訊くは一時の恥っていうでしょー
男子たるや一度は経験したことがある「雪におしっこで絵を描く」行為を表現しきった作品だ。ユーザーは尿ボーイ(勝手に命名)の尿をマウスで自在に操り、絵や文章を描く。描いた作品はメールで送ることもできるというもの。
放尿後の満足しきった顔がなかなか良い。何かを成し遂げる素晴らしさを教えてくれた。さあ、あなたも尿ボーイを操って気になるあの子へラブアタッ〜ク!ラブメールは何時も突然。匂い立つようなかぐわしき尿の香で包んでおやり。
●a-e-i-o-u経由
のメールには基本的に返事を書かないことにしようと思っていたのですが、一番最初に送ってきてくださった人にだけメールしようかな、と今、思いつきました。何事も記念、記念の記念仙人ですよ。こうやって人と人のつながりを大切にする、日日ノ日キこれからもよろしくね!
と思ったけど、内容によっては、ツッコみたくなったらメール送るかも知れません。期待しないで待っていてください。好評なようで設置して良かった。どうもありがとうございますー。
ちょっと気になってるのでメモメモメモ。人は何故、日記を書きたがるのか。そして何故、公開したがるのかということを考える手がかりにしております。
日々うろおぼえ記(id:nazoking)
http://d.hatena.ne.jp/nazoking/20031115#1068833823
蜂女の人には足元に及ぶべくもない上にあの人には当てはまらないだろうと思うからつまり全然関係ないのですが、自分も最初は日記みたいなことをしていたのにいつの間にかネタはりに成ってしまっているのでその心情をここに貼っておくとつまり「自分の中には語るべき言葉などなかった」という寂しいところに帰結するのです。自分の中の言葉など大したことはなく、というか引用元の人の言葉なんかよりおもしろいことが書けるわけもないのでそれを自分がコピペすることによって、なんか自分もおもしろくなったような気がするという感覚なのです。キーボード上からctrlとCとVのキーがなくなってしまったら僕は死んでしまうかもしれない。
確かに蜂は当てはまらないでしょうね。nazokingさんも指摘されていますが、読者を意識して書きはじめるか、読者を意識せずに書きはじめるかというところにヒントが隠されているような気がします。
以前の私は似たようなサイトばっかりで意味わかんねえよ!くだらねえ!と悪態をついておりましたが、実行するのとやらないのでは全然、違います。やってみないと見えないことがたくさんあるわけで、やってもいないのにやったような気になって人をバカにするバカだったなあと当時を振り返ります。やらないよりはやった方がいいし、やっているうちに不明瞭だった感覚が鮮明になっていくってのも、オツです。何もやんないで文句ばっかりいってるチキン野郎より百倍マシ。「キーボード上からctrlとCとVのキーがなくなってしまったら僕は死んでしまうかもしれない。」というのは詩的でいいですね。そのまま本のタイトルになりそうだ。ソレ、誰か書くんだ、一体。俺達、サンプリング世代!コピれー!
K氏の読む価値なし終日記(id:kimagure)
http://d.hatena.ne.jp/kimagure/20031112
うちの場合(証拠/一部)は、メッセで知り合いに「こういうオモシロ記事を見た」ってURLをガンガン投稿していた時に「これならニュースサイトをやれるかもしれない!」と勘違いして、スタートしたのがきっかけ。
ホームページを始める→巡廻サイトが増える→オモロ記事を見つけて、紹介するようになる→オモロ記事集めにハマり、紹介数が増える→コメントや日記を書くのが面倒くさくなる→羅列型ニュースサイトへ、って過程だと思ってます、個人的に。
私もそれに近いです。お気に入りが日々増殖していくのを食い止めるために、掲示板でオモシロサイトを紹介したり、Bookmarkというページやリンク集を作っていたのですが、メモったあとに参照しにくくなんとかしたいと思ったのでした。いかんせんバカなので画像や内容を記しておかないとあとでなんだったのか忘れるということが多いし、あとでどうしても見たくなった時にページがどこだかわからなくなるという苦い経験も後押ししました。それでも最初は日記なんだから日記を書こうと思っていたのですが私は日記を書こうと思うとわざわざネタを作るために生活ををはじめだし(前の日記がそうだった…)ほっとくと日記にコントロールされてしまうので書きたいことだけ書くようになりました。もともと、日記は昔っから書いていたのですが、それにもいわゆる日記みたいなこと*1は書かずに、その時、考えていることや映画や音楽、マンガの感想、本の引用などを書いていて今の日日ノ日キに近い感じです。あと、中高の時に使用していた手帖の使い方*2や社会人になって使っていたネタ帖や新聞、ニュースのスクラップなどが加わりました。とにかく私は何かを切り取って情報やネタ、考える材料などを自分なりにカスタマイズして使いやすいようにするのが大好きな人間なのでその習性を存分に発揮できて更新が楽なはてなは水にあったというところでしょう。
先に習慣ありき、というタイプ。習性なので書くことは苦痛ではないし、ネタ集めももともとやっていたことの延長なので、無理はしていない。めんどくさい日や体調悪い日はテキトーだったりかなりイイカゲン。自分内ルールをゆるめに設定してあるのでこれだけ続けられたんだと思います。日記じゃないから書かない!とか、ここはテキストサイトだからサイトの紹介はしない!とか、ニュースサイトだからコメントは書かない!とかがちがちに決めると途端に続かなくなるダラシのない人間なので。けれど、実際に見ているサイトというのはテキスト系もWeb日記もURL言及型もBlogもはてなもなんでもよくってジャンル分けして良い悪いを決めることはなく、興味があるかないかがサイトを見る基準になっている、この私がどれか一つのジャンルに絞って何かをやるというのは不自然で無理があるのですよ。だから、バカサイトを紹介してみたり、ニュースや事件をネタにして書いてみたり、そうかと思えばはてな研究家になってみたり、仕事のスクラップだけ淡々とやってみたり、その日や時間によっていくつもの顔を使い分けているのです。他の人もそうだと思うのですが、どうなんでしょう。ストイックなサイトもクールでいいんですけど、私はそれだと疲れてしまうので今のペースや、やり方がわりと気に入っています。
ただ、最近はもうちょっと長めの文章や音楽の紹介、集めたネタから発展して考えた企画とかを出せるスペースも作りたいなあと思っていろいろ画策してますが、形になっていません。でも、がんばりますよ、自分のために。
追記:
恐がり - 模倣犯(id:kowagari)
陰謀史観的ブログ観測
http://d.hatena.ne.jp/kowagari/20031115#1068861231
元々面白文章や面白企画をしこしこ書いていた人たち(一次情報提供者)までもがクリッピングを始めて、クリッピングに時間を取られるので面白一次情報発信の絶対数が減って、結局大きいマスコミ(?)の発信するあんまり面白くない一次情報がたらい回しでネットをかけめぐって、大きいマスコミじゃない人たちの「取材力」と「表現力」を削いで骨抜きにするのがブログの遠大な使命のような気がしてきた。
全員が右ならえで流行のネタしか追わなくなったらオモシロクないわけで、それぞれがそれぞれ勝手に好きをまっとうしていくのが楽しく続けられる秘訣なんでしょうね。アニの言う危惧ももっともなのですが、流行に飛びついてやりはじめただけの興味のないクリッピングは最初だけで、淘汰されていくと思う。私の経験からするとですが。
この世には何が好きなのかわからないという無自覚な人もいるわけで、とりあえず、興味のあることを並べていく、というのも好きを見つける方法でしょう。それはそれで応援したいし、自発的に何かをはじめる、ということは良いことだ。あとは自分がどう楽しめるかがポイントなので何に楽しみを見つけるかはそれぞれが考えれば良い。きっかけは何だっていいと思う。ただ、何も考えないでなんとなく羅列していい気になって勘違いしてるだけだと意味ないですけどね、そりゃあ見せアンテナと同じだ。感じなければ何もやらないのと同じこと。見栄を貼るならリンク貼れってことっすか。なんだかわからないが。
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→続き
このネタを取り扱ってるサイト多いですね。自分を含めてですが。誰かリンク集でも作ってくれればいいのに…。って自分でやれって感じか。ボディーブローのようにじわりじわりとやってきて、事件の話から発展して、「夢見がちな少女論」「不思議ちゃん」「Web日記で自己表現」「WEB日記→ニュースサイトの変化」「ロリコンインテリ批判」「矢沢あい」などなど多岐に渡っていて興味深いです。一つのネタでこんだけいろんな意見が読めるのはネットの利点ですねと使い回されたセリフが頭に浮かんだ。

一人の作家の作品を年代順に読んでいくことではじめて分かることがあるのでは? 受け手2.0の一つのかたち。今までにないそして今までの血肉を受け継ぐ大島弓子批評です!すべてはわになったぁ!
●取扱店※随時更新
バサラブックス(吉祥寺)、タコシェ(中野)
多読、それが愛。これは、一人のマンガ狂のドキュメントです。今まで書いたマンガに関するレビューと論考を中心に一口感想など、口当たりまろやかなものから読み応えあるものまでさまざま。作家別の紹介コーナーでは、『ゆずシリーズ』から見える作家の姿・須藤真澄、早すぎた天才・ロクニシコージ(!!!!)などを取り上げています。2008年はマンガソムリエ元年!を提唱する私として、どこからどの切り口で知らないマンガに出合っていくべきか? を模索する初手・一手として!

今までのインタビュー、論考、レビューと『サマースプリング』の続編にあたる文章を掲載しています。ライブ会場などで手売りしてます。残僅!
自分が想像できる一番、酷いことをしなければならない。 処女作が発売中!平成少女の新定番★美化と共感を許さない少女のリアルとドキュメント。少女の“ほんとう”を覗いてみませんか? 入手困難だと大絶賛中なのでこちらからポチっと!救済ボタン。
復刻に携わりつつ解説も書きました。自信をもっておすすめできる隠れた名作!2009年の今、いっきに一冊読むことではじめて分かる?物語?があなたとの出合いを待っています。[詳細]
パンドラ Vol.3 SIDE-A(講談社BOX)に寄稿。引き続き挿画はロクニシコージ先生!5万円が神様じゃないなら私たちは何を信じればいいのでしょうか。シリーズ完結編で、まさかのボーイミーツガール!信ジタイモノヲ信ジマス……。
を寄稿。お料理ホラーです。そんなジャンルはありません。今作りました。インテリ度数200%のメルマガの箸休め的存在?料理で何も解決しないものをと思って書きました。料理で何でも解決しすぎなんだよ!解決とかどーでもいいんだよ!問題提起オンリーでいいんだよ!という話。ではない。
2008年、盛り上がりを見せるゼロアカ道場!地方都市というテーマで依頼をいただきました。発行主の批評家・藤田直哉氏にセクハラまがいのインタビューを遂行した結果で出来上がった雪ちゃん2.5ともいえる物語です。
パンドラ Vol.2 SIDE-A(講談社BOX)に寄稿。挿画はあのロクニシコージ先生!不穏さの伏線ばかりが目立つまま「回収しないのかよ!?」というツッコミが幻聴で聞こえてきますが3まで我慢してください!(ヒドイ……)
「子宮で考えない大島弓子論」を寄稿しました。位置づけとしては橋本治さんの『花咲く乙女のキンピラゴボウ』に呼応するかたちになっております。その続き。そして、はからずしも橋本治さんのトリュビュートエッセイも載っていたので、繋げてくれた!という想いが溢れました。続いていく。繋がっていく。永遠は、あるよ。
追悼文「拝啓、赤塚不二夫さま。あなたを愛しております。」を寄稿しました。「バカにみえるためになるには」を脱稿した時には想像できなかった訃報。前衛家の大先輩・赤塚不二夫先生に最大級の敬意と愛を込めて。些細な矛盾をあげつらうより面白さを楽しみたい! そういうことを忘れがちな神経症の時代(by.宮崎駿)にこそ、ユーモアが欲しい。
「バカにみえるためになるには」を寄稿しました。私たちを自由にしてくれた赤塚不二夫先生に最大級の尊敬と感謝の念を込めて。赤塚批評やエッセイなどはかなりあるので、ちょっと趣向を変えて書きました。赤塚不二夫入門編としても最適な一冊。
音楽に詩はない。感情がない。ならば、あえて「文字」をクローズアップ。CDには蕎麦×薔薇テキストが付属されています。無関係な情景が音の中で化学反応を起こし、世界が瓦解する。
2004年にスイス、チューリッヒにて、フレディと録音したアルバム「Duos 21-27」というのがあるのですが、そのときに収録されなかったテイクがCDになりました。曲名を付けたのは私ではありません。
14人の女性ボーカルが参加、異種交配的組み合わせな豪華アーティストたちが共演するアヴァンギャルド〜ポップの往復切符。「Lion feat.Serph」で、まさかの歌姫参加しています。プロデュースはヒデノブイトウ!
ニコニコ動画や初音ミク等の普及で同人音楽なるジャンルにスポットが当たる昨今、東方アレンジCDに群がるヘッズ(クラブ風に)を横目にしつつ巷の空気を全然読まずに作られ、萌え系電波ソングはおろかボーカロイドもケルト風味も強烈なハードコア要素も一切ないこの「コンピレーション」は、果たして同人音楽か何なのか?(BLICK IMAGE LIMITED より)
物理的な現象とその概念をテーマに制作活動を行うレーベルとして、その圧倒的なまでの作品群によって国内外で絶大な支持を得た『WrK』を運営してきた佐藤実 (m/s, SASW)が、ハウリング・ヴォイスという特異な奏法によって、即興演奏/音響シーンのみならず各方面で異彩を放ち続ける吉田アミのために1997年(!)に作曲・録音された作品' COMPOSITION for voice performer 'が、10年の時を経て8cmシングルCDとしてリリース!(ao to ao より)