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2004年11月26日Fri フランスはみんなお仕事モード!

[][][] 新聞ブログ記者ブロガーブロガー

昨日、

2004年 11月 23日 「記者ブログルールとは」の続き

ネットは新聞を殺すのかblog

について、思うところを書いたら、湯川さんからコメントをいただいた。

ちょっとびっくり。でもありがとうございました。

頂いたコメントは、以下のとおり。

トラックバックありがとうございました。いえいえ、わたしに何かを「勝手に」する権限などございません。(笑)

ブログに限らずネット上の書き込みが名誉毀損訴訟の対象になることは以前からあることです。これからその傾向が急に強まるということでもありません。

ただブログ2ちゃんねるに比べ本人特定が非常に簡単にできてしまいますので、他人を誹謗中傷する場合は2ちゃん以上に気をつけなければならないでしょう。

まあ、何にせよ根拠もなく誹謗中傷しなかったり、苦情が来てもすぐ謝れば何の問題もありません。

今まで通り好き勝手書いていてもだいじょうぶじゃないですか。

訴えられるぐらいのことを書くのなら覚悟を持って書かなければならないということは、従来のメディアも、新しいメディアも同じじゃないですか、というのがわたしの主張です。

さすが、記者さんだけあって、流れるようなコメントです。

せっかくコメント頂いたのに、それにレスしないとバチがあたると思いますので、レスをば。

トラックバックありがとうございました。いえいえ、わたしに何かを「勝手に」する権限などございません。(笑)

湯川さんにそのおつもり(つまり、「勝手ブログメディアにする」つもり) がないのは重々承知しているのですが、これまでの切込隊長さんとのやりとりやその他のコラムを読ませていただいていると、どうも、ブログ2ちゃんねるとの差別化ブログの可能性について模索されているという印象を受けています。ブログの定義をせずに話をしてもややこしくなってしまうのですが、特にこの「はてな日記」の世界は他のブログとは少々趣を異にしていて、いわゆる「ブロガー」の意識が日記の(一部)公開版という傾向があります。かくいう私も自分の思ったことや気になったことの延長線上にあり、余暇の(実益を兼ねない)趣味に過ぎません。まあ、だからといって無責任に文章を垂れ流していいのかという議論も一方ではあると思いますが、他の日記でも、すでにリタイヤされたかもしくはリタイヤ間近の方々の人生経験談などはとても「粋」に感じ、また、感銘を受けたりしています。つまり、多種多様の目的を持ったブロガーが、それぞれの経験や思いをつらつらと書き連ねるのもまたブログの一部であり、その書き手もブロガーの一人です。

そういった世界と、能動的な発信を目的としている、もしくはなんらかの野心を抱いているブロガーとを同じ土俵で議論してしまうのはどうも野暮ったいなあという率直な感想を持っています。

それじゃあ、なんでトラックバックコメント欄があったり、また、それを使っているかという話になると、たまには他の方や先輩方の胸を借りたい、もしくは漠然とした思いを抱いている事について指導を受けることがあってもいいのではと。また、異なる考え方の方々と交流戦をしても面白いのではないかと考えている人も多いのではないかと思います。

ブログに限らずネット上の書き込みが名誉毀損訴訟の対象になることは以前からあることです。これからその傾向が急に強まるということでもありません。

まあ、何事も行き過ぎはやけどの元だと思います。ただ、ごく普通の感覚では、例えば、児童公園にいきなり指導官みたいな人が現れて、子供に向かって腕を振り回したら危ないとか、たたいちゃダメとか、あれこれ言い出したら、子供は段々そこで遊ばなくなってしまうように、また、街の碁会所でいきなりプロ棋士が、その手はどうかなとか、それじゃあ負けだよなどとやり出したら、やっぱりアマチュアの人は、一部のプロを目指すような人を除き、集まらなくなってしまうのではないでしょうか。

最初は黙々と日記を書いて、そのうちよそにおじゃましたり、迎えたりして、そのうちちょっと喧嘩しちゃったりしながら、段々とマナーを身につけていく、そんな新人受け入れ型の社会というのが継続、発展するものと思っています。

まだ、新人の比率が多い時期に、いきなり「名誉毀損訴訟」は少々重いように感じます。

ただブログ2ちゃんねるに比べ本人特定が非常に簡単にできてしまいますので、他人を誹謗中傷する場合は2ちゃん以上に気をつけなければならないでしょう。

まあ、何にせよ根拠もなく誹謗中傷しなかったり、苦情が来てもすぐ謝れば何の問題もありません。

法的な問い合わせ以外で「本人特定が非常に簡単にできてしまう」のであれば、危険ですね。といっても、匿名者を誹謗中傷するというのも論理的には難しそうですね。匿名者を根拠ありで誹謗中傷するのはもっと理論的に難しいように思いますが。もちろん素性を明らかにし、さらには自分をさらけ出している方に対し、その人格を攻撃することがあれば、それは明らかに「誹謗中傷」に当たると思いますが...。

すべてバーチャルの中で、やりとりをしたいという人も多いように感じています。

まあ、そういう傾向はブロガーブログ記事自体の信頼性などを高める弊害になるとも言えるでしょうが、大衆紙文化は一方でしっかりと根付いてしまっている訳ですし、ブログ世界だけはそういうのはなしよというのも難しいのではないでしょうか。

今まで通り好き勝手書いていてもだいじょうぶじゃないですか。

このコメントについてだけはノーコメントです。「いや、今までも、好き勝手書いている訳ではなく、いろいろ考えているのです。」と表明しても、「そうですか、今まで通り書こう」としても、どっちもまずそうなので(笑)。すんません。

訴えられるぐらいのことを書くのなら覚悟を持って書かなければならないということは、従来のメディアも、新しいメディアも同じじゃないですか、というのがわたしの主張です。

メディアなら、「訴えられるぐらいのことを書く」こともあるのでしょうが、一般のブロガーは普通ならば「訴えられるようなことは書かない」もしくは、「訴えられるだけの影響力を持たない」と思うのですが。

「パワーブロガー*1」という言葉はあまり好きではありませんが、ブロガーの多くは「パワーレスブロガー」なのではないでしょうか。

米国的ななんでも訴訟社会世界的にもまれでしょうし、米国もそのことに相当危機感を感じているようなことを聞きます。特に欧州ではそのことを揶揄する記事もよく目にします。

私はよくマドンナエルトン・ジョンのやり合いをネタにして日記を書いていますが、あれはいわゆる欧州流というか英国流のやり方のいい例です。ひょんなことから始まった誹謗中傷も「粋」に最後はチクリとやって納めるというのは体力もカネも浪費することなく、かつまわりを楽しませてくれて、八方幸せにおさまりますよね。「口パク」と「ヅラ」でおあいこですから。

そういった文化が根付くことは長い目で見てその国を強くすると思いますよ。

プードルと言われても、プードルじゃないよと別の機会にさらっとコメントできるブレア首相、ちょっと好きになったところです。

まあ、シャレで納められるかは相手次第な訳ですが、ブログ人口を増やしつつ、メディア化というものを考えるのであれば、そのような土壌醸成は必須なのではと思っています。なんでもマジの米国流はいいこと少ないように思います(笑)

*1英語的にはパワフルブロガーのようがいいと思いますが、どちらにしろ、差別化しているようで好きにはなれません。それこそ認定ブロガーとかプロブロガーとかを作ってしまった方が手っ取り早いような。

2004年11月25日Thu もう木曜日なんですね

[][][] ちょっと待ってよ、勝手ブログメディアにしないで

という気持ちになってしまいますねえ。

2004年 11月 23日 「記者ブログルールとは」の続き

ネットは新聞を殺すのかblog

を読んでいると。少なくとも商用的なブログとごく個人的なブログは区別しておいて欲しいなあ。少なくともここ「はてな」はそれぞれ個人的な日記ということでやってるんだし。何でもかんでも新聞VSブログの議論に持って行かれるのはとても危険。

そんなことしてたら、セミプロみたいなのばっかりになちゃって、良識ある庶民の声はどっかいっちゃうんじゃないかなあ。

ちょっと近しい人に話すのは恥ずかしいけど、匿名性を利用してちょっと自分の考えや気づいたこと、生活の知恵や主張なんかを書いてみたりして、ひょっとしたら誰かが読んでくれて、さらにはコメントなんかがあると嬉しいなとか思っているささやかな楽しみ系の人も多いと思うんだけど。

それに、最近は飲み屋で知らない者同士口論になったりしてそれがちょっとした喧嘩になっただけで、逮捕訴訟だと昔よりはリスクが高くなってしまって、それも出来なくて悶々としている人もいるかもしれないし。

いろいろとみんな言いたいことがあるけど言えなくて、実はブログ社会のガス抜きの機能を果たしているかもしれないし。

最後の一節

新聞ブログも同じ、記者ブロガーも同じ

 こうしてみると、新聞に書くのもブログに書くのも心構えは同じであるべきだということが分かる。匿名ブログは本人を特定しずらいものの、法的手段を通じて本人の特定も可能。ということは実名ブログでも匿名ブログでも、記者ブログでも記者以外の人のブログでも、基本的には同じ姿勢で書くべきだと考えられる。

を読むと、ああ、このブログという場もリスクが高くてダメかと、やっと見つけた憩いの場所を去る用意を始める人も少なくないと思うのだけど。

人が集まるのに時間がかかるけど、去るのは早いと思うなあ。

それこそ、2ちゃんねるの各板じゃないけど、趣味嗜好の近い人々の会員制サロンみたいのがたくさん出来て、そこはちょっと閉鎖的で、そして分散していっちゃうと思うなあ。

少々性急過ぎませんかねえ。

粋とか洒落のきいた世界というのも人間必要だと思いますよ。

そこに正確性とか信頼性とか持ち出したとたんに無粋な話になってしまいますから。

日本ブログってもともとはそういうところでしょ。

2004年11月24日Wed 日本の皆さん、朝ですよ。

[][][] 「自己満足」という言葉

中学生のとき、コンサートで演奏をした。ある人から、「自己満足でしたね。」と言われた。とても重い言葉だったが、その後、何かをする際に、常にそれは「自己満足」だけではないのかどうかを自分に問いかけるようになった。

個人的なブログはもちろん「自己満足」の世界であっていいと思うし、また、書くことによって、それが「自己満足」だけなのかどうかじっくりと確認できるいい機会でもある。

かくいうこのおっさんも書いたあと、読み直してみて、「ありゃ?」と思うことも多々ある。

そして、ご指摘がなければちょっとだけそっと修正などとズルをすることもある。

だけど、商用に近いもしくは商用に限りなく近いブログもあるように思う。

また、それが企業体であればもちろん商用なのだろう。

特にマスコミの場合、それが伝えることの「自己満足」で終わっていないかどうかをプロとしてきっちりと精査して欲しいと願っている。

イラク戦争特に香田さんの事件もそう、米大統領選もそうだ。

そして、最近では、誘拐事件。

特に、今回の新潟中越地震での報道では、誰に、何のために、何を伝えるべきだったかについて、やはり総括が必要なのではないだろうか。

とにかくありのまま伝えるということだけでは、「自己満足」という言葉が常につきまとうように思う。

ということで、お体ご自愛ください。理系白書ブログ様。

追伸:住民に最新情報を伝えるのは主として警察、消防、役所の仕事だと思いますし、マスコミも災害時には彼らには積極的に情報を提供する体制となっていると思うのですが。