2009-12-31 2009年ベスト/ワースト・アニメ@秋田紀亜
【アニメブロガー合同企画】2009年ベスト/ワースト・アニメ@秋田紀亜
id:ill_critiqueさんとid:episode_zeroさんがやっている企画に乗る形で書いてみました。
アニメ(ブロガー・twitterアニメクラスタたち)の饗宴、あるいは2009年アニメベスト/ワーストのススメ - 反=アニメ批評
■「2009年ベスト/ワーストアニメ」
* 執筆形式・論述分量自由
* ベスト/ワーストの定義も自由
* 挙げる作品数も自由
* 書きあがった記事は「反=アニメ批評」か「EPISODE_ZERO」の告知記事にトラックバックを送っていただければ、後々そのまとめ記事を作成します
* 記事の一斉アップ時間は12月27日(日)23時〜24時の間(23時直後推奨)
* その時間帯は都合が悪いという方でも、年内にトラックバックしてくださればまとめ記事に対応させていただきます
* (質問があったのですが)「はてなダイアリー」以外でも、ブログをお持ちの方でしたらどなたでも大歓迎です。何ならtwitterでも問題ありません
書くのにずいぶん長くかかりましたが、なんとか年内にアップできました。
2009ベスト/ワーストOPも挙げました。
なお、以下のエントリーを書くにあたり、Twitter/@akita_kiaで書いてきたpostを元にしました。
2009年ベスト・アニメ
限られた視聴範囲の中から選びます自分のベストは、
- 『DARKER THAN BLACK 流星の双子』(監督:岡村天斎/制作:BONES)
です。
私は1期は見ていなくて、2期のしかも2話から見始めたのですが、アバンタイトルのライフルの望遠鏡の中の鹿と目が合うファースト・カットを見てやられました。
そして、ボクっ娘・蘇芳(すおう)の「見てろよ。真っ黒オヤジ!」
から「きゃーーー! エッチ! バカ! チカン! ヘンタイ!」までの台詞。
蘇芳の声(花澤香菜)も懐かしい感じがしました。いかにも声優らしい発声法なのだけど、嫌味のない良い声だと思いました。
僕っ子なのに女の子らしい声というアンバランスも。
もちろんキャラクターデザイン(キャラクター原案:岩原裕二、キャラクターデザイン・総作画監督:小森高博)も良かったです。
OPにも毎回現れる体に似合わない対戦車ライフルも抱えている絵も良いです(後掲)。
性的に未分化な感じというのか。
時々「あたし」と言ったり、蘇芳は作中、少女と少年の間を常に行き来しているんですよね。
とまあ、この作品の魅力は半分以上蘇芳になる訳ですが。
それ以外にもアクションは丁寧に作ってあるし、某作品のように思わせぶりな社会派的用語を散りばめて表面的に奥が深そうに見せるような姑息な真似はしていませんし。
説明台詞を長々と垂れるような真似も「あまり」していませんし。
そういう訳で楽しんで見ていましたが。
8話「夏の日、太陽はゆれて・・・」は、悲しくも決定的な転換点の話でした。
プール(清浄、過去、夏、晴れ、屋内)で始まり、プール(汚濁、現在、冬、曇り、屋外)で終わっています。
頻出する「水に反射した(あるいは透かした)夏の太陽の光」というビジュアル・イメージと、それに対するそれぞれのキャラの意味付けが、8話の鍵になっています。
蘇芳とターニャにとっては幸せだった過去の象徴、ロシアの夏の「太陽」と「水」。
この「幸せだった過去」と「現在における消失」は、OPでもモンタージュによって表されています。
「太陽」と「水」は蘇芳と紫苑(双子の弟)にとっても、「小さい頃行った場所=池袋=サンシャイン60(水族館)=太陽の光」であり、ここでも太陽の光は水のイメージとセットになっています。
このモチーフは、11話でまた違った形で出て来るのですが、あまり書くとネタバレになるので、この辺りまでにします。
一転して、9話のキコ達の登場時の「最低ですよ。テコ入れだか何だか意味不明。あんなギャグキャラ、今さらどこに需要があるって言うんですか」「せっかく良い感じでシリアスに盛り上がってきたのに」「生かしちゃおきませんよ、あの監督」
この自己言及的台詞が良いですね。
そして、物議を醸した最終回。
『エヴァ』TV版最終回や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のパロディも面白かったですが。
これは一応ハッピーエンドと言って良いのでしょう(蘇芳的には)。
第一話は夕暮れから始まりました。
最終回は夜明けで終わっています。
エンディングテーマのタイトル「From Dusk Till Dawn」(歌:abingdon boys school)通り、この物語は「夕暮れから夜明けまで」の物語だったと言えます。
作中の「流星=死」のイメージが、半分程ミスリードとなっていたようです。
なお、次点として、
を挙げようと思います。
宮崎駿がかつて、こう言いました。
「自然保護のためにアニメを作っている訳ではない。昔アニメの絵を描いている時に、人物だけだと寂しいので、植物を一緒に描いたら画面が瑞々しくなった。そこから植物に興味を持つようになった。その延長でアニメを作っている」
記憶で書いていますので、細部は違うかもしれませんが、大意はそういうことでした。
人類が誕生して数十万年から数百万年、いやそれ以前の哺乳類の起源の数億年前から植物と共にあったので、人工物よりも植物に親近感が沸くのは当然と言えます。
人類やその祖先が植物と共に、いやそれ以上にあり慣れ親しんでいたものに自然光(太陽光や月光など)があります。
蛍光灯の起源が1856年、真空白熱電球の発明が1878年、と言われているので、自然光との付き合いはたかだか百年単位の歴史しかない人工光とは雲泥の差があると言えるでしょう。
人類が人工光より自然光に親しみが沸くのも当然でしょう。
さて、そこで日本のアニメで自然光をいかに描いてきたのでしょうか。
ここでは詳しく歴史を振り返りませんが、例えば『太陽の王子』『カリオストロの城』『となりのトトロ』『王立宇宙軍』『劇場版パトレイバー1・2』『秒速5センチメートル』などが意識した画面作りを行ってきたと言えるでしょう。
『けいおん!』もテレビアニメという制約の中で自然光を意識した作品として挙げたいと思います。
作品の舞台は放課後の軽音楽部の部室が使われますが、光源は窓からの日光となっており、良く見ると部屋の電球は消されているという徹底振りです。
これは、制作者の人工光よりも自然光を重視したいという意思を感じさせます。
まあ、作中の人物が省エネをしたいと思ってるだけかもしれませんが。
とにかく、柔らかい午後の陽の光の表現が、作品と主人公の持つゆるふわな雰囲気に貢献する効果を上げていると言えるでしょう。
これは単に美術・背景だけの仕事ではなく、色彩設計、撮影、レイアウトなど様々な部門の連携が、何よりも監督の画面作りへの強い意思が必要だったのではないでしょうか。
なお、同じ制作会社、京都アニメーションによる『涼宮ハルヒの憂鬱』(第2期、2009年、総監督:石原立也)も、同様に自然光を意識した画面作りをした作品として挙げたいと思います。
実際、1期から丁寧な画面を作ってきた京都アニメーションによる経験の蓄積が生きたのでしょう。
萌え系作品で『けいおん!』的映像の先達として、これも自然光を意識していた『苺ましまろ』(2005年、監督:佐藤卓哉、制作:童夢)を挙げたいと思います。
ここに挙げていない、また私が見ていない作品も多いですが、ご容赦ください。
2009年ワースト・アニメ
ではお待ちかね(笑)、2009年ワースト・アニメです。
- 『まりあ†ほりっく』(監督:新房昭之/制作:シャフト)
- 『夏のあらし!』(監督:新房昭之/制作:シャフト)
- 『化物語』(監督:新房昭之/制作:シャフト)
- 『夏のあらし! 〜春夏冬中〜』(監督:新房昭之/制作:シャフト)
あくまで演出スタイルについてですが、シャフト・新房昭之監督作品を挙げさせていただきたいと思います。
端的に言って、これらの演出スタイルは『少女革命ウテナ』(1997年、監督:幾原邦彦)、劇場版『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』(1999年、監督:幾原邦彦)の劣化コピーでしょう。
巷で言われているように、新しいともセンスが良いとも思えないし、天才でもないでしょう(だから「劣化コピー」)。
EDにしばしば懐メロ持って来るのも、おじさん的センスを感じます。
「逆に今の時代こういうのがオシャレでしょ、特にオタク的アニメソングが主流の今のアニメ界では」などと考えていたら、それは勘違いではないでしょうか。
ここで新房昭之の作品歴を振り返ってみる。
新房昭之は、コンテ・演出を担当した『幽☆遊☆白書』74話(1994年)では月明かりが窓から入る夜の学校の廊下での決闘という、光と影、横と縦を強調する(場面設定を含めた)演出をしているが、まだ現時点の「トリッキー」で「スタイリッシュ」な演出まではなっていない。
監督作品『メタルファイターMIKU』(1994年)は普通のアニメと言っていいだろう。
『少女革命ウテナ』以降の、テレビアニメ版『それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ』(1999年)は光と影、ロングとクローズアップの極端な切り替え等、多少今の新房演出に近い味はある。
が、『The Soul Taker 〜魂狩〜』(2001年)になると、舞台劇のような平面的な画面構成、赤等の原色を使った人工的な空の背景、人物や建物・木を影の黒一色で表現、物語と直接関係のないカットを象徴的に挿入等、全体的な雰囲気も含めてあからさまに『少女革命ウテナ』の影響が強くなる。
つまり新房監督が「トリッキー」で「スタイリッシュ」な演出をすると『ウテナ』的になっていくのである。
OPで話題になった『月詠 -MOON PHASE-』(2004年)、『魔法少女リリカルなのは』(2004年)も演出スタイルとしては普通のアニメと言えるだろう。
萌え系日常ギャグ作品『ぱにぽにだっしゅ!』(2005年)はお遊びカットの使い方等、現在の新房演出が形になってきた頃だろう。
『ネギま!?』(2006年)も『ウテナ』的なところがあるが、これも普通のアニメの系統。
『ひだまりスケッチ』(2007年)、『さよなら絶望先生』(2007年)、『【俗・】さよなら絶望先生』(2008年)、『ひだまりスケッチ×365』(2008年)は『ぱにぽにだっしゅ!』の系統で、「トリッキー」で「スタイリッシュ」な画面遊びの作品である。これらも『ウテナ』的なところがないとは言えないが、鼻に付く程ではない。
『まりあ†ほりっく』(2009年)は、再び『ウテナ』色を前面に出した作品である。前述の「舞台劇のような平面的な画面構成、赤等の原色を使った人工的な空の背景、人物や建物・木を影の黒一色で表現、物語と直接関係のないカットを象徴的に挿入」に加えて、雲の描き方など、もろ『ウテナ』(美術監督:小林七郎)である。
(以上『まりあ†ほりっく』画像)
(以上『少女革命ウテナ』画像)
リミテッド・アニメ的な止めと、平面的な/前景と遠景を同時に描く画面構成と、(ロングとアップ、横向きと正面など)異質な組み合わせによるインパクトを追及したカット割りとタイミングなども、(言語化しにくいが)『ウテナ』的センスである。
『夏のあらし!』、『化物語』、『夏のあらし! 〜春夏冬中〜』も、正面と真横からのカメラを中心とした『ウテナ』的画面構成とカット割りである。
特に『化物語』で会話中に関係ないことをやるところや、ししおどしのカット・インなども『ウテナ』的である。
ここまで延々と批判してきた新房演出だが、日本のリミテッド・アニメ環境に非常に適した演出スタイルではあると思う。
今のコンピュータを使った撮影・編集にも適しているだろう。
しかし、それはオリジナルなセンスではないと言うことだ。
以上の批判はあくまで演出スタイルに特化した話ですので、例えば『化物語』は話(特に会話)、キャラクター、絵は好きです。
キャラクターは特に、戦場ヶ原ひたぎ、千石撫子が良いですね。
『まりあ†ほりっく』もキャラクターの絵は好きですし。
なお、『【懺・】さよなら絶望先生』(監督:新房昭之/制作:シャフト)も2009年作品ですが、上記の『ぱにぽにだっしゅ!』『ひだまりスケッチ』の系統で『ウテナ』のパクリ臭はあまり無いので除外します。
2009年ベストOP
- 『DARKER THAN BLACK 流星の双子』「ツキアカリのミチシルベ」歌:ステレオポニー
- 『あにゃまる探偵 キルミンずぅ』「Poo」歌:Neko Jump
を挙げさせていただきます。
『DARKER THAN BLACK 流星の双子』OPについては、後日カット分析のエントリーを書こうと思っています。
『あにゃまる探偵 キルミンずぅ』OPは、日本の萌え文化の影響を受けたタイのポップソングですが、一度聴いたらクセになる歌です。映像もポップなノリに良く合っています。
Neko Jumpのタイで作られたPVを見たら、日本の文化の「間違った(?)受容振り」が面白いです。
2009年ワーストOP
です。
『まりあ†ほりっく』OP(「HANAJI」)は、スタジオで2Dの『まりあ†ほりっく』キャラを襲ってくる3DCGのマネキンに、2D美少女キャラの胸の裸を見せ鼻血を出させ、破壊をするという内容で、それを現代アート的(?)・サブカル的スタイルでパッケージした映像である。
つまり3DCG対2Dアニメをテーマにしているのであるが、表現手法も含めてあからさまで陳腐な感は否めない。
ちなみに、EDはYMOの「君に、胸キュン。」を声優がカバーしている。ここでも懐メロである。シングルジャケットはYMO版シングルジャケットのパロディだと言う。
『夏のあらし!』OPとEDも、一応新曲だが現代的センスとは言えず、映像は昔のLPレコード・ジャケットのパロディである。
冒頭に書いたこととも重なるが、どうにもおじさんの昭和センスと思えてしまう。
新房監督作品ですが、『化物語』第10話のOP(「恋愛サーキュレーション」歌:千石撫子(花澤香菜)、オープニングディレクター:大沼心)は良かったです。











ただ、「ウテナ」・「新房シャフト作品」で行われていることは
基本的には「出崎統」を源流にしており、
出崎統まで遡らずにウテナの劣化コピーというのは早計かな、と。
幾原邦彦のグレンラガンについての言を借りれば
「過去作品の記憶を相当な密度でガジェット化している」ということだと思います。(http://plaza.bunka.go.jp/festival/2007/animation/000832/)
「その“技術”は懐古ではなく、現役であり、未来だと製作者たちは言っている」
新エントリーでお答えしました。よろしくお願いします。
http://d.hatena.ne.jp/akita_kia/20100105/p1