・古澤さんのSAPインサイトに(金曜の京浜東北終電間際の新橋駅の酔漢のごとく)からんでいる記事
・えすえいぷ〜モノ関連での下請け階層の最下層に蠢く或る極超零細企業の活動に関する記事
・「俺、昔遣ったこと有るんだよ聞いて呉れよ。」つまりは「いつの話だ。カエレ!!」という記事
早合点、決めつけ、調査不足に基づいて論旨展開を行っております。
○○の設定はこうやればできる!といった情報はありません。
何らかの解決を求めて検索エンジンで辿り着いた方には深くお詫び申し上げます。
SAP関連の情報は、http://service.sap.com/ 、あるいは他の真っ当なサイトで入手なさることをお勧めします。
ご意見・酷評はトラックバックにてお願いします。
2011-03-03
履歴書書き
稼ぎ口探し継続。新たな稼ぎ口候補が一件出た。面談するかどうかは職務経歴を見てから判断するとの由。先方から職務経歴込みで履歴書を寄越せという指定がある。学歴も書くよう指定があった。
学歴
要るとは思えないのだが*1書く。わずか数行の学歴を書いたところで嫌なことを思い出す。修士二年の春に生化学を辞めようと就職先を探したのだが、当時の好況下でさえ「数学とか情報科学とか物理までなら考えなくもないけど、生化学で修士持ち?要らないYO!面倒だから応募スンナ。」と、五、六社から断られた。そんなこと。既に二十数年前のはなしだ。
職歴
十年以上前の話を書いてどうなるとも思えない。職歴も直近三年くらいでいいじゃんとか思うのだが、一応書く。こっちもわずか数行だが、勤務先の履歴を書いていて嫌なことを思い出す。一社目で冷や飯食いセクションに配属されて数年が過ぎ辞めようと思い立ってから二社目が決まるまでに二十社ほどと面接。当時'90バブル崩壊後とはいえ、その間約二年。で、待遇面を含め細かい条件の話に至ったのは三社くらいで、他はことごとく「え!?まだ職務内容詳細すら...」ってな迅速さで断られた。こちらも既に十五年以上は前のはなし。
職歴(2)
二社目と自営になってからは短期単発ものが多く、これらの期間の職務経歴が散漫なかんじでもある。致し方なし。
そんでもって
もし『応募を断られたところも列挙する』というのが世間の慣行であったなら...一発で落ちる履歴書だろうなぁと思った。そうでなくても一発で落ちるかもしれんけど。
どっかに潜り込むなどと絵空事を考えても、五社、二十社、と来たからには、今度は百社くらい応募しても、百社全てから門前払いかもなぁ...などと思ったりもした。
十数年以上も昔の嫌なことを細部にわたって鮮明に思い出すことはない。細部が摩滅してしまい、記憶というよりは、読み知った知識のような記号的な何かになってしまっているかのようだ。
2011-03-04追記
俺の記事にしては12件と異様にブクマがついて新記録。この記事でなぜに?と驚いた。皆さん履歴書書きでは思うことがあるのだろうと理解する。
これから目にする人もいるかもしれないので以下に補足。両方嫌な思い出だが、相手の反応は尤もなものだと思っている。つまりは嫌な思いの原因は俺にあると思っている。
就職時点の話は採用側からすれば当然だと思う。俺が採る立場だとしても「そんな中途半端なこと考える手合いは、きっとろくなもんじゃねぇ。」って言うだろう。当時、試験くらいは受けさせてやるよって応じてきたのは三社だけだったが、揃って投入した頭数なり人月なりが稼ぎの源泉でそれなりに人の回転の速い企業であった。その時は有難く思ったが、いまとなっては、人月ビジネスで人の回転の速いところならそうするのも有りかくらいに思う。
就職先となったSI*2の採用の最終面接で、それまでの二回の面接の面接官である二名のマネージャーの判定が揃って“積極的に採らなくても良い人材”であったことを告げられてもいる*3。つまりは頭数ビジネスなので、人数あわせだかなんだかで入れてもらえたのだろう。
その二名のマネージャーの読みは当たっていたようだ。自分には落ち度もなかろうに冷や飯食いセクションに配属されたて理不尽だと思っていたわけだが、今となってはこれも尤もなことだと思っている。後に聞いたところでは「あいつの仕事は人並みのこともあるが外れも多くて使えない」というのが当時の評価であったらしい。俺もそんな奴使いたくはないし、社内に冷や飯食いセクションがあれば「そいつはそこに突っ込んじゃえよ。間違ってもそんなのを引き当てないように。」って言うだろうと思う。
