図書館学徒未満 RSSフィード

図書館学についての本を読んでいきます。個人的な読書メモ、ビジネス図書館・図書館経営に関する雑談がほとんどです。

2011-10-05 [雑談]「差別」の定義を言えますか? -モスク建設反対は差別なのか-

震災からモスク建設まで、最近身近な「これは差別なのかな?」という事例が増えてまいりました。

差別は絶対に許されず、あってはならないものです。これに反対する人はほとんどいないでしょう。私たちは小学校の頃から「差別教育」を受けており、いかなる差別も行わない、許容することがないようしつけられております。

それなのになぜ差別は減らないのでしょうか。「差別は許されないがこれは差別ではない」「いいやそれはれっきとした差別だ!」「差別なんてされた方が差別だと思えば差別なんだよ」などという言説の混乱が起きるのでしょうか。


おそらく、それは「差別とはなんなのか、どうなっていれば差別なのか」の、差別の定義が曖昧な所為で混乱を招いていると思われます。

本稿では差別の定義を探り、具体例にそくして考察することで、多少なりとも差別をめぐる状況の整理ができないかを試みます。

差別ってなに?

差別ってなに?を含むブックマーク

差別の定義は基本的に世界共通です。そもそも、差別の定義はグローバルでなくては意味がありません。差別とは往々にして違う国の人々との間に生じる出来事だからです。


という訳で我が国の「差別」の定義をまず引いてみます。

3.正当な理由によらず偏見や先入観に基づいて、あるいは無関係な理由によって特定の人物や集団に対して不利益・不平等な扱いをすることを指す。

(日本版Wikipedia「差別」)


これが皆さんが学校等で教わってきた「差別」だと思いますが、どうも曖昧ですね。「正当」とは何なのか、どうなれば「不平等」なのか、この曖昧さが「差別なんて差別された方がそう思えば差別なんだよ!!」などという暴論の温床にもなってきた訳です。

ただ「正当な理由によらず」という部分は重要です。つまり正当な理由、例えば目の前で犯罪を行っているとか、明らかな損害が出ているとか、そういう場合は「不利益な扱い」をしても構わない訳です。


では次に英語版Wikipediaを見てみましょう。

"Within sociology, 'discrimination' is the prejudicial treatment of an individual based on their membership in a certain group or category. Discrimination is the actual behavior towards members of another group. It involves excluding or restricting members of one group from opportunities that are available to other groups.

(Wikipedia”Discrimination”)

"社会学では、差別とはその人が属する特定のグループやカテゴリーに基づいた、個人に対する不利益な扱いのことである。差別は他のグループの人間に対する実際の行動である。差別はある特定のグループの人々に対して、他の人々なら受けられたはずの機会から阻害したり、また制限したりする行為も含む。"


日本語版よりもうちょっと詳しい感じですね。特に差別とは「実際の行動」である、という指摘は非常に重要です。行動に移さない限り差別は成立しないのですね。

しかしこれでもまだ分からない部分があります。特定のグループやカテゴリーとはどういうことでしょうか?例えば、好き好んで場所をわきまえずにおかしな風体をしていたり、自分と敵対する権利団体に入っていたりする人はどうなるのでしょう?そういう人たちとも親しく付き合わなければいけないのでしょうか?


作家の橘玲氏が「世界共通」だと述べる差別の定義は以下のようなものです。

差別というのは、本人の努力ではどうしようもないこと(個人の属性)でひとを評価すること」

(橘玲『残酷な世界で生き延びるたった一つの方法』幻冬舎 2010 p.64)

これは先程から定義文中に表れていた「特定」の意味を説明しています。ある個人に対し「本人の努力ではどうしようもないこと」に基づいて、不利益な扱いを実際に行った場合、それは差別と言えます。


段々差別の輪郭が分かってきました。しかしまだ曖昧な部分がありますので、次はいよいよ実際例にそくして差別かどうかを判断していきます。


追記・「努力」について

「努力」について「努力至上主義」「自己責任論に陥る」などのご指摘が多く驚いています。

ここで「努力」をもちだしたのは、既存の差別の定義によく引用される憲法第14条「法の下の平等

すべて国民は、法の下(もと)に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

にあるような形式的な定義ではこぼれおちてしまう差別をすくい上げたかったからです。


最近は人種や性別などによらない新たな差別が多く発生しています。たとえば被災者であるか否か、無職か否かといったことです。旧来の定義ではこういう新しいカテゴリの差別に対応できませんでした。だから「被ばくした可能性のある人間への一律強制スクリーニング差別ではない」といった意見が出てきてしまっていました。


本稿で「努力」と述べているのは、通常人が常識の範囲内でできる努力、たとえば身だしなみに気をつけるとか、余暇の一部を勉強にあてるとか、できる限り自炊して料理を練習するとか、そういう程度の努力であり、度を超えた努力は想定しておりません。


現代医学をもってすれば、性別や人相は「努力」によって変更できます。しかしそれらの努力は依然として負担があまりにも大きく「その努力をしないのは自己責任だ!」と言いきれる種類のものではありません。

改宗も非常なくるしみを伴うものであり、通常の努力の範疇をはるかに超えています。改宗や棄教の強要はむりやり整形手術を行うかそれ以上の「努力」を強制するのと同じです。

本稿は決して度を超えた努力をだれかに強要することを目的としていません。


この問題についてご興味のある方は、ぜひ先程引用した橘玲『残酷な世界で生き延びるたった一つの方法』をご参照ください。

私は本書の主張のすべてに賛同するものではありませんが、「自己責任論」や「努力至上主義」の誤謬を丁寧に整理し指摘した著作となっております。

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

モスク建設計画に見る差別要素

モスク建設計画に見る差別要素を含むブックマーク

モスク建設計画難航…地元町会「引き下がって」

はてブでも大変に注目をあつめましたこの事例ですが、「明らかに差別」派と「イスラムを理解できないのは仕方ない、差別にはあたらない」派に分かれているようです。


では具体的に内容を精査していきましょう。

  • 信仰は「本人の努力ではどうしようも」ありません。したがってイスラム教徒であることはムスリムの皆さんが努力で変えられることではないし、これを理由に不利益な扱いをしたら差別にあたります。
  • 宗教施設(モスク)は、もしこれがお寺や神社だったら問題なく建設が可能だったでしょう。他のグループの人ならば得られたはずの機会から排除されています。
  • 町会側は内心でムスリムに対する反感を持っていただけではなく、明確にモスクの建設に反対する宣言を行いました。実際の行動に移しています。
  • 石川ムスリム協会は、モスクの外観に対して市の景観条例に従うと表明しています。建設許可の申請も法令に則ったものです。従って法令違反を理由にした「正当な」反対ではありません。

以上から、本件はムスリムに対する明確な差別事例として解釈できます。


追記

「家の隣にアーレフの施設が建設されるようなものだからモスク建設への反対は正当」というご意見がありますが、この事例ですとアーレフの施設が立つというよりは

「かつてオウム真理教団が反社会的事件を起こしたから自宅の隣に寺が建つのに反対するのは正当(オウム真理教仏教を思想的母胎とした教団)」

という主張とおなじくらい乱暴です。ほとんどのイスラム教派はテロ行為を否定しており、アルカイダのようなものは仏教におけるオウムくらい特殊な存在です。

(アーレフを締め出すべきかどうか、という議論はまた別の話なのでいつかの機会に。)


「そんなこと言われてもムスリムへの理解なんて全然進んでないんだから仕方ないではないか」という主張もあるようですが、知らなかったら差別してよい訳ではありません。無知は差別免罪符ではありません。

生活の中にある身近な差別

生活の中にある身近な差別を含むブックマーク

なおモスクの件以外にも、日本人は差別だという自覚がないまま差別行為をすることで知られており、たまに日本の外でも軋轢を起こしています。

例えば、日本では普通のこととして受け取られている従業員採用時の年齢確認ですが、これはグローバルな基準では差別です。年齢は「本人の努力ではどうしようもないこと」であり、それに基づいて「採用するか否か」の評価をするので差別に当たります。

ただもちろん、求人条件として「20年以上働ける人」を提示するのは、それが妥当であれば構いません。

一方日本では「差別」とみなされている「学歴差別」ですが、これは反対に海外では差別とみなされません。人間は努力しさえすれば東大でも京大でもハーバードでも希望の大学に行き希望の学問を学べるのだから、学歴は「本人の努力ではどうしようもないこと」ではありません。また受けてきた教育や学業成績で本人の資質を判断する行為は正当です。従って学歴での選別は差別ではありません。


日本国内でも、最近では被災者に対する差別をそこここで見ます。

「畸形児の孫が生まれると嫌だから、福島県出身の女の子とうちの息子を絶対に結婚させない!」と息巻いている人もいますが、それは明らかに差別です。2011年3月11日に福島県内に居住していた、という過去は、如何に努力しようとどうしようもできません。

また、たとえ畸形児のお孫さんが生まれる確率が100%だとしても、そのお孫さんの両親である息子さんとその妻がそのことに納得済みなのであれば、自分の息子とはいえ他人の婚姻や出産に反対する行為は不当です。


実際には明快に「差別」「差別じゃない」と線引きできない事例も多くあります。しかしそのような事例は「正当か不当か(法令に抵触しているか、現実に不利益が生じているか否か)」「実際の行動か否か」「本人の努力ではどうにもならないことか、どうにかなることか」といったいくつかの軸から検討することで、多少なりとも建設的な議論ができるはずです。


差別なのは分かったけれど、でも差別感情を持ってしまうのは仕方がない」という意見もあります。そうですね、差別感情を持ってしまうのは仕方ありません。

人間には内心の自由があります。心の中ではムスリムなんて全員テロリストだよね、とか、福島県民全員去勢すればいいのに、と思っていたとしても自由です。まったく構いません。


しかしその気持を表に出すのはやめませんか?


嫌いな人、理解できない人、好きになれない人を無理に受け入れようとする必要はありません。しかし、それでも、差別は悪いことなのです。

md2takmd2tak 2011/10/06 03:34 >信仰は「本人の努力ではどうしようも」ありません。

いきなり信仰の自由否定ですかw

pyopyopyopyopyopyo 2011/10/06 03:53 > しかしその気持を表に出すのはやめませんか?

という気持ちは表に出して良いのでしょうか?茶々ではなく,真面目な質問です.

aliliputaliliput 2011/10/06 07:58 > md2takさん
?どうしてそれが信仰の自由の否定とうけとれるのでしょうか?

「個人の努力で信仰はどうにでもなる」という考えの方が改宗や棄教の強要にもつながるため、信仰の自由の否定に近いのではないでしょうか?

aliliputaliliput 2011/10/06 08:04 >pyopyopyoさん
我が国では言論の自由が保障されていますが、それは「公共の福祉に反しない限り」という限定つきです。
差別言説は「公共の福祉に反し」ているため、表現の自由の保護対象ではないと考えています。

「その気持を表に出すのはやめませんか?」という呼びかけは、この差別言説をやめよう、という意味の呼びかけであり、差別言説と対等なものではないと認識しています。

RASRAS 2011/10/06 08:20 初めまして。
「努力可能か否か」を「差別であるか否か」の判定に適用するのは危険ではないかと思います。そう思うのは「自己責任論によるバッシング・差別」の事例が少なくないからです。そして、皮肉なことに「自己責任論によるバッシング・差別」に走り易いのは、保守的な人間よりむしろ近代的な人間に思われるのです。

aliliputaliliput 2011/10/06 08:55 >RASさん
はじめまして。
「努力可能か否か」を持ちだすのは確かに危険ではありますが、それでもこの軸をあてることで差別の適用範囲が適切に限定されるので、注意しながら用いる必要があると思います。

自己責任論によって生じるかずかずの問題は差別問題というより、社会に適切なセーフティーネットがないことから生じる問題であると考えています。

人間には当然「努力してもどうにもならない」ことはたくさんあります。才能ある人間が厚遇されるのは当然ですが、たとえ才能に乏しかったとしても、不当な不利益を受けるべきではなく、そういう人たちを無為にバッシングしてはならないのも当然のことです。

meme 2011/10/06 10:11 あと日本では同性愛などのセクシャルマイノリティに対しても差別という自覚もないまま差別している人が多いですよね。まず認識できてない人に認識してもらうのだけで、いったいどれほどかかるのか、本当に歩みが遅い気がします。

tennteketennteke 2011/10/06 10:27 初めまして。
第一印象と差別の境界線ってどこにあると思いますか?
いつも思っている素朴な疑問ですので、お答えに関してどーのこーの言うつもりは一切ありませんです…。

aliliputaliliput 2011/10/06 11:07 >meさん
セクシャルマイノリティへの差別も未だ解決のきざしが見えませんね……「気持悪いのは仕方ないのだから差別じゃない」とまで言い切る人もいます。
少しでも生きやすい世の中になればいいですね。

aliliputaliliput 2011/10/06 11:12 >tenntekeさん
はじめまして。
第一印象で「何となくこの人好きになれないな」ということはあると思います。もしかしたらその理由が、その人はゲイだとか外国人であるという理由かもしれません。何にせよ、心の中でそう思っているだけでは差別にはあたりません。

しかし例えば職場で「彼は外国人だから昇進させないようにしよう」とするのは差別です。また、「あいつはゲイなんだって、キモイよな?」と言いふらすのも差別です。
「特に明確な理由はないけれど、何となく個人的に気に入らないから昇進させるのはやめよう」は、差別ではありませんが不当な扱いではあります。
不当な扱いはそれはそれで忌むべき悪だと思います。

回答になっているでしょうか?ご参考になりましたら幸いです。

acac 2011/10/06 11:16 wikipediaの定義で十分なのになぜ「努力」を持ち出すのか理解できない。

makimaki 2011/10/06 11:19 努力について批判的な人はなんなんだろうな。
体力のない人をレスキュー部隊には入れられない、工学を知らない奴に機械設計など任せられない。
明確に「能力」があり、それで区別できる分野において、「努力」を否定するのはナンセンスだ。
努力してる人に失礼だ。

努力してなお能力の足りない人は、向いていないのだよ。
それをフォローするのは「自己責任論になるから努力とかいっちゃだめ」なんて考えじゃない。
「生活保護」などの社会保障分野だ。
向いてないと思えばいつでもやめて良い、そういう世界を作るのは「努力の否定」じゃない。
ある分野で「無能」であることを受け入れる社会だ。

努力不足のバッシングが問題になるのは、社会保障がしっかりしていないからというだけ。
努力大いに結構。
批判する対象が違う。

acac 2011/10/06 11:33 >maki
レスキューや機械設計が云々はそのひとの能力が定められた基準を満たしているかどうかであって、努力とは何の関係もないじゃん。

makimaki 2011/10/06 12:13 >ac
そうだよ。
世の中には基準があって、そこを求める人は基準に達しなきゃいけないんだよ。
逆に「努力してない奴」の存在を定義しちゃうのが理解できない。
努力の質に違いがあるだけだろ。
何もせずに、何かを為せるわけがないんだから。

 2011/10/06 16:01 >(アーレフを締め出すべきかどうか、という議論はまた別の話なのでいつかの機会に。)

ここが一番本質に近いのに又の機会とは如何に?
まあ今回の件は差別だと思いますが。

ufoufo 2011/10/07 05:44 >ほとんどのイスラム教派はテロ行為を否定しており、アルカイダのようなものは仏教におけるオウムくらい特殊な存在です。

結局、この事が反対してる人たちに「実感として」伝わってないのが原因なだけ。「ほとんどのテロリストはイスラムじゃねーか!」と言われて返す言葉は僕にはない。まぁビンラディンも退場したし、時間が解決するまで待つのが得策だよ。その点で「強引に進めたくない」と言ってる副会長さんには好感が持てます。

aliliputaliliput 2011/10/07 07:36 >acさん
追記いたしましたが、「特定の(グループやカテゴリ)」の意味が曖昧に感じられたことと、旧来の限定的な定義ではすくいあげられなかたった新たな差別を拾いたかったことが理由です。

aliliputaliliput 2011/10/07 07:41 >makiさん
努力についてのお考えに完全に同意します。
人生で失敗した際に社会保障を受けるのは恥であり罪である、という考えは恐ろしいですね。

aliliputaliliput 2011/10/07 07:45 <アーレフについて

本稿の目的は分かりやすく実用性のある差別の定義をさぐることでしたので、アーレフという個別問題への深入りはまた他の機会にしたいと思いました。

aliliputaliliput 2011/10/07 07:54 >ufoさん
記事内にも少し追記しましたが、ムスリムによるテロの実態を知らないからといってムスリムを迫害してもよい理由にはなりません。

知らないのも怖いのも仕方がありませんが、それに対する正しい対応は「知ろうとする」「怖いという感情をしずめる」であるはずです。

わが国には「感情」を過大に尊重する風潮があるというか、「怖いのだから差別しても仕方がない」「育児に疲れていたのだから子殺ししても仕方がない」のような意見が多数を占めることがあります。

差別もいじめもいかなる状況下でも許されない、という認識が広まればよいと思っています。

RASRAS 2011/10/08 11:49 ブログ主様、応答ありがとうございます。
「常識的な努力」という点に若干の危惧を覚えます。老化による適応能力や寛容性の低下、地方在住による教育や学びの機会の少なさなどを考慮すると「常識的な努力」がどれほど自明と言えるでしょうか。
セーフティネットの必要性には同意します。差別その他の問題行動を起こさない(確率が高い)ような「知的レベル」や「精神的力の余裕」は「豊かさ」の一種であり、経済的な豊かさと相関性があるものと考えてます。従って経世済民の策が重要ですね。
地方在住者は経済的困窮、生活不安によって精神的余力を喪失しているのです。そこを考慮せず、古人の「恒産無くして恒心無し」という知恵を蔑ろにして愛国心という精神論に拘ったウヨは敗北しました。これと同じ過ちをリベラルの側が犯しつつあるように見えて私は危惧しています。「貧困とは単にお金がない状態なのではなく、社会的排除なのであって、社会的排除の状態が貧困なる者から働く意欲を奪っていくのだ。」という言葉がありますが、地方在住者の困窮に対する有効策も打ち出さないままに「差別はよくない」と唱えても精神論としか受け取られず、改善の意欲を喚起することは出来ないでしょう。
最後に、今回の件を報じたのが読売であった事はかなり注意が必要だと思われます。新自由主義推進、奴隷労働者の移入に熱心な読売にとっては「田舎者=無知・野蛮人・悪人・『国際化』への抵抗勢力」というレッテル貼りに好都合な出来事ですから。

2011-08-31 現役観光コンサルが身バレ覚悟で仕事の仕方さらします。

めでたくTripadviserの承認が通ったので書きます。


当ダイアリでも何度か言及しましたが、「マレビトの会」#tralib のように図書館と観光について考える試みがあります。

すでにTwitterハッシュタグを眺める限りでも様々な試みが報告されておりますが、観光客に対する支援や観光イベントの提案はあっても、観光業者への支援に関する報告はあまりないように思います。

図書館が観光(業)をどのように支援してくれるのか、観光客・観光業者・地域と図書館の幸せな関係はどのようなものなのか、未だ探求の途上にあります。


本稿では一観光コンサルの仕事をケーススタディの材料として公開することで、図書館中の人

「あっ、そういうことなら我々にはこういう支援ができるぞ」

と、何かを思いついて頂けないか期待することを目的としています。

また図書館中の人以外でも

「へぇー観光って面白そうだね、こんなやり方があるんだね」

と、純粋に楽しんで頂けたら嬉しいです。


本記事が少しでも話のネタとなることで、

「民間人が何考えているのか分からない……」という図書館の方、

図書館が何してくれるのか分からない……」という一般利用者の方それぞれの橋渡しになれば嬉しいと思います。

なぜ観光なのか

なぜ観光なのかを含むブックマーク

タイトルには「観光コンサル」と書きましたが、実は私は観光専業のコンサルではありません。本当は「輸出・外国人対応ビジネス」のコンサルです。基本的には輸出を手掛けていましたが、2010年ごろからインバウンドが流行ってきており、外国人観光客受け入れのコンサルティングも行うようになりました。

今回ご紹介するツアーも元々はこのコンサルティング業務の一環だったものです。

震災が起きた時はどうなることかと思いましたが、影響も思ったより少なく順調に客足は戻ってきています。ありがたいことです。


さて、「観光」、特に外国人観光客向けの観光産業が持つアドバンテージとは何か、なぜ私は観光に肩入れするのかについてお話しします。

貿易やっていると身にしみるのが「あー最近ほとんどのビジネスに国境なんてないんだなぁ」という実感です。

製造業中国東南アジアがどんどん進出しているし、クールなサービスやアプリアメリカすごいし、そのうちインドも世界的な存在感を示すでしょう。日本は様々な業界でトップを走るメーカーを多く擁していますが、いつまでもこの追いつけ追い越せ競争で勝ち続けられるはずもないし、時代が進むとどうなるかわかりません。


「地場の小さな市場を相手にするだけの中小企業でさえ、グローバルな競争力を必要とするようになった

……競争はもはやローカルたりえず、事実上、境界は存在しない。あらゆる企業がグローバル化しなくてはならない。」

(P.F.ドラッガーテクノロジストの条件』ダイヤモンド社 2005 p.61)


それがグローバリゼーションです。


その中で、日本しか絶対に提供できないモノ、他国では絶対に追いつけないモノがあります。

それが日本の文化です。


そして日本の文化を提供するサービスである「観光」は、日本の主要産業になるかどうかまでは分かりませんが、絶対にどこの国も奪えない日本だけの価値を提供することができるでしょう(※競合が存在しないという意味ではありません)。

グローバリゼーションの時代だからこそ、観光により国境の壁を越えて広く日本という価値を世界に提案できるはずです。


これが私が観光業を重視する理由です。

外国人富裕層向けツアー「Kyoto Tea ceremony」

外国人富裕層向けツアー「Kyoto Tea ceremony」を含むブックマーク

さて本題にうつり、この度私が企画したツアー「Kyoto Tea ceremony」についてご紹介します。


どんな企画なの?

外国人観光客向けの本式のお茶会です。1ヵ月間に限定10名、京都市内にある皇族の別邸だった建物で、懐石料理・一献席・薄茶席を4時間ほどかけて楽しんで頂きます。バイリンガルのお茶の先生にお願いし、お料理やお酒、お道具すべて可能な限り最高級のものを用意し、贅沢な時間を味わって頂きます。

ツアー料金は一人一回10万円なので、まず富裕層しか来ないだろうと踏んでいます。客層をコントロールするには価格調整が一番てっとりばやいんですお(*゚-^)b☆ まぁ、この料金はほとんど実費なんですが……お金につきましては後述します。


なお、お茶会には必ず使用した茶道具を鑑賞する時間がありますので、ここで現代のアーティストや作家さんの作品を取り入れ、紹介しようと考えています。

ここが割とこの企画のキモです。


どういう経緯で生まれたの?

元々は京都のとある伝統工芸系の業界団体からのお話が元でした。現役の伝統工芸士さんの作品を広く世界に紹介し、少しでも販路拡大につなげられないか、というお話でした。

色々ゴニョゴニョあって大元の団体は今回のお話に関わってはおりませんが、色々考える中で大変面白い企画を作れたので弊社で直にやることにしました。

元々、京都に来た外国人観光客の体験する「お茶」が、立礼ですらない自分でお茶をたてるようなカジュアルすぎるものばかりであることが気になっておりました。

また、日本の主要観光地で提供されている外国人観光客向けオプショナルツアーが絶望的に少ないことも気になっています。

(このオプショナルツアーの少なさは日本の旅行代理店と海外の旅行代理店のビジネスモデルの違いに起因するものですが、この話はまた別の機会に。)


せっかく遠いところから、安くはないお金をかけて日本に来てくれたのだから、ぜひ本物の日本を味わって頂きたい。お茶の心である「おもてなし」を存分に体験して頂きたい。

それと同時に、現代日本でアクチュアルに生み出されている伝統工芸の魅力を知って頂くことで、日本の伝統工芸のファンを増やしたい。観光客の方が本国にお帰りになる時に、キッチュなスーヴェニアではなく日本の文化を内包した工芸品や、それに触れた感動をお持ち帰り頂きたい。

これが本企画の趣旨と経緯です。


何を苦労したの?


構想期間を含め、準備には2年ほどの時間がかかりました。長かった……。

一番苦労したのはやはり

「人集めとネゴシエーション

でした。


今回の企画でのメインとなる人たちは

  • 言いだしっぺである aliliput ちゃん
  • お茶席の会場を貸して下さる方
  • お茶の先生
  • 集客や予約の取りまとめなどを行って下さる旅行代理店さん

です。上記の人たちは実はもともと知っている方々であり、すんなり決まりました。一人ひとり企画を持ち込み、直に交渉してご協力頂いております。

文化財級の建物やお道具の貸し出し、また外国人観光客相手のこまごまとした対応やお金の取り扱いなどをお願いする方々なので、全く面識のない人にはお願いしにくかったというのが実情です。

幸い、コアとなる人たちに面識があったからよかったようなものの

「お茶の世界には全く知人がいない……」

などという状況でしたらこんな企画を立てようもありませんでした。

どんなビジネスでもそうかとは思いますが、京都で特に伝統文化系の人脈は値千金です。

なお、この人脈作りというポイントでは商工会議所はあまり頼りになりませんでした(> <)


上記の方々にはボランティアのようなお値段でのご協力を頂いております。先程一人10万円と書きましたが、はっきり言って色々と相場の1/6ほどのお値段です。実費です。 aliliputちゃんの手元には一人当たり3000円くらいしか残らないです。

例えば、お茶の先生にはこの10万円から一人4万円をお支払いしますが、消えモノ(抹茶とか灰とかお花とか和菓子とか)だけで2万円を超えています。茶道具の代金、動産保険料やお手伝いの人の人件費も含めると、先生の交通費が出るか出ないか怪しいレベルです。

お茶やっている人ならこの辺りの感覚がお分かりでしょうか?


ですから、本当はもっとツアー代金を値上げしてもよかったのですが、観光客の方がある程度気軽に楽しめる値段となるとまずは10万円が限度かな、と思いました。いくら富裕層狙いとは言え、4時間のツアーにかけられるお金って限界があると思うのですよね。

いつまでもボランティアはお願いできないので、ゆくゆくは値上げも考えておりますが、まずは10万円という価格からスタートしようと思いました。


その他、お茶道具を貸し出して頂ける作家・アーティストの方を探したのですが、こちらが思いのほか難航しました。

茶道具というのは、基本的に古ければ古いほど価値が高いのですね。少なくとも作者が生きているようなものはあまり価値がありません。

しかし今回のお茶会の目的として「アクチュアルな日本の伝統工芸の魅力を知ってもらう」というのがあるので、あえて現代作家さんの作品を取り入れようと思いました。


作家さんには

  • 原則、無償で作品を貸し出して頂く
  • 作家さんのご希望に併せて、作家さんのご紹介や作品の販売、工房へのアテンドを行う
  • 作品はWEBサイトでもご紹介させて頂く
  • 破損時は保険での対応とさせて頂く

という条件を提示し、趣旨にご納得いただけた方にご協力頂きました。


京都での開催だし、茶道具作家さんはトラック一杯集まるでしょ♪」


と思っていたのですが……実に甘かったですorz


蓋を開けてみて驚いたのが

「そもそもイマドキ茶道具なんて作っている作家さんはほとんどいない」

ということでした。


茶道具というのは、それなりのちゃんとしたお茶会で出すようなモノはそれなりの技術とお作法で製作されます。しかしほとんどの現代モノの「茶道具」は、見た目は確かに茶碗などに見えるのだけれど本式のお茶会で出すには色々とアレ……みたいなモノが大変に多く、選びだすのにとても苦労しています。


作家さんの募集はリリースを出したほかは、知人に片っぱしから声を掛けまくるという方法で行っています。伝統工芸品を扱っている方にも多くお願いしたのですが、「現代モノの茶道具はちょっと……」というお返事が多かったです。


また運よく茶道具を作っている作家さんに巡り合えたとしても、一点モノの高額な商品をお借りする訳ですから簡単にはいきません。ご提供頂けるすべての作品をお茶会に取り入れることもできません。

何度も話し合いを重ね、趣旨と条件にご納得いただける場合のみのお取り扱いとなります。


現在も作家さんの募集は行っていますが、どのように作家さんを集めればよいのかはまだ悩んでいるところです。


さて、皆様にご協力を頂けることになったとしても、丸投げという訳にはいきません。細かい打ち合わせがたくさんあります。;

  • コンセプトのすり合わせ
  • PRの方法と役割分担
  • 決済手段
  • 業務の分担
  • 薄茶席のお道具選定
  • 演出内容
  • 通訳ガイドの決定
  • 料理・お菓子の決定

……などなど、書ききれないほどの検討事項があります。

私自身はお茶の専門家ではないので、茶道に関する部分は茶道の先生にお願いすることになるのですが、それでもコンセプトやマーケティング上の観点からどっさり要望を出しました。

オーセンティックなお茶会、という芯は崩さず、それでも初心者に楽しんでもらえるようにはどうしたらよいかを探るのは苦労しつつも楽しい作業です。

それに、ここには書きませんが京都ならではのドロドロゴニョゴニョはちょっぴりですがそれなりにありました(> <)。

どの土地でも、地元に寄り添おうとしたらそういうのは大なり小なりあると思いますが、地元民でも乗り越えるのが難しい問題だったりします。そして解決のノウハウはなかなか一般化したりパブリッシュしたりして共有できるものではないので難しいですね。

図書館にしてもらったこと・してほしいこと

図書館にしてもらったこと・してほしいことを含むブックマーク

実は図書館には公式に協力を要請しませんでした。我らが大阪には優れたビジネス支援図書館があるのですが、それでもこの状況をどのように説明してどのようなご協力を仰げばよいのかが全く分からなかったからです。

今の、この時点でも、正直図書館が上記のような問題を抱えた観光業の人間に対しどのような支援をして下さるのかは全く見えない状態です。


なので図書館に頼った部分は

  • 茶道に関する資料集め
  • PR媒体の選定のための資料集め

といったごく限定的な部分でした。

ただ、「これからの観光とは」みたいな問題について考えるような本は豊富にご提供頂いたのでその点はとても感謝しております。国内外の観光ビジネスモデルの比較をするきっかけにもなり、面白かったです。


もし、これから先図書館にしてもらいたいとしたら

「地元アーティスト・伝統工芸士等のリスト制作・提供」

をお願いしたいです。


先程も書きましたが、商工会議所はこの点についてほとんど頼れませんでした。企業向け・任意登録の商工会議所ではそれも仕方ないかなと思っています。

また業界団体経由で探そうにも、そもそもどのような業界団体が存在するのかも把握が困難でした。

アメリカ公共図書館には、地域の専門職とその評判が記載された一覧があるそうです。そんな感じで、職業別リストみたいなのがあればありがたいと思いました。


その他にも、もし

「うちの館だったらこんなこと手伝えるよ!」

というのがありましたらぜひご教示ください。

2011-04-15 「インターネットが図書館の替わりにならない10の理由」を訳したよ!

で @ofellabuta さんがご紹介下さっていた

インターネット図書館の替わりにならない10の理由

"10 REASONS WHY THE INTERNET IS NO SUBSTITUTE FOR A LIBRARY"

を訳しました。

これはコネチカット州ミルフォードの公共図書館にあった掲示だそうです。元の著者はウィンスロップ大学のMark Y. Herring氏とのこと。

例によって意訳超訳で失礼しますが、タイプミスや文意の違うところがあったらどうぞご指摘をお願いいたします。

1. インターネットに全てがある訳じゃない "Not everything is on the Internet."

1. インターネットに全てがある訳じゃない "Not everything is on the Internet."を含むブックマーク

インターネットの膨大な情報を見てそう思っているのかもしれなないけれど、違う。

良質の調査に対する需要を満たすような資料はほとんどの場合無料じゃない。

"You think so with a billion pages but no.

Most substantive materials that meet the demands for quality research are not free."

2. インターネットで調べ物なんて、干し草の中の針を見つけるようなものだ。"The needle (your search) in the Haystack (the Web)"

2. インターネットで調べ物なんて、干し草の中の針を見つけるようなものだ。"The needle (your search) in the Haystack (the Web)"を含むブックマーク

どんなサーチエンジンを使おうと、正しい答えを見つけようとあがきながらウェブの海で溺れることになるだろう。

"No matter which search engine you use, you can drown in the web's ocean of materials trying to find the right answer."

3. 品質管理が存在しない。 "Quality control doesn't exist."

3. 品質管理が存在しない。 "Quality control doesn't exist."を含むブックマーク

素晴らしいオンラインの情報の只中でアレゲ人が陰謀論を唱え、ポルノ屋がカメラを構えている。

"Amid all the great web-based information lurks a kook with a conspiracy theory, and a pornographer with a camera."

4. 知らない事柄が真の致命傷になる。 "What you don't know really does hurt you."

4. 知らない事柄が真の致命傷になる。 "What you don't know really does hurt you."を含むブックマーク

営利目的のデータベースが全文記事を提供していたとしても、それは「全文」じゃない。脚注や式、画像やグラフが抜けている。

時によっては、インターネットは鍵のないレーシングカーのようなものだ。

"Even for-profit databeses offer full-text articles that aren't full text, dropping footnotes, formulae, picture and graphs.

Sometimes the web is like a race car without the keys."

5. 国は本を一冊買って、それをインターネットで全部の図書館に配信してるんでしょ? "States can now buy one book and distribute to every library on the web."

5. 国は本を一冊買って、それをインターネットで全部の図書館に配信してるんでしょ? "States can now buy one book and distribute to every library on the web."を含むブックマーク

やってません。図書館はお金を節約しようとしているけれど、そんなことはしない。

"-NOT! We all want to save money but this isn't the way."

6. おいお前ら、電子書籍ってどうよ? "Hey bud, what about E-books?!"

6. おいお前ら、電子書籍ってどうよ? "Hey bud, what about E-books?!"を含むブックマーク

どんな電子書籍リーダーも読みづらいね。技術は間違いなくこれから進歩するだろうけれど、今はまだまだ当分先の事だ。

"Reading on any e-reader is a chore. The technology will doubtless improve but it's still more than a generation away."

7. 図書館のない大学ってないの? "Aren't there library-less universities now?"

7. 図書館のない大学ってないの? "Aren't there library-less universities now?"を含むブックマーク

一言でいえば、ない。ペーパーレス図書館を作ろうとしていた機関はすぐに諦めて普通の図書館を作ったよ!

"In a word, no. Institutions that tried to open with paperless libraries quickly built traditional ones!"

8. でもバーチャル州立図書館ができるんだよね? "But a virtual state library would work, right?"

8. でもバーチャル州立図書館ができるんだよね? "But a virtual state library would work, right?"を含むブックマーク

州が破産しちゃうよ!50万冊の本をデジタル化するのでも -これは小さな図書館一つ分の本だけれど- 10億ドルかかるはずだよ。

"Work at bankrupting the state! To digitize even half a million volumes -a modest library- would cost about one billion dollars."

9. インターネットは広くて浅い(というかちっとも深くない)。 "The Internet: A mile wide, an inch (or less) deep."

9. インターネットは広くて浅い(というかちっとも深くない)。 "The Internet: A mile wide, an inch (or less) deep."を含むブックマーク

インターネットにある情報の大部分が高々15年前のものだ。更なる情報を得るにはちゃんとした図書館が必要。

"Most of what's on the Internet is only about 15 years old. If you want more, you must have a full-service library."

10. インターネットは遍在するが本は携帯できる。 "The internet is ubiquitous but books are portable."

10. インターネットは遍在するが本は携帯できる。 "The internet is ubiquitous but books are portable."を含むブックマーク

火の傍に縮こまってノートPCを使うとか、雪の降る晩に携帯だけ持って森に立ち寄るとかやってごらん。未来にはできるようになるだろうけれど、今、大多数の人は -例えネットばっかり見ている人でも- まだ本が欲しいと思ってるよ。

"Try curling up by the fire with a laptop, or stopping by the woods on a snowy evening with a handheld. The future may bring this, but for now the vast majority of readers -even online readers- still want books."



……如何でしたでしょうか?

ちょっと保守的?手前味噌すぎるかな?と思う部分もありますが、まぁー確かにまだまだインターネッツ電子書籍のみで生活できるという域には達していないのは本当だと思います。


元記事のコメント欄も賛否両論繰り広げられていて興味深いです。「古臭すぎる」という意見もあれば「大体賛成だけれど電子書籍はいいよ!」という各論に関するコメントもあり、場所としての図書館の価値を重視する意見も見られます。


しかしアメリカ図書館はみんなもっと先進的だと思っていたのですが、こういう保守的な考えの図書館もあるのだなーというのはちょっと意外でした。

でも、そもそもこんな愉快な掲示を館内に出しちゃう時点で大分先進的に見えますねw


ぜひ、皆さんのご感想もお聞かせ下さい。

kaizen00kaizen00 2011/04/17 22:03 "Quality control doesn't exist."は、「 品質管理がない。」はどうでしょう。あなたが品質管理をしようとしても、受け付けてもらえないという感触も含んでいるかもしれません。

aliliputaliliput 2011/04/23 13:43 ありがとうございます。ご指摘頂いたニュアンスを考慮し、より原文に近い訳にしてみました。

2011-01-11 地域・観光・図書館 このエントリーを含むブックマーク

id:arg さんが発起人でおられます

「地域と観光に関する情報サービス研究会(マレビトの会)」

の名称が決定したそうです。分かりやすく親しみやすいお名前だと思います。おめでとうございます。

私は個人的事情(当分予定が立て込んでいる)につき本研究会への参加はできませんが、地域と観光と情報サービスというテーマは大変興味があり、皆様のご研究の進展を楽しみにさせて頂きたいと思います。

こちらの研究会のTwitterハッシュタグは " #tralib " です。

勝手ながらご紹介させて頂きます。


以下、賑やかしがてら今現在自分が「地域・観光・情報サービス(図書館)」について具体的に何を考えているかについて書きます。

図書館が地域の観光に関わる4つの切り口

図書館が地域の観光を支援する際のアプローチは、大体下記のような切り口があるのではないかと思います。

  • 観光する人(一般客)―観光される人(観光サービス提供事業者)
  • まだ現地に来ていない―もう現地に来ている
  • 図書館の中でやる―図書館の外でやる
  • 自地域向け―他地域向け(場所としての意味だけではなく、コミュニティとしての「地域」)

これらはパキっと分けられるようなものではなく、連続的なものです。これらの要素を任意に組み合わせることで、さまざまな支援策を想定できるかと思います。

例えば、「これから観光する一般客に対し・図書館の中でやる」支援は、「地球の歩き方」や「るるぶ」などを館内に取り揃えたりすることでしょう。また観光サービス提供事業者に対し「まだ現地に来ていない」人を呼び込むためのセミナーを「図書館内で」開催する、という方向の支援もあり得ます。

「もう現地に来た」一般客に対し「他地域に向けて」行う支援は、リピートしてもらう、ファンになってもらうための情報提供ということになるでしょうか。

他地域から観光客を呼び込むために、自地域の観光関連資料を他地域に提供する、という支援もあるでしょう。公共図書館がこういう目的で他地域に直接資料を送りつけるのは現実的ではないかもしれませんが、自治体の観光局が他地域向けPRのための資料収集を自地域の図書館に依頼するのは十分にあり得る話です。


図書館の外で行う支援は、勿論Webを活用したサービスも含まれます。観光に必要な情報は観光ガイドを見るだけでは情報量・速報性共に不十分です。最近は国や自治体ごとに観光客向けのWebサイトを立ち上げていたりしますので、そういったオフィシャルな信頼できるオンライン情報の提供も図書館の得意とするところです。


図書館は旅行代理店ではありませんから、あんまり図書館らしからぬ支援策はよろしくないかもしれませんが、それでも保守的な図書館業界、ちょっとびっくりするようなアイデアを出すくらいでちょうどいいかもしれませんw

観光客を呼び込みたい!

個人的に興味のある分野は「他地域から観光客を呼び込むために観光サービス事業提供者に対して行う支援策」です。

  • 観光関連統計情報の提供
  • 参考になる他の観光地の事例提供
  • 観光関連セミナー開催
  • 観光関連情報交換用プラットフォームの整備
  • 観光事業者間マッチング機会の提供
  • 他地域との観光客交換

といった策があるのかなーと現段階では考えています。


特に最後の「他地域との観光客交換」ですが、これを図書館が頑張るとしたらどんなに楽しいことになるのかな?というのが現在の最大の関心事です。

この観光客交換、国家レベルではよく行われているのですが、国内観光では鉄道会社がやっているくらいで他にあまり事例を見ません。しかし考えてみれば合理的な策で、どうせ自地域の人は地元に観光マネーを落とさないのですから、他所に自地域の人を観光に行かせる代わりに、他所から人に来てもらう、ということですね。


これ、考えようによっては色々面白いんじゃないでしょうか?


お互いがお互いの地域から観光客を呼び込むために頑張る、ということは、その地域同士がコラボするということです。つまり、宮崎県新潟県図書館がそれぞれの地域でお互いの魅力をたたえ合ったりするのですね。

これで、お互いに観光に対する新たなヒントも得られると思います。「宮崎県の人が考える新潟の魅力」、新潟県民なら聞いてみたいのではないでしょうか?


日本で一番の人口と、おそらく可処分所得を抱えているのは東京ですから、結局東京から観光客を呼び込まないとあまり意味はないかもしれません。少なくとも関西の国内観光では、東京から人を呼び込むことばっかり考えています。

しかし東京を絡めようと絡めまいと、観光を通じて図書館同士横のつながりができるのは結構楽しいんじゃないかなと思います。

他館訪問がお好きな図書館員の方も多いかと思いますが、普段ILLでやり取りしている資料とはまた違った他館提供の観光資料を眺めるようになると、他館訪問のモチベーションもまた上がるのではないでしょうか?

PR力や企画力という点でまだまだ課題が多い公共図書館ですが、「観光」を通じて他館と学び合える関係ができたら素敵だな、と思います。


ちなみに、図書館の話は1ビットも出てきませんが、以下の本が観光と情報提供というテーマで参考になりました。もしご興味がございましたらどうぞ。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/aliliput/20110111

2010-11-28 コミュニティの機能から考える図書館の「貢献」の在り方

みたいなことを書いておりましたら、

コミュニティに貢献するとはどういうことかいまいち分からない」

というお言葉を頂きました。確かに非常に抽象的で曖昧な概念だと思いますので、「コミュニティへの貢献って具体的にどういうことだろう?」と自分なりに考えてみました。


※以下、L1GPとは全く関係ありません!


「国家」「都市」「学校」「企業」「mixiコミュ」など、世の中には様々な種類のコミュニティが存在する訳ですが、ある程度の期間自立して存続するコミュニティの持つ基本的な機能は大きく以下の3つがあります。

コミュニティは構成員の安全を守る

コミュニティは構成員の安全を守るを含むブックマーク

一番基本的ではありますが一番忘れられがちな役割、構成員の安全確保です。国家は警察や軍隊によって国民の安全を確保していますし、企業は警備員や弁護士リスクコンサルタントなどを頼んで事故を未然に防ぎ不測の事態に備えています。最近は学校の安全についても関心が高まり、学校で不審者への対応訓練を行ったりしていますね。

コミュニティの安全を脅かす原因は他国や不審者ばかりでもありません。災害や疫病によっても安全が損なわれます。有名な例ですが、米国国立医学図書館ではオンラインで災害情報やインフルエンザの情報等を配信し、国民の安全確保に努めていますね。

そしてもちろん、安全を脅かす存在は外部から来るとも限らない訳です。

図書館でいじめをなくせるか

先日、小学生がいじめを苦に自殺する大変痛ましい事件がありました。あのような事例は氷山の一角で、子ども同士のいじめから大人の世界に横行するハラスメントまで、多くのコミュニティが構成員同士がお互いの安全を脅かすという深刻な問題に悩まされています。


構成員の安全を守るために、図書館には何かできることはないのでしょうか?


わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる「わが子がイジメられてるらしいと思った親が最初にしたこと」

上記記事はいじめ対策の関連書籍を紹介していますが、「書籍を提供する」という図書館の基礎的な業務だけでもこのくらいのいじめ対策支援ができるという好例です。

当然、図書館だけでいじめ問題が解決できる訳ではありません。しかしコミュニティの重要な一機能を担う部門として、図書館には何かできることがあるはずです。

コミュニティは目的を達成するべく努める

コミュニティは目的を達成するべく努めるを含むブックマーク

コミュニティの中にはある目的の元に組織され、自発的な意志によって参画したメンバーによって構成される類のものがあります。企業や大学はそれぞれ経済活動や研究、教育などといった目的があり、その目的に賛同し自ら望んで参画したメンバーによって構成されるコミュニティです(少なくとも建前上は)。

一方、国家や地方自治体などは必ずしも明確な目的の元に組織されてはおらず、構成員も自ら望んで参画した訳ではありません。しかし何の目的もないかというとそうではなく、こういったコミュニティは「それぞれの構成員がより安全でより幸福に生活できるようにする」ことを目的としています。

どちらのタイプのコミュニティにしろ、

と言えます。

これらの目的は達成可能なものも達成不可能なものもありますが、各コミュニティや構成員は目的を達成すべく日々活動をしています。

コミュニティのための情報提供とは

このような、ある目的を持ち活動している人の支援はまさに図書館のお家芸でしょう。図書館は利用者の目的に合致した情報を提供することで、利用者の目的遂行に必要な能力を高めることができます。こうした個々の利用者に対する支援の重要性や在り方についてはもう十分な論がありますし、図書館関係者の皆様も日々お考えを巡らせていることと思います。


では、コミュニティのために行う支援は個々の利用者に対して行う支援とどう異なるのでしょうか?


ある目的の元組織されたコミュニティでは、コミュニティの思惑と利用者の思惑はかなりの部分が一致します。企業は経済活動を通じてより効率的に利潤を獲得することを目的としていますが、構成員である従業員も多くがより効率的に業務をこなし会社の利潤増大に貢献することで、自らの技能獲得、地位向上や給与の増額をしたいと考えているでしょう。この場合、図書館経済活動や業務効率の向上、研究開発等をたすけることで、コミュニティと構成員両方に同時に貢献できます。

これが「市」などですと少し話が難しくなってきます。市としては少子化改善のため小児のいる家族により豊富な行政サービスを提供したいと考えていたとしても、利用者は老人かもしれないからです。また市としては、環境保全景観保全改善に力を入れたいと考えていたとしても、個々の利用者は高層オフィスビルを建設してどんどんテナントを呼び込みお金を稼ぎたいと思っているかもしれません。

利用者個々人にできる限りのサービスを提供するのは図書館として当然の姿勢です。しかし、リソースやポリシーの限界が利用者にとって十分なサービスを許さないことがあるでしょう。

全ての利用者を完全に満足させるような図書館は存在しませんし、そのような館づくりを目指すべきでないとも思います。では、どのような館を志向するべきなのか?と考える大きな判断基準の一つが、その館が存在するコミュニティの持つ目的なのではないでしょうか。

如何なる図書館も、その図書館を支えるコミュニティなくしては存在できません。そのコミュニティの繁栄・発展は図書館自身の発展の必要条件です。コミュニティが自らの目的を達成しより発展していくために、図書館は何ができるのか?という視点は常に持ち続けるべきだと思います。

コミュニティは自らの活動に必要なリソースを調達する

コミュニティは自らの活動に必要なリソースを調達するを含むブックマーク

リソースと言うとまず「ヒト・モノ・カネ」が出てきますが、ここに更に「情報・時間・場所」も付け加えたいと思います。

コミュニティはそれぞれ、例えは税金や授業料を徴収したり、何かを販売して利益を得たり、そのお金で必要なものを購入したり誰かを雇用したり、またはボランティアや寄付を募ったりなどの方法で、活動を行うために必要なリソースを調達しています。

図書館自らがお金を稼ぐことはほとんどできません。しかし図書館情報提供の専門機関ですので、コミュニティの運営・活動・問題解決に必要な情報を的確に提供することで大きく貢献できるはずです。それらの情報は「時間」をも節約してくれるでしょう。

また、場所としての図書館やヒトとヒトをつなぐ機関としての図書館を見直す動きがありますが、これもコミュニティリソース調達に大いに貢献する機能であると言えます。

リソース調達機関としての図書館アドバンテージ

  • 情報を豊富に収集できる
  • 必要な情報を適切に提供できる
  • 不特定多数の人にアプローチできる
  • 外部機関との日常的な連携を行っている

部分にあると思います。

こうした強みを生かし、コミュニティのためのリソース調達という観点から図書館活動を見直すと面白いのではないでしょうか。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/aliliput/20101128