それでも紙媒体の辞書は永遠に不滅?

辞書はかなり持っている。長年使った(というよりは持ち運んだ)あげく使いつぶしてしまったものもあるし、ある辞書には出ていない語彙が他では出ていたりするので、ついつい数が増えてしまうという事情もある。まあ自分のことはさておき、日本全体で見た場合、辞書発行部数の推移はどんなものなのだろうか。フランスでは、この国独特?の国語辞典と簡易百科事典を兼ねたような辞書が毎年刊行されるというのが大きな特徴だが、意外なことにこの大判の冊子の売れ行きは、これだけネット環境が普及した現在にあっても好調を維持しているらしい。3月21日付『ル・パリジャン』紙は、相対的な安定ぶりを示す辞書業界の今日の状況についてレポートしている(Les dicos résistent au temps. Le Parisien, 2012.3.21, p.30.)。
最近のインターネット情報資源の充実と軌を同じくして、辞書についてもオンラインのサービスは急速に発達しつつある。この分野のシェアを競う2社のうち、ラルース出版社は完全無料のネット辞書を公開しており、毎日100万に近いアクセスがあると言われる。またロベール辞典出版社は昨年からiPad向けのサービスを開始し、こちらも好評を博しているという。しかし興味深いのは、ネットでの辞書検索が定着しつつあるにもかかわらず、両社が発売する紙の辞書も、引き続き着実な売り上げを誇っているということだ。
販売第1位の『ル・プティ・ラルース・イリュストレ』2012年版(昨年6月刊行)は、上記のとおり国語辞典と百科事典の要素を併せ持つ、日本の感覚からすると多少不思議な辞書(『広辞苑』などが一番近いがそれでも違いは顕著)だが、約60万部売れている。また、ほぼ同様のボリュームと構成で編集される『ル・ロベール・イリュストレ』、その他の同社の辞典類も、ラルースには及ばないものの合計で数十万部の売り上げを出している。特に事典の部分について毎年改訂があるとはいえ、時々実施される大改訂を除けば大きな変化のないこうした辞書が刊行され続け、最近は微減傾向もあるにせよ着実に売れていくということ自体が少なからず驚きである。
なぜ紙の辞書が売れ続けるのか?ラルース社のフランス語辞書編集長を務めるジャック・フローラン氏は、「紙媒体については、語の配列や階層性が明確になる点、あるページから別のページに容易に移動できる点などが評価されているようです。ショッピングセンターで、ある売り場から次の売り場へと自由に移動ができるというのと同じような感じでしょうか」と述べ、少なくとも辞書については電子媒体に対して紙のメリットが失われていないことを説明している。また、特に教育的見地から引き続き冊子体が重視されるのも重要なポイント。学習の段階に合わせたそれぞれの辞典が刊行されており、児童・生徒たちにとって必携品になっている。さらに、俗語表現、狩猟、猫、ワイン、エジプトなど各種の分野についての用語辞典が、引き続き多数出版されているのも、辞書の存在感という意味では明るい材料だ。
ただ、教育上の観点を除くと、一般の人々が今後も紙の辞書を使い続けるかどうかについては疑問の余地もないわけではない。本記事には一般の人々に対して「あなたは辞書をよく使いますか」と訊ねたインタビューの結果も併せて掲載されているが、「冊子をよく使う」と答えたのは5人中1人だけ。他の人は、ネット上の辞書ツールを使う(2人)、ほとんど、又は全然使わない(2人)と回答している。辞書を使う目的としてはスペルが正確かどうかを確認するためという答えが複数挙がったが、別の人はワープロソフトなどで自動的にスペルの間違いを確認してくれるので辞書を見る必要はないとも語っている。やはり長い目で見ると、現在のように大型辞書が毎年数十万部ずつ売れるというような状況は、次第に変化していくのではないだろうか。