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コジロウ日記

2014-01-28

ご挨拶に・・

2年間通った動物病院に挨拶に行きました。もうすぐコジが死んで1ヶ月たつし。私ももうすぐパリに行ってしまうし、その前に。

通い慣れた道、いつも聞いていたラジオ。久しぶりだな・・もう来ることはないんだな・・。悲しく寂しい気持ちで18時頃に到着。

混んでいたらどうしようと思っていたけど、ちょうど誰も患者さんがいなくて、看護婦さんもいてくれた。全員立ち上がって話を聞いてくれた。

泣くつもりなんかなかったのに、先生の顔みただけで涙が出てしまい、コジのことを話すだけで涙が・・。やっぱり思い出して辛くて。まだダメだな、私。

「あんなに辛い最期だったので可哀想で、辛くて」と言ったら「どんな子も最期は苦しいことが多くて、楽に逝ける子はいないので」と先生。そうかもしれないけど、辛いね、やっぱり。

あまり話すこともなくて、大学近くのお菓子屋で買ったお菓子を渡して帰って来た。ちょうど私たちが帰るときに次の患者さんが来ていたからちょうどいいタイミングだったかな。

あー、やっぱり行くと思い出しちゃう。ダメだねえ。まだ立ち直ってないんだなあ。そりゃそうだね。でも少しずつ。コジも私も前向いていかないとね。

2014-01-07

まだ辛いけど

まだ辛い。まだ胸が痛い。まだ後悔の念ばかりが襲ってくる。涙が出そうになることもある。だけど、いつまでもこれじゃダメよね。

コジに人間の都合や人間の感情、コジを擬人化してコジはこうだった、ああだったなんて考えること自体がおかしいことなのかもなーとここ数日は考えてる。
コジが死んでるのに、コジにあげるブロッコリーが大きすぎる・・なんて考えてる自分もいる。コジに前よりもいっぱい話しかけている自分もいる。

引きこもって家から出ないのもいけないのかなー。

本当に辛いと人には話せないんだなっていうこともわかった。FBなどに書く気になれない。どうせわかってもらえないし。私の気持ち。同情はしてもらえても、わかってはもらえないから。共有してもらえないのに書いても無駄。何を期待して書くのかって感じ。

この約1週間。何をしていたのか。あっという間だったような。長かったような。

昨日は一日家にいて、英語の課題を書かなければいけなくて、でも出来なくて一日苦しんで、何とか夜に適当なものを作って提出した。

一昨日は祖母に会いに行って、それから吉祥寺の私の実家に寄って、吉祥寺ロフトでコジの位牌入れになるケースを買って帰って来た。

4日はコジの火葬の日だったね。昼前にお寺行って、昼過ぎに全部終って帰って来て。その後、出かけようかとなって、私が急に前の家のそばの神社に行きたいと言って、電車に乗って稲田堤に行って、引っ越し後、初めて結婚当時6年住んでいた家に行ったんだった。そしたら駅前もいろいろ変わっていて驚いて、道中もいろいろ変わっていて、川に降りられるようになっていたりして驚いて、更に驚いたのは住んでいたマンションの1階にあったファミリーマートがなくなっていたこと!あれ、便利だったのに。なんかそのせいかマンションが寂れて見えた。私たちが住んでいた部屋は明かりがついていて誰かが住んでいた。
その後、そのまま歩いて必ず元朝参りしていた神社まで行って。もう4日だし、暗いしで、人気もなかったなあ。そのまま駅まで戻って帰って来た。

3日はコジを朝から車でお寺まで連れて行って。夫がお寺が近づいたら車運転しながら泣き出した。行きたくないって。帰ろうか・・、いいよ、帰ろうよって言ったけど、でもそのまま行って。ずっとコジなでていて、預けられなくて悲しくて。立派なお棺もたくさんあったけど、でもコジは段ボールでうちに来て、病院もずっと段ボールで、最期まで段ボールが落ち着くよね、コジらしいよねって敢えて段ボールで。ケチったわけじゃないよ、コジ。わかってくれてるよね。
帰ってきてから気分転換に外に出ようって言って、近所の神社白山宮?)まで歩いて行って。

2日は・・夫は夕方から高専の新年会。私は家でコジのそばで英語の課題やろうとして、でも泣いてしまったり考え込んでしまったりして出来ないまま、そしてコジのそばでコジを眺めることすら出来ないままだったな・・。

1日は何してただろう。全く思い出せない。確かコジのお花買いに行った。そのことは覚えているのだけど・・。東急が休みだったからパルコまで行って、コジに似合う白い菊を買って。コジに似合いすぎて夫が泣いて。

辛いからか何なのか、すぐに疲れてねてしまっていたな、ここ数日。

夫もため息が多くて、私と違う苦しみや悲しみの中にいたな。
特に年末最後の診療の12月30日、私が風邪で病院にいたから夫が一人でコジ連れていって、また来年って言われたのに・・・と。このことを思い出しても辛いみたい。そうだよね。私も昨日、本当は年明け最初の診療だったのになと思うし。もう行かないのか、あそこにって。毎週必ず行っていたのに、この2年もの間。

この苦しみも悲しみも、他の誰にもわかってもらえない。けど、夫と私で共有している悲しみ。そしてコジがいた幸せな日々も楽しかった思い出も。辛かった気持ちも全部。共有している。
ごめんねという気持ちもまだいっぱいだけど、やっぱりありがとうなんだよね。

ペットロスなのかなといろんなサイトみたけど、そこで有名な虹の橋って話で虹の橋の向こうにウサギがいるとか、月に帰ってしまったとか、全くぴんとこないし心が動かない。コジはそんな人間の思い込み、お仕着せとは関係ない。コジはコジとして、ウサギとして産まれて私たちと一緒に暮らしてくれて死んでいったんだ。そうとしか思えない。

2014-01-06

1月6日 初七日

コジがこの世からいなくなってもう1週間たつんだね。
早い。でも、この年始のお休みが暦の関係で長かったから、コジとずっと一緒にいれて、コジのことをいっぱい考えられる日々だった。

朝はいつも通りにコジにブロッコリーあげて。

コジがいなくなった最初の頃はコジに声かける自分の声のわざとらしさ、コジがいないってわかってるくせにわかってない感じを出している自分がとてもイヤだった。

でも、だんだんそんなことなくなっていった。コジ、いるもん。思い込みとか無理じゃなくって自然にそう思って声かけてるよ。

コジの骨壺の頭の部分が何だかコジの頭に似ていて、なでるとコジを感じられる。
いつもコジのケージをみるとコジがいて、日向で楽しそうにしてる。頑張って足悪いのにバランスとって草食べてる。それを感じながら寝る。寝ていても、コジの写真が変わるとつぶっている目なのにコジの変化を感じられる。

昨日はコジの紙の位牌を入れるケースを吉祥寺で探して、ロフトの額縁コーナーで買ったよ。

本当にかわいいなあ。コジ。

こうしてあげればよかった、あのときこうしていればコジ苦しまなかった?コジもっと長く生きられた?って今言っても仕方ない後悔が浮かんできて胸が苦しくなるけど、泣きたくなるけど・・・これはずっと抱えていかなければいけないことかもしれないね。何してあげていても、きっとこれでよかったんだって満足はできないと思う。

でも、コジがいてくれる、いなくなったわけじゃない。お世話してあげられないけど、新しい思い出は増えないけど、でもね。いるから。

今日から世間もお正月お休み終わり。私も少しずつ普通の生活に戻していくよ。
何もしていないのに精神的なものなのか、体の疲れがなかなか取れないけどね。

いつも通り、コジのケージが見えるところでいつものようにやっていくよ。
コジ、ここにいてくれてありがとう。コジのそばで頑張るよ。コジがいるだけで幸せって本当によくわかったよ。

2014-01-04

お骨になって帰って来たよ

1月4日、12時に慈恵院で立ち合い火葬の予約をしていて11時45分頃に到着しました。
3日の午前中に預けて、ちょっと離ればなれだったけどコジに会える。
コジの人参、ブロッコリー、ころころを入れて、白い菊の花を家から持って。

火葬の前に会わせて欲しいとお願いしたのに、火葬場でしか会えないと受付で言われて夫が泣いてしまいました。

でも、仕方ない・・。
待合室で待っていて、5分程度でお坊さんに呼ばれました。
11時50分頃、お坊さんに連れられて火葬場に行きました。
コジの白い箱が置いてあって。最後のお別れ。とても短い時間。
でも死んだ直後よりもずっと綺麗なお顔して。安らかな。
片目はつぶっていて、片目は開いて。
あまりに綺麗で写真に撮りたかったけど、撮影禁止と言われて、あとはバタバタとコジの人参とブロッコリーを新しいものに交換させてもらって、お花を入れて。
コジが大好きだった青い枕と毛布は一緒に入れられないかなと思っていたのに、それも大丈夫と言われて、それも一緒に。コジ、よかったねって言いながら。
最後にひとなでして。
「もう大丈夫ですか」と言われて返事できず、またひとなでして。

箱を閉じるときに取り乱していっぱい泣いてしまった。
そして3つ並んだ焼き場の一番奥の火葬場にコジの入った白い箱が入って、扉が閉じた。
もうコジなでられない。本当に辛かった。
お坊さんがお経読んでくれている間にお焼香をした。
本当に短い時間。

あとは待合室でお待ちくださいと言われ、振り返りながら待合室まで歩く。
ガスで焼くからなのか、煙はのぼっていない。

待合室でお茶を飲みながら待っていて、30分くらいたって「終りましたのでお骨を拾ってあげてください」と係の人に呼ばれて、今度は自分たちだけで火葬場に戻ると係の人がいて、骨の説明をしてくれた。

あまりに細くて小さくて、あまりに骨が少なくてビックリ。こんなに小さい体でコジ、頑張ってたんだね。でも係の人が「ウサギさんはこれくらいですよ。大きなネザーランドドワーフだともう少しだけありますけど」と言って。後ろ足を夫と2人で拾って、あとは後ろ足から少しずつ白い壷に入れて、骨盤くらいまでは1人ずつ1つづつ箸で入れていって、途中の細かい骨は係の人が入れてくれて。歯や頭、のど仏。
最後に頭を正面にして入れて、蓋を閉じ、正面に名前を書いたシールを貼って、紙の位牌をもらって、抱えて出てきました。
あっけなかったな・・。小さかったな・・・。

そしてまた待合室で待つように言われたので待とうとしたらすぐにお坊さんに呼ばれて正面入口にある祭壇でお経をあげてもらい、お焼香を。
始まる前に、お坊さんに「私がお経読んだらお焼香してください。合掌したら一緒に合掌してください」と言われたので「はい」って言ったのに、すっかりぶっ飛んでしまい、夫が私をみているときに「何でみてるんだろ?」と思ってしまった。また合掌してるときに「あれ?このタイミングで合掌なんだ」と。言われたことを全部忘れてしまっていたみたい・・。
夫に続いてお焼香して合掌もしました。
でもこれも本当に短い時間。特に法話もなく。あっという間で。
後ろでお賽銭の箱にお賽銭が投げ入れられる音がひびいたりしてた。

全部終って、お坊さんにコジを返してもらって、「連れて帰られますか」と言われて「はい」と言ったら、白い風呂敷をお坊さんがくれて、それをでたところで包んで帰ってきました。

13時頃に全てが終ったのでやっぱりトータル1時間ちょっとでした。

もっと泣いてどうしようもないかとハンカチとティッシュもっていったのに出番なし。
コジの姿を見て、コジが焼き場に消えたときが一番泣いてしまったとき。
もうなでられないんだな・・と思って。
で、何度も「ごめん。コジ。ごめん。コジ。ありがとう、コジ」と言いました。

今は、家に連れて帰って来て、紙の位牌をどうしようかと夫と考えたりしています。
受付でどうしたらいいか聞いたら、うちにも簡易のやつはあるけど、皆さんいろいろですねとあまり商売っけない感じで言われたのでまずは自分たちで工夫してみようと。

これからは元気なコジの思い出と一緒にガンバってコジがいない寂しさを乗り越えようとしています。

2014-01-02

ありがとう、コジ

2013年12月31日、17時45頃。コジロウがこの世を去りました。
8歳と3ヶ月くらいでした。

前日まではまあまあ元気でした。やや水を飲む量が少ないかなという程度で。
でも、その日。私は友達と食事して帰った後、体調を崩してしまい、超混雑の休日診療へ。結局夕方から行って22時まで帰って来れなかったので、本当はもっとコジの様子をしっかりみてあげていればよかったのかもしれません。

31日の朝8時頃。寝ていたらコジのケージがガタ!と大きな音を立て、コジがキューと細い声でひっくりかえっていました。倒れないように支えていたのに、それを乗り越えておなかを出して激しく転がったのです。。
また癲癇発作?と思ったけど、その後の痙攣はなく、しかし変な呼吸をし出しました。今まで聞いたこともみたこともないような。

のどをそらすようにのばして口を大きくあけて呼吸しているのです・・。それを3回程度やって
また普通の呼吸、またしばらくしてその変な呼吸を3回ほどして、また普通の呼吸。
明らかにおかしい!

お休みとわかっていたけど、前日に夫が1人で病院いったときに、先生がずっといますからって言ってたというので、慌てて電話しました。留守電にメッセージ吹き込んだらすぐに折り返してくれて、でも息子の塾の送迎中だから9時には帰るその頃来て欲しいというものでした。

9時少し前にコジを連れて家を出ました。
コジはやはり時々変な呼吸をしていて、水も餌も何も一切口にしません。甘えて手をなめるかなと手をだしても舌が出て来ない・・。本当に悪いのだと思いました。
体重は830グラムくらい。それほど大きく減ってないけど、少ない。。
でも、まだいつものように復活するって信じて向かったのです。

先生は、すぐにコジの様子をみて「今回は覚悟してください」と言いながらすぐに酸素吸入器へ。そしてその後、気管を広げる注射をしました。その後は抱きかかえてレントゲン室へ。
帰って来て、呼吸器は異常がないこと、ただ上腹部が全く動きがないので危ないと言われました。その間もあの変な呼吸をして、普通の呼吸。でも呼吸がゆっくりで浅いような気がして。
本当に苦しそうなコジ。おなかを動かすために温めようと、お腹を温めながらマッサージしながら、そしていつもの鍼とレーザーでおなか動かすためにやると、下腹部は少し動きが復活。

レーザー音に反応したかな?レーザーするといつもおしっこしちゃっていたから、と先生。
でも全然上腹部は動かなくて。エンセの影響で脳とおなかを動かす神経がつながらなくなって、おなかを動かす命令が送れなくなったのかもと。

ここでおなかを動かす薬のませると、この呼吸では誤嚥するかも、と最初は薬をあげない方針だったのだけど、やはりあげてみようとしたのですが。。舌が出ないので無理と。
そうなのです・・舌が出ない。

先生はここで亡くなるか、お家で亡くなるかだと思うと・・。
でも私はまだ望みを捨てられない。
浣腸できないんですか?何とか方法はないんですか?と何度も聞くけど、全部ウサギだと難しいと・・。

お昼になり、先生に促されて、先生にコジを任せて矢野口ローソンでおにぎり買って帰ってみると、変わらずの様子のコジ。

点滴をしたいけど、血圧が下がりすぎていて、静脈がひらべったくて一番細い針も入れられないと・・。あと24時間以内だと思う、覚悟してくださいとまた言われる・・・。
そしてもしものときは、無理に人工呼吸などせず、そのまま逝かせてあげたほうがいいと。
でもコジは必死に頑張っている。呼吸は前よりも変な呼吸が多くなっていった。
時々、後ろ足をぐーんと伸ばしたりもしている。

私は途中で貧血おこしてトイレに座り込んだりもしつつ、そして先生は仮眠をとって抜けたりしながらも、夫も一緒にそばで必死になでて励まして祈った。
コジのお尻の毛を繕って綺麗にしてあげたり、耳のガビガビになった皮をそっと取り除いてあげながら。

時々コジの苦しい呼吸に「キュー」「キュー」とか細い声が混じり、本当に苦しそうで可哀想で。。。でも頑張れ、頑張れ、何とかして!!という気持ちだった。
無理はさせたくない、けれど・・・という気持ち。

そのうち、普通の呼吸がなくなり、あの苦しい口をあける呼吸だけになっていった。
先生は私の願いで全然血管が出ないコジの細い細い前足に集中力で奇跡的に点滴針を指してくれ、点滴も入れられたのだけど・・。先生は「神がおりた!」と言っていたけど。

そしてコジは直腸にはもう糞が残っていなかったのに先生が抜けたときに2回も糞を少しずつ出してくれた。でもおしっこはでないし、上腹部も動かず、それがコジの肺を圧迫し、呼吸を苦しめている。何とかして、何とか。。。
コジは強いし、生命力あるし、うちは今年はみんな奇蹟の復活したから、コジも!と祈った。

もう出来ることはないと先生に言われたけど。
時々体温はかるけど、点綴前で35.5度、点滴後でも36度ちょっと。普通よりも2度も低い。
点滴うってもこれでは・・とどんどん諦めの言葉が先生から出て来る・・。
でも、心音はまだしっかりしているとは言われる。
そして夕方先生は「夕飯の買い物に行きます」と出て行った。何かあったら呼んでくださいと。

そして・・突然コジの呼吸が変わって、何度も頭を激しく力強く起こそうとした!思わず、コジ!コジ!と頭を支えようとしたけど、口は歯ぎしりのようになり、本当に苦しそうに!
「先生呼んで、早く!」と夫に言われ、大声で先生を呼びにいって、先生がすぐに心臓に聴診器をあてたけど・・「心房細動ですね・・心臓が止まった後の・・・よく頑張りました・・」と。

嘘でしょ?嘘でしょ?こんなにあっけなく?こんなに苦しそうに?あんなに元気だったのに?

「天寿を全うしたと思います・・よく頑張りました・・病気もあったのに・・ここにきた2年前のことが昨日のことのように思い出されます。。お棺におさめますから、待合室でお待ちください」と。
待合室で夫と抱き合って号泣しながら、でもまだ「嘘だよね?そんなはずないよね?」と頭ではずっと考えていて。

でも綺麗にかわいらしくお棺におさめられたコジが出て来て・・・。
必死にお礼を言って、出てきました。

コジは来るときは生きていたのに。。。帰りは。。。でもいつものように「ここ、がたんってするよ」「コジ、もうすぐおうちだよ」「コジ、着いたよ!」「コジ、階段だよ、もうお部屋だよ」って声かけて、、、

今も信じられないまま、あの日の記憶を忘れないように必死に書いています。
ところどころ順序違ったり抜け落ちているところもあると思うけれど・・。

コジはまだしばらく温かくて・・先生が目を閉じさせてくれたのに、薄目開けてしまっていて。
毛並みも綺麗で、話しかけてもまた起きて来るみたい。寝てるだけだよね、そうだよねと。
コジの思い出の写真をみながら、思い出を話すと涙が止まらず・・。

寿命だったのだと思っても・・これ以上コジが苦しまなかったからよかったのだと思っても・・エゴだとわかっていても、もう少しそばにいてほしかったし、こんなに急にいなくなるなら、もっとこんなこともあんなこともしてあげたかったという気持ちばかり。
どれほど癒してもらい、どれほど一緒にいて楽しかったか。
写真のコジもどれも楽しそう。コジも楽しかったかな?最後苦しかったね。でも。。。病気になって2年も闘病していてストレスだらけだっただろうに、2年も頑張って何度も復活してくれて、最後まで自分の歯でバリバリと草も食べ、水もごくごく飲んで、手をなめてくれた。
レントゲンとったらね、歯が8歳と思えないほど全部しっかり伸びていて、伸びすぎたりしてなかったんだって。草を一杯食べてくれて偏食しなかったからだね。
本当にありがとう。
今、コジの棺を前にこれを書いているけど、コジがいない生活、耐えられるか自信ないけど、本当にありがとうしかないよ、コジ。

明日(1月3日)慈恵院に遺体をおさめ、4日に火葬してもらう。
1日、パルコの花屋で綺麗な白い菊をかって飾ったら、コジにピッタリでまた泣けてきた。
もう大丈夫って思っても、何度も涙が出るけど・・ガンバるよ、コジ。ありがとう。
いつもコジに話しかけるから。体がそこにいなくても、話しかけるから。
今まで以上に一緒だよ、コジ。どこにいっても、何をしていても。