antaresの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005-05-25 不連続的差異論の図式の修正 このエントリーを含むブックマーク

【1.普遍界・不連続的差異

/Α)普遍極≒善のイデア物自体

【2.メディア界(=コーラ)】

/Β)現象極=「イデア界=超越論的形式=構造」/

【3.現象界・連続的同一性】

以上のように先の図式を修正した。問題は、普遍極、善のイデア物自体との関連性である。普遍極とは、普遍界とメディア界との界面であり、いわば普遍界の縁である。そこでは、不連続的差異が共存、共立する普遍界に通じるが、同時に、メディア界というゆらぐ媒介領域へ通じている。メディア界自体ではない。このような普遍極とプラトンの善のイデアカント物自体とはどう関係するのか。善のイデアとはいわば同一性の同一性である。そう、これは、ヘーゲル精神ないし理性だろう。だから、普遍極に置くことはできない。では、物自体との関係は。物自体には、特異性ないし差異の感触はある。しかし、まったく、概念の範疇に入らず、哲学として不徹底である。これは、普遍極にほぼ位置するとすべきだろう。ということで、上図式は以下のようにさらに修正される。


【1.普遍界・不連続的差異

  /Α)普遍極≒物自体

【2.メディア界(=コーラ】(→善のイデアヘーゲル精神=「悪霊」・「幽霊」)

  /Β)現象極=「イデア界=超越論的形式=構造」/

【3.現象界・連続同一性】


p.s. 善のイデアであるが、これは正確に言えば、両義的だろう。やはり、普遍極に近い面があるだろう。だから、また修正しよう。


【1.普遍界・不連続的差異

/Α)普遍極≒善のイデア物自体

【2.メディア界(=コーラ)】

/Β)現象極=「イデア界=超越論的形式=構造」/

【3.現象界・連続的同一性】

以上のように先の図式を修正した。問題は、普遍極、善のイデア物自体との関連性である。普遍極とは、普遍界とメディア界との界面であり、いわば普遍界の縁である。そこでは、不連続的差異が共存、共立する普遍界に通じるが、同時に、メディア界というゆらぐ媒介領域へ通じている。メディア界自体ではない。このような普遍極とプラトンの善のイデアカント物自体とはどう関係するのか。善のイデアとはいわば同一性の同一性である。そう、これは、ヘーゲル精神ないし理性だろう。だから、普遍極に置くことはできない。では、物自体との関係は。物自体には、特異性ないし差異の感触はある。しかし、まったく、概念の範疇に入らず、哲学として不徹底である。これは、普遍極にほぼ位置するとすべきだろう。ということで、上図式は以下のようにさらに修正される。


【1.普遍界・不連続的差異

  /Α)普遍極≒善のイデア物自体

【2.メディア界(=コーラ】(→善のイデアヘーゲル精神=「悪霊」・「幽霊」)

  /Β)現象極=「イデア界=超越論的形式=構造」/

【3.現象界・連続同一性】


p.p.s. 善のイデアを二つの箇所に入れた。それは、善のイデアは、両方の側面があるからだ。一方、差異を示唆するので、普遍極に置き、他方、その観念独立すると、正に観念主義となり、ヘーゲルの絶対的同一性観念主義になる。