2010-01-19
生物多様性オフセット!? 〜根強い要素還元主義〜
今年は「国連生物多様性年」とされている関係で、今年に入ってから「生物多様性」という言葉をより一層頻繁に目に耳にするようになりました。そんな中、1月18日に「生物多様性オフセット」に関するシンポジウムが開かれたそうです。
「生物多様性オフセット」とは、「カーボンオフセット」からも類推できるように、土地の開発などで失われた生物多様性を別の場所に「復元」して相殺(?)しようというものです。いかにも欧米人が考えそうな発想ですが、少し前に「自然の動物園化? 〜「生物多様性」の意義と「動的平衡」〜 - Fluffy white croquis」で触れたように、目に見えるものだけにフォーカスする、自然を動物園のようにとらえる発想に思えてなりません。少なくとも、自然を要素還元主義的(機械論的)にとらえる欧米の価値観だからこそ生まれたものであることは明らかでしょう。
この「生物多様性オフセット」は、大陸である欧米を中心に50以上の国で導入されているとのことですが、果たして日本の地理や生態系にそのまま適用できるものなのでしょうか?
今回のシンポジウムはCOP10に向けて、日本においてはなかなか討議される場の少ない「生物多様性オフセット」の現状認識と課題について、日本の実情を鑑みると同時に、海外の第一人者による法制化にいたる事例紹介や企業の関わり等のお話を頂きます。
〜 生態適応GCOE-シンプジウムより
とあるので、そのあたりの議論がされたのではないかと思いますが、大学で生態学を学んでいた者として、直感的に日本には馴染まないのではないか?と考えています。
例えば、この本をご存じでしょうか。
- 作者: 松永勝彦
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1993/07/20
- メディア: 新書
- 購入: 1人 クリック: 10回
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古い本ですが、川の上流である森の生態系が開発によって変化したことで、河口沿岸部の海の魚まで影響を受けること、生態系とは目に見える範囲だけではとらえられないことを示した好著です。特に、日本の地形は小学校の社会科で習ったように距離あたりの高低差が大きく川の流れが速いため、山での変化は非常に短期間で海まで波及し、広大な土地をもつ欧米などの大陸に比べてこの影響が顕著に現れます。
「生態系オフセット」では、ある地域の開発を行った際に、「HEP(ハビタット評価手続き)」という方法を使って、「そこ」で失われた生態系の価値を定量化することで評価を行うそうです。そしてその定量化には、「そこ」の生態系を代表する種に着目して指標とするようです。「ハビタット(habitat)」とは、ある生物の「生息地・生育地」を表す生態学用語ですが、この用語にも現れているように、動的な「環境状態」ではなく人間が目視できるある特定の生物種を中心にとらえた、その生物のための環境としての概念です。果たしてそれは生態系の指標になるのでしょうか?
先ほども述べたように、日本では影響する「生態系」として考慮すべき範囲は、平坦で広大な地形の多いアメリカ大陸などと異なり、山の上から海の中まで広い範囲にわたっています。そうすると実際にこの手法が適用できる範囲は、非常に限られたものになるのではないでしょうか。日本には馴染まないのではないか?と考えたのには、一つは日本の地形に起因するこうした事情があります。
始まる生物多様性オフセット 生態系の価値を定量化して相殺:生物多様性:ECO JAPAN −成長と共生の未来へ−
[自然再生事業における諸外国の事例](環境省 自然環境局)
今回のように日本への欧米型「生物多様性オフセット」の導入を急ごうとする背景には、国際的・経済的な側面がありそうです。
上の記事でも触れられているように、そもそも「生物多様性」という考え方の背景には環境活動をビジネスに結びつけようという動きがあります。二酸化炭素の排出権取引を伴うカーボンオフセットと同じように、経済活動を環境活動の駆動源にすることで経営者の重い腰を動かそうということなのでしょう。環境活動をビジネスに結びつけること自体は、継続的な動機を生み出すという点で評価すべきですが、デカルト的な要素還元主義の価値観に基づいたロジックで行おうとするところが、最も懸念する点です。
ほとんどの人々や主要なメディアが要素還元主義的なとらえ方に終始している現在においては、「生物多様性の本当の意義」は十分議論されていないように思います。脳科学と脳神経科学の混同と同様に。「生物多様性」についてネット上で検索していた中で、唯一本質にせまっていると感じたのは養老孟司氏のインタビュー記事でした。
さすがは養老さんは「わかっている」方でした。この記事の文脈からは「生物多様性のオフセット」という発想が生まれる余地がないのがわかるでしょうか。この「日経エコロミー」の養老さんへのインタビューで、もう一つ特筆すべきものがありましたので、あわせて紹介しておきます。
これは「静的な「完成」から動的な「システム」の世界へ - Fluffy white croquis」で言いたかった内容にかなり近いものです。
いつの世でも世の中の大勢を占める人(特にお金や力を握っている人)が理解できる概念の範囲内でしか、世界は動きません。自分でも、自分の理解できないことは理解できないというのは自明です。しかし、コペルニクスの地動説を受け継いだガリレオが裁判にかけられたのと同じようなことは、今でも様々な分野で起きています。
「生物多様性オフセット」という言葉を見て、それを作り出した人達の思想の根底にあるもの(「要素還元主義」など)を如実に映し出しているな、と感じてふと書いてみました。
2010-01-01
今年はMMX年!
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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
上の画像は今年の年賀状を少しアレンジしたものですが、今回は1440x900のサイズに加工してダウンロードできるようにしてみました。印刷版年賀状と同様、1月のカレンダーが入っているので壁紙などにどうぞ。Dropbox便利ですねー。
「MMX」は往年の MMX Pentium ではありません! 「2010」をローマ数字で表すと「MMX」になるのです。「2010」は数字としても区切りがいいですが、「MMX」もアルファベット的に見た目がいいので、海外では早速「MMXグッズ」を作った業者もあるようです。
ローマ数字というと、日本では時計の文字盤かランエボかファイナルファンタジーくらいで、3桁以上のローマ数字はほとんど見かけません。
例えば、エニグマが1991年にリリースしたファーストアルバム『MCMXC a.D.』を見て、多くの日本人はそのタイトルに暗号めいたものを想像し、当時の日本語版CDに入っていた日本語解説では、評論家氏が「何を意味するのか皆目見当がつかない」と記していました。
- アーティスト: Enigma
- 出版社/メーカー: Virgin Records Us
- 発売日: 1995/11/28
- メディア: CD
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しかし、これはローマ数字で「1990 a.D.」、すなわち「紀元1990年」を表したものでした。ご存じかも知れませんが、ローマ数字は次のような表記ルールになっています。
ローマ数字(CyberLibrarian 図書館員のコンピュータ基礎講座)
ローマ数字(Roman Numeral)には多少のバリエーションがありますが、一般的には下記の基本規則によって表現します。
- I(1)、V(5)、X(10)、L(50)、C(100)、D(500)、M(1,000)という記号(i、v、x、l、c、d、mのように、小文字も可)を使用する。
- 上記以外の数字は、これらの記号を組み合わせ、数を加算して得られる数字で表す。例:II(1+1=2)、VI(5+1=6)
- ただし、4と9およびそれらの10n倍の数字は、右の数から左の数を減算して表す。例:IV(5-1=4)、IX(10-1=9)、XL(50-10=40)、XC(100-10=90)。
今年、海外のサイトで「MMX」という文字を見かけたら、それは2010年のことかもしれません。以上、豆知識〜(笑)
2009-12-09
木を切って大気中の二酸化炭素を減らす
森林は二酸化炭素を吸収しない
「大気中の二酸化炭素を減らすには木を切るのが手っ取り早い」という話は、生物(学)にあまり詳しくない人には驚きをもって受け取られることがあります。
小中学校の理科では「植物は光合成により水と二酸化炭素を吸収して酸素を放出する」と教えられるため、これが強く記憶に残っているためかも知れませんが、「植物は光合成だけでなく動物と同じように呼吸もして二酸化炭素を放出する」とも教わったはずです。(確か)
植物が生長している間は、光合成による二酸化炭素吸収量が呼吸による放出量を上回りますが、ある程度大きくなってほとんど生長しなくなると、二酸化炭素+水と酸素の収支が釣り合い、全体で見ると二酸化炭素は吸収されなくなります。うっそうと茂る森林のほとんどはすでにこの状態「極相」になっているので、いくら広大な森林があっても、森林面積が増えない限りそれ以上二酸化炭素の吸収は期待できません。さらに、森林の中には呼吸が専門の動物や菌類もたくさん棲んでいるので、実際には森林生態系+大気で釣り合いがとれた状態になっています。
この話は「植物は気体の炭素を固体に変えることで大きくなる装置」と考えると、直感的に理解しやすいかもしれません。木の幹や枝、根は、もともと空気中にあった二酸化炭素を固体化(固定)した炭素の塊とも言えます。植物が大きくなったということは、それだけ空気中にあった気体の炭素を固体化したということです。森林が二酸化炭素を吸収するのではなく、二酸化炭素を吸収した結果としてできるのが森林なのです。
森林が二酸化炭素を吸収するという思い込みは、まさに「木(光合成のみ)を見て森(全体での収支)を見ず」ですが、知識を断片化して順に教えていく教育の下では、部分的な知識だけが印象に残ってそういった思いこみが生まれてもおかしくはないかもしれません。海外ではどうなんでしょうね。
極相の森林に二酸化炭素を吸収させ続けるには
さて、ここからが本題です。前述の前提を踏まえて、極相に達した森林に二酸化炭素を吸収させ続けるためにはどうすればよいでしょうか?
それは極相に達した森林のバランスを少し崩してやることです。森林のバランスを崩すというと、一見よからぬことのように思えるかも知れませんが、変化を起こしてマンネリを打破するようなものです。
先日のエントリー「自然の動物園化? 〜「生物多様性」の意義と「動的平衡」〜 - Fluffy white croquis」でも触れたように、生態系は、バランスが崩れても放っておけば動的に安定した平衡状態に向かうようにできています。たとえば、木を何本か切ったりして極相(=平衡状態)を崩すと、今まで木陰になって伸びきっていなかった小さな木や、切った跡に新しく生えた木が生長するなどして、再び極相(=平衡状態)に向かおうとします。この自然の仕組みを利用するのです。
切り出した木は固体化された炭素の固まりなので、これを保管している間に、木を切って空いた空間に新しい木が育って再び極相に達すれば、1本の木を切ることで最終的に木2本分の炭素が固体化できることになります。(あくまで単純に考えた場合)
この森林のバランスを崩すという人為的操作は、実は日本でも昔から行われてきた林業のスタイルでもあります。
根こそぎ伐採してしまうような森林の開拓と異なり、木を植えて間伐で間引きながら大きく育て、切り倒して収穫し(主伐)、再び木を植えて…という林業の営みは、自然の仕組みをうまく利用して自然と共存することで成り立っています。
たとえば、林野庁では二酸化炭素吸収のために国産木材の利用を促進する「木づかい運動」というキャンペーンを展開しています。
日本では、国産の木材があまり使われていません。このため、手入れが行き届かないヒノキ、スギなどの人工林が増えています。植える、育てる、収穫する、上手に使うというサイクルがCO2をたっぷり吸収する元気な森をつくります。
「木づかい」とは、暮らしに国産材の製品をどんどん取り入れて森を育てるエコ活動です。木を使うことから、すべてが始まります。
京都議定書では,2012年までに日本の温室効果ガスの排出量を1990年の水準より6%削減することを約束しています。そのうち3.9%を日本国内の森林によるCO2の吸収量で達成しようとしています。しかし,日本では手入れが行き届かない森林の荒廃が進んでいるため,今のままでは,京都議定書の二酸化炭素削減目標達成が危ぶまれています。このため,林野庁においては,2005年度から国民運動として「木づかい運動」の取組みを開始し,国産材の積極的な利用を通じて山村を活性化し,二酸化炭素(CO2)をたっぷり吸収する元気な森林づくりを進めようとしています。
戦前の日本は木材輸出国だったようですが、現在は輸入木材に押されて木材の国内自給率は20%程度となっています。(実は中国や韓国に向けて輸出もされていますが) 日本の林業が衰退したのは、安い輸入木材だけでなく、営業の視点に欠けていたためにユーザーのニーズを満たす商品が提供できていなかったという側面もあるようです。林業の復興には需要側、供給側が双方が協力し、共に経済的にメリットのある仕組みにする必要があると思います。どうやって需要を生み出すかは、どうやって使おうという動機を生み出すかということです。
木の「炭素貯金」を有効にするための条件
当然ながら「木を切って大気中の二酸化炭素を減らす」というコンセプトには落とし穴もあります。
一つは、植物によって固体化された炭素の塊が、できるだけ長期間、燃焼や腐敗で再び気体化しないようにしなければならないという点です。「木造建築」や「木製家具」などはこの条件を満たしやすいと言えますが、その耐用年数・使用年数がネックになります。木が木材として利用できる大きさにまで生長するには20年〜50年程度かかるそうですが、木材加工品の耐用年数・使用年数が木の生長に必要な年数より短ければ、数十年の時間スケールで見ると二酸化炭素を減らすことにはならなくなります。このため、木でできたものを何十年にわたって長く使うことが、ポイントとなります。
もう一つは、木材の使用量は飽和しやすく限度があるという点です。現代の文明生活では何でも木で作るのがよいわけではなく、国内の木造の建築物や家具の数には人口や居住地面積からくる需要の上限があるので、ある程度の量が行き渡ると、輸出でもしない限りそれ以上は使われなくなる可能性があります。逆に上限の中で使用量を増やそうとして使用年数が短くなっては元も子もありません。
さらに付け加えると、現在ではあまり心配はないかもしれませんが、急な大量の需要には応えられないという問題もあります。生長に数十年かかる木材を継続的に収穫するには、一度に切ることができる数が限られます。
このように落とし穴はいくつかあるものの、少なくとも木は固体化した炭素が貯蔵されている、一時的な「炭素貯金」としての価値があることには変わりなく、植物以外にこれほど効率よく低コストで空気中の二酸化炭素を固体化できる方法は他にありません。
一番の問題は、金属やプラスチックが便利すぎて、材料として木を使う動機に欠けるということかもしれません。
排出量を削減しても「増える量」が減るだけでそれ「自体の量」は減らない
自然の仕組みには、あらゆる要素に複雑な相互関係があるため、全体像をとらえないと判断を誤ることがあります。自然は一見変わらないように見えても常に変化していることや、あらゆるものが循環して動的に平衡状態をつくっているということは、とりわけ重要でしょう。
例えば、大気中の二酸化炭素は地球上のあらゆるところで収支があります。この収支は、調査と仮説に基づく下の図のように地球規模での炭素の循環の一部としてとらえられます。
この図からもわかるように、植物の生長による吸収よりはるかに大きいのが海洋への吸収です。放っておいても海洋にはどんどん二酸化炭素が溶け込んでいきます。しかし、二酸化炭素が水に溶け込むと酸性化も進むので、これはまた別の環境変化を引き起こす原因にもなります。
動的にバランスを保っている自然の前では、排出と吸収はつねにセットで、あるいは系全体で考えるべき問題です。環境省の「チーム・マイナス6%」は、基本的には人間の活動による二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量を減らそうという活動ですが、排出量を削減しても「増える量」が減るだけで、大気中の二酸化炭素「自体の量」が減るわけではありません。二酸化炭素自体を減らそうという林野庁などの活動とセットで考えないと、片手落ちになりかねません。
「自分で出したゴミは自分で持ち帰る」ような事が二酸化炭素でできれば理想的ですが、そう簡単なことではありません。火力発電などでできた高濃度の二酸化炭素を固体化する技術はすでに一部では実用化されていますが、現時点で「大気中」の希薄な二酸化炭素をもっとも効率よく固体化できるのは、先にも書いたように植物です。
2005年の京都議定書(国連気候変動枠組条約の第3回締結会議(COP3)で採択)では、日本は2008〜2012年の間に温室効果ガスの排出量を1990年比で6%削減する目標が課せられています。この削減量には森林による吸収を含めてもよいことになっており、政府が同年に作成した「京都議定書目標達成計画」では、3.9%分(現在は3.8%)を森林の吸収によって削減するという計算になっています。
しかしその割には、その立役者になるはずの「木づかい運動」など林業や木材加工があまり脚光を浴びていません。マスメディアは二酸化炭素の排出量については熱心に報道しますが、「木づかい運動」や「国産材住宅普及」などの二酸化炭素吸収の取り組みについての報道はほとんど見かけないように思います。
多くの人が誤解しているであろう「森林は二酸化炭素を吸収しない」ということを理解していないと、その上での話となる木材利用による二酸化炭素削減も理解できないため、その壁を越えるのが簡単ではないのかもしれません。まずは啓蒙・教育が必要です。
時間スケールのズレ
人間活動以外にも、大規模な火山の噴火や大陸移動などで突発的に二酸化炭素が大量に放出されることもあります。また、太陽活動が活発化して気温が上がり、海中の二酸化炭素が大気中に放出されることもあります。生物の呼吸以外の要因で大気中の二酸化炭素濃度が高くなると、植物の生長が活発化し、徐々に炭素が固体化して、しばらくするとまたバランスのとれた状態に落ち着きます。地球は数億年にわたってこうしたサイクルを繰り返してきたと言われています。
人間の活動により排出された二酸化炭素も、地球からしてみれば大規模な火山活動のようなもので、自然のメカニズムによって長い目で見ればいずれはどこかでバランスするでしょう。ただ、その状態が、人間にとっては住みにくい環境になる可能性が高いというだけのことです。
これまでは、人間の一生と自然の変化の時間スケールの間にはもともとかなり開きがあったため、自然の大きな変化を危機に感じることは少なかったかも知れません。しかし現在は、自然の大きな変化が人間の一生程度の時間スケール内で起きているということが、これまでにあまりなかった点なのでしょう。環境変化に適応する生物の進化は、何百何千世代を経て起きるものなので、この時間スケールのズレは今後も様々なところで、何らかの現象となって現れ可能性があります。
自然を理解するには、紙に描いた関係図のような静止した絵ではなく、変化している「動き」をとらえなければなりません。また、さまざまな要素が複雑に関係しています。多くの人々は二元論のような単純なロジックを好みますが、それでは自然を正しくとらえることはできないでしょう。
数十年前には寒冷化と騒がれていたのが、今は温暖化と騒がれています。また一方では、NASAが太陽活動の低下により寒冷化する可能性も指摘しています。温室効果ガスによる温暖化と、気候変動による寒冷化が同時に起きるとどうなるか? こうした局面で人類はどんな選択をするのか、各国で共通の合意が必要となりますが、その際に同じ土俵で議論ができるかどうかという点が気がかりです。
ビジネス上の判断は直感に基づいていても問題ありませんが、自然に関しては直感に基づいた判断では議論になりません。不毛な議論を防ぐためには、科学的な思考と客観的な判断がますます必要になりますが、教育の現場がそれに追いついていけるのかが心配です。
参考情報
- 林野庁/Q&A
- 林野庁/公共建築物等木材利用促進法 ・ 木づかい運動
- 木づかい運動/財団法人日本木材総合情報センター
- 木づかい.com− 国産材使って減らそうCO2− (林野庁)
- 国産材住宅普及推進キャンペーン(林野庁)
- 森林・林業学習館 −木づかい運動・木の魅力・森林の生態など−
- 日本木材輸出振興協会
- 花粉症対策:スギ花粉が増えた理由
- 木質資源の自律的・持続的利用についての基本的な考え方(京都大学生存圏研究所 ECO住宅21プロジェクト)
- JCCCA Web::全国地球温暖化防止活動推進センターWebサイト - Offline
- 京都議定書報告に必要な森林吸収量の算定・報告体制の開発(森林総合研究所)
- GIO 温室効果ガスインベントリ 日本国温室効果ガスインベントリ報告書NIR データ(国立環境研究所)
- 環境データベース || 環境研究技術ポータルサイト(国立環境研究所)
- 陸域生態系炭素収支モニタリング:解説:2.陸域生態系における炭素循環(国立環境研究所 地球環境研究センター)
- 404 Not Found (国立環境研究所 地球環境研究センター)
- チーム・マイナス6% - みんなで止めよう温暖化 -(環境省 地球環境局 地球温暖化対策課 国民生活対策室)
- カーボン・オフセット(環境省)
- カーボンマイナス東京10年プロジェクト(東京都)
- 木を切ることがCO2削減になる!?(前編)「多摩川源流大学」森林体験実習Photoリポート - ECO JAPAN〈エコジャパン〉 - nikkei BPnet 環境ポータル
- ECO JAPAN
- 景気後退でCO2排出量が大幅減 京都議定書の目標達成に朗報?:地球温暖化:ECO JAPAN −成長と共生の未来へ−
- ニュース - 動物 - CO2濃度上昇でロブスターが大型化(記事全文) - ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト
関連エントリー
- 自然の動物園化? 〜「生物多様性」の意義と「動的平衡」〜 - Fluffy white croquis
- 静的な「完成」から動的な「システム」の世界へ - Fluffy white croquis
- 「科学的」であること - Fluffy white croquis
軽い気持ちで書き始めたら、いつの間にか学生のレポートのようになってしまいました w







