2007-06-30
平泉回想・観自在王院跡(岩手県西磐井郡平泉町平泉花立)
平泉回想最終章は毛越寺の東に隣接する観自在王院跡【特別史跡・名勝】です。東西120m・南北240mの敷地は史跡としては毛越寺跡に含まれていて、主要部分が田畑だったらしいのですが、平泉町が買い上げ文化庁の補助事業として整備されたそうです。昭和29・30・47年など発掘調査が行われ昭和48年から整備が始められたそうです。現在では南門跡・西側土塁・西門跡・舞鶴池・中島などが整備されています。
『吾妻鏡』文治五年九月十七日条「一、毛越寺事(中略)次観自在王院号阿弥陀堂也。基衡妻宗任女。建立也。四壁図絵洛陽霊地名所。仏壇者銀也。高欄者磨金也。次小阿弥陀堂。同人建立也。障子色紙形。参議教長卿所染筆也。」とあるように藤原二代目基衡の妻が観自在王院を建立し、阿弥陀堂と小阿弥陀堂を、その南前方に舞鶴池という大きな池を造営しました。
建立年代は不明ですが、恐らく毛越寺とほぼ同じ頃と考えられてます。ただ、天正元年(1573)の兵火で焼亡し、現在の建物は享保年間(1716-1735)に大阿弥陀堂跡に阿弥陀堂が再建されています。
南大門跡です。良く分かっていません。池の南岸に達する幅6.5mの中央道路が作られています。『吾妻鏡』文治五年九月十七日条「一、高屋事 観自在王院南大門南北路。於東西及数十町。造並倉町。亦建数十宇高屋。同院西面南北有数十宇車宿。」とあり、他にも車宿や宝物庫と見られる遺構が発見されています。
舞鶴池を北西側から撮影したものです。写真奥に中島が見えますが、無量光院や毛越寺のように橋の跡は見つかっていません。しかもこの中島のあたりは水田だったらしくかなり削りとられた部分もあったようです。中島北岸にから玉石敷が検出され、周囲は玉石敷護岸として整備されました。毛越寺の中島と同一の手法だそうです。
舞鶴池を東側から撮影したものです。分かりづらいですが対岸の木の下に石組があります。『作庭記』「一、滝のおつる様々をいふ事(中略)つたひおちは、石のひだにしたがひて、つたひおつるなり。(略)」の記述にある伝い落ちの石組です。
毛越寺庭園の北東の裏手にある弁天池を水源と推測され、暗渠を設け境内に入れ、池の北西岸を沿うようにして遣水は流れこの石組から池に注いでいたそうです。又、北西の出島の東側の付け根にも遣水跡と見られる玉石敷が検出され、遣水は途中で分流しこの二箇所から池に注がれていたようです。
全景の見取り図はこちらを参照下さい。
「庭園都市平泉・観自在王院跡の池」
http://210.254.136.67/scripts/hiraizumi/kanko-rekisi/kanko/web.files/teien/t_ike_kan.html
水田だった所から良くここまで復元したなってのが感想です。ただ、南大門の周辺であるとかまだ分かっていない部分も多いみたいで、今後の研究・復元に期待です。藤島亥次郎は、毛越寺は法勝寺(京都府)、観自在王院は浄瑠璃寺(京都府)に似せたというけど、どうだろう。
龍谷窟毘沙門堂も行ったのですが、写真が無いので平泉回想はこれにて終了。石見銀山が世界遺産指定を受けたので、次は平泉に続いてもらいたいものです。また行きたいな。
●本日の一曲
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