心の謎にすべて答える − 脳回路と感情行動の進化で読み解くQ&A99

2011-03-28 Q60.【愛】とは何か?

A.【愛】は交替する母子行動

 6番目の基本感情が愛です。
 愛は、興味に母性本能、すなわち、血縁淘汰の原理による変形が加わり、さらに拡大され同胞に広まったものです。興味から状況による分岐をした感情です。
 愛は、恋人同士の愛だけでなく、家族愛、親子愛、兄弟愛、人類愛、友情も含まれます。また、尊敬、崇拝なども愛の一種です。
 人における愛の行動は相手のためになる何かをすることです。あるいは、許容し、そばにいて受け止めてあげようとします。無意識の義務感があって、相手に何かしてあげようとする気持ちが愛なのです。
 それらは母子の関係にあった、愛を与える母と受け取る子供、この二種を同時に発現させたものです。人類は子供のまま大人になるネオテニーの傾向があるため、子供の感性が失われずに大人にまで残ります。子供として母に頼る感性――甘えも失われないままとなり、大人として人に与える愛と共存させたのです。大人同士の愛とは、両者が交互に母と子供としてふるまうものなのです。
 赤ん坊には親の愛が不可欠ですし、成人でも友情は生存に有利となります。愛は集団の維持につながるのです。子供の世話をするほとんど動物に愛の行動があります。大きさや細かさが異なりますが、愛の感情があると考えてよいでしょう。
 愛は母性本能──すなわち、本来女性のものです。そのため、平均すると女性に強く現れます。また、親子は永遠に親子──すなわち、愛は永遠たり得るのです。
 進化の歴史上で、愛が子供以外に広まるには条件があります。個体の能力差に関係なく、運不運の大きい食事を行う動物においてこそ愛が発達するのです。そうした動物では、他を助けることによる利益が大きいためです。
 たとえば、吸血コウモリは、吸った血を仲間に分け与えることが知られています。そのとき、血縁には関係なく、以前に血を分けてくれた相手に分け与えるのです。これは、愛の行動でしょう。
 類人猿には、愛着の行動が見られます。類人猿の毛づくろい、口移しは、人類の愛撫とキスに対応しています。抱擁などはまったく同じことが行われます。
 愛が発生するきっかけは、赤ん坊のような可愛い存在か、生活における共同者、恋人同士、夫婦、親子のように利害と生活をともにすることによります。仕事の同僚でも、愛は発生しやすいものです。同性の場合は、多く友人関係となり友情と呼びます。
 自分と似ている人、趣味、性格、価値観、しぐさ、容姿などが共通していると愛をいだきやすくなります。世界で最も似ているのは自分の子供だからです。似ている人に何かをしてあげたいと感じるのです。夫婦、親子、兄弟といえども、利害や生活が共通しないと愛のないこともあるわけです。
 愛には手順があります。
 第一段階は、好きという興味の感情により相手の探索が行われます。この時期、相手のことを知ろうとして、相手の好きなことを好きになろうとしたりします。
 第二段階は、試しの行動が行われます。相手の嫌がるようなことをして、どのぐらい自分が受け入れられるのかを試そうとします。仲良くなるとジョークが飛び交うようになるということです。
 恋人同士の愛では、さらに愛着の行動が行われます。恋人同士はいちゃいちゃした子供っぽい行動をします。これは交替する母子行動であり、ときに母となり、ときに子供となるのです。恋人に口をあけさせて食べ物を食べさせてあげようとすることなどは、そのものと言えるでしょう。恋人はまさに「My baby」なのです。キスは、母が赤ん坊に食べ物を吐き戻して柔らかくして与える原始時代の習慣の変形と考えられています。愛撫などのスキンシップは、本来、赤ん坊を安心させるための行為です。手をつなぐのも母親と幼児の行為です。これらの行為をすると、子供のころの母の愛の記憶がよみがえり、それが今いる恋人へ向かうことにより、愛の感情記憶が形成されるのです。
 養子に迎えられた子供も、新しい親にたいして赤ん坊のようにふるまうことがあります。泣き出して駄々をこねたり、既に必要もないのにおむつをしてもらいたがったり、母乳や哺乳瓶を求めたりするのです。血縁がなく、自然に母子行動を経験しない他人同士は、親子のように深い関係になるために母子関係をなぞる必要があるのです。こうしてこそ愛の感情記憶が形成されるのです。

2011-03-27 Q61.【幸福】とは何か?

A.愛の状況の評価の感情

 幸福は、愛から評価による分岐をした感情です。自分の現在の愛の状況を評価した感情が、幸福です。
 結婚式の新婚夫婦は幸福でしょう。愛の対象があり、愛が双方向に成立しているのです。幸福は愛の行動の満足感の高さといえるでしょう。相思相愛なのです。もちろん、別に男女間にこだわる必要はありません。愛とは無償の利他行為ですから、幸福は無償の利他的行為が相互に成立していると生まれるといえるでしょう。
 幸福は、警戒心の低下させます。肉体と精神を休息させるのです。また、自己の生活スタイル、思考パターンの安定化を生みます。変化させないことにより成功を維持します。守りに入るのです。
・トルストイの言葉
 人生においてただひとつの疑うことのできぬ幸福は、他人のために生きることである。
・ゴーリキーの言葉
 人生最大のたのしみ、最高のよろこびは、自分が人々に必要な人間であり、近い人間であると感じることである。

2011-03-26 Q62.【誇り】とは何か?

A.愛の行動の評価の感情

 誇りは、愛から評価による分岐をした感情です。誇りは既に述べたプライドとは異なります。プライドは、恥すなわち怒りの系統の感情でした。英語でも誇りはオーナー(honor)でありプライド(pride)ではありません。
 仕事の成功などが社会的に認められている、あるいは認められるべきと認識している、他人の称賛を受ける仕事をしている場合など、他人の役に立っているという実感が誇りです。すなわち、誇りとは、自らの行動が不特定多数の人々に愛をもたらすものであると感じることです。
 誇りは、行動の安定した実行をうながします。迷いを減らし、自信をもって行動し、考察よりも積極的に行動するのです。
 愛の行動にたいする評価の感情といえます。幸福は愛の状態の評価ですが、誇りは行動の評価です。また、幸福が家族レベルでの評価であることが多いのにたいして、誇りはそれより大きな集団におけるレベルの評価であることが多いのです。
 ある独裁国家で、民主運動家が捕まり死刑になるとします。そのとき、決して志を曲げず死を恐れる色もなく処刑された場合、誇り高き死に様であったといいます。これは、その行為がその国の人々に勇気を与える、愛の行為と考えるからなのです。

2011-03-25 Q63.【悲しみ】とは何か?

A.【悲しみ】は愛の対象の喪失の宣言

 悲しみは、愛から喪失による分岐をした感情です。
 家族が亡くなったときや、別れて会えなくなるとき人は悲しみを感じます。愛の対象を失うことが悲しみです。自らが利他的行為を行う対象を失うと、悲しくなるのです。
 悲しみには特定の表情があります。眉の内側が上がり、斜めに目を狭め、口の両端を下げます。そして、泣きます。涙は悲しみの主要な表現です。強い悲しみならその場にうずくまってしまいます。全体に動きが緩慢にもなり、活動の停滞をともないます。
 泣くという行為は、自分一人では処理できないことが発生したとき仲間を呼び寄せるための信号で、悲しみ以外にも発生します。悲しみのときに泣くのは、愛の対象を喪失を周囲に伝え、新たな対象を必要としていることを宣言しているのです。
 活動の停滞させることには、自己の生活を再評価、反省させて、行動パターンの変化を促す作用があります。これは、よくないことがあったのだから、それを次から避けるためです。
 悲しみは不快なものです。そのため、悲しみを避けようと努力することになります。悲しみは愛の対象の喪失が原因ですので、愛の対象を失わないように努力するようになります。
 また、悲しみの中にいる人間は他人の感情によく共感するようになります。これは、新たな愛の対象を探すためです。
 ですから、悲しくて泣いている、ふられた異性にいい寄って口説くのは本能的に正しい判断です。そのために悲しんでいるともいえるのですから。ただし、遺伝的なパターンであって本人の意志ではありませんから、嫌われる可能性もかなりあります。
 悲しみを感じないと、泣かないから、その効果である仲間の援助が得られません。気丈ですが、近づきがたい印象を与えます。逆にすぐに悲しみを感じて泣くと、頼りなくうっとおしい人と思われてしまいます。
 人類に悲しみが発達したのは、同胞の援助が得られるからです。集団で行動し、共同で生活する動物は悲しむと考えられます。ただし、鳥類、爬虫類、魚類にはないと思われます。彼らがつがいの相手を失ったときに変わった行動が見られますが、それは戸惑っているだけで悲しんでいるのではないようです。

2011-03-24 Q64.【淋しさ】とは何か?

A.【淋しさ】は愛の対象の不足のアピール

 淋しさは、悲しみから評価による分岐をした感情です。
 孤独なとき、愛する者のいないときに感じるのが淋しさです。利他行為の対象のいないことを認識すると淋しくなります。淋しさとは、幸せの反対といえるでしょう。
 泣くこと、活動の停滞、他人の感情への共感性の強化など、悲しみと同じです。
 淋しさの表情と行動は、他の仲間への救援要請としてはたらきます。これにより新しい愛の対象の獲得を促進します。自己の生活の再評価により、行動パターンの変化を促し、不快な淋しさを避けようとます。悲しみと同じです。
 ペットは淋しさをまぎらわすことができますが、これはペットが愛の対象となるためなのです。植木が不自然に多い女性なども淋しさの現れのことがあります。

A.好奇心、競争心、警戒心、愛着心の4つの優先順位

 心理学では人の行動を決める要素を大きく3つに分けます。気質、性格、人格の三層構造を考えています。 気質は生まれつきのものであり、性格は後天的に変化すると考えられています。人格はさらに知識などを含めて考えるものです。
 人間の行動パターンの内で生まれつきで変化しないものが気質です。
 気質は7つの基本感情から理解することができます。7つの基本感情のうち嫌悪は興味の裏返しですので考慮から外すことができ、さらに驚きはその行動に個人差が少ないことから取り除くことができます。残った興味、怒り、恐怖、愛の4つの強さの順位が気質を生み出します。
 そしてそれぞれ興味は好奇心に、怒りは競争心に、恐怖は警戒心に、愛は愛着心となります。人が持つ好奇心、競争心、警戒心、愛着心の優先順位が気質となるのです。
 これはよくいうような性格の分類とは違います。この四つに性格に分かれるというのではなく、ある行動を選択するときどの感情が先に出てくるのかを考えているのです。
 何らかの選択肢を選ぶとき、さまざまな感情が沸き上がり、さまざまな行動へと引きつけられるのですが、身体は一つですから実際にできる行為も一つだけです。ですからどの感情が勝ちやすいのかによってその人の行動が予測できるのです。
 たとえば簡単な例を挙げますと、宝くじで1000万円当たったとしてその後、どう行動するか?
 好奇心が勝てば新しい趣味に挑戦するかもしれませんし、競争心が勝てばさらに投資して増やそうとするかもしれません。警戒心が勝てばもしものために貯金するかもしれませんし、愛着心が勝てば家族のために使うかもしれません。気質を知るとこうした他人の行動予測ができるのです。
 この分析は既存の性格心理学のビッグ5の考えとも一致しています。性格心理学では外向性、愛着性、統制性、情動性、遊戯性の5つが統計により性格要素として取り出されました。
 この5つに対する解釈は次のようになります。
 遊戯性は好奇心、愛着性は愛着心、外向性は警戒心の反転、情動性は競争心、統制性は葛藤処理様式です。
 ここで指摘したいことは、統制性は明らかに他の4つとカテゴリーの階層が違うということです。他の四つは行動の方向性を示すのに対し、統制性はその量に関する要素だからです。
 脳科学にも対応します。脳の神経伝達物質と関連するのです。愛着心はオキシトシンに、好奇心はドーパミンに、警戒心はセロトニンあるいはノルアドレナリンに、競争心はテストステロンの感受性に関連するのです。

2011-03-23 Q65.【嫉妬】とは何か?

A.【嫉妬】は愛の対象の喪失への警戒

 嫉妬は、悲しみから予測による分岐をした感情です。
 新しく弟が生まれ、母親の愛がそちらに奪われると、兄が弟をいじめたりします。あるいは、恋人が他の異性と仲良くしていると嫉妬を感じます。嫉妬は、愛の対象が失われるのではないかという予測により発生するのです。
 そのため、もし仕事を愛していれば、自らの仕事を奪いかねない有能な人間にたいして嫉妬を感じることもあります。
 嫉妬すると、信頼関係安定のため試しの行動が行われます。たとえば、いい女を見て、でれでれしている夫を妻がつねるというようなものです。愛する対象へ軽い攻撃するのです。愛情の維持、確認のための感情です。愛の防衛行動といるでしょう。
 嫉妬は、悲しみから分岐した感情です。愛の対象の喪失の危機に、怒りの行動を結び付けたものです。そのため、怒りの大きな人は、嫉妬も大きい傾向があります。
 嫉妬に似たものはチンパンジーにも見られます。チンパンジーはまれに雄が雌を交尾のために連れ出すことがあり、そのとき、ついてこないと攻撃となだめを繰り返します。これが、憎しみや嫉妬の原型のようなものと考えられます。

2011-03-22 Q66.【憎しみ】とは何か?

A.【憎しみ】は愛の喪失についての怒り

 憎しみは、悲しみから状況による分岐をした感情です。
 かつての仇討ち、親のかたきには憎しみがあります。家族を殺されたものは、その犯人を憎みます。怒りを越える、極限的な激しさをもっています。憎しみは、復讐という行動を生み出します。憎しみはあらゆる感情の中で最も危険なものです。
 怒りと異なるのは、愛があって憎しみがあること、怒りは威嚇であって攻撃ではないのにたいし、憎しみは攻撃であって威嚇ではないということです。
 憎しみは、愛の対象を喪失した時に、その原因にたいして抱く感情です。基本的には人間への感情ですが、対象を擬人化することにより他の生き物や自然現象に向かうこともあります。地震で自分の子供が死亡すれば、地震を憎むことも可能です。
 異なる宗教の信者には憎しみの素地があります。宗教の神とは、愛──無償の利他的行為を献上する存在です。多くの宗教は異教の神を否定しています。否定とは、愛の対象にたいする攻撃に等しいので、他の宗教の信者を憎むことになりやすいのです。
 愛には家族や共同体を維持させる力があります。それを破壊に導くような行動への罰則として憎しみが発達したのです。他人の愛を尊重しないものを罰するのです。
 しかし、実際の憎しみの行動は法律が代行することになっており、法律違反となります。現代社会では、憎しみの効果は法律によって万人に保証されるため、行動は押さえなければなりません。
 憎しみは、人類特有かもしれません。雌のゴリラは、自分の子供を殺した雄をそのまま配偶者とすることがしばしばあります。チンパンジーには、戦争や子供殺しが記録されていますが、報復というのはありません。ゴリラやチンパンジーには憎しみはないのでしょう。

2011-03-21 Q67.【哀れみ】とは何か?

A.悲しみの共感が【哀れみ】

 哀れみは、悲しみから共感による分岐をした感情です。
 他人の不幸な話を見聞きするとかわいそうと思い哀れみを感じます。他人の不幸にたいして寄せる同情の気持ちのことです。
 哀れみを感じると、不幸な人に援助しようとします。貰い泣きすることもありますし、そっと肩を抱いてあげたり、黙ってそばにいてあげたりします。
 通常、感情はそのまま伝染するものです。ところが、悲しみは不快なものであるため、そのまま伝染すると、悲しんでいる人を避けてしまうことになります。そのため、快不快を越えた感情として哀れみが登場することになったのです。
 哀れみにより集団が協力が強化されます。悲しみから分岐した感情で、悲しみの中に愛の行動を結び付けたものといえるでしょう。

2011-03-20 Q68.【罪悪感】とは何か?

A.【罪悪感】とは愛の喪失の予感

 罪悪感は、後ろめたい、申し訳無い、すまないともいいます。そして、責任感もこの変形と考えられます。
 罪悪感は、悲しみから予測による分岐をした感情です。
 罪悪感は、愛する人の期待を裏切ってしまったと感じたときに生じます。宗教的な罪悪感も、神と呼ばれる人格の期待を裏切ったと感じることです。
 このとき、裏切ったのは自分の愛する人の期待であって、愛してくれる人の期待ではないので、相互に愛しあっている必要はありません。
 しかし、実際には自分を愛してくれている人を裏切った場合も、たいていは罪悪感が生じます。愛してくれている人に、愛をまったく抱かないことはあまりないからです。
 罪悪感の大きさは、愛の大きさに比例します。より強く愛する人にたいしては大きく罪悪感を感じます。
 罪悪感では、悲しみと恐怖を折衷したような表情をします。これは、相手の援助──すなわち、許しを乞い、かつ服従を示すものです。
 その行動は、謝ることです。「すみません」といいます。強い罪悪感では土下座なども行われます。行動力が低下し、人目を避けます。反省し、原因について思考します。
 また、服従心が高くなります。人の指示に従うことにより、愛を回復しようとします。その場から逃れることができない感じがあり、相手の言葉を待ちます。その後、償いの行動を取りおぎなおうとします。これも、愛の回復を期待するためです。
 また、罪悪感は不快なものですので、犯罪など社会を脅かす行動を抑制する効果もあります。

罪を平気で犯す人はなぜいるのか?
 罪悪感は悲しみから分岐した感情です。
 自分の行動が原因で相手に拒絶されたとき罪悪感が生まれます。子供のころ、何か悪いことをしたとき、母親に「こんなことをする子供はわたしの子供ではない、出て行きなさい」と言われたとします。これらは記憶により固定され、拒絶を生み出した行動に類似する状況を再現すると罪悪感がともなうようになるのです。
 愛する相手を失わないために自己を変えようという感情が罪悪感であり、相手を変えようとするのが嫉妬です。
 罪悪感を感じない人は迷惑ですが、感じやすい人は抑鬱的になります。他人のために常に自分を変えようとしてもできるものではありません。内向的な人は罪悪感を感じやすく、外交的な人は嫉妬を感じやすいといえるかもしれません。
 成長過程で信頼関係、愛をうまく育てることができないと、罪を感じない人間に成長する危険があります。誰にも愛を抱かない人間は、罪をまったく感じず、人を平気で裏切り騙します。信頼関係の希薄な孤立した人間は、その行動に罪悪感が発生しにくく、犯罪を犯しやすいのです。
 犯罪者は、しばしば家庭環境に問題があります。愛を知らないため、失うことへの抵抗がなく、犯罪へのブレーキとならないためなのです。犯罪者を更生させるのに、愛情をもって優しくしなければならない──わたしたちにこうしたことができるでしょうか。
 もちろん、愛情は豊かなのに甘やかされたため罪悪感だけが欠如したタイプもあります。そうした人に愛情を与えても効果はありません。
 区別のカギは嫉妬の気持ちを調べることです。前者は嫉妬も弱いのですが、後者は激しく嫉妬するのです。
 罪悪感は、実際に愛する人の期待を裏切った場合だけでなく、「このままだと期待を裏切ってしまう」という予測でも発生します。これは一般に責任感と呼ばれます。この場合、たいていは愛の行動――人を援助する行動であることが多いため、罪悪感と異なり積極的なものとなります。
 罪悪感は、社会的な悪とは異なります。社会的な悪が、罪悪感として感じられるのは、あなたの愛する人が、社会悪を期待しないからです。人殺しに罪悪感を覚えるのに、戦争で人を殺すのに罪悪感を覚えないのは、それが期待されるためです。