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秋的屋

2012-07-16

[]伝統というものの強さ。アレンジを認める寛容さ。 23:00 伝統というものの強さ。アレンジを認める寛容さ。を含むブックマーク

「着物はこうあるべき」という世間の目が和装文化をじわじわ殺している。

(togetter)

 これは着物が好きな人が言うからこそ説得力がありますね。自分自身、ああいう着物とか浴衣を見て「それは無しだろう」と思っていた人間なわけですが、考え方を見直すくらいの説得力がありました。着物も結局は服の一種なんですよね。フォーマル色が強いという意味ではスーツとかと似ていて、TPOに合わなければフォーマルな場からは自然と淘汰されていくでしょう。スーツなんかカジュアル系のものがありますが、ファッションとしては十分認められていますしね。


 「こんなの着物/浴衣じゃない」という意見からはアニメ/マンガヲタ界隈の「原作以外は認めない」という原作厨的な雰囲気を感じます。本当にそれが好きな人にとっては自分の好きなものが形として残り、多くの人がそれを知ってくれることが一番の喜びなんじゃないでしょうか。別にとっかかりはどこでもよく、アニメから入ってきた層が原作に回帰することはよくある話です。それと同じようにアレンジ着物/浴衣から入った層が伝統的なものに回帰することもあると思うんですよ。というか好きな人ってのは大抵が大元まで辿っていくと思うんですよ。それでいいんじゃないでしょうか。

 例として「東方Project」を出させてもらいますが、二次創作やアレンジに寛容でゲーム/音楽/マンガなどあらゆるジャンルに波が広がっていますが、決して原作がないがしろにされていることはありません。和装文化もそれと同じで、元となる伝統的なものがないがしろにされることはないんじゃないでしょうか。

2012-07-02

[]自己責任 00:26 自己責任を含むブックマーク

 自己責任って言葉は嫌いではないです。

 すべての問題に対する責任が自分のみに降りかかるのであればそれはそれで楽だと思います。ただ現実にはそうはいかず、未成年であれば親兄弟に、社会人であれば上司、同僚に、自分の家族を持てば結婚相手や子供にも責任や迷惑が降りかかる可能性があります。

 逆に今の現状というのは追い詰められた人の暴走を防ぐ役割も持っているとは思います。自分のことも他人のこともどうでも良くなった人が暴走した結果が他人を巻き込んだ犯罪行為になったりするからです。ここらへんのバランスは難しいところ。

2012-06-10

[][]再開するキッカケは何でも良い 23:06 再開するキッカケは何でも良いを含むブックマーク

Q. 誰に言っているのですか?

A. 自分。

個人サイトに花束を

(空読すくらっぷ)

 また書きたいと思った。

 他のサイトに影響を受けて。

 ストレス発散。

 気分転換。

 理由もキッカケも何でも良いと思うのです。そのサイトを運営してきた人がまた何かを書きたいと思ったかどうか。書きたい何かがあるかどうか。そしてそれを読んで何かを感じてくれる人がいるかもしれない。そういったことが重要なんだと思います。

大勢の人に見られなくても、誰か一人でも、自分が「これは楽しい」「これは素晴らしい」ということが伝わって、見てもらえたらうれしい。

誰かとアクセス数を競う合うのではなく、自分が届けたいと思っていることを、誰か一人でも、同じものを探している人に見つかって、拾ってもらえるということには喜びがある。

 何となく毎日のように更新していた時期を思い出しました。自分がサイトの更新をしていなかった理由は仕事が急に忙しくなったことと書きたいと思うことが次第に無くなってきたことだと思っていましたが、このような喜びを忘れてしまっていたこともだったのかもしれません。

 1年以上もサイトを放置してきたのだから、この1年から出せるネタは沢山あるはず。次のテキストのネタが思い付いていなくても書こうと思ったら自然と出てくるはず。個人サイトは更新も中止も閉鎖も自分次第です。自由きままにやっていきましょう。

 前回の更新が2011/4/3。現在が2012/6/10。一見すると2ヶ月放置とかに見えませんかね…

2011-04-03

[]極論が人を不幸にする 00:52 極論が人を不幸にするを含むブックマーク

ある日耳にした会話。

A「2人の子供が溺れています。1人しか助けられません。どちらを助けますか?」

B「助かりそうな方を助ける。そういうAはどうする?」

A「どちらも助けない」

B「それは酷くないか?」

A「片方だけ助けることは不公平だ。だからどちらも助けない」


というような内容。Aさんの意見の根本にあるのは不公平が許せないということのようです。人、特に日本人の特性でしょうか。一部の人が突出して不公平感が発生するとその一部の人を嫌う傾向にあります。

 それはさておき、Aさんの台詞には実は矛盾があります。それは公平・不公平の観点を子供2人ではなく、子供2人とAさんの3人にした場合に発生します。溺れている・いないという点ですでに子供2人とAさんは不公平なんですよね。真の公平を求めるのであれば3人全員が助かるか、3人全員が溺れるかの2択しかないわけです。さらに言うのであれば、子供を片方しか助けられないという前提がある時点で3人全員で溺れるという選択肢しか残らないわけですが。

 正しそうな意見を持つのは良いが行き過ぎると皆を不幸にしますよ、という話。

2011-04-01

[]八百万の嘘 00:01 八百万の嘘を含むブックマーク

八百万の嘘(やおよろずのうそ)

[意味]数え切れないほど多い嘘。

[用例]四月一日は-----が生まれる日である。

[類例]八百万の神

人が生涯で多くの嘘を吐くことから生まれた言葉。神道において八百万の神々が神無月(出雲地方では神有月)に出雲に集うように、四月一日には嘘が集う。年間に吐かれる嘘のうち、約80%が四月一日に生まれると言われている。