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安全いるかの旅 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-06-22

虚しさを感じても手放せない理由がこの胸にある

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今日も今日とて飲酒しながらこれを書いてる。気分的にがぶがぶとって風ではないけどこりゃまた明日、会社から1本持って帰ってこないといけないな。

高校2、3年の担任だった先生は、制服を着て学校へ通っていた頃を思い返してもかなり肌が合うというか尊敬出来るなーって思える人だった。どちらかといえば若い方の先生だったし、同性だったし、厳しい所と適当なところのバランスもあったしであの学校にいながらそれなりに生きやすいクラスにしてくれたのには今になって感謝を覚えてる。それを当たり前だと思ってた事、やっぱり彼も人であって完璧でない事、そんな小さな事に対して結局その感謝に自分で気が付けなかったりそんな気持ちを態度に表そうとしてこなかった事を人づてに聞いて後悔してみたり。そんな後悔が靄になってきっと今も自分の心を覆っている。靄は先生との事だけじゃなく、今まで会ってきて今も交流している人とそうでない人との事、それを振り返る度に一枚一枚と気付かないうちに濃くなっているようで、人と関係し合いながら生きるっていうのは(望む/望まないに関わらず)そういう事をちゃんと受け止めて抱えて行くだけの覚悟を持つ事なのかなあって事を思う。
「僕が君らぐらいの時には自分の本当に思っている事とか、夢や好きな人の事とか何でも素直に友達に話す事ができたのに、この歳になるとお酒を飲んである程度自分を失ったそんな時でしか本当の事が言えないんだ」って事を先生はボヤいていた。アルコールや煙草や、幾らでもそんな要素に染まる事の容易い環境にいた自分は単純にそれらにあんまり興味がなくて、勿論その話にも「そういうもんなのか」としか思えなくて、でも先生の言っていた私的な事の中で印象に残っているのはそれだった。高校生にとって大人の本音とか弱さとか、そういう言葉に現実に触れる事ってその時は確かにないよなって今は思うし、やっぱりそれを言わせる何かが、いろいろあったあのクラスの空気だとか、そんなものを一瞬緩ませる何かがあったのかもしれないな。
最近のように飲酒する機会が増えて、1人になってふと昔の事を考えたりする中で上に書いたような事を思い出す。気が付けばいつの間にか先生の言っていた事も実感を持って理解できるようになってしまったし、でも高校卒業も近づいた時に境遇の近い友達と一緒に星空を見ながら夜道を歩いたあの頃の事も僕は同じように思い出す。自分も、人も変わり続けて思い出だけが増えていって、振り返ればあの頃の先生にまた近づいたのかなあって思いながら、自分は25歳になりました。

ここしばらくは行きたいと思うライブに割とフットワーク軽く行けてる気がしたり、買う前に想像していた以上に(最近の日記に書いてる通りです)自転車は面白くて仕方ないし、まあJリーグは今中断中だけど再開したらまた見に行くだろうし、それだけで十分なんじゃないかって事も本気で思ってた。
そんな自分の満たされた状況や、お互いの悪い部分ばっかり見えてしまう自分の悪い癖だとかいろんな思いを抱えて今日は自分のバンドのスタジオ。完璧な形でない事はやっぱり辛いけど、それでも一つ靄を拭う事は出来たのかなって自分では思ってる。自分にとってこのバンドって今更言うまでもなく、代わりの効かない特別なものでそれは在る事が大切なんだって事じゃなくて、無かったこの数ヶ月が自分の大切な部分の欠落以外何でもなくて、でも簡単にはそれを認めたくないしただ強がりたかっただけなんだなって思う。
またしばらくこのバンドと一緒に生きる中で続けていける事、分かろうと歩み寄る時間を貰えた事、切れた気持ちを必死で繋ぎ留めてくれたメンバーに感謝して、それをこれから返して行けたらと思う。