天野 翔のうた日記

2018-06-21 富士のうた(2)

富士の傘雲

  ふじのねの絶えぬおもひもある物をくゆるはつらき

  心なりけり         大和物語藤原実頼


  ときしらぬ山は富士のねいつとてか鹿の子斑に雪の

  ふるらむ          新古今集在原業平


  ふじのねの煙もなほぞ立ちのぼる上なきものはおもひ

  なりけり          新古今集・藤原家隆


  風になびく富士の煙の空に消えてゆくへも知らぬわが

  思ひかな            新古今集・西行


  富士のねを二十ばかりはかさぬとも麓にや見むわが恋の山

                     細川幽斎

  時のまにたなびき消えて富士のねは雲こそ山の姿なりけれ

                     中院通村

  ふじのねにのぼりて見れば天地(あめつち)はまだいくほども

  わかれざりけり           下河辺長流


  不二のねは山の君にて高みくら空にかけたる雪のきぬがさ

                         契沖


富士山の噴煙を詠んだ和歌は、西行にも見られる。当時は見慣れた富士の姿であった。

藤原実頼の歌: 私は噴煙の絶えない富士山のように熱くあなたを思っているのに、あなたは煙がくすぶる程度のはっきりしない心をもっていらっしゃる、と嘆く。

西行の歌は、彼が第一の自讃歌にしたという。

中院通村(なかのいんみちむら)は、江戸時代前期の公卿。古今伝授を受けた歌人として評価が高く、世尊寺流能書家としても著名。舅の細川幽斎に劣らぬ教養人であった。

下河辺長流は江戸時代前期の歌人・和学者。木下長嘯子に私淑し、俳諧連歌の祖西山宗因に連歌を学んだ。歌からは富士山に登って下界を見下ろしたように思えるが、本当だろうか?

2018-06-20 富士のうた(1)

田子の浦からの富士山

富士山の語源については、いくつもの説がある。古い記録としては、『常陸国風土記』に見られる「福慈岳」、また『竹取物語』に不死の薬にかけた話が出ている。

山容が富士に似た山が各地にあり、郷土の富士として名前がついている。それらについては、すでにこのブログで「ふるさとの富士」として紹介した。


  不尽の嶺に降り置く雪は六月(みなづき)の十五日(もち)に

  消ぬればその夜降りけり       万葉集・高橋虫麿


  田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りける

                    万葉集・山部赤人

  人しれぬ思ひを常にするがなるふじの山こそわが身なりけれ

                   古今集・読人しらず

  夜もすがら富士の高嶺に雲きえて清見が関にすめるつきかげ

                    詞花集藤原顕輔

  秋まではふじの高嶺にみし雪を分けてぞ越ゆる足柄の関

                   続古今集・藤原光俊

  ふじのねの燃え渡るとも如何(いかが)せむ消(け)ちこそしらね

  水ならぬみは             後撰集・紀全子


  我のみや燃えてきえなむ世と共に思ひもならぬ富士の嶺のごと

                     後撰集・平定文


万葉集・山部赤人は最も有名。現在の田子の浦は、工業地帯になってえいる。

古今集の作は、いかにもの掛詞を使用している。「するがなるふじの山」は、意味の上からは不要であることが、取り除いてみるとよく分る。

藤原顕輔の歌: 清見が関は、駿河国庵原郡(現・静岡県静岡市清水区)にあった関所。

紀全子の歌: 息子が殴り殺されるという事件(陽成天皇が殺した、という説あり)が背景にあるのだろうか?

平定文の歌: 後撰集の恋の部に入っている。色好みの美男伝承される。


[注]このシリーズで掲載した画像は、NHK BSテレビ「美しき日本の山々―富士山」ならびに「富士山―絶景の秘密」」から借用した。

2018-06-19 北鎌倉は紫陽花の時期

東慶寺のイワガラミ(webから)

国道沿いに咲いている紫陽花を見て、久しぶりに北鎌倉明月院あじさい寺)を訪ねて見たくなった。ところが横須賀線に乗った時点から混んでいて、北鎌の駅に降りて明月院に向かう道も長蛇の列。とても行けそうにない。そこで東慶寺を訪ねて紫陽花、あやめ、イワタバコ,ねじ花などを見た。実はここでの目的は、イワガラミを見てみたかったのである。だが茶店の門口に出ている案内板は、時期がすでに終わっていることを示していた。まったくついていない日になった。

イワガラミは、アジサイ科イワガラミ属の落葉つる性木本で、幹や枝から気根を出して高木や岩崖に付着し、絡みながら這い登り、高さ10〜15mくらいになるという。

右の画像は、東慶寺のwebから借用したもの。


     今年もやあぢさゐ寺に人の列

     墨跡展出でてねぢ花見つけたり

     東慶寺崖に見上ぐるイワタバコ

     珍しき紫陽花さがす東慶寺

     公開の時期見過ごしぬイワガラミ


  本堂の裏手に咲くとふイワガラミ今年の公開時期は過ぎたり

  文化人あまた眠れる東慶寺墓をめぐりて名前読みあぐ

2018-06-18 犬を詠う(12/12)

ダックスフント

  朝戸出の我を見上ぐる白犬の静かに夏の陽の中に老ゆ

                        吉村明美

  柴犬とダックスフントが朝の出会ひ ジーパンの女二人が会釈

  こぼれて                大久間喜一郎


  舌長くスープの皿をなめまわすむく犬はまだ目を描かれず

                        川口常孝

  室内に水ありしところ亡き犬はまたあらわれて水を飲みおり

                        高島静子

  犬が唄ひ夏椿散り豆腐屋自転車が息つきてゐる夕暮れの坂

                        藤井常世

  残り香も絶えて虚しき犬小屋のかたへの土にすみれ萌えをり

                        桐 初音


川口常孝は、スープの皿をなめまわすむく犬の絵を描いていたようだ。なお、むく犬は毛のふさふさと垂れた犬の俗称で、犬種ではない。

高島静子はありし日の愛犬の幻を見ている。

藤井常世は夕暮の坂の情景を歌にした。

桐初音も愛犬が亡くなって虚しく犬小屋だけが残った情景を詠んだ。

画像の犬はダックスフントでドイツ原産。ダックスフントとは「アナグマ犬」を意味する。巣穴の中にいるアナグマを狩る目的で手足が短く改良された。胴長短足の体型。

2018-06-17 犬を詠う(11/12)

チャウチャウ

  犬居らずなりし犬小屋とほるたび犬のかたちの闇がみじろぐ

                       丹波真人

  花の奥にさらに花在りわたくしの奥にわれ無く白犬棲むを

                       水原紫苑

  好色な男であるよ這ひのぼる蔓先までを嗅ぎめぐる犬

                       上村典子

  あるときはさみしい顔の犬が行くわたしのなかの夏草の径

                      小島ゆかり

  犬はふと胴震ひせり人間はそしてどこまで時雨れてゆくのか

                       小泉史昭

  歳月を押し流しゆく朝焼けの西貢(サイゴン)川の橋の上の犬

                       谷岡亜紀

  メロンパン犬と分けあふ昼さがりお前も私も微塵のいのち

                       渡辺茂子


 一首目: 確かに下句のような情景を感じることがある。

 二首目: 水原紫苑には思い焦がれている白犬がいるのだろう。

 三首目: 雄犬のふるまいを好色だと感じた。

 四首目: 作者の心象風景として詠ったものだが、比喩表現なので鑑賞は読者まかせになる。

 五首目: 「ふと」と「そして」の措辞が巧み。

 六首目: 上句と下句がよく呼応して歴史を感じさせる。

 七首目: この歌も上句と下句がよく呼応して、読者は納得する。

画像の犬種はチャウチャウ。紀元前から中国にいた地犬。古くは肉を取るための食用や、コートを作るために毛皮を取るための毛皮用家畜として飼育された、とのこと。現在は世界中に輸出されていて、愛玩犬やショードッグとして広く親しまれている。