図書館学徒未満

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進化する図書館へ -前編-

進化する図書館へ

進化する図書館へ

この本は「進化する図書館の会」メンバーである菅谷明子、小野田美都江、松本功、および秋田県立図書館の山崎博樹の4氏による共著です。それぞれが一編ずつ担当し、執筆しています。
全部で62ページの薄い本ですが、各氏がそれぞれの調査、経験、問題意識に基づいて密度の濃い論を展開しています。


今回は、前編として菅谷明子、小野田美都江両氏の執筆部分を取り上げます。

菅谷明子「進化するニューヨーク公共図書館」pp.2-pp.23

※初出は『中央公論』1998年8月号

本稿では、ニューヨーク公共図書館で提供されている様々なサービスを紹介しています。菅谷氏の著作すべてに共通することですが、新聞のルポルタージュのような明快で分かりやすい文章で、非常に読みやすいです。


ニューヨーク公共図書館は、世界屈指の豊富な資料はもちろんのこと、プライベートオフィスやPC、インターネット回線の提供もふんだんに行っています。

ニューヨーク公共図書館は、単に本を借りるための場所ではない。名もない市民が夢を実現するための「孵卵器」としての役割を果たし続けてきた。この図書館からは、アメリカを代表するビジネス、文化・芸術が数多く巣立っている。
(前掲書 pp.2-pp.3)

この図書館の設備を自分のオフィスのように活用し、図書館内でビジネスを行ったり、著作を執筆している人々の紹介がなされています。

1996年にはビジネス・起業家への支援を主要な目的とした科学・産業・ビジネス図書館(SIBL)も設立され、個人や小企業ではなかなか手が届きにくいような各種有料データベースを開放し、スモールビジネスを行う人々の大きな味方となっています。


また、図書館が支援しているのはビジネスだけではありません。学問・芸術の分野でも、積極的なサービスを提供しています。

舞台芸術図書館で提供されている資料は文献資料にとどまらず、図書館員自らが出向いて撮影・録音した動画や音声などの資料が大量に存在します。
併設のホール内でもコンサートや映画上映が年間200件開催され、大盛況ぶりに目を見張ります。

世の中に自然と生まれてくる資料を座して待つのではなく、図書館自らが積極的に資料を作ろうとする姿勢には、大変感銘を受けます。


この「自分たちで資料を作ろう、ひいては文化・文明の発展に貢献しよう」という姿勢は、「研究者・作家センター」という施設にも現れています。

ここではなんと公募した研究員に1年間の研究費と生活費を保障し、さまざまなテーマでの研究活動を推進しています。研究員には講演会やパネルディスカッションなどで、研究の成果を市民と分かち合うことが期待されています。

すごい。すごい以外の言葉がありません。


加えて、図書館では「情報へのアクセスの平等」という思想に基づく活動にもぬかりはありません。ニューヨーク公共図書館がもつ「グーテンベルグの聖書」「独立宣言の草稿」など、貴重な歴史資料の閲覧にあたって資格も費用も必要としません。国籍、身分関係なく、これらの資料は平等に提供されています。

さらに分館の一つにはアンドリュー・ヘイスケル盲人・身体障害者用図書館という、その名の通り身体障害者のための図書館があります。
ここでは点字本や朗読テープといった資料、読み上げソフトと色覚調整ソフトの入ったPC、点字タイプライターなどが提供されています。館内はバリアフリーに配慮され、車椅子での自由な移動が可能です。

こういった図書館を必要とする人々には、当然図書館への来館自体が困難な人々も多くいます。そういう人々のために、毎日資料の配送が行われています。ぬかりはありません。


こーーーーんなに物凄い、ライブラリアンどころか一般市民にとっても夢のような図書館ですが、当然そんなものを設立・運営しようとしたら、多額の資金が必要なのは目に見えています。
「ニューヨーク公共図書館がすごいのはわかるけれど、ウチにはそんなお金ないよ……」と肩を落とす司書の姿が目に浮かびます。というかリアルで見ました。

という訳でお金の話です。

ニューヨーク公共図書館は国公立ではなく、民間の非営利団体です。運営費の65%は寄付金で賄っています。政府や自治体からのお金ではありません。
アメリカでは、税金対策としてNPOへの寄付が一般的に行われています(ちなみに日本でも同様に、特定団体への寄付で節税ができます)。そのため、NPO間での熾烈な寄付金獲得競争があるのですが、ニューヨーク公共図書館が何を行っているかというと

  • 図書館友の会の設置。入会すると講演会等に招待される。
  • 富裕層向けに豪華パーティーの開催

などが本著の中で紹介されています。

この本の中では、資金獲得についてはさらっと書いてあるだけですが、同著者による「未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告― (岩波新書)」の中ではより詳細な資金獲得術が紹介されています。追って当ブログでも紹介していきたいと思いますが、中には日本でも可能と思われる方法もいくつかありますので、世の中の司書の方はあきらめないようにしましょう。

小野田美都江「デジタルデバイドを解消する図書館」pp.24-pp.43

コンピュータやインターネットの普及によって、情報通信技術にアクセスする環境や機会を持つか持たないか、あるいは、IT活用能力を持つか持たないかで、社会的・経済的な不利益を被る可能性が生じている。
(前掲書 p.24)


という冒頭から始まる本稿は、表題のとおり、デジタルデバイド(情報格差)とその現状、解決への展望を論じています。

小野田氏は「ITのアクセス環境を用意し、IT講習会を行うだけでは、デジタルデバイドの問題は決して解決しない」とし、その理由を以下の3つにまとめています。

  1. インターネット上の情報の中には、有料で精度が高い情報がかなり含まれている。------経済力による情報格差が生じる
  2. 現在の市民向けIT講習会は、市民の情報活動を継続的にサポートできない
  3. インターネットで公開されている情報の著作権者への何らかの支払いシステムが配慮されていない------著作権者に権利と利益を保証しないとインターネットの発展が危うくなるが、同時に経済力による情報格差が生じる原因ともなる

そして、それらの問題を解決するために、公共図書館が有効であると述べています。この辺り、前稿の菅谷氏のレポートと緩やかなつながりを感じます。


続いて、日米のデジタルデバイドとその対策を概観していますが、2007年も終わりに近づいた現在では事情が変わっているところも多々ありますので、細かい紹介は省き、興味深いデータを拾い読みしていきます。

図書館のインターネット接続の日米の格差(pp.32-pp.37)

日米の公共図書館におけるインターネット接続状況は以下の通りでした。

  • 日本……26.5%(1999/10 調査)
  • アメリカ……95.7%(2000/07 調査)

……おいおい、IT大国日本!!

アメリカの図書館で利用者に提供されている端末台数(平均)

  • 都市部……17.3台
  • 郊外……8.7台
  • 田舎……4.9台

……その頃、日本では70%の図書館が1台の端末を利用者に提供していた。

有料データベースを開放しているアメリカの図書館の割合

  • 都市部……77.3%
  • 田舎……52.6%

………………。

以上のように、日本とアメリカでは、公共図書館のインターネット接続率と端末台数に圧倒的な差が存在する。
(前掲書 p.37)


ちなみに、「日本の公共図書館のインターネット接続に関する調査報告は非常に少な」いらしいので、最新のデータを今度探してみようかと思います。

まとめ?

本稿では、情報を得る手段のみではなく、その活用においても格差が生じていることに言及しているのが面白いな、と思いました。最近、全国統一学力テストの結果も発表になった*1ことですし、情報活用能力とその育成についても改めて検討しなおす必要がありそうです。

*1:子どもの学力はもちろん、その結果を見た大人のメディア・リテラシーをも露呈するテストとなりました。