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厚木と中野ではたらく教授・牟田淳の奮闘日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-06-04 10年後、そして20年後 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

昨日はフェリスの懇親会。

横浜きれいな夜景が見えるとこ。

横浜夜景がきれいです。今度は夜景写真でも撮ろうかな。




さて、その後、横浜に行くと、駿台予備校が。

駿台予備校入り口ポスターには清史弘先生と雲幸一郎先生写真がありました。

4人の看板講師写真があったのですが、そのうち2名が僕が知っている雲先生と清先生です。

すごいなあ。

10年ほど前、僕が大学院生でSEGにいたころに、その二人の先生もSEGにいらっしゃったのですが、そのころと比べあまり顔はかわっていらっしゃいません。雲先生とは話したことないですが(あったかも)、清先生とは話したことあります。


10年後、いまや日本予備校界の看板講師です。





さて、家に帰ると天安門事件20周年のニュースが。

あの事件の翌日の一時間目直前、東大駒場の教室で授業開始を待っていると、中国人留学生が教壇に上って『一緒にデモに行こう!』と呼びかけてました。駒場から六本木中国大使館はすぐです。でも理系クラスなので日本人は関心が皆無でした。あの時の緊迫した彼らの雰囲気は今でも覚えています。

あの頃は東大駒場にもレーニン体育館があったり(トレーニング体育館の『ト』と『グ』の文字がはずされてレーニン体育館に)、CCCPなる生協があったり(COOPの『O』が『C』に塗り替えられていた)、、、、

東大っておそらく、学生運動系の学生が最後までいた所なんでしょうね。筑波大にも工芸大にも大東文化大にもフェリスにもそういう人々はいませんでした。

20年後、時代もかなり変わりました。あの時の中国留学生、今の中国の繁栄をみてどう思っているかなあ?