「21世紀創作の現在」を中心にお送りするサイト。
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2012-02-09

作品は、聴く時、相対ではないので、アメリカンポップスどうのこうのとは別にただただ楽曲の素晴らしさというのはあるなぁと。
最近のスマイレージは、あやちょの声のアクセントの使い方が良いんかなーとか少し思ってます。あと、かにょんが普通に巧いので、メンバーの相対の中で目立つなーとか、ベースが出来るなーとか。安定感。
作品は相対ではないけど、メンバーは相対かもしれない。という時のハコの存在というのは、やっぱりあるなーと。
個人的には、あやちょ推しなんだけども、2期では、りなぷーという気がしてるので、ガーリッシュなのが好きなのかもしれないというか、スマイレージは最近のハロプロには珍しくガーリッシュなイメージがあるかも。ミニスカートとかもそういう事なんかな。女の子のキャピキャピ感。<死語っぽい表現だけど、そういう昭和感も感じつつ。
とはいえ、ボーイッシュなタケちゃんの唄が抜群に良いというか、娘。9期10期合わせても個人的には一番好きな唄です。
ふくちゃんの唄も結構好きなので、アップフロントは、やはり唄の事務所だなーとかちょっと思ったり。
りなぷー推しと言ってる割に、りなぷーの唄は、あまり印象にない感じなのだけどというか、その印象にない感じがよいなーというか、存在感が良いなーと。
成長を想像する楽しみというのは、やはりあって、若いメンバーには、どうしても期待してしまいますね。
逆に言うと、自分の心情的には、まだまだプラチナ娘。でも、パフォーマンスの高みに至って無いというか、そういう満たされなさを何とか次世代に頑張ってもらいたいというのはあるなーと若いメンバーを見ると思います。もっと上に行って欲しい。願望。
それは別にドリムスでも良いんだけど。次世代ってのは、これからやっていこうっていうもの全てに。その中で若い子の伸びしろはヤバいなーと。
こういうのは、常にアメリカンポップスという高いカベがあるが故の日本のアイドルシーンの特徴なのかもとも思います。安室ですら、レディ・ガガと比べると、か弱い感じもしますしね。
だったら、か弱さは売りだよねっていう表現法は探られていくんだろうなーという時の極的な表現形態の一つが日本のアイドル文化かなと。
しかし、その中でも、アクターズ以降というか、安室以降のアイドルは、かなり表現がハードエッジな方に向いて来てるというか、ある程度、唄って踊れる事が求められるか、求められないにしても、そうしないと少女たちのマネージメントが難しいんだろうなと。
そういう中で、タケちゃんは一定レベルで唄をクリアしていて、モチベーションも高く、一曲ソロでというと難しいかもしれないけど、スマイレージの中にいる分には、かなり、もう出来上がってるのではないかと思いました。すぐ中心に来そう。
で、タケちゃんが今モチベーション高く、今が素晴らしいとして、その瞬間のきらめきみたいのを肯定すべきかどうかは、アイドルの昔からの問題ですね。
それを肯定すると、=消費というか、=未来が来るのがイヤだに近くなってしまうというのは年配ファンというか、ファンじゃなくても、それなりにアイドルが大人から忌避されるのは、そのへんだろうなーと。
未熟なものを過度に評価するっていうのは、やはり危険性アリというか。それを交わす為の方便としての楽曲というのも、また方便である事がバレて来てるが故にアクターズ化というか、高橋的な方向性というのが一番良いのかなと。マネージメントの問題で。
しかし、「チャンス到来!」の素晴らしさを聴くと、これは伝統芸みたいなもんだよなーとか思います。絶妙なクリエイティヴィティというか、ポジショニングというか、メンバーの構成と楽曲の方向性の妙。ちゃんと創る為に「これ」だなぁというような。そういうマッチング。
