Le Journal ALAE

フランスや周辺のフランコフォン地域などのアクチュアリテ・文化にふれるブログ

2012-05-24

[]南仏の気候温暖化と農牧業への影響

近年は猛暑報道をしばしば見かけるフランス。パリではこれまで意外に少なかった「冷房完備」のホテルやレストランがようやく増えてきたが、暑過ぎる夏が度重なるようになってきたのがその主な要因だろう。ニースなど、これまでは年間を通じて安定した気候のリゾートというイメージだったところも、夏場は暑さが前面に出るような状況だ。大局で見ればこれは地球温暖化の影響が及んでいるということだろうが、5月2日付のスイス『ル・タン』紙は、研究者による気候分析によって、南フランス地域における最近の変化が改めて詳しく明らかになったと報じている(Le climat méditerranéen s’étend. Le Temps, 2012.5.2, p.14.)。

研究を行ったのは、国立農学研究所(INRA)と機能・進化生態学センター(CEFE)に所属する学者たちのグループ。フランス南部のポー(アキテーヌ地域圏)、リヨンマルセイユの各都市を結ぶ三角形内にある14の気象観測所でこれまで計測されてきたデータを詳細に検討した。その結果、温暖化の進行状況や降水量の変化などが、より体系的に明確にされてきている。

具体的に見ていくと、この地域では、1901年から1945年までの間、10年に0.1度というペースで気温が上昇した。1945年から1979年にかけては、逆に0.15度気温が下がる状況すら生じている。急激な温暖化が始まるのはこれ以後で、2009年までの30年間に1.5度という大幅な上昇が起きている。またこの時期の高温化は、冬期については0.7ないし0.8度程度なのに対し、夏期はなんと2.4度に及んでおり、季節による違いが顕著である。

一方、降水量については調査対象の期間中に大きな変化は見られない。しかし、温暖化に伴って水分の蒸発量が増えていることから、湿度は全域的に相当減少している。こうした変動の結果、いわゆる「地中海性気候」に属する地域が以前より北方及び北西方に向けて100キロほど拡大し、これまでは含まれなかったトゥールーズアルビ、モンテリマールといった都市が、新たに「亜湿潤系地中海性気候」の土地になったと考えられる。また、特に海辺に近い地域は、乾燥度の強い「ステップ系地中海性気候」と位置付けられる状況になっている。

今回の研究は、INRAが中心になっていることからも分かるように、農牧業への影響やその対策についても検討を加えている。牧畜に関して言えば、対象地域はかつてほとんど牧草の生育不振に見舞われることはなく(あっても10年に1回程度)、政府は不作の年に限って補助金等の施策を講じればよかった。しかし21世紀に入ると、過度の乾燥を主な要因として10年間に4回も牧草不足が発生しており、政府による対応策の実施は(費用がかさむことから)非常に困難となっている。研究チームの一員であるフランソワ・ルリエーヴル氏は、「(こうした点について)生産者を納得させるのは容易なことではありません」と顔を曇らせる。

ルリエーヴル氏の説明によれば、上記の気候変動は南フランスの植生全般に大きな影響を与えつつあり、それは今後も続くと考えられるが、難しいのは植物の種類などによって影響が一様ではないこと。乾燥の進行に伴ってこれまでこの地域で生えていた植物が北に移動するという傾向は大方生じるところだが、その速度は種によって異なる(例えばオークの木はドングリ繁殖するため、長距離を移動していくには相当の年数がかかる)。毎年の生育サイクルという点については、ブドウなど多年生の植物については収穫時期が20日程度早まることが想定されるが、穀物など一年ものでは収穫日が変わることはそれほど考えられない。

要するにどうやら、南フランスで確実に進んでいる気候変動が、農牧業に(主として悪い方の)影響をもたらしかねないことは確かなようだ。牧畜などは少なくともこれまでとやり方を変えていかねばならない。ただルリエーヴル氏は、「幸いなことに、変化はそれほど急速なものではありません。まだ変化に適応するための時間はあります。飼料を確保するために、潅漑で水を供給するとか、かつての移動牧畜(夏期は高地の牧場を使い、季節によって放牧する場所を変える方法)の考え方を取り入れるとか、飼料のストックを冬だけでなく夏にも準備するとか、いろいろな可能性を検討すべきではないでしょうか」と説明して、落ち着いた、しかし確実な対応が必要との立場をとっている。ストップ温暖化と世界中で言われていても、実際にこの地域で温暖化が近い将来に止まるという保証は全くないだろうが、まずは足元から農牧業経営の手法を考え、それぞれの生産者が各自の考える形でやり方で変えていく、そんな展開が望ましいと思われる。

2012-05-20

[]領事サービスの再編めぐり議論

在外公館(大使館総領事館)の設置・配置は、各国にとって今や悩ましい課題。原則論で言えば、外交関係が密な国(あるいは将来的に密な外交関係を築く必要がある国)には大使館を、また在外市民が多く住む都市には総領事館をもれなく設置していけば、外交政策としては充実するだろうけれど、公館の維持には費用も相当かかるだけに財政状況との兼ね合いをどうしても考慮せざるを得ない。一番現実的なのはスクラップ・アンド・ビルドということになるだろう(日本の在外公館も一定程度のスクラップを余儀なくされているはず)が、4月21日付の『ル・タン』紙によれば、スイスでは一部で疑問視されるほどに、この分野での徹底したリストラ策に乗り出している(La réforme du réseau consulaire de Micheline Calmy-Rey critiquée.)。

2003年から2011年まで外務大臣の職にあったミシュリーヌ・カルミー−レイ氏(2007年以降は大統領も兼ねた)が推進してきた組織改革の一つの目玉が、ヨーロッパをはじめ世界各地での「領事業務センター」の設置。各国にある大使館総領事館で分散的に実施されていた領事サービスを(場合によっては国境を越える形で)集約することとし、例えばベネルクス地域ではハーグオランダ)にセンターを置く代わり、在ベルギー、在ルクセンブルク大使館での領事業務は行わないこととした。2011年にはハーグのほか、ブカレストプレトリア南アフリカ)、サント・ドミンゴドミニカ共和国)など計8か所に領事業務センターを置き、一方で周辺の国々の大使館における領事業務の停止、また総領事館の閉鎖などを次々と行っている。さらに今年も同様の動きが続く予定とのことだ(東南アジア南米等、計4か所の領事業務センター新設が決まっている)。

これに対し異議を申し立てたのが、連邦議会財政問題特別委員会。昨年の年間報告書でこの点を取り上げ、在外国民の利便性を損ねているのではと疑問を投げかけた。またこうした疑問、批判は在外スイス人連合(OSE)という組織からも出されており、OSE傘下の在外スイス評議会は昨年4月、「領事業務集約」に懸念を表明する決議を採択している。特別委員会委員長である全州院(上院議員、ウルス・シュヴァラー氏は、「我々は顧客(在外市民)に対するサービスの質について、また領事サービスに対するアクセシビリティについて、大いに疑念を持つところです」とコメントしている。

こうした批判に対し、スイス外務省は、センターへの業務集中によりこれまでと比べて著しく領事窓口が遠くなる在外スイス国民が出ることを承知しているとしつつも、その割合は外国居住者全体(約70万人)の4%に過ぎず、他方で(浮いた経費を利用して)ドーハバンガロールへの在外公館設置などを実現できたと主張している。また、近年は特にインターネット等の電子的手段、あるいは郵送によって領事サービスを充分に提供できる状況が整いつつあること、この5月1日からは24時間、日曜日も通じる領事サービスホットラインを開設することなども併せて説明している。ちなみに、引き続き窓口によるサービス提供が必須なIC旅券用のバイオメトリックデータ(顔写真・指紋)の授受については、特例的に、上記のセンターに加えてその他の大使館等でもこれまで通り対応することになるらしい。

今年初めに前任のカルミー−レイ氏から業務を引き継いだディディエ・ブルクハルター新外務大臣も、これまでと同様に、在外公館の徹底したスクラップ・アンド・ビルド路線を引き続き推し進める意向とされる。しかしシュヴァラー委員長は、年内にも本件についてブルクハルター氏に申し入れをする意向とも言われ、今後の動きは予断を許さない。私見では、在外公館の改廃の動き自体は避けられないと思われるし、スイスの試みも注目すべき点を持っていると思うが、その評価にはまだしばらくの時間がかかるのではないだろうか。

2012-05-16

[]大統領選出をめぐる多様な見方

オランド新大統領誕生以降、日本の新聞にも多くの解説・分析記事が掲載されたが、その多くは、社会党政権下で想定される緊縮財政を緩和する方向性を持つ政策が、ユーロ経済、ひいては日本を含む世界経済に悪影響を与えるのではないかという点を特に強調した内容となっていた。確かに世界に波及する可能性のあるオランド氏の経済政策の効果について、集中的に取り上げるのは無理もないとは思うが、今回のフランス大統領選挙の結果から汲み取るべき含意としては、もっといろいろな視点があり得るのではという疑問も拭えない。そこで、5月7日付のベルギー『ル・ソワール』紙が掲載した3人の識者の解説を読み込みつつ、留意しておきたい論点をいくつか拾っておくことにする(L’élection de Hollande n’est pas un triomphe. Le Soir, 2012.5.7, p.8.)。

まず、左派色が強いフランスの日刊紙『リベラシオン』の共同創業者で、現在は政治評論家として活躍するセルジュ・ジュリ氏は、1981年のミッテラン大統領選出時との「社会党政権誕生」の意味合いの違いについて認識すべきと述べている。ミッテラン氏の場合、就任直後から数多くの(左翼的色彩の強い)新施策を打ち出し、多くを実行に移した(そのかなりの部分は後に「後退」を余儀なくされるにせよ)。一方、オランド大統領が現在、近々に実行するとしている施策は、「新学期手当の増額」といった、(選挙戦の中では一定のインパクトは持ち得るものの)社会全体からすればごくマイナーな改革に限られている。結局のところ、選挙戦でオランド氏が示したのは、「2年間でフランスの再建を実現します。2年後には皆さんが(再興なったフランスが生み出す)富の分け前を得ることになるでしょう」という、非常に先送り的な展望。この宣言を文字通り受け取るなら、社会民主主義型のバラ撒き政策など、あり得るとしてもさほど派手なものにはなるはずがない。仏独関係に関しても、オランド大統領は基本的にこれまでの(ユーロ経済をめぐる)両国の関係と交渉過程を引き継ぐことしかできず、それに大きな変更を加えるのは容易でないと考えるのが自然だろう。ジュリ氏の論説は、今や極めて限定された選択肢の中を現実主義的に動いていかざるを得ない新政権の立場を改めて確認するものと言える。

報道・情報系週刊誌『ル・ポワン』のフランツ−オリヴィエ・ジスベール出版部長も、新大統領現実主義的な政策を進めるだろうという点についてはジュリ氏と同意見だ。ジスベール氏が予測するオランド政権方向性は、既存の政策との連続性を重んじ、また協調性に力点を置くというもの。ただ新政権に対しては、一触即発のユーロ危機に立ち向かわなければならないというハードな障壁も待ち受ける。先行してフランス国債の格付けを引き下げたS&Pに加え、今後ムーディーズやフィッチという他の大手格付け会社格下げに動くとなると、金利が上昇してフランス経済の競争力が大幅に損なわれることになり、新たな社会政策を発動しなければならなくなる事態も生じかねない。オランド氏の前途はこれまでの歴代大統領と比べても相当険しいものになるだろうというのが、ジスベール部長の見立てである。

彼の論説がもう一つ焦点を当てているのが、行政権、つまり大統領首相内閣との関係。サルコジ大統領が、政権与党やその政策と軌を一にすることに力を注いでいたのと比べて、オランド氏はむしろ古典的な行政権のあり方、すなわち首相を任命した後の内閣の内政面の施策については原則的に首相に委ね、「大統領は全てのフランス人を代表するもの」との基本的な立場を志向するのではないかと指摘している。この点はフランスの政治構造とその動態を経時的に検討する上では、特に重要なポイントになってくるのではないか。

さて、当方が一番興味深く感じたのが、作家、歴史家としても活躍するジャーナリスト、ジャン−フランソワ・カーン氏による論評。彼は、サルコジ氏が大統領選候補者として最終的に取ったポジションは、極めて権力志向的な保守主義に基づいたものであり、伝統的な保守系候補者のそれとは大きく異なっていたこと、それにも関わらずサルコジ氏の得票率がオランド氏にかなり肉迫していた事実は重く見なければならないことを強調する。またある調査によれば、極右のマリーヌ・ル・ペン氏が決選投票でどちらの候補者も支持しないと表明したことによって、少なくとも4%の無効票が投じられていることが明らかになった。中道派のフワンソワ・バイル氏が第二回投票でオランド氏を支持したことも含めて考えると、左派の勝利は薄氷を踏むごときものであり、右か左かでみれば実は右派の支持者の方が多かったとも考えられるのではないか。カーン氏はオランド大統領社会党に対し、選挙結果を手放しで喜ぶ(「勝てば官軍」)のではなく、今後は中道派、さらに右派に対しても政策協調を模索していく必要があること、移民問題や治安、EUに対するスタンス等については右派的な批判意識が根強いことに充分すぎるほど留意する必要があると述べている。これは、事前の得票予測に比べて、オランド・サルコジ両候補の差が相当に縮まった(わずか3%強)ことを踏まえて考えれば、ある種当然の評価とも言えるように思われる(なお管見の限りでは、5月8日付の『毎日新聞』が「得票率3ポイント強差での勝利は世論分裂の反映であり、オランド氏の手腕への不安の表れでもある」と言及しているのが日本の報道で唯一目を引いた)。

(僅差とは言え)敗れたサルコジ陣営に対する識者の指摘も面白い。カーン氏は、政権与党であった国民運動連合(UMP)が、徹底してサルコジ大統領に肩入れしてしまった結果、敗北をうけて今や総崩れのような事態に陥っており、その代償は大きいと予測する。ジュリ氏も、UMPは分裂の危機に立たされており、ジャン−フランソワ・コペ幹事長が極端な対立を回避すべく自ら党内グループを創設するなどしているものの、今後の行方は予断を許さないとしている。保守の内部に久しぶりに大きな変化を引き起こすかもしれない、今回の選挙はそんな副次的効果を持ったと後に評価される可能性もあるだろう。

日本からの関心という視点はどのみち重要だが、フランス政治の現実に学び、またその動きを占う上では、大統領選の結果について、多角的な切り口による検討・評価が不可欠であると改めて感じる。政治の動きを追いかけるのは難しいが、今後とも試みを続けていきたいと思う。

2012-05-12

[]高級時計業界の好調ぶりを報告

スイスの時計産業については、当ブログでもこれまで何回か触れてきているところ。やはり当国にとって特徴的な業界だけに、注目すべき話題も多いのだ。しかもこの不況下、高級時計の分野は業績好調というのだから凄い話ではある(格差社会の反映かもしれないが)。4月17日付の『ル・タン』紙は、銀行の調査レポートをもとにして、2011年の業界事情を概観している(L’horlogerie suisse s’achemine vers 21 milliards de francs d’exportations. Le Temps, 2012.4.17, p.16.)。

チューリヒに本拠を置き、資産管理及び投資銀行業を営むフォントベル銀行が刊行した調査レポートによれば、世界の時計市場は総額約350億スイスフラン(約3兆1,500万円)。スイスはこの市場のなんと50%以上を占める大国であり、またその時計輸出額は、2011年には前年比で約20%増加していて、フォントベル銀行の予測では今年も引き続き8%程度増え、約210億スイスフラン(約1兆8,900億円)になると見られている。輸出に限らず生産額自体も拡大傾向にあり、昨今のユーロ経済世界経済の趨勢を考えるとなんともうらやましい状況ではある。

ブランド毎に見た売り上げトップ5は、1位ロレックス(独立系)、2位カルティエ(リシュモン・グループ)、3位オメガスウォッチ・グループ)、4位パテック・フィリップ(独立系)、5位ロンジンスウォッチ・グループ)の順。ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシーグループ(LVMH)のタグ・ホイヤーが前年の5位だったが、ロンジンが順位を上げて逆転した形になっている。それ以外のランキング構成には変化なし。レポートが推計している(各ブランド自身は数値を明らかにしていないため)売上高は、ロレックスが約40億スイスフランで断トツ、カルティエが約22億で、これをオメガが猛追するといった感じのようだ。

一方、企業グループ毎に売上額を集計すると、1位スウォッチ・グループ、2位リシュモン・グループ、3位ロレックススイス勢が続き、4位にLVMHが入っている。5位は日本のシチズン、6位にアメリカのカジュアル時計市場で躍進中のフォッシル・グループが登場。ただ調査リポートは、小売価格が1,000スイスフラン(9万円)以上の時計の95%がスイス製であるとも分析しており、やはり高額商品におけるこの国のプレゼンスは圧倒的のようだ。

昨年のスイス時計業界は、スウォッチがこれまで実施してきたスイス国内の時計製造中小企業に対する機械式ムーブメント(駆動装置)の提供を大幅に削減すると表明し、さらにこれを競争当局が予想外に早く認可するという「事件」が起こったことで、規模の大きくない独立系メーカーには転機が強制されるといった年でもあった。上記のような各種データを見ても、どうやらこれまでも進行してきた有力ブランドや大規模グループをめぐる合従連衡が今後も加速しそうな気配が感じられる。産業としての競争力を維持するためには、効率性やいわゆる規模の経済がますます不可欠であるという潜在的な圧力もあるのかもしれない。

2012-05-09

[]国立管弦楽団、新たな音楽監督を迎えて

オーケストラ指揮者や音楽監督が交代することでその表情ががらっと変わることがある。色合いの異なるコンダクターの下で演奏活動を積むことにより、楽団そのものの深みが増すという要素もあって、だからこそ新しい指揮者の登場には、聴衆や愛好家から幅広く注目が集まるのだろう。4月23日付の『ル・ソワール』紙は、このほどベルギー国立管弦楽団(ONB)の音楽監督として着任したアンドレイ・ボレイコ氏をめぐる話題を伝えている(Boreyko, le musician complet. Le Soir, 2012.4.23, p.36.)。

ボレイコ氏は1957年、レニングラード(現・サンクトペテルブルク)生まれの55歳。1989年にアムステルダムで開催されたキリル・コンドラシン指揮者コンクールで入賞して注目され、イエナ・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督、ベルン交響楽団主任指揮者など、ドイツ語圏を中心としつつ活躍してきている。またアメリカカナダでも多くのオーケストラと共演して経験豊富、NHK交響楽団東京交響楽団でもタクトを振っており、中堅からそろそろベテランの域に達しつつあると言えるだろう。かたやONBは、ブリュッセルのコンサートでは平均1,350人の観客を動員し、また子どもや若者のための演奏イベントにも力を入れるなど、人気、実力、活動の3拍子揃った同国随一のオーケストラ。この両者の出会いが大方の注目を集めるのも理解できるところだ。

4月20日にブリュッセル芸術劇場ホールで開催された着任後初めてのコンサートで演奏されたのは、リムスキー−コルサコフの序曲「ロシア復活祭」や、フランク(ベルギー出身)の交響詩「プシュケ」など。前者ではボレイコ氏の威厳に満ちた指揮ぶり、また綿密に研究された響きとリズムが際立っていた。一方後者については、この楽団が元来持っている豊かな素地を活かした味わい深いタクトさばきが評価されている。

ボレイコ氏にはベルギーという土地に対する格別の思い入れがあるらしい。隣国オランダでのコンクール入賞をきっかけにして、以後この国へも多々行き来があったらしく、さらに「ブリュッセルは本当にヨーロッパの中心だと思います。EU等の関係機関がこの街に数多く存在するということもありますが、それ以上にここは、二つの異なる文化の出会いの場になっているのです」とも語って、ONBで仕事をすることに対する特別な愛着を表明している。オーケストラ自体に対しても、「2005年に客演したとき、この楽団員はまだまだ伸びる人たちだとすぐわかりました」と述べており、今後に多くを期待しているようだ。

指揮者としての彼のモットーはちょっとユニーク。曰く「音楽を前にして消えてしまうのがよい」、なぜなら観客が指揮者ばかりを見ていたら演奏を聴くのがおろそかになる、それは作曲家の望むことではないだろうと。もちろん音楽はきちんと聴くわけだが、ボレイコ氏が実際に音楽監督としてどのようにONBを導き、また舞台でどのような音の魅力を披露してくれるのか、ぜひ楽しみにしていきたいと思う。