2010-02-05
「奄美自立論 400年の失語を越えて」
本 | |
- 作者: 喜山荘一
- 出版社/メーカー: 南方新社
- 発売日: 2009/03/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/
私自身は奄美に行ったことは一度もありません。
カトリック信徒なので、奄美出身の方と出会うことは多かった*1のですが、深い交流をもったことがありませんでした。
いつもブログを拝読させていただいてるid:antonianさんが与論島に在住されていて、そんなご縁でだんだんと奄美のことを知るようになっていき、とりわけid:antonian:20090414の日記を読んで、知らなかった奄美諸島の歴史に衝撃を受けました。そんなこんなでいつか読まなくちゃ、と思っていたこの本です。
上記あんとに庵さんのブログできちんとまとめられているのでぜひそちらをご参照いただきたいのですが、奄美は1609年の薩摩藩による琉球侵攻以来、薩摩藩の植民地とされていたんですね。しかもその統治は島人にとってはとても悲惨なものだった。「コト」と「モノ」の収奪はすさまじいものであったと。
喜山さんは奄美はこのときから
という二重の否定、二重の疎外の中に置かれたのだ、と奄美の「400年の失語」の起点を見ていらっしゃる。
今、ここで私は植民地という問題を考えてしまう。
台湾もまた日本の植民地とされた島。これは奄美の植民地支配と地続きのものなのだと思う。奄美を植民地にして、そういう支配をしていた薩摩藩が、近代国家日本の中核に着いたときに、奄美のさらなる南方にどんな目線を向けただろう。
「日本人」の境界―沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで
- 作者: 小熊英二
- 出版社/メーカー: 新曜社
- 発売日: 1998/07
- メディア: 単行本
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今こちらの本も読んでいるのですが(あまりに大著すぎて亀の歩みなんですが)、台湾でもまた「日本人になれ」と教育その他ほどこされておりながら、憲法は施行されず、戸籍制度も日本人とは別にされ、諸権利も認められず、「しかし日本人ではない」という扱いを受けてきていた。
奄美の歴史の中に、自らのアイデンティティの源泉を探す喜山さんの姿に、台湾の日本語族のおじいさん、おばあさんの姿が重なるような気がしてしまいます。
すっかり私の右に置いている「図説 台湾の歴史」の中でも、周婉窈教授が、植民地支配の最大の傷跡は「植民地人民から彼ら自身の伝統・文化や歴史認識を剥奪し、『自我』の虚空化、他者化を招いたこと」と指摘している。
こうした植民地支配された人々が奪われたもの、というのは推し量ることもできないもので、「○○に比べれば日本の植民地支配なんてマシなほうだった」なんていう言葉がいかにむなしく意味がないのか、ということも思う。奪われた人、一人一人にとってはそのときに受けた収奪がすべてであって、何かと比較して慰められるなんてことはない。
だけどこういう植民地主義の問題を、私は台湾に来てようやっと理解できるようになったんですよね。日本にいる間はまったく見えていなかった。同じく奄美に関する本
- 作者: 宮下正昭
- 出版社/メーカー: 南方新社
- 発売日: 1999/09
- メディア: 単行本
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これを台湾に来る前に一度読みかけたことがあるんですが、まったく理解できなかった。これも奄美が植民地であったこと、カトリック信仰が彼らのアイデンティティであり、それに対する日本、っていう理解がないとわからないことだったんだ、と。
台湾に来て暮らすことで、実感を伴ってこうした問題を理解する入り口に立てたような気がしています。
それにしても、私たち大和の人間は、かつてこうして日本が植民地を持っていたという歴史をいともあっさりと忘却してしまっているような気がしてなりません。原田敬一著『日清・日露戦争』のあとがきにあるのですが、「帝国という歴史のもたらした結果としての植民地をなぜ放棄しなければならないのか、という大きな思想的課題を突き抜けることなく、1945年の敗戦という、いわば『外圧』によって台湾や朝鮮を手放すことになった近代日本は、安易に『植民地問題』を『解決』したのだ、という歴史的経緯を繰り返し思い出さねばならない」*2。日本にとって植民地ってなんだったのか、ということを今からでも真剣に考えていこう、と私自身は思ってます。そうすることで、今なお日本に残っている「宗主国」的な目線を捨てて、今度こそ本当に台湾の人や韓国・朝鮮の人と、そして沖縄や奄美、アイヌの人などなどと同じ高さで並ぶことができるのではないかと。とにかく知らねば、とそういう気持ち。
おりしも、こんな記事がブクマされているのを発見。
◆沖縄と台湾の音楽交流が始動!-台湾の情報ならお任せ!RTIブログ
http://blog.goo.ne.jp/rtijapaneseblog/e/aa15ff2172e2c88b419b02d459304892
台湾でも沖縄発の音楽はとても人気があります。「涙そうそう」や「花」は中文の歌詞でカバーされているし、だからきっと反対の流れもスムーズに行く気がする。
それでもって(またかと言われそうだけれど)、「海角七号」に中孝介さんが出演して、奄美の歌声も台湾ではものすっごく受け入れられるということがわかりました。監督はたまたま来台していた中さんのステージを見て、「海辺で歌ってもらいたいなあ」と出演交渉をしたっていう話。本当に不思議なほどに中さんの歌声は、台湾の海辺にぴたりとはまっているようでした。
やっぱりどこかつながっているものがあるんだろう、と思う。
こうして琉球弧のつながりが確かなものになって、そこからさらに北へ、延びていったらいいのに……そんなことを思います。
なんだかまとまりない記事になってしまいました。
ともかく、非常に刺激を受けた本でしたので、皆様とシェアしたく、ご紹介いたしました。


漢字一文字の姓が多いのですよね。今年に入ってからでしょうか。米軍統治下におかれ、
教育もままならぬ状況になってしまって、決死の覚悟で本土に渡り、文部省に戦後の
教育方針を聞きに行った二人の教育関係者の話が取り上げられていました。
自分の印象ですが、キリスト教と並んで日蓮宗やその他の信仰、そしてユタなどを通しての祖先崇拝、自然崇拝などは奄美諸島では自然に同居している感じがします。
もちろんそれらを否定する人もいます。
台湾に行った時は親近感がありまくりだったのかもしれませんが、まったく違和感を感じませんでした。
漢字一文字姓も、なんとなく、中国大陸と近いからその影響なのかなあ……なんて漠然としたことしか知らなかったです。
これもやっぱり「内証」の奄美領有と関係のあることだったとは。
>教育関係者
奄美のことは沖縄に比べるとメディアで取り上げられることが少ないので、そのように少しずつでも情報が増えていったらいいなあ、と思います。
はじめまして。と言ってはみるものの、実は以前からこっそりとshomuさんのブログを時々拝読させていただいてます。
奄美にかかわりのある方にコメントいただけてよかった……
まだまだ何にも知らないに等しいので、こうしてお言葉かけていただくとほっとします。
自分自身はカトリック信徒ですが、様々な「信仰の形」にはとても興味があります。奄美の信仰にも触れてみたいです。
台湾にはシーサーに似た魔よけの像があったり、かつては埋葬に洗骨の風習があったそうで、そんなところにも琉球弧と文字に残らない時代からのつながりがあったのかしら、と興味のつきないことが多いですよ。
台湾はずいぶん開発されて、都市化が進んでいますけれど、南部や東部のまだあまり人の手が入っていないところは原風景が残っていると思います。
記事中に触れた台湾映画「海角七号」も台湾の南の方で撮影をしています。出演した中さんも「どこか奄美に似ています」「地元の音楽も奄美に似ている」とどこかのインタビューでおっしゃってました。
探し出すと共通点は山ほどあるんでしょうね。
台湾では居留者に過ぎない私ですけれど、同じく親近感を抱きます。やっぱりいつか一度行ってみなくては。
私もブログの方は拝見させていただいておりましたです。
信仰はあまり意識したことがないのですが、自然にユタは身近でしたね。
うちの身内がいつもみてもらうユタ神様がいますので、12月に島に帰ったときも会いに行きました。
洗骨も今ではほぼ無くなってるようですが、20年ぐらい前に爺さんが亡くなった時は土葬でした。洗骨ですね。
うちの婆さんの上ぐらいまでは『ハジチ』という女性の入墨習俗も島にはあったようですから、
台湾の内省人の方ともそこらへんは共通してるんじゃないかなーと興味もってます。
台湾、沖縄本島、沖永良部、徳之島、奄美大島、中之島(トカラ列島)には行ったことがありますが、
似ているようで、みんなそれぞれの独自の風景や空気感があって面白いですよね。
いつか全島制覇したいと思ってます。
島に住んでると国境というのはなんだろうな?と思うことがよくありますね。台風時でもannocitaさんとの方が盛り上がるし。笑)台北の方が東京より近い感じがします。
島々は繋がっていながらも独立した宇宙があり、文化的に、風土的に同じだなぁと思いつつも、人為的に引かれた国境が残す爪跡もくっきりと歴史に刻まれていますね。この島はヤマトとも地続きであり、中国とも地続きであり、ポリネシアとも地続きであり、朝鮮とも地続きである。と言えるなと。それは北海道とシベリアを旅したときにも感じたことがあります。
そういった奄美の独自性、台湾で言ったらかつては峻険な山に囲まれて、多くの原住民の部族が交わらずに独特の文化を保ったのに似ているでしょうか?ちょっと違うかな……
だけどかつては部族が違えば、もはや外国のようであったという話です。
全島制覇は大変そうだけど、楽しそうです。
コメントありがとうございます。
本当におっしゃるとおりで、台湾に来てから「国境ってなんだろうなあ」ってぼんやり考えることも多々。
国境のない頃、この島々にはどんな往来があったんだろう、って台湾の海を見ながら思うこともよくあります。
周縁に来ることで見えてくることはたくさんあり、本当にここで暮らす機会を得たことは私の人生の中でも最大級のgiftです。
竹富島に行った時に島の人たちに披露しました。歌詞を手がけられたのが、石垣島の高校で勤められたことのある国語の先生だったとか。
少し言葉が違うとはいえ「大阪から来た人にウチナーグチで歌ってもらえるとは」といたく感激されました。「りみちゃんが今度来たら伝えておくね」とまで言われました。