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あんとに庵◆備忘録 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-11-18

[]父は何故ボケたのだろうか? 00:14 父は何故ボケたのだろうか?を含むブックマーク 父は何故ボケたのだろうか?のブックマークコメント

先日、母のアトリエで数年前、島に越して間もない頃の写真が出てきて眺めていた。そこにはしばらく私の家でごろごろしていた父の姿があった。写真の父は島の我が家を尋ねてきたかつての部下と談笑していた。今の父からは想像できない豊かな笑顔だった。

島に越したのはほんの四、五年前。我が家で海を眺め悦にいっていた父は、私が夜中に用意した朝ごはんのおかずを冷蔵庫から取り出し、牛乳をレンジで温め、パンを焼き、寝坊な私など無視して一人で食事をしていた。カナの散歩の時間には一人で浜辺を回り、ついでに近所のホテルで茶をして帰ってきたり、街中にぶらりと出かけ、文藝春秋や、週刊新潮週刊文春を買ってきては、部屋でくつろぎ読んでいた。或いは図書館で島の民俗誌を借りてきて読んでいた。島の民話は私よりも詳しかった。

しかし、現在の父は、歯磨きも一人で出来ず、字も書けず、家人が留守を頼むと、そのあとを追って寝巻き姿で街中を彷徨い出たり、無表情にただただテレビを眺め、そして階段から落ち、路上で転び、いわれるがままに動くロボットのようでもあり、そこにただ咲く植物のようでもあり、まぁ所謂、ボケ老人だ。

たった数年で、父の生活機能は停止していった。

人間が生きて普通に生き、活動しようとする、その肉体、或いは脳のメカニズムとはなんだろうか?と不思議である。足が思うように動かず、脳は何かを思い出そうにも働かず、目に見えず、音に聞こえず、感覚器官は正常であるはずなのに、機能していない。

病院脳神経外科)の専門医の分析では、アルツハイマーではなく、慢性的な脳梗塞が起きていた結果、脳の多くの細胞死滅し、そしてそれに伴うパーキンソンの症状も出はじめているとのこと。

観察していて気付いたのだが、おそらく、外界のことはある程度認識はしているがアウトプットがうまくいってないように思える。

父がかような様態になった理由をあれこれと考えてみたりする。

一つの理由は、永らく飲んでいた睡眠導入剤の性だろう。

父は大層律儀な性格で医者が処方した薬は処方どおりに飲む。何時からかなかなか寝付けないので睡眠導入剤を飲むようになった。癖になるといけないからと、母も私もほんとに必要なとき以外は飲むなといっても聞かない。隠すと延々さがす。そして処方どおりに飲む。しかも酒と一緒に飲むという最悪の飲み方である。

実は、この睡眠導入剤はほとんど効かなくなっていた。そしてある時看護婦さんに「睡眠導入剤の性で顔の表情がおかしくなっているわよ」と指摘されてやめた。やめた途端よく眠れるようになった。何のための薬だか。

その永らく飲み続けた睡眠導入剤。私がタマに飲むと記憶が途切れることがある。それ飲んでブログ書くととんでもないことを書いている。そんな強烈な薬なわけだから、脳の神経の一つや二つおかしくなっても不思議ではない。ましてや酒と共に飲んでたって按配なので、父のニューロンは相当死滅しただろうと思う。とほほである。

もう一つの理由は、鬱が入っていた性かもしれない。

昭和一桁の、典型的な高度経済成長時代を駆け抜けた親父は、仕事人間で、趣味仕事、家のことはナニも出来ない、家父長制の申し子であった。

父の専門は土木である。そしてマスメディアに叩かれていた道路公団に勤めていた。父が勤めたはじめの仕事は名神東名高速道路建設だった。幾つかの高速道路を手がけ、更に本四架橋のプロジェクトに関わり、公団を自主的に辞めてのち、ゼネコンに入り、今度はレインボーブリッジ、そして海ほたるアクアライン建設などに関わっていた。

父は自分の仕事が日本を豊かにすると信じていた。地方を豊かにし、多くの人の雇用を生み出し、そして産業が発展するだろうと、純粋に信じ、それを誇りに思い、それ以上の名誉も、地位も、金銭への欲もなく、大きな仕事の歯車の一部である無名の自分というものを誇りとしていたのだが、社会の変容がその誇りを奪ってしまった。

小泉内閣の構造改革は道路公団を目の敵にする世間の風潮を生み出した。メディアによって連日、父が過去やった仕事が叩かれていく。何時しか父はテレビを見なくなった。猪瀬の文が出ている文春を怖いもの見たさで読んでは怒っていた。父のあとを継いで公団に入った兄は、これらの変革は当然必要なものだろうと平然としていた。父たちの世代がやってきたことは現代では通用しないと。しかし、父はそんな風に割り切ることは出来なかった。

やがて父は仕事に対する情熱を失っていった。

そしてほとんど家にいるようになった。

昭和一桁の男から仕事を取ったら何もない。家の中のことはなにひとつ知らず、なにも出来ない。簡単なことは覚えるが、それ以上のことは出来ず、そして膨大な時間を持て余す。

このような状況で鬱にならないほうがおかしい。

もともと寡黙で、一人でぼっとしているのが好きだったので、解りづらかった。それでも父の気を立てようとするあれこれも、結局、付け焼刃でしかない。根本の落ち込みの種を取り除くことは出来ない。社会の変容は歴史の必然であり、それを受け入れるしかないのだが、父はそれが出来ないというだけなのだろうから。

社会でも家でも父はいる場所がなかったのかもしれない。

そして数年かけて、自分という殻の中に引き篭もってしまった。緩慢な自死にも等しい。

そんな父を見ていると、寂しくなる。

どうにも出来ない故に無力を感じるのだが、それでも日常はやってきて過ぎていくわけで。それに慣れて行くしかない。

今日、天気がよかったので、父と母と、我が家の島犬たちと散歩に出かけた。ユニクロで父の服を大量に買い、帰りにイタ飯屋によって昼にした。典型的な家族日曜日というものを過ごしてみた。というかほとんど初めてじゃないか?こんな過ごし方したのは?

それは大層平和な一日だった。

あとどれぐらいそういう時間が持てるのか判らないけど、まぁこんな平和な一日を沢山過ごしてみたいねなどと思っていたりしますよ。

主の平和。

UY807UY807 2007/11/20 01:02 あれはクリスマスの日でしたっけ?
ちょっとだけお目にかかりましたね。
覚えています。

お祈り申し上げます。

なおなお 2007/11/20 09:43 いやはや、私も昭和一桁なんで、背中が寒くなりました。夫も一桁で70歳で脳梗塞。感情以外のことはなにもわからなくなり、自分で食事もできませんでした。有能な公務員でしたが。その落差にガクンとなりました。ある日「この人は半分天国に住んでいるんだ」とおもえてから、随分楽になりました。「あちらの世界つて、どんなのか教えて?」と心でいいながら付き合うと楽しいでした。カトリツクの施設に入れていただき、聖堂で私は一人、すわつていることもできました。なにもわからなくなつていたので、かえつて、楽だつたのかもしれません。5年後やすらかに旅立ちました。あんとに庵さんは私の子どもたちとほぼ、同じ40代なんですね。子どもたちは忙しく、共に食事した日は5年間で僅かでしたね。度々、こういう機会をおもちになられることをねがつております。私がぼけると子ども達はどうするんだろう・・という不安はつきまとつています。

GemmaGemma 2007/11/20 15:15 初めまして。
睡眠導入剤のあたりを読んで少し思うところを。
わたしの祖父も認知症でした。やはり睡眠導入剤の類を飲んでいまして、周囲は祖父の認知症をそのせいにしておりましたが・・・

お使いの薬が何か、わたしにはわかりませんけれども、人の脳というのは同じようで同じではありません。祖父が入院したとき担当して看てくださった看護師さんが、あんとに庵さんと同じことを言われました。飲むと記憶が飛ぶくらい強い薬だ、と。その方は試しに飲んでみたところ、記憶がない状態でいろんな人にメールをしていたそうです。

ですが、それは「その人には必要がなかった」薬なんです。あるいは間違った飲み方をしたか、量が正しくなかったのです。

私自身は、子どもの頃から脳神経のバランスが悪く、脳神経外科に通い、大人になるまで薬を飲みました。同じ薬を普通の人が飲むと寝てしまったりおかしなことになるだろうと思いますが、それでバランスが取れるようになるのです。いまはもう飲んでおりません。

あの手の薬は定期的な検査とコントロールがとても大切です。
そして必要な人にはほんとうに必要なのです。

「強烈な薬」のせいでおかしくなった、と書かれると、必要な人が飲まないかもしれません。
ただ、誰にでも合うような、風邪薬のような薬ではないだけなんです。
心臓が悪い人にジギタリスは必要ですが健康な人が飲むと危険です。
そういったものなのです。

件の看護師さんは若い方だったので、看護師長さんにお会いしてお話ししたところ、量のコントロールをしてくださいました。そして「自分の(健康な)体で試す=正しい結果が得られるわけではない」ことをお話ししていただきました。

つまらないことでからんですみません。
あまり日常生活で、明らかにして言いにくかったり、誤解を受けやすいもので。
失礼いたしました。

antonianantonian 2007/11/20 22:55 UY807様>
懐かしいですね〜。あれは洗礼式でしたね。
その節は有難うございました。またみんなで集まりたいですよね。

なお様>
私の父の場合かなり周りのことを把握しているようです。ただアウトプットが出来ない。そして鬱が入っているという感じで、周りに対して感覚を鈍くさせているようにも思えます。
脳の働きは謎ですね。それは神秘の領域でもあり、未知なる世界でもあるなと。
母は反面すごく元気でしっかりしています。祖母も同様にまだまだしっかりしています。なおさんも、大丈夫ですよ。なんせパソパソが出来るなんてすごいです。それもブログや掲示板に書き込みなんて、親たちの世代では考えられない果敢さに驚きです。
新しいことに挑戦できる方はたぶん大丈夫だと思います。うちの祖母も80過ぎてソリティア覚えてやってましたです。

Gemma様>
それが実は、睡眠導入剤は、脳神経外科の専門のお医者さんにやめろといわれたんです・・。そしてその専門医の看護婦さんに表情のことを指摘されたのですね。
処方していたのは別のお医者さんで、当然専門外で、まだすこぶる健康だった頃に、単に眠れないからという理由で出してもらっていたのが惰性で続いていたのです。そのお医者さんも「乱用は避けるように」と言っていたのですが袋にある「睡眠前に」という言葉を律儀に守っていたんですね・・・はぁ_| ̄|○
そしてなにより、医者に禁じられている「酒と飲んでいた」ってのが致命的な気がするです。

当然、現在、脳神経外科のお医者さんの処方のお薬は律儀に守っています。ご懸念の件はその通りで、餅は餅屋だとは思います。

mai--maimai--mai 2007/11/21 15:32 まったく自分のことで恐縮です.

が,睡眠導入剤+酒+鬱 うぁぁ 
わたしすべての条件を満たしてるぅぅ

という思いがまずおこっちゃってお父様のおこころを按配する余地がなくなってしまいました.

井上井上 2007/11/23 00:20 >昭和一桁の、
典型的な高度経済成長時代を駆け抜けた親父は、
仕事人間で、趣味仕事、家のことはナニも出来ない、
家父長制の申し子であった。

うちの老父もそうです。
同じです。
仕事は経理でしたが同じです。
そして、
認知症にはなっておりません。
むしろますます老獪な爺、妖怪化してきております。
認知症でなければ認知症でないなりの
身体機能がだんだん低下する苛立ちと
昭和一桁男特有の甘えというか依存心の増幅が起こって
自分の思い通りにならないと
手に負えない駄々っ子になって回りが折れるのを当然とします。
介護する側にはストレスです。
つい先程も、
デイケアから激怒して帰宅してきたのを見てへとへとです。
何かもう、疲れたなあと思います。

かいごふくししかいごふくしし 2007/11/23 21:10 はじめまして。
記憶が飛ぶような薬が何なのか?よくわかりませんが、専門医でなかったのが残念だったと思います。
パーキンソン病と脳血管性認知症なのですね。同じような症状の方を介護していますが、パーキンソンがあると運動障害を伴いますから転倒しやすいですね。言葉数も少なくなりウツのようにも感じられると思います。パーキンソンは治療薬がありますから専門医にかかる事が大切だと思います。転倒は骨折につながります。段差を解消したりの工夫も大切と思います。困った時には役所に相談してくださいね。家族だからできることもあれば、他人だからできることもあります。高齢化の日本ですが70歳を過ぎればどこかしら異常が現れます。私の父はガンになりました。梗塞を起こしやすいのであれば水分を多めに摂ってください。ムセルようならトロミをつけてあげてください。

antonianantonian 2007/11/23 22:11 まいまい殿>
濫用と、酒はご法度どすえ〜。お医者さんの指示に従って飲みなはれ。

井上様>
甘えの一形態としての「認知性っぽい」状態なのかも>我が父。
なんせ、ボケる前に、「俺はボケたい。ボケるぞ!」とぼやいていたことがある。鬱入っていたせいも手伝って「認知性っぽい」になって家族に依存したくなったのかもなぁと思わなくもない。
疲れてるのかもです。昭和一桁おじさんたちは・・・。

しかし、我儘じじぃ化は確かに疲れますよね・・・。大島渚がそれ化していたらしいですね。我が母は大層厳しい人(しかも京女なので怖い)なので、父が我儘化すると恐ろしいオーラを発するので、父はその辺りは抑えられているようですが、その技は母にしか発動できないですね。子供がやったら親の面子潰しになるしなぁ。

井上さんも、無理しないようにね。介護者が倒れたら元も子もないっす。どこかで息抜きしましょう。わたくしはガッコが逃げ場になってます。母も仕事を逃げ場にしてるのでなんとか持ってますね。

かいごふくしし様>
ようこそです。プロの方からのご助言ありがたいです。
最近、近所に超専門医が開業したとの朗報ありで、一度行ってみようと母と話しています。
転倒は恐ろしいですね。実は我が家は建てたときからバリアフリー化してあるのですが、祖母がやはり転んでしまい、それで歩けなくなったので、今度は早々と手すりや様々なシロモノを装着しました。が、それでも転ぶ。ここで何故転ぶ?ってな具合に転びますね。椅子から立ち上がるときなどに転びやすいです。あと寝床でよく転んでます。ここは布団があるので大丈夫ですが。

水分ですね。あととろみのあるご飯ですか。天津丼とかかな。

かいごふくししかいごふくしし 2007/11/23 22:41 お父様にむせ込みがなければ問題ないのですが、パーキンソンは筋肉の強張りがあるので嚥下(飲み込み)も悪くなります。
そのような方には水分摂取の時にトロミをつけます。粉状のもので混ぜるだけでトロミがつきます。検索するといくつかヒットすると思います。
転倒は何もないところでもしますね。バランスの悪さやパーキンソンによる症状だと思います。それ以外でも高齢になれば誰でも足が上がりにくくなりますが・・・。お大事になさってください。

underunder 2007/11/25 02:14 「夜間眠れなくなる」「鬱に似たやる気のなさ」などは脳閉塞による高次脳機能障害の初期症状だったのかもしれません。
私の母(昭和一桁)がそうで、「老人鬱」「そろそろアルツハイマー」と思っていたら程なくして脳閉塞で倒れました。死には至らず、さらにすすんだ高次脳機能障害と少々の半身麻痺が残っています。やはり病院で処方される薬を無批判に服用もしていました。

antonianantonian 2007/11/25 22:01 かいごふくしし様>
有難うございます。お水にもとろみはトリビアでした。
今、リハビリセンタで歩行のリハビリしていますが、バランス悪い様はすごいです。なるほど。パ−キンソンの典型ですか。

under様>
脳の中って不可思議ですよね・・・。父を見ていて色々脳の中の働きについて思いめぐらしてしまいます。
薬の作用もよく解らないブラックボックスで、こちらの先生とあちらの先生では考えが違っていたりで素人にはわからなくなりますね・・・。

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