『時間封鎖』ロバート・チャールズウィルスン 世界の滅亡を前にじたばたするアメリカの人々の例

正月からこっちなんか色々本読んでる。書評がたまりまくったんでまとめ書きしてるんだが、本当は本日は26日。でも沢山あるんで遡った日付にしてますよ。

先日東京創元社のSF文庫は何故か漢字率が高いと書いたが、漢字で埋め尽くされた題字の本があったので買った。『時間封鎖』ホーガンのに『時間泥棒』バラードのに『時間都市』というのがあるが創元社さんはどーやら「時間」がつくと4文字熟語にしたくなる傾向でもあるのか?

時間封鎖〈上〉 (創元SF文庫)

時間封鎖〈上〉 (創元SF文庫)

時間封鎖〈下〉 (創元SF文庫)

時間封鎖〈下〉 (創元SF文庫)

表紙はネチネチとした濃い絵がお約束のSF世界にしてはあっさりとしていてつまらないんであるが、どんなお話かというと、ある時地球の時間だけが突然ものすごくゆっくりとなってしまって、地球外の世界が驚くほどのスピードで過ぎ、何億年もの年月が地球時間から観ると瞬く間に過ぎていくので太陽が成長しまくり赤色巨大化!うわ大変なことに!このままでは人類が滅亡してしまう!ああどうしたら!という設定である。で、あれこれ解決策を試みる人類。なんと宇宙との時間差を利用して火星のテラフォーミングに成功してしまうのであるが・・・。

設定が荒唐無稽すぎて突っ込みどころは満載ともいえるんだが、そういう野暮な突っ込みはフィクションなので脇において愉しむのがこの手のSFのお約束である。

時間をいじる話というのは、冒頭に挙げたホーガンの『時間泥棒』或いはフィリップ・K・ディックの『さかまわりの世界』など60年代から70年代のSFによく登場する。宇宙を語りつくしたあとは時間という物理現象をいじるのが面白いという按配か。

で、この物語ではそうした宇宙と地球の時間というしかけだけではなく週末を目の前にした人々のじたばた具合がなかなか興味深い。

この物語の中心にいるのは語り手の主人公と幼馴染の双子。この双子は方や科学者として優れた資質を持つ男であり火星のテラフォーミングプロジェクトを立ち上げる。双子の片割れは女性であり週末を目の前にして宗教にのめりこんでいく。この双子の対比の描写が実にアメリカ的ともいえて面白い。理性と信仰という二つの相が極端に現れるとこんなになるんだろうなと。

アメリカというのは不思議な国で、科学的な先進国でありながら、同時に創造論など非科学的なものをマジに信じたりする人も圧倒的に多い。極端な反宗教理性崇拝から似非科学的迷信野郎、挙句いまだ中世的生活を実践してる人々までが仲良く(?)同居してるという国で、はたから見ていてもすごいなーと感心する。

でその極端な志向性の人々が世界の終わりに対しどのような反応を示すかのシミュレーションとしてもなんとなく面白い。ちなみに主人公は現実主義派。

なのでSFとして愉しんだというよりは、終末に対して示す様々な極端な文化的例を読むという感じで愉しみましたです。

ただ、同じ耶蘇でも、ローマカトリックアメリカのキリスト教、特にプロテスタントは全然違うんで、再臨とか千年王国とかボーンアゲインとかさっぱり何のことやらわからん。あの手のアメリカの福音主義的なギョーカイ世界は感覚として持ち合わせていないので実感的には理解できないなと。読んでいて思った。

もっとも「世の終わり」というと今から千年ぐらい前のヨーロッパでもフィオーレのヨアキムやカタリ派など、終末論や千年王国論みたいのが登場したのであるが、これまた全然ついていけない世界であるが、ハルマゲドンを演出したオウムといい、或いは2000年を前に登場したローマ・カトリックから派生したカルト「リトルペブル」など、もしくは日本の一向宗や「ええじゃないか」などもその手の終末的存在ではあるし、人間というのは、この世の終わりや急激な変革期に、普遍的にそういう反応を示す一団が登場するのかもしれんなぁと思った次第。

アメリカの宗教事情についてはこれが面白い。

アメリカと宗教―保守化と政治化のゆくえ (中公新書)

アメリカと宗教―保守化と政治化のゆくえ (中公新書)

ほとんどアメリカの、特に根本主義をはじめとする福音主義プロテスタントについて無知だったのでかなり勉強になった。リベラルから保守までの幅が半端ないのだが、その流れや派ごとの実態はこんな感じだったのかーというか。