともあるが、原則、竹宮恵子作品の軸となるのは、異能者の英雄譚である。進歩、進化、成長は良きことであり、いかなる関係性にも戦いと、戦いの結果がある。


佐藤史生作品は、明智抄作品の手触りに近い。異能者は存在したとしても、足は現実世界にしっかり踏みしめられている。異能者は、ある特定の能力を有するが、それ以外では無力に等しい(その異能者が学生ならば、ただの学生であり、ある親の子供であり、社会に生きるただの人間であるという描写が必ずなされる)。物語は、異能者と常人、あるいは異能者と異能者の戦いをメインに据えながらも、全体を動かすのは時代であり、自然であり(地殻変動による世界崩壊)、無数の人々である。


佐藤作品での異能者は、「常人に能力を足した」というよりも、「常人から大切な部分が欠損した/あるいは常人の持つ部分をいまだ所持していない」がために「特殊能力を発現している」存在である。*1

そして「異能者が特殊能力にしがみつくこと」は「破滅」であり「退化」であると描かれる。そばにいる相手の心を読み、最も愛する存在へ姿を変える能力を持った異星人の物語は、若く未熟な地球人との出会いにより、心の奥底にある自己愛のままに、何もかもそっくりの双子の自閉した愛に着地する。

深層心理の壁をこわし、永遠の理想像を手に入れた天才的ダンサーは、自分の心の欠けた半身を得た結果、完全に満ち足り、踊ることも喋ることもせず、ただ膝を抱えてうずくまるだけで充足する、石のような生き物に変じてしまう。


テレパシーで心が通じ合うがための怠慢、心の弱さ、能力を持つがゆえの驕りを、佐藤はシニカルに表現し、否定する。猥雑な常人の世界、しぶとさ、たくましさこそが、世界に求められるものであり、異能者の戦いは、最終的には、常人には「要らぬもの」として捨てられる。

望まぬ進歩は、ただの厄介事・余計なお世話にすぎず、対立は全存在を賭けてではなく「必要な局面のみ」にとどめられ、異能者という介入があっても、戦いのメインは常人たちのやり方となる。何が成長で何が退化か、何が進歩で、何が良きことなのか。佐藤史生の世界では、さまざまな価値観が提示され、答えがはっきりと示されぬまま、物語は、時代によって閉じられる。


……というような事を、もっと2作品を読み込んで、きちっと語りたいところではありますが、ちょっと忙しいので、まだまだ先になりそう。

「地球へ…」放映中に片づけたいなー

*1:竹宮恵子の「ミュウ」も、身体能力の欠損から生じた超能力ではあるのだが、得た能力は、欠損を補ってあまりあるもの、と読める。佐藤作品では、特殊能力は、欠けた部分を補うものではなく、まったく別種の力となる

kiritani_skiritani_s 2007/05/18 15:10 こんにちわ、はじめまして。
ご存知とは思いますが、時系列を並べるとこんな感じでしょうか。

1976年、佐藤史生「星の丘より」が「別冊少女コミック」第11回新人賞の佳作入選
1977年1月〜1980年5月、竹宮惠子「地球へ…」連載
1977年2月、佐藤史生「恋は味なもの!?」でデビュー
1977年5月、別冊少女コミック増刊に「星の丘より」掲載
1980年春〜1984年5月、佐藤史生「夢みる惑星」連載

ただ「地球へ…」と「夢みる惑星」をつなぐものに萩尾望都の「あそび玉」(1972年1月)がありそう……などと言ってはハナシを発散させてしまうでしょうか。

akio71akio71 2007/05/18 16:25 kiritani_s さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

おおお、詳細データを! 助かります!
ありがとうございます。感謝です。
kiritani_s さんのサイトの、「私的少女漫画史大風呂敷」コーナー、ときどき調べ物に利用させていただいております。
「あそび玉」と「地球へ…」の関係、最近、どこかで読んだ気がします。そうですね、一連の流れに入りますね。家の本棚から発掘してみます。ありがとうございました!