外国旅行者の重病罹患に対する取り組み

海外旅行から帰って来ると、検疫所の前で「発熱等の症状のある方はお申し出ください」といった標示を見かける。幸いにもこれまでこの施設のお世話になったことはないが、慣れない旅先から妙な病気を持ち込んでしまったら、自分が困るだけでなく社会的にも多大な迷惑をかけてしまうだろう。8月25日付のフランス『ジュルナル・デュ・ディマンシュ』紙は、バカンス終了の時期ということで、旅行者が罹る疾患の扱いに力を入れているパリ市内の病院の取り組みについて伝えている(Retour de vacance… à l’hôpital. Le Journal du Dimanche, 2013.8.25, p.10.)。
パリ12区、リヨン駅の近くにあるサン・タントワーヌ病院は、感染症や熱帯病を扱う専門部署を有し、外国でこれらの病気に罹った患者を積極的に引き受けている。アフリカ諸国との行き来が多いフランスだけあって、代表的な病名としては、マラリアデング熱、黄熱などが挙げられる。近年は、旅行者が増加傾向にあるにもかかわらず、これらの病気に罹患する者はやや減少しているといわれ、マラリアの場合、平均して1日当たり1人程度という状況だそうだ。それでも9月初めには、潜伏期間の後に発症した患者たちで36ある病床は満員になってしまい、「余力がなくて新規の患者をお引き受けできないのは毎年のことです」と、担当医のマリ−カロリーヌ・メヨハス教授は繁忙期の様子を表現している。
現在特に注目され、警戒されているのがMERSコロナウィルスだ。特にこの秋口は、フランスから大量の巡礼者がメッカを訪れる時期にあたっており、中東で多くの感染者がみられるこのウィルスに対しては気を抜くことができない。「あらゆる病院ではMERSコロナウィルスへの対処に関するマニュアルを準備しています。もし明日、コロナウィルス感染が疑われる患者が何処かの病院に現れた場合、数時間後には感染の有無が確認され、さらに24時間以内には世界中に感染の事実が通報される仕組みが整っています」と、メヨハス教授は体制を説明する。
また、サン・タントワーヌ病院のもう一つの重点領域としては、これから外国旅行に出かける人たちに対する問診や処置、情報提供などがある。この分野の専任であるナディア・ヴァラン博士は、「世界的に見て、旅行者は外国で直面する健康関係のリスクを過小評価したままで旅立ってしまう傾向にあります」と感想を述べる。いわゆる旅行慣れしたバックパッカーなどは、旅行先の衛生状態について段々と注意深くなってきている(例えば、アフリカに向かう前には必ず予防接種を受けるなど)が、一方でアルゼンチンやインドネシアに出かける旅行客は、だいたいこの種の分野に注意を払わない。取材した日にヴァラン氏が問診していたカップルはインドネシアでの新婚旅行にもうすぐ出発というところだったが、「予防接種が必要」というご託宣に大いに驚いた様子だった。旅行者担当医は、外来患者がどの国に出かけ、どこに滞在するのか(国名だけでは不十分で、訪問地域の詳しい情報が必須)を正確に把握し、それに沿った診断を下す必要があるため、詳しい世界地図帳を常に手元に置いておかねばならないそうだ。
若者が主たる客層だった時代とは異なり、最近はシニアの患者も多くなっているこの病院の旅行者外来。彼らは若者とは基本的な健康面の条件がちがうので、留意すべき点も増えてくる傾向がある。ヴァラン博士は、「出発前にこの外来にかかっておけば、帰国後また来なければならなくなることはめったにありません」と、事前の受診を勧めている。確かに、外国の衛生事情の詳細など、必ずしも正確な情報の持ち合わせはないのが当たり前だろう。もちろんかかってしまった感染症などの面倒も見てもらえるが、「備えあれば憂いなし」というのがまず念頭に置くべき標語と言えそうだ。