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2012-12-30 中沢啓治先生はやはり偉人であった

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 先日、「はだしのゲン」の作者である中沢啓治先生肺がんにより逝去されたという報は記憶に新しい。

 「ゲン」を幼少時より慣れ親しんだ私にとって、この報はショックこの上ない事と共に、改めて「はだしのゲン」と中沢先生の偉大さを噛み締めるものである。

 「ゲン」は本当に不幸な漫画であると思う。評論家呉智英氏が、こう言っている。

”「はだしのゲン」は二種類の政治屋たちによって誤解されてきた不幸な傑作だ。二種類の政治屋とは、「はだしのゲン」は反戦反核を訴えた良いマンガだと主張する政治屋と、反戦反核を訴えた悪いマンガだと主張する政治屋である。”

 近年では、ほうぼうで「ゲン」の評価は後者の方ばかりが独り歩きしている。やれ作中に日本軍三光作戦支那戦争中)の捏造があるとか、天皇昭和)の戦争責任糾弾するシーンがあるとか、そして朝鮮人強制連行徴用工に関して)のこれまた酷い事実誤認捏造があるとかいった風で、ゲン=左翼漫画というふうに貶める内容になっている。確かに中沢先生は終戦時に6歳(=被爆時)であるから、大陸戦線朝鮮統治時代を知るよしもない。

 要するにこの部分は、戦後の伝聞推定で勝手に描き上げられている妄想である。これと同じ現象は、ラバウル戦線に出征して左腕を失った水木しげる先生もそうで、作中に「日本中国朝鮮人を馬か牛のようにこき使った」などとまたぞろ古色蒼然とした自虐史観オンパレードである。尤も、水木先生の場合は終戦時には成人しているが、南方戦線しか知らないはずなのでやはり大陸のことについては伝聞推定の妄想のたぐいだろう。

 

 しかし私は、昨今この様に「はだしのゲン」が低く評価されることには猛烈な違和感を感じる。大体、「ゲン」を左翼漫画だと批判する人々は漫画全巻を通読し、更にアニメ劇場版の方をもきちんと鑑賞してから言っているのだろうか。前出の呉智英は「ゲン」についてこうも言っている。

漫画にしろ美術文学にしろ、何かを訴えるという事は評価の基準にならない。その訴えが正しかったか、間違っていたかなど、本質的な問題ではない。(略)それよりも人間を描けているか、人を感動させるかが、作品の評価基準になる。「はだしのゲン」はこの意味においてまさしく傑作である”

”「はだしのゲン」の中には、しばしば政治的な言葉が、しかも稚拙政治言葉が出てくる。これを作者の訴えと単純に解釈してはならない。そのように読めば「ゲン」は稚拙政治漫画だということになってしまう。そうではなく この作品は不条理運命抗う民衆の記録なのだ。”

 当たり前のことだが、「ゲン」は政治漫画ではなく、1945年8月6日を境に激変してしまった少年・ゲンの人生を軸に、焼け跡で生きる戦後の一民衆を描いた群像劇である。まるで作品すべてが反戦平和自虐史観に染め上げられているかのように誤解するのは、この漫画を全く読んでいないか、それとも作中の中沢啓治先生のように行っても居ない戦線の模様を妄想解釈してしまっているのと同じような愚を犯していることになろう。

 「ゲン」はまず漫画作品として非常に秀逸だと言える。そして各エピソード漫画的リアリティは、戦後世代が描いた例えば小林よしのりの「戦争論」とは比べ物にならないほど完成度が高く、情緒的である。ゲンの兄(長兄)の浩二が、戦争に反対して白眼視されている父親と家族境遇を気遣って、自ら率先して予科練に志願する原爆投下前のシーンがある。当然、平和主義者の父親は反対する。駅頭の見送りにも来ない。「親父はとうとう見送りにも来てくれなかった…」と思うと、一点、突き進む汽車の車窓から線路沿いに父親が仁王立ちしている。「中岡浩二ばんざーい、中岡浩二ばんざーい!」もうこのシーンなど涙なしには語れないのだが、これを踏まえても「ゲン」を「左翼漫画」と言うのならもうサジを投げるしか無い漫画リテラシーである。

 はだしのゲンにはこの様な、読むものの心を掴んで離さないシーンが沢山登場する。傷痍軍人となり内地に帰還したガラス屋の親父ために、ゲンと弟(進次)が街中のガラスわざと割って回るシーン。その恩に、ガラス屋は進次に息子の形見であるはずの戦艦模型プレゼントする。皮肉にも進次はその模型と共に火の中に没するのだが…

 一々思い出する涙腺が緩むのだが、まず第一に政治の左右ではなく漫画としてよくできている。戦前はバリバリの軍国主義者で翼賛主義者だった鮫島町会長被爆時、「坊ちゃん、おねがいだから助けてくれ」とそれまでざんざん非国民白眼視してきたゲンに助けを求める。戦後、鮫島はころっと変わって「反戦平和」を唱える広島市の県会議員として何食わぬ顔を演説している…。こういった戦後の胡散臭さを描いている辺り、やはり「ゲン」は漫画として突出した白眉の作品といえる。問題の朝鮮人の描写も、戦後ちゃんと居丈高に振舞う第三国人の描写も挿入している。体験したものだからこそ描ける、戦後空気である。残念ながらこの漫画的な説得力は「戦争論」にはない。私は別に戦争論を批判しているのではなくて、それは作者が戦後生まれだから仕方が無いといっているのだ。私はやはり「ゲン」は傑作であると思う。

食わず嫌い」で「ゲン」を読まない「保守」の人々は、まずこれを機に「ゲン」を通読してみれば良い。どうしても時間がないというのなら、アニメ映画版の「はだしのゲン」を見ることだ。特に原爆炸裂シーンは10回くらい見なおして欲しい。これがアメリカのやったことなんだと。これがアメリカ戦争犯罪なのだと脳裏に焼き付けて欲しいと思う。

 被爆当時、広島市内を撮った写真は当時中国新聞の松重美人記者が残したわずか6枚の写真しかない。当時はカメラ撮影スパイ行為に当たるとして、写真は厳重な制限があった。いまのように自由に屋外に持ち出せる時代ではなかった。それでも6枚あったのは奇跡だが、当時の実相を伝えるのが最早、証言と絵しかない現在、これを物語にして見せた「はだしのゲン」にどれだけの歴史的意義があるか、計り知れない。政治の左右にとらわれず、いまこそ「はだしのゲン」を見なおせ、と言いたい次第である。

そもそも、戦争原爆も知らない戦後世代が、それら修羅を体験した人々の「反戦平和」思想を、嘲笑う資格があるのだろうか。戦争原爆も知らない戦後世代空虚理論を嘲笑うのは良いが、それを体験した先人の言葉を、政治の左右に括弧して貶める行為は、自らの世界偏狭にしている原因だと思う。被爆者や戦争従軍者が護憲平和を訴えることはよくあるが、第一世代の彼らの言葉をバカにする資格が、平和の海にどっぷりつかって空調の効いた快適な部屋で菓子を貪っている我々にあるとは思えない。私はそこまで傲慢にはなれない。

 と思ったらyoutubeアニメ映画版があった。暇な人は是非。

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著作権上……著作権上…… 2013/01/03 10:48 あけましておめでとうございます。ただの通りすがりです。

上のTubeなんですが、著作権違反にひっかかりませんか。折角の良エントリーなので、その辺りご確認を。
かくいうワタクシは、ブックオフか駿河屋さん辺りで中古品を探すと思います。
財力に余力のある方はこういうクリエイターにこそお金が回るよう、新品でお奨めする方がいいんでしょうけれどもねぇ。

この1年も、良きアニオタライフを。

漫画おやじ漫画おやじ 2013/08/20 13:02 本当に良い評論で、納得です。作品をイデオロギーに染まった目で一方的に断じるべからず。
しかし、しかしです。それは大人になってからの話。子どもが読めば9割9分げんや父親に移入してしまうのは主人公だからだけでなく、中沢先生自身のイデオロギーが作品全体に散りばめられているから。
この漫画は日本人が教科書で習った机上の自虐史観を感情面で補完し、無意識の左翼みたいな人間の大量生産や世の中の空気感を醸成するのに大きな役割を果たしたと思う。

作品の評価は大人目線でよいけれど、保守論者の作品批判には理由があるので、それを批判すべきではないと思うのです。

タコタコ 2013/08/24 03:30 古谷さん、こんにちは。
古谷さんの「はだしのゲン」や「中沢啓治氏」に対する評価は素晴らしいと思いますが、結論として、この「はだしのゲン」は、反戦反核平和を謳ったと言うより「反日プロパガンダ作品」だと思います。
それは、古谷さんのご指摘のように、中沢氏が「行ってもいない戦線の模様を想像で解釈してしまっている」と言うより、当時、中国・国民党が米国で散々行ったロビー活動・フロパガンダ活動をそのまま受けて、作品に反映してしまっているからです。
即ち、「原爆投下=日本の戦争責任=天皇陛下を断罪すべし」で「原爆投下=米国の戦争犯罪」になっていないからです。
これは、先日の麻生副首相のナチス発言「あの手口に学んだらどうかね?」の歪曲報道と同じく、「原爆投下=日本が悪い=日本はアジアで極悪非道な侵略をしたから」と言う、もろに中国のプロパガンダを世界中に拡散する結果に繋がるからです。
どんなに、作品が戦争の悲惨さを描いていても印象に残るのは、いかに日本は愚かな侵略戦争をし日本軍はこのように残虐であったであって、第一次安倍内閣時の「慰安婦について広義の強制はあったが、狭義の強制はなかった」と同じく、作品の真意・ディティールは決して世界に理解されず、主張したい筈の「反戦平和」は絶対に世界に伝わりません。
あと、100年もすれば古谷さんもボクもこの世にいません、その時、この「はだしのゲン」と言う反日プロパガンダ作品がある種歪められた形で残る事によって、ボクたちの大切な子孫の孫やひ孫が、贖罪意識を持ち、うつむいて、背中を丸め小さくなって永久に卑屈なまま生きなければならないと思うと、とても耐えられません。
重ねて言いますが、この「はだしのゲン」から「原爆投下は米国の戦争犯罪」と言う主張は伝わらないし、中韓の反日教育に使われるのがオチだし、申し訳ありませんが、結論として、「中沢啓治先生は偉人ではない」と思います。

岩 2013/09/03 01:07 右翼側からしたらこの漫画はものっそい左だと思います

ですが俺はこの漫画のおかげで戦争の恐怖を知りました


そもそも、戦争も原爆も知らない戦後世代が、それら修羅を体験した人々の「反戦平和」思想を、嘲笑う資格があるのだろうか。戦争も原爆も知らない戦後世代の空虚な理論を嘲笑うのは良いが、それを体験した先人の言葉を、政治の左右に括弧して貶める行為は、自らの世界を偏狭にしている原因だと思う。被爆者や戦争従軍者が護憲平和を訴えることはよくあるが、第一世代の彼らの言葉をバカにする資格が、平和の海にどっぷりつかって空調の効いた快適な部屋で菓子を貪っている我々にあるとは思えない。私はそこまで傲慢にはなれない。



そもそもこれなんです。

僕の祖父は経験者で、当時の教育の事とか教えてもらったんですが
当時を生きてない、苦しさをわかってないガキども(僕も含みます)が戦争をわかったように語ることすらどうかと思います

意見は良いですが
経験していない情報を知ったように言うのはどうかと思います。

思想にとらわれず、良い漫画だと思いました

タコタコ 2013/09/18 05:50 右側も左側もありません、真ん中からのフェアな意見です。

先日、日比谷公会堂にて行われた「すべての拉致被害者を救出するぞ!国民大集会」に参加して来ました。
与党からだけでなく、野党からも国会議員の方が出席されていました、右も左も関係なくオールジャパンで対応して行かなくてはならない問題です。

社会党が存在していた時は、拉致など存在しないと主張していました、しかし、小泉訪朝によって5人の拉致被害者が帰って来ました、この事に対して、社会党・社民党からの謝罪はありません。

>経験していない情報を知ったように言うのはどうかと思います。

拉致問題にしても、原爆投下にしても経験した人は、年々いなくなって行きます、その時に、経験していない情報を知ったように言うと言われても困ります、経験した人はいずれいなくなるのですから、事実・真実を正確に知る事は必要な事です。

中沢啓治先生は、事実誤認をしています、これは、右も左もありません、真ん中からの意見です。

例えば、この「はだしのゲン」の中に、日本軍が中国の人々を残虐に殺した話が出て来ますが、これは中国軍が日本の軍人ではない、一般市民を中国式に残虐に殺した「通州事件」を、日本軍が中国の一般市民にした行為と捏造した情報をそのまま、漫画にしてしまっている所です。
このウソ情報が、これから永遠に残って行くのです、思想とは関係ありません、事実・真実の正確な発信が必要なのです。

>当時を生きていない、苦しさをわかっていないガキどもが戦争をわかったように語ることすらどうかと思います

「硫黄島からの手紙」と言う映画を見ましたか?
あそこで亡くなった日本軍の方々に、この「はだしのゲン」を見せられますか?

ボクには見せられません、こんなに日本を罵るような漫画を見せたら、日本を、これから生まれてくる子孫達が少しでも誇り高く生きられるように、命を捧げた方々に申し訳ありません。

ボクは、戦争や原爆を体験した人々の「反戦平和」思想を、嘲笑うつもりは微塵もありません。

しかし、経験していなくとも、間違った情報に対しては「それは間違っている」と主張して行かなくては、間違いが正しい情報となってしまいます。

あの、米国のグランデール市に建てられた「従軍慰安婦少女像」と同じように、この中沢啓治先生の事実誤認が正しい歴史認識となってしまって行くのに、あなたは耐えられるのですか?

これは、右でも左でもありません、真ん中からの意見であり、日本人として当然正して行かなくてはならない事です。

思想とは関係なく、誤まった歴史認識を植付ける、この漫画は良い漫画とは言えません。

BruxellesBruxelles 2013/11/13 17:47 はじめまして
全く同感です。我が意を得たりという心境です。特にこの「中岡浩二、バンザーイ」のシーンは涙、鼻水、ぐちゃぐちゃものの感動シーンで、こんな名作は滅多に見たことがない。ただ昨日米国製漫画「はだしのゲン」を10巻手に入れて、気づいたのですが、この映画やアニメは10巻のなかの最初の2巻らしく、3巻あたりから、左翼思想が入り込むらしいです。これから読み進んでいくつもりですので、何とも言えませんが、ひどいといっても日本の学校教育ほどひどいわけでは無いでしょう。究極は保守の人間が表現の自由をどこまで認めているか、気に入らなければ言論封じに走るか、むしろ問題はそこだと思います。

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