2006-07-31
■[社会・時事]デザイン業界ピンチ

▼編集機能、中国へ 日本の雑誌で動き盛ん 人件費安く日本語堪能
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/worldnews/12964/
【上海=前田徹】日本の雑誌出版の編集機能を人件費の安い中国で肩代わりさせる動きが加速している。日本語に堪能なことが必須のため日本留学帰りの多い上海が中心となっているが、最近は北京や大連、広州などにも編集拠点が広がっており、それだけ日本語が使える知的労働者が中国で増えていることの裏返しでもある。昨年の反日暴動後も日本企業の中国進出は増え続け、中国の民衆サイドではむしろ日本傾斜を深めている。
こうした日本の雑誌の編集拠点の草分け的存在となったのが、上海市にある「上海初心商務諮詢有限公司」(張波社長)だ。コンピューター雑誌を主に出版する東京の中堅出版社が機材や資金の大半を提供して2002年5月に設立した。この中堅出版社は当初、簡単なレイアウトだけを中国側に依頼していたが、いまでは全体のレイアウトをする責任者とライター(記者)、営業員をのぞいてすべての編集とデザインは中国側で行われている。
張社長によると、「日本人編集者1人を解雇すれば、こちらで8人雇える」という徹底したコストダウンがこうした日中合作の雑誌作りを生み出した。張社長は東京の印刷会社に勤めたことがあり、DTP(コンピューター机上出版)技術さえあれば中国の若い編集者でも十分こなせる自信があったようだ。
つまりDTPの発達で雑誌編集もグローバル化が避けられなくなったともいえるが、もう一つ重要なのは日本語を扱える人材が上海に多かったことだ。張社長自身、日本留学帰りだが、日本側編集責任者と電話で打ち合わせし、レイアウト作成と校正を中国側スタッフに指示する責任者も日本留学帰りだ。
張社長は日中合作の雑誌作りの将来性に目をつけ、この合弁会社とは別に自らの出版印刷会社を始め、いまでは日本の老舗出版社の有名月刊誌の編集をも手がけるほどになっている。また、日本の地下鉄駅などで配布されるフリーペーパーなども手がけているそうだ。
こうした成功に日本の大手、中堅の出版社が同様の中国の代理編集会社設立を目指しており、すでに上海では3社、上海郊外にもかなり大がかりな日本の雑誌専門の会社が生まれた。張社長によると、このほか北京、大連、広州にも同じような会社ができたという。
中国にこのように雇用を移転することで日本の失業者がまた増える。安い人件費で雇える土地で雇い、日本の失業者からは仕事がどんどんなくなっていく。コストダウンはこのような構造に支えられているというわけだな。
切られた多くの失業者は中国における下流層のごとき生活を強いられ、しかし日本は生活物価が異常に高いので飢え死にし、一部のトップのみが隣国の安い労働者を使うことで潤うという光景がグローバル化ということだよ。
どうりでイラスト関係の仕事も減ってるわけだな。回りの同業者がみんな嘆いている。なんせコストダウン化で真っ先に切られる部門だもんよ。友人のデザイナーもフリーの写真とか使ってるからな。イラストレーターや写真家に新たに発注する予算がないみたいだし。
飢え死ぬ前に早死にしたいなどと最近思うよ。なもんで健康管理にはまったく興味がねぇ。50になったら死ぬのが一番だ。その頃には目も悪くなって今以上に絵をかけなくなるかもしれないし。生きている意味なんかねぇな。
うーん。こんな暗いニュースを聞いたもんで上記のごとくすごく悲劇的な気分になったぞ。ムカつくなぁ。精神的によろしくない。こういう時は八つ当たりだ。
この売国奴な雑誌社は何処のどいつだ?名を名乗れ!!!
ここの社員は全員年金倍額払え!もしくは重税を課してやれ!!くそ!
にしてもデザインというのは知的な要素で、ないがしろにしちゃいけない部門だよ。でも日本ってのはそういう視覚的な美にものすごく疎くて軽んじているんでこういう結果になるんだな。
さっきもNHKで、「タダで若い人に壁画を描いてもらった」とかやっていたけど、絵を描くというニーズの場には大抵子供の絵とか素人の絵が幅をきかせているし、金を出すってことを忌避する。
にしても例えば展覧会なんかすると半年分の労働がまったく無報酬状態な世界。(絵なんて買う人はまずほとんどいないからね。そんな余裕ないだろうし。)で、上記のように数少ない仕事が発生しそうな場ですら素人が出張ってくる。商売となるはずの商業美術の世界であるエディトリアルデザインも最近は素人がフォトショやイラストレーターなんか扱えるんで専門家の仕事を奪っていたりする。正直素人がやったものなんかダサくて詰めが甘いんですぐわかるんだけど。
最近、本屋に並ぶ書籍の表紙がしょうもないのが多いのはそういう性なのか?とにかくコストダウン化の波が本屋にいるとあきらかに感じるよ。
それに加えて今度は中国人デザイナーか・・・・。
日本における視覚伝達系の世界はますますやせ細りそうだな。日本の出版界はライターだけでなくデザイナーも雑誌の売り上げに貢献してきたということを忘れている。
そんな浪花節はネオリベ・グローバル化の前には空しいだけなのかもね。知り合いのデザイナーや編集者さんたちが心配であるよ。
◆◆
しかし、靖国反対とか9条がどうたらとかにこだわって、中国様を怒らせちゃいけない仲良くやろう。と言っている人々がいるけど、実は小泉流ネオリベな人々のほうがはるかに中国様とその人民達に貢献しているという事実が上記のニュースだな。
中国様の人民に雇用を生み出し中国経済を支えているのはネオリベ君だったりするわけですよ。
わたくしはエゴイストなんで中国様に仕事を盗られるのはいやんとか思うので小泉流ネオリベにどーも上記のように懐疑的なんですが、それ以上にもうなんだか今更的な靖国反対とか言ってる人にはもっと懐疑的だったり。だって中国様のお偉いさんが「あれは中国人民の不満をそらす為のえさ」などといってるもんよ。(北京で師匠が聞いた実話)
中国のお偉いさんはもっと実際的で賢い。






また、経済に勢いがなくなってきた今頃になって中国に投資するのも、バカげていると思います。確かに、表面上は支払うコストが下がりますが、中国に払ったカネは二度と日本には戻ってこないですから、がんばって別の場所からカネを稼いできて、中国さまに貢いでる構図です。なんか間抜けですな。せめて、中国からカネを吸い上げるスキームとセットで考えないと、ホントにやせ細るだけです。
編集者でも、企画をまとめられる人は大丈夫でしょうし、デザイナーでも作業だけじゃなくて「デザイン」ができる人は大丈夫でしょう。それに作家や画家も。
いっそ、中国で展覧会をやってはいかがでしょうか。日本企業の下請けでお金持ちになった中国人が絵を買うかもしれないし、展覧会コストも安くあがるかもしれません。
商業出版だけでなく、ゴーカな社内報なんかは、真っ先にコストダウンの対象になるから大変なんすよね。
まあ、要は、いい客筋をしかに持つか、みたいなところに落ち着くと思います。
おっしゃるとおり、国内での失業者が増え続けそうで怖いです。こうなったらわれわれ日本人が上海に移住して、中国のデザイン会社で働くというのはどうでしょう。上海の物価は良く知りませんが、中国人と同じ給料で暮らしていければいいかな、なんて。
・・・しかしながら人ごととは思えないニュース。私も会社での需要を確立しなきゃと肝に銘じました。
無駄な雑誌も多いのは確かですよね。日本の雑誌が良質で延びた時代というのは今ほど種類もなかったと思います。ギョーカイ全部で見るなら薄利多売的な状況になっているとは思います。
中国への投資は結局「コスト削減」なんですよね。しかもその賃金は日本には還元されない。日本で得た金の一部が海外に流出していくというのは経済的にやせ細るというのはまさに仰るとおりで、しかし中国市場をターゲットにし利益を上げる目的で行うというならプラスなはずですが、ここでの光景はなんかそれと違うようです。
南郷力丸様>
はじめまして。
>「デザイン」ができる人は大丈夫でしょう。
勿論、どの世界でもそうなんですが、その裾野には多くの途上中(修行中)の若いデザイナーや、才能はないけどなんとか頑張ってるデザイナーもいるわけで、そういう雇用がなくなるというのは、長い目で見るならば結果的に業界全部がやせ細っていくことになると思うのです。
あと中国での展覧会は確実に持ち出しになります。なんせ「やらせてやる代わりに経費そっち持ちね」的な世界ですから。わたくしの知り合いの売れてる画家さんいわく3000万経費がかかったと。全部日本持ち。当然画家の財布を直撃します。向こうはその金で飲み食いしたりする好適なチャンスとしてのイベントとして考えてるようで。まだまだ美術市場としては成熟はしてないかも。
まぁ文化交流の一環としてのボランティアならいいかもしれませんけど食うのは無理でしょうね。
pata様>
客筋ってのがな〜。デザイナーの友人も頑張って営業してるみたいだけど。大変だよ。
Christina様>
DTPダケデナクデザインという範囲までもか。といささかびっくりですがそりゃ安く上がるに越したことはないと考えるのが人情ですよね。出版社はそれで経費が削減でき売り上げが伸び従業員は潤うことになります。しかし今まで彼らが世話になってきた業界を踏みつけて成立する安定であることを自覚して欲しい気もします。
まぁ私がよく知っているギョーカイゆえにびっくりしましたがこういう光景は他の業種でも山のようにあるのでしょうね。
負け組み勝ち組なんて幻想などと言ってる人はこういう世界を知らないだけなんじゃないの?と腹が立つ。
工夫してのし上がれる椅子には限りがあって今までの社会は多少の熟練を要さない様々な雇用があって、日本人の雇用が約束されてたわけですが。
皆が営業経営脳になればいいなどという社会か。
やっぱ日本は経済脳の人間が動かす社会ですね。技術脳の人間ならこういう悲哀が悲劇に繋がるということはよく判るんだと思うけど。
セル画アニメの仕上げ作業などが韓国や中国にアウトソーシングされているのは、とっくに認識していたし、日本国内で日本人にやらせたくとも、まともな給与が払えないのでやむを得ず...、との話だったので、致し方無しかと思っていたのですが(一体誰が儲けとんねん!)、雑誌の編集までも?! それはアカンやろう、いくら何でも...。
>中国にこのように雇用を移転することで日本の失業者がまた増える〜
>人民に雇用を生み出し中国経済を支えているのはネオリベ君だったりする〜
⇒ 結果、中国は豊かになり、(元々強い勝ち組企業の)対中輸出はどんどん伸びる、または現地工場はフル稼働、一方日本の中下流層(嫌な呼称)の消費はシュリンクし、売れるのは100円ショップの中国製品だけ.....。 経済学でよく言う“合理性の誤謬”ってやつですね。
今、私が関わっている中国絡みの仕事は、日本のユーザーの品質要求が非常に高く(安ければ多少モノが悪くても、という発想は許されない業界)、また元々人件費の製造コストに占める比率が低いため、中国に出て行ったところでメリットが薄く、彼の国が脅威になることは当分無さそうですが*、こういう製品ばかりでは無いですからね。 嘆いているだけでなく、みんなで智恵を絞らねばと思うのですが。
*つまりは私が儲かる事は当分無かろうということで、なかなかうまいこと行きまへんわ。
DTPの国外アウトソーシングは、私の関わってた業界がちょうど直面してます。取説とか業務用ドキュメントなんですが、とにかくクライアントのコストカット要求が厳しくて、中国や東南アジアに出さないと商売にならない。印刷自体、とっくに国外に持ってかれちゃってるし。
まあ、クライアントもあまり締めつけすぎて国内業者に逃げられると「じゃあこれから全部中国に丸投げするから、お前らの部署リストラね」と自爆するわけですが。
雑誌みたいなメディアだと、編集者とのレスポンスがクオリティ上のネックなので、完全に国内がつぶれることは無いと思いますが。
聖域なき改革っすから。
しかしまぁ品質というのはいずれ互角になるか体力のある国が伸びることになるので、逆転するでしょうね。
かつて日本がアメリカを凌駕していった様に。同じ現象に今、我々は直面しているということでしょうね。
中国市場がやがて我々の雇用を生み出すものとなればいいのですが、今過渡期で、しかも対応できる柔軟さを持ち合わせていない年代がリストラされつつあるなかで、「負け組」の現実は過酷だよなぁとは思います。
アメリカが体験した70年代80年代を振り返って我々が学ぶものはあるかもです。
tsukasa様>
クライアント様は儲けても下請けは厳しいですよねぇ。
編集メディアの「編集」はともかくデザインは無くなる可能性もあるかも。
とにかく裾野が広くないと良質なものは育っていかないと思うのです。中国は今そのようになりつつある。そしていずれ追い越されてしまうでしょうね。
デルの工場の遍歴は以下のとおり。
フィリピン→セブ島→中国
(デルはFedexの飛行機が行くところであればどこで作ってもいいらしい。防衛庁の分(6万台)はさすがにディスク抜きの外身は中国で作って最終段階(=ディスク取り付け)は日本の倉庫でシコシコ手作業でしょう。(米軍の特別部署があるぐらいですからねぇ。。。))
HPのパソコンは東京の山奥(奥多摩の手前)で作っているそうです、(「メードインジャパン」を売りにしたいらしい)
日本のITの下請けも悲惨ですよ。 天井(=エンドユーザー)が見えないぐらい下請けに出すんですから(今の仕事も片手がいっぱいになるぐらい上がいる、その分だけ伝言ゲームを繰り返さなきゃならん)。 しかもコーディングは中国かインドでやらせて微修正は日本でチョットするだけですから。
こちらのエントリを読んでから「名称なんかどもでもいい」さんのブログ
http://d.hatena.ne.jp/soapland/を読んでしまい、
もっと救われなさを感じました。
知り合いの編集者から「年代別リストには著作権はない」と教えて貰えましたけど、出版社が著作権フリー素材でワンコーナー作っちゃって、仁義も通さないって、
貧すれば鈍すってことなんでしょうか。
中国人に仕事を任せるのはビジネスだと理解は出来ますけど、
一言挨拶すればすむところでの「ずる」は、もっと精神的荒廃が進行しているように思えます。
うーん考えさせられてしまいますね。知的所有権の問題とか、良質な「雑誌」とか、知の入り口に相当する場において、最低の一線は守っていかないとテレビのような質の悪い世界が文化をどんどん侵食していくことになるかもです。
大衆文化の宿命なんでしょうが、昨今「育てる」プロセスは採算では無視されてしまいますからね。