まだらダイアリー

2007-06-17 300

パイレーツ オブ カリビアンをみようとおもってたのですが

こっちにしました。

100万の大軍に300人で挑む事ウリの作品で

テルモピュライの戦い」を題材にしている。

R-15指定であり、戦闘シーンは遠慮のない描写、観ていて気の抜けない作品でした。

心理は描写は自由と民主主義のため悪に立ち向かうという極めて分かりやすい内容でした。

敵であるペルシャ軍やクセルクセス王は野蛮で愚かであるという描写が徹底しており、物語として大変分かりやすい。

祖国と理想を守ろうと圧倒的な敵に挑んだ300人の勇者の物語であって、それ以上でもそれ以下でもないのです。

多分、絶望的な戦局というと、「俺は、君のためにこそ死ににいく」と比較しがちですが、メッセージは全く異なるので、どちらが優れているとか劣っていることはない。

「300」では死後の世界が語られておらず、生者の世界の描写されて、ラストのギリシャ軍とペルシャ軍との対峙に繋がってゆくのに対し、

俺は、君のためにこそ死ににいく」では死後の世界と現在の生者をまぜこぜに語っている点が大きく違う。

さっくりと伝説の世界を題材にアクション映画をつくるのと、60年前の評価の確定していない歴史的事実に対して、映画を作るのとでは難易度が違いすぎるかなと思った。

容赦のないスパルタ軍と醜悪に描かれているペルシア連合軍

ヨーロッパ人が現在急速に力を付けてきている中国インドといった「アジア」をどのような目で見ているか?

そんな怖さを感じてしまう後味の悪さがありました。

2007-04-14 東京タワー オカンとボクと、時々、オトン

http://www.tokyotower-movie.jp/

ドラマは見てないので予備知識の鑑賞でした。

幼少期と現在の時間軸が並行して進行し、結末にむかってつながってゆく流れは好みです。

幼少期に殺せなかったウサギを、大人になってから世話をし切れずに死なせてしまう点など並行進行以外にもいたるところに対応関係があるようで気にしだすと何度も見ないといけなくなりそうな仕掛けが多そうで楽しい。

東京タワーといえば、日本テレビ読売新聞ジャイアンツのマスコットキャラクターがうさぎとか。

しかしながら、幼少時代の引っ越し場面と病院の切り替わり時にみられるように若干の荒っぽさを感じる点は残念です。

オカンが離婚後に男性とデートする場面のように謎を多く感じるシーンも記憶に多い。

子供を連れているからからだと好意的にとらえたとしても、ここでなぜこの行動なのだろう?と考えないと伝わらないシーンの度に場面の魅力が減少しているように感じました。

但し、健康ランドの場面は私が子供のころに子供会で行った場所によく似たイメージで、ボクがオカンを探す視点はパニックの様子がよく出ていました。焦点が定まらずに移動し続ける手法は「あの感覚だな」と共感することができた。また、自分が子供時代に感じたような独特の懐かしい雰囲気があり魅力的だっただけにもったいなく感じます。

また、オカンが「飛行機」ではなくて「新幹線」で上京するあたりも面白い。

心情面ではボクのオカンに対する愛情を感じた点がよいと思う

抗癌薬治療の場面の痛々しさは身内でそうした経験をお持ちの方にはリアリティがあったと感じます。

同じ場面に自分が遭遇した時は治療を選ぶかどうか苦しい選択です。

ここでも、抗癌剤治療と過去の自宅療養での時間軸の並行進行が混乱しており、物語に水をさしていました。

この辺からダークなネタのオンパレードです。

「1日4万円」の病室、毎日看病など通常はできないのです。

肉親が入院したとしても、毎日看病に行かせてくれる事を許す企業がどれだけあるのでしょうか?死に目にあいに行くことぐらいが限界かもしれません。

お通夜の場面での「出版社」からの電話はそうした問いに対策にもみる。(※通常電話を引き継ぐ際は具体的な社名をいいますので。)オカンの幻がボクに仕事をさせる点でフォローを入れていると思います。(※駆け出し時代にアパートを借りようと「こうだん社」とかたったのとは対照的です。)確かに尤もな話なのですが、痛さを感じます。

お通夜の会場で仕事のできる方は特殊ですから。

現実として、ベランダで死亡したウサギの「ブドウ」

ウサギにからめつつ、しつこいぐらいにでてくる部屋の広さと金額の相関関係

ずっと大事に持っていたオトンの作った船の模型、

未完成の観音の絵と未完成の東京タワーの前のオトンの写真

なぞを感じる相関関係?を多く感じます。

作品が放つダークなオーラを感じずにはおれないのです。

のように設定はむちゃくちゃにも関わらず、母親への愛情に満ちた気持ちを素直に感じてしまいます。

2007-01-20

今日は2本立てで、総長に1本、物足りなかったので、レイトショーで1本という感じで、久しぶりの土曜の休日を楽しむ。

■マリーアントワネット

http://www.ma-movie.jp/

マリーアントワネットの婚礼から没落までを第3者の視点で描写した作品

長編の大作だったら、まだまだ内容が詰まったような気がします。

ダイジェスト版のような構成に惜しさを感じました。

アントワネットのキャラ立てがうまくいっていないため、美しいだけの作品になってしまっている点が残念。

バックの音楽と場面の描写が若干ミスマッチを感じる……感性の違いかもしれない。

映像はすべてが名画のように美しい。

光の使い方が前半白くて明るい→だんだん落ち着いてゆく→暗いという意図を感じる。

物語の展開と連動していたけれど、効果的には見えなかった。

ヴェルサイユ宮殿内の白壁と黄金は室内を明るく見せるための、内装技術だと、以前なにかの本で読んだと記憶。

それをもっと魅力的にするために外光を抑えて表現するほうがいいかなと私は思う。

馬の足取りの軽やかさがだんだんと重苦しくなってゆく点もわかりやすすぎるのかもしれない。

中欧の暗い森をイメージしていた私には違和感を感じた。

序盤でルイ15世が真っ先に女性の胸を気にするところももっと楽しげにできても良いかな〜と思う。

アントワネットよりもおっさんのルイ15世の方が目立ってたような気がすることも複雑な気分でした。

この映画でたのしみにしてたのはヴェルサイユ宮殿の豪華さの描写でした。

場所が限られていたので、もっといろんな部屋を見たかったなと思う。

優雅な暮らしについても、

豪華さよりも浪費に描写がシフトしており、「もったいなさ」が描写されていた点が残念

バスティーユ襲撃に始まるフランス革命への伏線など私にはどうでも良いことでしたので。

私としては、マリーアントワネットに焦点を絞るなら、

優雅さや豪華さを強調して「すごい羨ましいな」という気持ちを刺激して欲しかったと率直に思う。

やっぱり、お姫様はあこがれる。

史実の最期はともかくとして、

「そんなもったいないことしないよ」→「こんな贅沢してみたいな」って感じたかった。


武士の一分

http://www.ichibun.jp/

俸禄取りの武士が事故で失明。世知辛い現実と困難に立ち向かう。「武士の一分」をキーワードに誇りを貫く話

民家の薄暗さとお城の明るさの対比がリアルだったと思う。

話の筋もわかりやすく、

主人公の信之丞の悔しさや妻の加世のやりきれない気持ちにも共感しやすい。

2時間程度の作品でしたが大変楽しめました。

残念な点は「剣術」についてが「精神論」の部分しかわからない点

構え方などは恐らく何かの資料に基づいていることを感じたけれど

専門家でもないので、わからない。

この部分を少しで良いので、教えて欲しかった。

描かれていたかもしれないけど、気づけなかった点がくやしい……かな。

再度機会があれば、鑑賞してみたいなと思いました。

2007-01-15 やはり休日の使い方が重要なのです。

休日になると、殆ど寝込んでいます。

顕著になったのが2004年頃からです。

その傾向が出はじめたのが2003年の春以降です。

以前に鬱の初期症状であると言うことで

治療を必要と思ったこともあり、半年ほど通ってみましたが

一向に気が楽にはならず

薬も信頼出来なくなったので病院に行くのはやめました

以来、休日に寝たままになるということが固定化した来たような気がします。

私は常に制作者であることを掲げていましたが

(仕事ではそれっぽいことをしていますけど)

自分の魂の籠もったような、会心の作を作ることが無くなってしまいました。

しかも、「絵」については何をやっているのだか

先日、「硫黄島からの手紙」をみにゆきました

自分が絵のテーマとして掲げていた事と同様の内容だったので気になっていたためです

技巧が凝らされた作品で、良い作品だったと思います。

ただ、硫黄島の戦いを題材にしたファンタジーであると

私は思いました。

視点が日本人されているように見せかけて

日本の側に立ったアメリカ人の視点の作品だったからです。

だから、物語の中心は「栗林」であり「西」なわけです。

彼等の思い出は「アメリカの滞在時」のものです。

穴を掘ることに何かの寓意があるようでしたが

まだ、読み切れていません。おそらく宗教的な何かがあることなのでしょう。

「栗林」が言います。

「ここは日本なのか?」と

映画自体に対する壮大な皮肉のように聞こえました。

私の主観ですが。

時間の壁、国籍の壁、思想・宗教の壁が、作品がドキュメンタリータッチにもかかわらず、ファンタジーに見せてしまったのかなと思います。

もともとファンタジーだったのかもしれません。

同時に、自分の過去の作品のなかで、変容してしまった形態がやはりファンタジーだったのかなと思うように。

2006-12-10 力足りない

土・日と寝込みました。

身体がとにかくきつく起きてる事が負担になる。

何もしないのも悲しいため、らくがきをするけれど

手が線を描くことを忘れているようだ

拙いなと思う。

絵を描きたい気持ちだけが残って描きたいモノが少しずつ消えていったような気がする。

壊れ始めた2002年

来年はもう2007年になってしまうんだなと実感。

維持だけじゃなくて

おえかきBBSの方にも目を向けないといけないかな、折角人は来てるのだから