May 23(Wed), 2012 大仕事終了
■[ひまつぶしんぶん][研究]
先週一杯、パリで行われた研究集会エコール・ド・プランタンに参加し、こちらの戦友二人とともに日本人として発表をさせて頂いた。こちらの博士課程の学生でない私にとっては、研究の一端を発表できるのは得難い機会。しかし初めてのフランス語での研究発表、海外で発表者としての学会参加…と、そもそも口頭での議論にやたらとコンプレックスのある自分にはかなりハードルが高い機会だったのだが、とりあえず、出来るだけ多くの人に理解してもらえるような発表をすること、何が何でも全日程参加し、分野が近い人とは出来るだけ話す!という目標を課して臨んだ。
というわけで、ドイツ、イギリス、フランス、カナダ、アメリカ、そしてイタリアから集まった40人近い発表者の議論を全て聴き、ゲストの講演や座談会を聴き、コーヒーブレイクや立食形式の昼食、さらに毎晩のカクテルパーティ、演劇見学に参加し、合間に、発表についてあれこれと話したり、他の国の学生と博士課程事情や就職事情について話し合ったりした。フランクな交流時間がかなり多めに設けられているので、既定の質疑の時間内では考えがまとまらなかったことを、後から捕まえて質問したり出来るのは有難かった。シャンパンの助けを借りて偉い先生にも突撃したり…。
とはいえ、酷く消耗するアクティヴィティ続きで、何とか最後まで生き残れたのは、共に発表した戦友、応援に駆けつけてくださった先輩や友達のお蔭である。
最終日の会場は、ドイツ美術史センター。ここでドラクロワの古代ギリシャ・ローマ表現における文学・理論の応用というテーマで20分の発表を行った。「芸術と知」という大テーマのもと、始め三日間のプログラムは、狭義な美術史を越えたヴィジュアル・カルチャーや美学の範疇にかかるものが多く、自分は保守的過ぎるのでは…と不安に思っていたが、最終日は中世から時代を下っていくプログラム構成で、アンシャンレジーム関連の後でやりやすかった。質問はなんとか切り抜けたものの、あとから「もっと自信を持ってアピールしなきゃ」「チャンスなんだから発表時間に言えなかったこと全部しゃべるくらいでいいのよ」などと言われ、その後三日ほど言いたかったことが頭の中を渦巻いてうなされるなど。
個人参加の学会ではなく、もとが先生方のネットワークを主体としていることもあり、議論は活発で激しいときもあれ全体の雰囲気はあくまで温か。その分、たまに寄せられる賞賛の言葉の中に「極東の方なのによく頑張って」的なニュアンスが感じられて素直に喜べない気分になることも。しかも、「(英語帝国主義に対抗し)参加者が母国語で発表が出来ることを重視し」英仏独伊が公用語の中で日本枠というものが存在し、その中で主に仏語英語で立ち回るというのはこれどういうこと?なんて考え出すと余計よくわからなくなってくる。
今、私達がおそらく昔と比較すると想像を絶するくらい恵まれた環境で研究を進めることが出来るというのは、先生方始めとする方がたの活躍のお蔭であるところが大きい。そこに甘えずに、自分が何者であろうと納得してもらえる研究成果を出して初めて自分が何者かなんていうのは意味を持つこともあるのであり、まあ、要は、くよくよ考えている暇があれば研究して成果を出して、聴き手も「極東の方が」なんて思いつく暇がないくらい夢中にさせなきゃと思うし、そんな心配をしなくていいくらいのものを持ってってのスペシャリストだと思うわけである。
修業は続きます。
May 21(Mon), 2012 モザイク・バルセロナ
■[ひまつぶしんぶん][旅]
比喩じゃなく、本当にバルセロナのモザイクばかり貼ってみよう!全部ガウディ。
これはお洒落大通りパサージ・ディ・グラシアのタイル。濡れると模様が浮かび上がる。
この辺りは主にグエル公園。エウゼビ・グエル氏はガウディの才能に惚れ込んで次々に注文を与えては彼にお金をつぎ込んだ。バルセロナに、こんなにみょうちくりんなぐにゃぐにゃしたイキモノのような建物が立ち並び、その余波で周囲の中世以来の歴史的な街並みすら、どこか他の都市で見るのとは違った異彩を放つように見え、いうなれば街全体がちょっと空間のゆがんだようなワンダーランドになっているの*1の立役者の一人は彼、というわけだ。
というわけで、まあお金に余裕のあるみなさんは、面白いひとを見つけたらどんどん資金提供をするとよろしい。とかく芸術はお金がかかるし、一見無駄なくらいお金がかかる。でも、ただ夕食までのお腹を満たすためのお菓子を作ってもらうのと、感動するお菓子を作ってもらう、つまり口に運ぶ前から極上の感覚に満たされて食べている間は嫌なことも全て忘れ、食べ終わった後も思い出すだけで幸せな気持ちになり、夢でその感触を繰り返し味わえるまでのお菓子を作ってもらうののコストは違うし、お菓子は自分だけしか食べられないが、芸術は周りの人も頼んだ人と同じだけその分け前にあずかれるのだ*2。上手くすると自分の名前も残るよ!
May 12(Sat), 2012 太陽をおすそわけ
■[ひまつぶしんぶん][美術][旅]
さて、バルセロナ。目当てのドラクロワの回顧展についてのレビューは勿論やりたいし、石を投げれば当たる勢いでガウディに出くわして随分と彼の印象も変わったのでそれについても書きたいし、ドミトリーで一緒になった韓国の女の子二人組に恵んでもらった化粧落としが如何に素晴らしかったかなんて熱弁したいし、タパスと安ワインの素晴らしさについては実技付きで披露したい(って打ったら最初に「疲労死体」がでてくるんだけどどうなってんの私のパソコン?)のだが、いかんせん時間がありませぬ。
さりとて写真は山ほど取りましたので一部御高覧奉りたく…今日は太陽光線を集めてみました。
カタルーニャ大聖堂。目の前では蚤の市。最近蚤の市のひかり物を見て目を肥やすという、やはりいつ使うかわからない技術の習得に力を入れてます。
その側の、もと貴族の館、だったっけ。
カタルーニャ音楽堂。ガウディのライヴァルの作。住みたい!
これはあれですぞ!
あまりにも有名なサグラダ・ファミリア内部。思わず飛び跳ねたくなるくらい明るく開放的で、カメラを向けると観たときの印象がわりと再現出来てしまうフォトコンシャスな空間。ガウディの宗教観が気になっちゃうな。
ちなみに、ゴシックの大聖堂の内部ほど、カメラを向けてみて改めて人間の眼の性能にため息をつきたくなる場所はない。多分中世のカテドラルが与える印象は、その中に身体を置いているけれど、その全てを把握することは出来ないという感覚に由来する不気味さであったり威圧感であったりする。
ここは入れ物はまるでゴシックの大聖堂なのに、見通しがよく、どこに立っていても360度回転するだけで見取り図が描けてしまう。写真も驚くほど綺麗に取れる。かといって、視覚への刺激に特化してるみたいな印象を与えるわけではなく、むしろ触覚的、というか、全てが自分の手に届くような、触ってその肌触りや温度まで確かめたくなるような、目に愉しいぼこぼこに充ち満ちている。
ところで、この一つ前までのは、どれもラテン十字形の交差部分を撮影しているのだけれど、ここの柱には、それぞれマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネという四人の福音書記者(新約聖書を描いた人)のシンボルをかたどった大きなガラス(七宝?タイル?)のメダイヨンがはめられているのが見えると思う。それで、私はルカ(シンボルはライオン)のメダイヨンのキーホルダーがあるに違いないから買おうと決意してお土産屋さんにはいたら、なんと作っていないらしい!私ならあの大聖堂を見せられて一つお土産グッズ作るならあれをモチーフにすると思うんだけど…勿体無いったらない。
April 27(Fri), 2012 まことしやかな噂
■[ひまつぶしんぶん][研究]
パリで研究生活を送る学生たちの間で誰からともなく耳にする魔法の言葉…「研究ってオトナの仕事だから」。夜半過ぎて進まなくなって気持ち沈んで駄目だこりゃと思ったら、冷蔵庫のビールの栓をシュポっとあれしたり棚の奥に秘蔵してあるリキュールをちょろっとあれしたりしちゃったらいいんじゃない?っていう意味らしい。たまには美酒の精に真理の神様との取りなしをお願いするというわけだ。
でも、これって、誰も続きを言わないけど真相はこうだと思うのよね。
やったことのある人ならわかると思うけど*1、夜中にアルコールが寄越す神様ってやつはろくなもんではない。確かに恐ろしいほどに気持ちよく書ける。疲労との合わせ技で、ほぼ忘我の境地でメロディーを叩き出し、すっかり満足してパソコンを閉じて眠るわけだ。翌朝、目が覚める。うきうきしながら文章を開くと、まあ、酷いもの、自分が書いたとは到底思えないような穴だらけぼこぼこな稚拙な文章が目に入るわけです。あ〜あ、しょうがない神様呼んじゃったものだ!あとはお日様の出ているうちにコツコツ書きなおすのみ。つまり、大人の秘密が役に立ったのと言えば、絶望を追い払うことくらい。時間は完全にロスするし、無意味に終わった半徹夜で体力は時空の隙間にもぎ取られる。というわけで、我らが同志、絶望とは、出来れば大人の魔法に頼らずに仲良くやる方法を考えましょう!というお話でした。
*1:私もこう書くくらいだからやったことは勿論あるのですが、最近滅法酒に弱くなって…いたりはしないが、この下に書いたようなな理由により最近は全然やってません。




















