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(元)だめ大学生日記2.0 RSSフィード

2018-10-19-Fri

最近のもの

三陸海岸大津波」は、吉村昭明治津波昭和津波を書いたルポルタージュ。これが出たときには、東日本大震災のような津波がまた起こるとはだれも思わなかっただろう。震災の後に急遽増刷されていた。吉村は二度とこのような悲劇が起きないようにと思いながら書いたのだと思うが、残念ながらまた現実になってしまった。過去災害教育などの機会を通じながら社会全体で継承していくことが必要なのだろう。明治昭和津波とも、夜に津波が押し寄せてきており、昼間だった東日本大震災とはまた違った恐ろしさがあったのではないかと思わされる。

花岡事件」は、終戦直前に秋田花岡鉱山で起きた事件を扱ったもの秋田引っ越してきたことを契機に手に取った。中国人労務者のまとめ役だった耿諄の目線事件について書いている。耿諄は国民党軍の将校で、戦闘捕虜になり連れてこられたそうだ。大森実の戦後秘史で花岡事件について読んだ記憶があるが、詳しくは知らなかった。劣悪な労働環境を少しでも改善しようと耿諄が鹿島と交渉するが、中国人の中にも内通者がいたり、なかなかうまくいかない様子がもどかしく感じる。決起したあとに捕らえられ、終戦後も引き続き収監されたままだった。今でも大館市では花岡事件慰霊を毎年行っているが、日本人秋田県民が忘れてはいけない事件だと思う。著者の野添さんは今年亡くなっている。

マタギ」は、秋田阿仁マタギである松橋時幸について書いたもの若い頃、初めて狩りに出たときにクマに追いかけられ、木に登って難を逃れる様子が印象的。マタギといえば狩りを想像するが、川での魚取り、田畑での農作業を含め、狩りに限らず山での生活のものを書いている。松橋の家は旅館で、そこに泊まる地質調査学者ジャーナリストなどが、徐々に彼にひかれていくのも、人間的な魅力があったのだろう。

細雪」は7〜8年前に一度読んだ気がするが再読。以前読んだとき神戸水害の描写が印象的だった。今読むと、幸子の夫の貞之助がとる行動、特に雪子の見合いをめぐる行動が印象的。雪子の足の爪を妙子が切る場面や、姉妹そろっての京都での花見も印象的。戦前日本プチブル暮らしぶりがうかがえて興味深い。女性を中心に書いているからかもしれないが、登場する人々がほとんど戦争の影響を受けていないのも、まだ太平洋戦争が始まっていない時期の様子をうかがわせる。

「ソ満国境1945」は、ソ連が参戦した太平洋戦争末期の満州の様子を書いている。虎頭要塞戦闘だったり、学徒兵が爆雷戦車に立ち向かったりする様子は身につまされる。また、満州航空パイロットが、終戦直後にまだ降伏しない日本軍部隊を捜索するために飛んでいたことを初めて知った。著者の作品は初めて読んだが、よく整理されていて細かいエピソードもちりばめていて読みやすい。

特攻兵」は、9回出撃してすべて生還した陸軍伍長佐々木さんへのインタビューを基にしたもの佐々木さんはレイテ戦記にも取り上げられていたそうで、引用部分を読むと確かに以前読んだ気がするが関連づけて覚えていなかった。当時の状況下で周囲の圧力の中、生還し続けたことは素直にすごいと思う。フィリピン戦末期には搭乗機がなくなり、フィリピン山中生活している。命中率が著しく落ちた沖縄戦特攻がなぜ継続されたのかという問いに対して、国民への宣伝効果が高く戦争継続有効だったからという答えを導いている。

「12ヶ月」は、著者が各月ごとの鉄道旅行の楽しみ方をまとめた本。国鉄時代のものなので、夜行で夜のうちに現地に到着することを前提とした記述が多く、今読むと面白い。今やサンライズしか夜行がないが、なくなる前に一度は乗ってみたい。

軌道」は、福知山線脱線事故家族を亡くした被害者の一人である浅野さんの目線にたち、事故について書いたもの事故の原因究明に取り組むために様々なアプローチでJR西日本へ働きかける様子が胸を打つ。また、JR西日本側でも、それに何とか答えようとする社員もいるものの、全体としては冷たい対応になってしまうが、徐々にそれが改善されていく。JR西日本天皇といわれた井出氏にもインタビューしており、片方に寄り添いながらも双方の主張を紹介する著者の目線には好感が持てる。当時、自分が仮にJR西日本社員対応をしたとしたら、どういう行動、立ち振る舞いができただろうかと考えさせられる。

「新リア王」は福澤シリーズの第2弾で晴子情歌の次の作品。晴子情歌は5年ほど前に文庫になったものの、いっこうにそれ以降の作品文庫化されないので、今回単行本で読んだ。老政治家の父が僧になった息子の住む青森県木造の寺までやってきて、数日間ひたすら対話するが、息子は仏教について語り、父は80年代青森政治史について語る。終盤では、登場人物が多く寺に集まって、そこで前年に秘書自殺した背景事情を語るのだが、そこで少しずつ事情が明らかになっていくのがミステリーを読んでいるようでぞくぞくする。大勢が集まって自由にひたすら発言するのはドストエフスキー小説彷彿とさせる。

2018-06-02-Sat

最近のもの

田原坂」は古典的名作で中公文庫で復刊されたもの西南戦争の起こりから熊本城解放されるまでの西南戦争前半を主に書いている。特に官軍描写に詳しい。西南戦争の後半にも取りかかろうとして結局果たせなかったそうだが、もし書かれていたらどうなっていたか田原坂は、官軍砲兵が進むことができる唯一の道で、ほかの道を選ぶことはできず激戦は必至だったとか、初期に実は乃木部隊田原坂を確保していたものの、稚拙な作戦指導でそこを放棄していたとか、勉強になる。

「稲の日本史」は考古学的な視点から日本の稲作をたどったもの粗放狩猟社会縄文、稲作社会弥生という単純な二分法に異を唱えている。特に弥生時代になった瞬間に黄金の稲穂世界になったというこれまでのイメージには批判的で、出土する弥生時代の稲は様々な種類が混ざっており、東南アジアの焼き畑農業と同じような形で、日本で通常イメージされるような稲作ではないんだとか。

「ティンカー…」は古典の名作だが翻訳問題なのかとにかく読みにくい。原文がもともと読みづらいのだと思うが、新訳だというのに読んでいてすごくつっかかる。時制がいつの間にか変化していたり場面が変わっていたりと混乱させられる。

シンパサイザー」は、ベトナム戦争で南軍の将軍とともにアメリカ脱出した主人公である南軍将校が、実は北側スパイだという設定がまず興味深い。アメリカ脱出した主人公を含む南軍将兵が、母国を奪還するためにタイから再度侵入しようとして北側に捕まり、主人公の友人である北側情報将校尋問されるのだが、そのあたりからだんだん話の流れがよくわからなくなってくる。

少女」は犯罪心理捜査シリーズの第4弾。相変わらず面白い主人公にはほぼ感情移入できないところも相変わらず。

2018-03-09-Fri

最近のもの

  • 秋山駿「信長」新潮文庫
  • 松島栄一「忠臣蔵 その成立と展開」岩波新書
  • 山本武利「陸軍中野学校 「秘密工作員」養成機関の実像」筑摩選書
  • M・ヨート「白骨 上下」(ヘレンハルメ美穂 訳)創元推理文庫
  • 坂口安吾「風と光と二十の私と・いずこへ 他十六編」岩波文庫
  • 北杜夫「月と10セント」新潮文庫
  • アンドレ・マルロー「王道」(滝田文彦 訳)新潮文庫
  • カズオ・イシグロ「忘れられた巨人」(訳)ハヤカワ文庫

「信長」は秋山駿の批評のような文章で、信長公紀などによりつつ、信長の一生を追っている。プルターク英雄伝やドゴール、デカルトなど様々な文献を引用しながら信長の心理を推測しているのが独特。初期の信長の状況を、ロベスピエールの革命政府の状況になぞらえたり、信長の軍隊を平民の軍隊として、平民の軍隊が士族を倒した西南戦争になぞらえたりもしている。同時代の他の武将と信長の違いがとても強調されていて、信長の戦争と従来の上杉武田の合戦とはまったく違うという。しかし、信長の残酷さにあえて目をつぶっているような気もする。

「忠臣蔵」は50年以上前の岩波新書で、赤穂事件の流れを追った後、仮名手本忠臣蔵が成立した過程について説明している。事件の流れについては興味深く読んだが、その後それが人形浄瑠璃や歌舞伎の世界でどのように取り扱われ、半世紀ほどたって真打ちの仮名手本忠臣蔵が出てきた経緯についてはあまり関心が持てなかった。半世紀前の時点では、忠臣蔵はある種共通の常識としてみんなが知っていたのだろうが今の普及度はどうなのだろうか。昔の本なのでしきりに「封建体制の矛盾」というようなフレーズが出てくるがよく分からない。

陸軍中野学校」は最近発見された中野学校関係の公文書をもとに書かれたというのが売りで、中野学校の前身組織の創設から戦時中の動きまで紹介されている。神戸で中野学校の教官と学生が英国領事館を襲撃しようとした神戸事件や、卒業生で中国の国民党軍に捕まった後に反戦兵士となった人物など、一つ一つのエピソードは興味深いものの、全体としてはぶつぎりで読みづらい。

「白骨」はスウェーデンの犯罪心理捜査官セバスチャンシリーズの3作目。山中で見つかった複数の白骨の正体探しをめぐる捜査が題材で、アフガニスタンからの難民の失踪問題アメリカが国外で行っている諜報活動もからめられている。セバスチャンと他の刑事との関係性もこの作品で大きく変化していて続編が気になる。複数の白骨は2つの家族だが、最初に身元が特定された夫婦が殺される必然性があまり感じられない。

「風と光と…」は坂口安吾の短編集で、10年ほど前に岩波文庫で全3冊でたものの1つ。この巻は自伝的な作品が多くまとめられている。本のタイトルにもなっている「風と光と二十の私と」は小学校の代用教員をしている時代の話で切なさのなかにそことなく牧歌的な雰囲気もあるが、後半は何人かの女性とのうらぶれた生活や複雑な関係を綴ったものが多い。ラディゲが死んだのは23歳だったということを気にしている描写があるが、自分も20代の頃、ラディゲとはいわないまでも吉田松陰とか特攻隊の年齢と自分の年齢を比べて嘆息することがあったことを思い出した。

「月と10セント」はアポロ11号の月面着陸前後にアメリカへ2度行った著者の紀行随筆。子どもの頃によく読んだ記憶がある。NASAの施設の前で月乞食としてふるまったり、躁病の時期の著者は手がつけられない印象だが、そういうなかに、月面着陸に熱狂するアメリカ、さらには日本メディアの中で、月面着陸を相対的な視線で見るようなことがさらりと書かれていたり、北杜夫は軽妙な文章だが奥が深い。

「王道」はインドシナの奥地に分け入っていき、昔の彫刻を盗掘するヨーロッパ人2人を題材にしている。湿度100%で虫がうごめく密林の感じがこれでもかと伝わってくる。主人公たちは一度原住民たちに捕まり殺されそうになるが、相手をだまして脱出する。話の筋がやや追いにくいが、熱帯の奥地に分け入っていくというテーマはコンラッドの闇の奥に似ている。

「忘れられた巨人」は昨年出版された新作。昔のイギリスの老夫婦が息子を探して旅をする話だが、いろいろと伏線がはられていて徐々に明らかになっていく様子が面白い。題名になっている”忘れられた巨人”の正体が最後に明かされるところはぞくっとする。カズオ・イシグロの小説は読み応えがあって良い。

2018-01-26-Fri

最近のもの

西南戦争と西郷隆盛」は全3章。前の2章で西郷の生い立ち、明治維新を経て下野するまでを描き、最後の章で西南戦争を書いている。西南戦争特に詳しく書かれていて、戦史の紹介の中に、最初の熊本城攻めのあとに夜襲をかけていたら熊本城は落とせていたとか、田原坂の戦いの初期の段階で薩軍がさらに前進していれば南関までいけたのではないかといったような記述も多い。

「忘れ得ぬ翼」は城山三郎の戦争小説の短編集でいずれも旧軍の軍用機が作品中で大きな役割を果たしている。多くの作品は、戦争中の描写戦後にその人物がどのように暮らしているのかを織り交ぜながら書いているのが興味深い。新司偵でソ連に亡命しようとして果たせなかった見習士官とか、戦後ベトナムに残った少年兵とか、梓特攻隊の先導をした二式大艇の搭乗員とか、興味深い題材が多い。生き残ったものの戦友を多くなくした戦争帰り、特攻帰りが戦後社会とどのように折り合いをつけてくらしてきたのか、最初の作品の「大義の末」も同じ題材だし、城山三郎にとって大きなテーマだったのだろう。

「一歩の距離」も城山三郎の戦争小説だがこちらは中編。琵琶湖で予科練として訓練にいそしんでいた4人の少年を主人公にしていて、そのうち1人は特攻で戦死、1人は下士官から殴られて死亡、2人が戦後に生き残る。生き残った1人は、夜中に集められて特攻志望者は一歩前へと言われた際に踏み出せなかったことをずっと悔やみながら生きている。今でいえば中高生の年齢の少年が残酷な選択を迫られて追い詰められていく悲しい様子が書かれている。また、別の一編で実際の特攻隊の様子も描かれていて、海兵卒の隊長、学生出身の士官、たたき上げの士官のキャラクターの違いが書かれている。城山三郎の戦争小説はどれも何ともいえない気持ちにさせられる。

「赤穂義士」は松の廊下の事件から実際の討ち入りまでを丁寧に追っているが、何分古い本なので、赤穂浪士を美化する視点、逆に途中で抜けた人は罵られる視点で全てつらぬかれている。戦国時代の武士文化と元禄時代の武士道は異なり、大石内蔵助は元禄ならではの理屈を通す武士道を体現しようとしたんだとか。大石内蔵助と何かあればすぐに斬り込みたい江戸組との対比も面白いが、様々な考えを持つ人たちを統率するためにいかにするべきか考えさせられる。綱吉が感情にまかせて松の廊下事件の処分をしたのと比較して、五代将軍綱吉との勝負に大石内蔵助は勝ったと書いている。

明治維新と佐賀藩」は鍋島閑叟と江藤新平が題材になっている。閑叟は長崎でオランダ船にのったりして洋学に関心を持ち、鉄製大砲を日本で唯一作れる藩を作り上げたが、京都で大言壮語してひんしゅくをかったことがあったんだとか。江藤新平については司法卿時代の功績がよく取り上げられるが、その前に一時的に在席していた文部省でも、国学漢学洋学論争に終止符を打つという後生の日本に大きな影響を及ぼすことをなし遂げている。著者の佐賀藩びいきがどこから出ているのか分からないが、閑叟と江藤が近代化に果たした役割は大きく、一般的に人気がある坂本高杉や、近藤勇、白虎隊などは端役だと末尾に書いているが、維新前に没した人たちと比べてもどうしようもない。ひいきが過ぎているのでは。

「沖縄決戦」は第三十二軍の参謀たちのなかで唯一生き残った著者が書いた手記で貴重。レイテ島の戦いの前後で第九師団を台湾に引き抜かれたために、それまで構想していた機動決戦を持久戦に切り替えざるを得なかったことはよく知られているが、第三十二軍は最初から沖縄の飛行場は保持するのが困難であるとして飛行場の破壊を進言していたものの、大本営に取り上げられなかったというのは初めてしった。一般に、第三十二軍は米軍上陸早々に飛行場を明け渡してしまったという言説がなされているが、もともとそのつもりで作戦を立てていたのに対し、方面軍や大本営がちゃんと対応していなかった面もあるようだ。読んでいて感じるのは軍隊といえども官僚組織で、参謀は洞窟の中でも決裁綴を離さなかったり、参謀長が朱筆で訂正をしたりしている。また、大本営から指示がなかなかなされないことを不満に思うものの積極的にコミュニケーションをとろうとはしていない。このあたりは今の日本の役所風土にも通じる。米軍上陸前から決めていた持久戦の方針を、途中で攻勢に切り替え、結果的に莫大な被害を被って持久戦にまた切り替えているあたりは、あらゆる組織が反面教師として受け止めなければいけないことだと思う。

2018-01-16-Tue

最近のもの

「天を衝く」は九戸政実の乱を題材にした、著者の東北三部作のひとつ。わずか5000人で秀吉の大軍に相対したが、それ以前の南部家におけるお家争いも題材にされている。お家争いでは九戸党は争うことなくじっとしているので戦闘シーンは少なめ、その代わりに津軽を操ったりしている。著者の小説はパターンが決まっていて語彙も同じ。これも同様だが面白く読ませる。

「時宗」は昔の大河ドラマの原作。北条時宗といえば元寇だが、元寇を扱っているのは最終巻で、前半は時宗の父の時頼が主人公になっていて、宮騒動や宝治合戦を通じた北条一族のなかの権力争いを書いている。二月騒動で滅ぼされた時宗の兄の時輔について、実は弟と通じていて脱出しており、高麗や元にわたって元寇に備えていたことになっているのが著者の脚色部分。一般的には、元寇を通じて幕府が弱体化したといわれているが、小説なのでそういうところにはノータッチ。

「実録満鉄調査部」は神保町の店先でたたき売りしていたものを購入。大豆の集荷合戦を通じて満鉄が成長したとか、満鉄調査部はフィールドワーク重視だったとか、様々なエピソードがちりばめられていて面白いが、時系列には整理されていないので少し分かりにくいが、人材が豊富だったんだなということはよく分かる。

「蝉しぐれ」は、初めて読む藤沢周平作品だったが、情景描写、人物描写、行間を読ませる書き方がすばらしい。読みながら風景がまぶたに浮かぶ。小節の積み重ねの長編になっているが、各小節の終わり方が絶妙で余韻を残している。内容は、父が藩内の勢力争いに巻き込まれて切腹させられた下級武士の息子が主人公。慎ましい生活の様子、主人公の友人たちとの関わり、剣の修行、幼なじみの娘が殿の側室となって離れていく様子が書かれている。英雄を描く司馬遼太郎のおもしろさとはまた違う、心にしみるような作品。幼なじみが殿の側室になって流産したと聞いた日に泥酔し、起きた朝に「朝の光に似た深いかなしみが胸を満たしてきた」とか、なかなか書けないだろう。

「硫黄島に死す」は城山三郎の短編集。戦争関連の作品が多いが、最後の作品は九州への取材旅行の時の車内の様子を題材にしていて、他の収録作品と内容があっておらず、もったいない気がする。戦争関連の作品はどれもそうだが、特に、宝塚航空隊での予科練の訓練、その後特攻隊となって淡路島へ渡る途中で空襲にあい82人が亡くなった様子を書いた「軍艦旗はためく丘に」が読んでいて切なくなる作品。今の中学生と当時の中学生の精神年齢はおそらく違うだろうが、そうはいってもやはり子ども。宝塚歌劇団が童謡を歌ってそれに涙する様子が切ない。