2007-10-09
■[日記]「地球温暖化で何か問題でも?」に賛同するもの
内田先生のブログの「地球温暖化で何か問題でも?」が結構批判を浴びている様であるが、僕は内田先生の意見に概ね賛同するものである。というのも、僕も「温暖化でそんなにヒステリックにならんでも」と考えているからである。
このブログの主要な読者のほとんどは(と言っても片手で数えられる人数だけど…)僕の物理学科時代の同期(エリート)たちなので、彼等にとっては釈迦に説法なのだけれども。現在の温暖化に関するメディアなどでの主要な説明は、話が単純化され過ぎている。
「二酸化炭素は温暖化ガスである → 二酸化炭素が増えると地球は温暖化する → 二酸化炭素を減らせば温暖化は防げる」
単純なのは大変結構であるが、単純化され過ぎた話は必ず落とし穴があるものである。例えば、温暖化ガスとしては二酸化炭素よりも水蒸気の方が効果が大きい、とか。単純化された話に手もなく騙されるのは現代人の性質らしい。「マイナスイオン」とか「水からの伝言」とかのニセ科学が蔓延するのも単純化された話がウケるからであろう。そういう単純化され過ぎていることの怪しさに気がつかず、その説明を聞いてわかったような気になった時点で思考停止に陥ってしまう現代人が、僕にはそら恐しいのである。(自分も何かそういう話に気がつかない間に騙されてるかもしれないと思うと余計にそら恐しい。)
知っての通り、地球は氷期と間氷期を繰り返している。現在気候が安定しているのは地球規模で見るとほんの一時的なものであるわけで、今より暑い時期もあればず〜っと寒い時期もあったわけだ。だから、今地球がほんの何度か暑くなったところでそんなに騒ぎ立てなくても、と思うのである。大体生物が凍死する確率は減るわけだしね。「生態系に異変が」とか、「キリマンジャロ山頂の雪が溶けて」とかテレビでは言っているけど、今の生態系や環境が地球誕生以来ずっと続いていたわけではない。確かに白熊さんたちは困るわけで、その点に関して何も感じないわけではないけれど。もしこの温暖化が人間の営みが原因であるとはっきりわかったならば、色々とすることはある。しかし、前述のように温暖化ガスとして最も影響力があるのは水蒸気であるし、僕は温暖化には人間はあまり関係ないのではないかと考えている。
だからと言って、環境問題を放っておけと言っているわけではまったくない。むしろ、解決すべき問題は山積みなのだから、温暖化に裂いているリソースをもっと他の場所に使うべきではないかと言いたいのである。温暖化を解決するための施策が巡り巡って他の環境問題を解決することもあるだろう。でも、何かそれはとても頭が悪いことのように思えるのだ。何を解決するためにどんなことをするのか、そこのところの認識をはっきりさせておいた方が良いように思う。「バタフライ効果」とも言われるように環境問題は超複雑系であるから、それは大変難しいだろう。それでも、できるところまでしっかり考えるのが良いように感じる。安易に単純化された物語に逃げ込むのではなく、である。そうしないと、「温暖化を防ぐために水素カーに乗りましょう」というようなおかしな話が出てくる。水素カーは水蒸気を排出するのだから、温暖化を防ぎたいのか促進させたいのかよくわからない。ただ、水素カーは排気ガスを抑えて大気汚染を抑制するだろう。そういう話である。
環境問題を科学で語るのは難しい。前述の様に、超複雑系だからだ。科学で説明のついているものもあるし、ついていないものもある。ついていないものはそういうものとして、「よくわからない」レッテルをつけて考え続けなければいけないのだと思う。「答はわかっている」と叫ぶのではなく、である。これを僕は「知的励起状態に置く」と呼ぶことにする。単純化された物語に落ち着くのではなく、この知的励起状態に耐えられるくらい知的に頑丈になる、というのが、現代人の喫緊の問題であるように感じるのである。
■[日記]孔子と雪かき仕事
最近村上春樹の言う「雪かき仕事」について考えていることが多い。人の目にとまらず、誰も知らないところで行われる誰の評価も受けない仕事。それでも社会の中では誰かがやらないと、その社会そのものが崩壊してしまうような重要な仕事。
先日、村上氏訳の「キャッチャー イン ザ ライ」を読み終えた。半分くらい内田先生の受け売りなんだけど、話の中で僕の一番好きな箇所が次の文章である。主人公のコールフィールドが、妹に将来何になりたいかって聞かれて答えたところ。
「だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子どもたちがいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、僕はいつも思い浮かべちまうんだ。何千人もの子どもたちがいるんだけど、ほかには誰もいない。つまりちゃんとした大人みたいなのは一人もいないんだよ。僕のほかにはね。それで僕はそのへんのクレイジーな崖っぷちに立っているわけさ。で、僕がそこで何をするかっていうとさ、誰かその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子どもをさっとキャッチするんだ。そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。」
この文章を読んだとき、そういう仕事って大切だよねって思って溜息をついた。誰からも感謝されず、誰からも評価を受けない、でも大切な仕事である。
ところで、知っての通り論語の冒頭である「学而」の3番目の文章が、
「人知らずして綋みず、亦君子ならずや」
である。この部分で孔子は、実は「雪かき仕事」について述べているのではないかということに思い至った。「人の目に触れない、誰もその仕事のことを知らず、自分の名前も知らない、それでも重要な仕事がある。」と言っているように今では聞こえる。訪れた土地で、孔子の名前を誰も知らない状況に憤る弟子たちに、孔子がそう言って諫めたのだろうか。僕はこの部分の重要性が今までどうしてもわからなかった。先立つ2つの言葉に対して、この言葉はそれらと並べるほど重要なのだろうかと釈然としない思いでいた。人が自分の業績や名前を知らないことに憤らず、平然としていること。それが大切なのはわかる。でもそれって君子と呼ばれるほどのことだろうか、と。でも、今やっとその意味がわかってきた気がする。雪かき仕事は君子の所業である。孔子、偉大なり。
■[日記]彼氏が喜ぶ料理
先日姉貴の家に滞在したときの話をもう一つ思い出した。姉貴の家で肉じゃがを作ったら、姉貴に
「彼氏が喜ぶわね。」
と言われた。何のことかわからなかったので、姉貴に半ば本気で答えてしまった。
「僕、彼氏とかいないよ。」
姉貴が言うには、肉じゃがは女の子が彼氏に作ってあげたら喜ばれる定番の家庭料理らしい。なるほど。確かに一番家庭の味が出やすい料理かもね。とちょっと納得。
■[日記]兄貴の洗脳に成功した
兄貴がついにIEを使うのをやめてFirefoxに乗り換えたらしい。長年勧め続けてきた甲斐あって、ここにまた一人レッサーパンダユーザーが誕生した。万歳。だからnr53も早く乗り換えればいいのに。


