2006-04-14
■[カトリック]聖金曜日

今日は聖金曜日である。大斎の日と言って断食したりする。といっても一食抜きとかそんな感じ。ちょいと空腹状態でいる日である。空腹状態というのは実は頭が冴える。まぁ「祈り」という行為において脳の働きを活性化させるのは重要、イエスは40日間荒野で食を断つような生活をしていたようだ。祈りの生活に入る為に食事制限が或るのは仏教の禅といい、何かあるんでしょうね。
そういうわけで、現在、空腹である。パンでも食べたいけど、今、食べて寝ると太るしな。
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で、本日は受難の日。聖書のクライマックスであるイエスの十字架刑の日である。こりゃかなりドラマティーコな展開で、象徴的に色々なモチーフとして使われることもあるやね。「十字架上の孤独な死」惨めったらしくて、弟子達にすら見捨てられ、嘲笑され、渇き、神に祈る「何故、お見捨てになられたか?」嫌な死に方である。
そこに寄り添うのは、母マリアとマグダラといった女性達。ピエタ像が心を打つのはその母の嘆きゆえである。トンでもない死に方をした息子への嘆き。子を失った悲しみと、その子が苦しみと孤独の挙げ句に死ぬその現実を前に。張り裂けそうな思いはいかばかりかと、まぁ、思っちゃったりするのですね。それは普遍に人々に訪れる親しき人との別れの光景でもある。だからここでの悲しみの光景は日常に存在する悲しみでもある。その共通する普遍的な痛みの共有があるというのは、判りやすいツールではあるなぁ。
その共有性ゆえに我々は孤独ではない。あなたの痛みは私は知っている。それは体験したことのある痛みなのだと、我々も思うし、また反対に自らの痛みを知る者がいるということでもある。それは既に孤独ではない。その共有性ゆえに「救い」へと導かれるのかも。
まぁ少なくとも、わたしゃそういう風に慰められましたよ。
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本日の典礼は「十字架の道行き」などを午後3時頃に各教会でやったりしているようです。まぁ私は参加出来ないんでつまんないですけどね。これフランシスコ会がはじめたっていうし。ちょっと自分的に重要。それと「十字架称賛」という典礼が行われたりする。ミサとは違うのでちょっと変わっている。目撃したいけどこちらもまぁ出れません。遠過ぎて。泣)
明日は復活徹夜祭には行きますよ。徹夜ではなく前夜祭という感じですね。ここ2年ほど復活祭の式にはあずかれなかったのでかなり嬉しいかも。






ハイビスカスは一年中咲いているので有り難くない花ですね。グラジオラスは畑にどかどか生えるんですよ。しかも繁殖力がすごいです。山羊の糞のように大量の球根が出来るのでどんどん繁殖するんですね。だからお百姓さんは抜くのに一苦労。
ただ、花が咲く時期は限られていて今だけです。なもんで季節間のある花ではありますね。
寒地だから仕方ないのでしょうか。
チューリップやヒヤシンスはがんばってますが。
庵主殿の感覚、非常にフランス人ですね。前世はイタリア系フランス人で間違いありませんでしょう。引越先はほぼ真っ白の三次元です。どうすりゃいいんでしょう?エマウスで亡霊つき家具を探すのが良いのだろうか?(エマウスもアンチークも独居老人死亡による払い下げが多いらしいです)。
午後3時、地元旧市街の教会で聖金曜日の式に与かりました。十字架のイエズスさまへの挨拶が皆様、キスしたり触ったりと熱い時間でした。
今日、こちらのニュウスでフランスの司祭不足について流れました。ポーランドなどから司祭を招いてもまだ足りないそうです。南仏の鷲巣村群では月一度の出張が精一杯だとか。フランスの先は見えたかもしれません。
ありゃ。そりゃ悲しいですね。チューリップって好きです。春の花の中で一番好きかも。元はアラブの花(トルコ?)だった記憶が。ここではチューリップを逆に見ない気がする。。。
ま・ここっと様>
ん?なじぇ?おフランス感性?やっぱり殺伐としてる辺りか?
引越先、深刻ですね。トレーラーハウスの仮住まいは嫌ですしねぇ。しかも先の見えない・・。
独居老人って単語は私的に身につまされて〔将来確実にそれだ)
・・・・・・けっこう(((;゜Д゜)))ガクガクブルブルもんだったり。
いいなぁ十字架の式。出たいけど、ここ数年出てないづら。忘れそうだよ。
フランスも司祭不足か・・・。どうしたもんかねぇ。