2011-10-22
311以後
海抜
全国の放射能濃度一覧
都内の環境放射線測定結果
http://monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/
http://ftp.jaist.ac.jp/pub/emergency/monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/
http://az26632.vo.msecnd.net/monitoring/
二点間の距離
http://www.benricho.org/map_straightdistance/
http://testpage.jp/m/tool/bq_sv.php?guid=ON
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津波 動画
http://blog.livedoor.jp/news23vip/archives/3641395.html
http://www.youtube.com/watch?v=xOfy1CoxrMo
http://www.youtube.com/watch?v=Ct9GEaWAmJg
http://www.youtube.com/watch?v=Ann27T6JTek
http://www.youtube.com/watch?v=_m8jLnOYzfg
地震 避難と川の魚
http://www.youtube.com/watch?v=0VTGY4KKpFA
http://www.youtube.com/watch?v=_RqZ6FxnHJM
http://www.47news.jp/movie/general_national/post_2953/
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http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=48318
文部科学省は10月6日、東京都と神奈川県の上空で9月14〜18日(事件後半年)に実施した航空機による放射性セシウムの測定結果を加えた汚染地図を公表した。
旧ソ連のチェルノブイリ原発事故では、同3万7000ベクレル以上を放射線管理が必要な区域としたが、それを上回った形だ。ただ、移住義務が課せられた濃度の水準(同55万5000ベクレル)は大きく下回っている。
放射能の広がり 詳細地図に
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=44727&from=yh
群馬大の早川由紀夫教授が半径約300キロ・メートルの汚染地図を作成
http://hamusoku.com/archives/5073138.html
http://rajic.2chblog.jp/archives/51898349.html
海洋汚染
http://elusionealu.blog133.fc2.com/blog-entry-398.html
原発事故
http://blog.livedoor.jp/jyoushiki43/archives/51805950.html
非常時にイラ菅全開……谷垣に電話で「私と責任分担するのが嫌なのか」と迫る
http://newsoku318.blog134.fc2.com/blog-entry-880.html
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http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110402k0000m040147000c.html
本来なら3〜4時間で終わる作業にのべ2日かかった。「ガスマスクとかで非常に動きづらいし、作業の際にマスクがずれる場面は何度もあった。多分、かなり(放射性物質を含む空気を)吸ってるだろうなと思う」。線量計はリーダー格の1台だけで、他の作業員は持っていなかった。
「アラームが鳴っても作業を続けた(2人の)気持ちもよく分かる。『他にやる人間がいないんだから、とにかくやらないといけない。やるまで帰れない』という焦りは現場では強い」と語る。
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http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110329k0000m040150000c.html
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http://sankei.jp.msn.com/world/news/110401/erp11040120350010-n1.htm
旧ソ連・チェルノブイリ原発事故が起きた1986年から5年間、汚染除去作業の責任者を務めたユーリ・アンドレエフ氏(ロシア)が産経新聞の電話インタビューに対し、「福島第1原発事故に必要なのはチェルノブイリ原発を覆った石棺ではなく、東京電力から独立した技術者の特別チームだ」と指摘した。
――状況はなぜ悪化しているのか
東電の情報が不正確で不足しているからだ。(企業というものは)会社の利益を優先して行動するので作業から外す必要がある。幅広い知識を持つ経験豊富な技術者を日本中から集めて特別チームを編成し、作業に当たらせるべきだ
――チェルノブイリで得た教訓は
ヘリから放水したり原子炉の下に穴を掘ったり無意味な作業に追われた。原子炉内に核燃料があるのかを知りたかったが、実際はすでに溶け出して残っていなかった。ソ連当局は事故の原因と規模を隠し、状況を悪化させた。日本では原子力政策と安全規制を同じ経産省が担当している。世界的にみても安全規制当局は原子力産業界に依存しており、独立した委員会を作る必要がある
チェルノブイリで事故炉を石棺で覆ったのは放射線の放出を防ぐためではなく、残った原子炉の運転を続けるためだった。福島で石棺が必要とは思わない
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=50331
ところが日本政府は第2弾、第3弾の支援物資に関しては中国側に被災地まで輸送するよう求めてきたという。程大使は震災で混乱した状況で中国側が輸送まで担当するのはきわめて困難だと指摘。四川大地震の時、日本の援助は大変ありがたいものだったが、もちろん国内輸送は自国が受け持ったと話した。
また、中国はガソリン1万トン、ディーゼル油1万トンを無償供与したが、中国のタンカーは愛媛県と広島県で荷を下ろすように要求された。「なぜ被災地から遠く離れた両県が指定されたのか。理解できない」と程大使は不満をもらした。
さらに地震直後に派遣された中国の国際救助隊の受け入れについても問題があったという。当時、北京首都国際空港には救助隊員80人、災害救助犬12頭がスタンバイしていたにもかかわらず、日本側は救助隊の数を15人にまで減らすように要求してきたと明かしている。
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原発の真実?
http://www.nuketext.org/roudousha.html
http://mirainet.exblog.jp/6146156/
http://www.jca.apc.org/mihama/rosai/elmundo030608.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111223/plc11122323070019-n1.htm
東京電力福島第1原発事故直後、政府の現地対策本部長を務めた池田元久前経済産業副大臣は、3月11日の事故発生から5日間を記した覚書を明らかにした。菅直人首相(当時)が原発視察に訪れた際、周囲に怒鳴り散らした様子などが生々しく記録されている。池田氏は産経新聞の取材に「現地対策本部がどう対応し、考えたか。ありのままを記録にとどめた」と語った。
12日午前4時すぎ、菅氏の原発視察の連絡が入った。覚書は当時の池田氏の違和感をこう伝える。
「こうした災害では人々の生存の可能性が高い初動の72時間が、決定的に重要だ。指揮官は本部(首相官邸)にとどまって対応にあたるべきだ…」
原発に到着してバスに乗り込んだ菅氏は、隣に座った東電の武藤栄副社長(同)を攻め立てた。覚書には「初めから詰問調であった。『なぜベント(排気)をやらないのか』という趣旨だったと思う。怒鳴り声ばかり聞こえ、話の内容はそばにいてもよく分からなかった」と記されている。
「何のために俺がここに来たと思っているのか!」
菅氏は免震重要棟に入ると夜勤明けの作業員が大勢いる前で怒声を上げた。池田氏は「これはまずい。一般作業員の前で言うとは…」と感じた。
2階の会議室でも、菅氏は第1原発のベント実施を求めて出席者に厳しく問い詰めた。吉田昌郎所長(同)は「決死隊をつくってでもやります」。菅氏の口調は、東電側にだけでなく、福島県の内堀雅雄副知事や班目春樹原子力安全委員長にも厳しかった。
菅氏の振る舞いを見た池田氏は同行した寺田学首相補佐官(同)に「首相を落ち着かせてくれ」と頼み、同席した関係者に「不快な思いをさせてしまった」と陳謝したという。
当時を「戦場の指揮官のような心境だった」と振り返る池田氏は、最高指揮官だった菅氏の言動について「僕もあきれた」と述懐する。覚書には「指導者の資質を考えざるを得なかった。指導者は短い時間であっても沈思黙考することが大事だ。大局観をもって事にあたらなければならない」と記している。
原子力安全・保安院などの対応については「冷戦後いわれたデタント(緊張緩和)ぼけに陥っていた」「何となく原子力安全神話のムードに包まれていた」と指摘している。
池田氏は5月19日に体調を崩して入院したが、菅氏は国会で追及されるまでこの事実を公表せず、10日間以上も現地対策本部長が不在となった。7月には菅氏は池田氏を経産副大臣から更迭し、中山義活政務官を昇格させようとしたが、国対の反対で撤回している。2011.12.23