2012-02-11
カノジョとワタシの29年
私が小学生の時、都会からとても可愛い女の子が転校してきた。まるでお人形さんのようなその子は、田舎の普通の、いや若干男の子みたいだった私とは全然違っていて、スラリとして、ハーフのような顔立ちをしていた。憧れの的だった彼女は、偶然私と家の方向が同じで、一緒に帰るようになった。それは中学に上がっても変わらず、朝迎えに行き、帰りは分かれ道で何時間もおしゃべりをし、毎日長話をする女子中学生として、近所で有名だった。彼女は頭が良くて美しく、とてもモテたが、コンプレックスの固まりだったはずの私はそれを卑屈に感じることなく、逆に友達であることを自慢に思っていた。話がおもしろく、いくら話しても飽きなかった。中3で同じクラスになった時には、良く一緒にしたなと驚いたけど、本当にうれしかった。卒業する頃には、私の身長が彼女に追いついた。
高校は別々になったが、それでも定期的に会い続け、大学時代も同じ地方に住んでいたため、お互いの下宿を行き来しては遊んだ。彼女は大学で生き生きと輝きを増し、私はコンプレックスダダ漏れの暗い学生生活だったけれど、私たちの関係は変わる事がなかった。どこかへ出かければ、2人して何らかの失敗をし、笑い話が必ずできた。一度だけ一緒に行った旅行も珍道中だった。社会人になって、彼女はそのままそこで就職し、私は地元へ帰った。会う回数は年に数えるほどになったけれど、それでも連絡が途絶えることはなかった。彼女が帰省すれば会うし、私が遊びに行ったりもした。そして数年前、彼女がこちらへ戻ってきた。会える頻度も増え、今も変わらず会ってはしゃべっている。
私たちは決して似ているわけではない。趣味嗜好も全然違う。それでも根っこのところでお互いをすっかり理解している安心感がある。本音の本音を言っても関係が揺るがないと思っている。いつでも救われてきたし、味方でいてくれた。それは本当にありがたいこと。かつて私は誰かのことを「親友」と呼ぶのをためらっていた。だって、それを思っているのは自分だけで相手がそうじゃなかったら虚しいもの。でも、大人になって随分経つけれど、今なら胸を張って言えるかな。私の大切な親友だって。彼女もそう思ってくれている、と信じている。一方的なラブレターみたいな内容になったけど、こういう場所だから言えることもある。この先それぞれがどこにいようとも、おばあちゃんになるまでこの関係は続いていくんだろう。そんな存在がいてくれるだけで、私は充分に幸せだ。











