「おおかみこどもの雨と雪」評。生は喜びで満ちている

 さてさて、見に行ってきました。細田先生の「おおかみこどもの雨と雪」。早速ですが第一印象は「号泣メン!」。もう涙が止まらなかったよママ。その理由は後述するとして、全体の印象はテーマ的には「もののけ姫」へのアンチ(柔らかい意味での)、そして映画の雰囲気としては岩井俊二の「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」の輪郭が柔らか〜いジュブナイル作品と捉えることもできる。

 作中では、随所に「もののけ」を意識したと思われる構図が散見された。なるべくネタバレしない様に書くと、雨と「先生」が森を走る場面なんかはそのまんまに近いし、そもそも狼と人間のハーフ、という設定自体が非常に「もののけ」に近似している(まぁサンはハーフではないけどね)と言える。

 これは意図的な細田監督の演出なのではないかと思う。「もののけ」で宮崎駿監督は、人間と自然、そして人間と人間の間に存在する無理解と虚無の混沌と絶望の中で、それでも微かに、ほのかに交わりながら、少しだけ接しながら、本当に牛歩のあゆみで共に生きることへの希望を描いた。タタラ場の屋上にハンセン病の重病患者が居た。その包帯でぐるぐる巻きになった病身の長老はこういった。

「お若い方。私も呪われた身ゆえ、あなたの怒りや悲しみがよくわかる。わかるが、どうかその人を殺さないでおくれ。その人はわしらを人として扱ってくださったたった一人の人だ。わしらの病を恐れず、わしの腐った肉を洗い、布を巻いてくれた…生きる事はまことに苦しく辛い。世を呪い人を呪い、それでも生きたい。どうか愚かなわしに免じて」

 包帯の奥の、恐らく光を失ったであろう長老の眼が濡れている。「もののけ姫」の基本的な人間観はこれだ。世を呪い人を呪い、それでも生きたい…その先にほのかに、微かに見え隠れする希望。「生きろ」というのが本作のキャッチコピーだったように。勘違いしないで欲しいのだが私は「もののけ姫」は宮崎監督の最高傑作だと思っている。しかし、やはりそこには「〜でなければならぬ」というある種の説教臭さを感じないわけではない。「生」とは「苦痛」と「絶望」が前提となって描かれているからだ。

 この点、細田守監督は、本作「おおかみこども」で明確にこれを否定している様におもう。生きること、生とは、そこまで絶望と苦痛に満ちたものなのだろうか?いや違うはずだと、細田監督はいっている。この作品は単純に自然や田舎暮らしを礼賛し、逆に都市の殺伐とした無機質さや近代合理主義を否定した作品ではない。寧ろ自然とは辛く厳しく、人間にとって災厄をもたらす過酷な存在として描写されている。

 しかしそれでも「生」は喜びで満ちていることを細田監督は雄弁に本作で物語っている。ある老人が、「なぜ笑っていられるのか、笑うな」という台詞に対し、母は笑うことを止めないというシーンがあった。このやりとりがこの作品の全てではないだろうか。生は喜び、生は笑い、生は笑顔の源。なるほど確かに険しい顔で「もののけ」の様に人間と文明に向きあおうのは良いかもしれない。しかし、そこまで世界は厳しくはない。そこまで世は絶望と不幸に満ちているわけではない、と細田監督は訴えているように思えてならない。

 本作は、総じて実に台詞の少なめな作品である。母親と「おおかみおとこ」が出会い、子育のシーン。雨と雪が学校に通い、高学年になっていくまでのシーン。どこにも、一言の台詞も存在しない。すべて映画的演出でそれを表現している。正にアニメらしさのすべてを凝縮し、映画らしさの全てを体現している演出として第一級である。

 本作の舞台は監督の出身地でもある富山県上市町である。私は富山に行ったことがないからわからないが、ほんとうに美しい景色や自然に「雄大な景色」「とてつもない絶景」「日本人が忘れていた光景」などという陳腐な言葉は、実は一切必要がないのだな、ということをこのアニメで思い知った。ほんとうに綺麗なもの、ほんとうに美しいものに説明はいらない。ただ見せれば良い。大げさなアニメ的装飾も、巨乳もメガネっ娘もロボットも、けばけばしい声優の演じる美少女も、本作の前ではただただ無力である。

 「生きる事はまことに苦しく辛い」とした「もののけ」に対し、「生きることは喜びと笑顔で満ちている」と、ただの一言の台詞も挿入させず、アニメ的演出でそれを語った本作。私はラスト・シーンも秀逸であろうと思う。父がそうであったように、彼もまた離別ではなく、いずれ笑顔で帰る日が来ることを予感させた。

 富野監督が言ったように、珠玉の大傑作が誕生した。劇場に行かなければモグリである。

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http://news.nicovideo.jp/watch/nw316634


(C) 2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会



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