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aoilab  明治大学 建築史・建築論研究室(青井研究室)blog

 

2018-10-06

M2 修士論文 中間発表

M2中間発表
本日10月6日にM2の先輩方の修士論文中間発表会が行われました。
始めて他研究室のM2の先輩方の研究を聞きましたが、皆さんレベルが高く、研究に熱心に取り組んでいらっしゃる様子が浮かび上がるような、熱量があふれるような発表であると感じました。
以下はその様子と発表内容です。

河野沙輝「横浜市における接収地が都市に与えた影響に関する研究」
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[発表内容]
横浜市における接収解除跡地における転用の把握を行うことで、接収という他都市では見られないファクターが横浜の復興・発展においてどのような影響を与えたのかについて考察する。
[質問]
Q,接収というファクターが都市の何に影響を与えたことを研究しているのか、どこに主眼を置いているのか、問題意識はどこにあるのか。
Q,時代変遷において接収はどのような影響を与えたのか。また、他の都市と比較して「横浜市」に対する接収解除がどのような影響を与えたのか、という研究としての位置づけをはっきりと。
Q,3章周り、資料整理の流れだけではなく、ヴィジュアライズするとよい。読者に対する工夫を。

今進太郎「旧東京府郡部のグリッドから見る都市変容に関する研究」
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[発表内容]
東京府郡部における都市の成立過程に発生したグリッド状の市街地に着目し、その前後における土地利用などを研究する。
[質問]
Q,開発された順番に着目すると、戦後の土地は住民の定住性が長い。それによる都市の循環、その土地の特性、住民性などに着目してみては。ただの歴史研究とは違う点が良い
Q,都市の循環において、グリッドが失われたケースなどはないのか。
Q,現在の土地利用に関しては見ないのか。また、耕地整理など、制度の違いというファクターも検討しないのか。

杉本まり絵「近世近代家宿考」
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[発表内容]
近世においては、都市と村落の関係は均衡・安定していたが、明治以降、都市部への人口流入によって「家」「宿」の形態を変化させてきた。明治大正期に生まれた下宿は「家」「宿」どちらの特徴も持ち合わせている。よって、下宿に焦点を当てて、法規による用途区分だけではない「家」「宿」の認識を再解釈することを目的とする。
[質問]
Q,論文構成において、副題と内容のずれがあるのではないか。
Q,建築以外の学問における既往研究はどうなのか。たとえば家族社会学とかは既往研究として参考としているのか。
Q,家族形態と社会学との関係性にも目を向けるべき。ex.「西川裕子」
Q,杉本さんがどこにフォーカスを当てているのか。自分の立場を明確に。

寺内達也「近代建築運動におけるドイツの工作概念」
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[発表内容]
産業、経済、政治と建築運動が結びついているドイツにおける近代建築運動を[Werk]という「工作」という言葉に注目して研究する。
[質問]
Q,既存の研究に対する理解は十分、自分としてどのような結果が生まれてくると思うか

保川あづみ「佐多稲子の文学作品から読む生活空間」
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[発表内容]
客観的に語られることの多い都市は、実際の人々にどのような影響を与えているのか。人々の深層意識に影響された都市の描写は、その時代の生活や風俗といった様々な要素が複雑に絡み合った、人々の心象風景である。
本研究では、一人の女性作家、佐多稲子に着目して、彼女の主観的な視点から、一つの都市像を描き出す。
[質疑応答]
Qこの五冊から読み取れるのか
Qこの3章からどのようなまとめが生まれてくるのか。
Q建築学的な重要なファクターと生活空間的に重要なファクター、その相違をきちんと理解した上で、佐多稲子の主観的な評価を観察すべき
Qなぜ佐多稲子
Q何をもって庶民なのか


B4原竹

2018-04-14

門脇研の彼と山本研(元田村研)の彼


どうも、先日更新したのにまた来た寺内です。
昨日、門脇研の今井くんと元田村研で現山本研の栗原くんと飲みに行ったとき、ちょっと青井研の話になったので、そのことを書こうかと。
青井研のブログにあげていいのかわからないけど、ゼミやってて疲れたので息抜きがてら。


まず今井くんが、トウキョウ建築コレクション2018 全国修士論文展 公開講評会 での青井先生の発言がかなり衝撃だったようで。
その発言とは「論文は作品であり、デザインされるべきものである」というところ。
修士論文を書く上で、正直しんどいと思っていたけど、見方が変わり、ちゃんとやり切ろうと思ったそうです。


内容は以下です。さっきの発言は5:00:58らへんです。
https://www.youtube.com/watch?v=iGumwvF7c2c


あとは、
例えば、都市はトップダウン的に作られたものでもないが、逆にボトムアップ的でもない。
常に両者は共存しているが、その中で我々筆者がどう切りとるか、それを論文としてどうデザインするか、さらには他者(特に専門外の人)にどう共有するか…
みたいなことも青井先生が発言していて、そこから色々考えられるようになって、今修論をやってて楽しいとか。

そう考えると
2018年度のサブゼミは「表象」がどの本にも共通してあったりすることが、どういう世界を描くか(ある断面を切りとって論文としてデザインするか、など)ってこととなんかリンクしているのかなとか勝手に思ったりしました。


でも、今井くんは門脇研なので、青井先生が考えていることを常に敏感に感じ取れる立場にいないから、もどかしさもありつつ、
修論の発表の時には、「青井先生に自分の修論に対して突っ込んでほしい」みたいなことも言ってたり。
研究室が異なるけど、青井先生が考えていることがこうなんじゃないか、というのを話したのは、とても新鮮で面白かったですね。


栗原くんもいたので、山本研って共同体として意識が強いだとか、そのよさとか、各研究室について議論したりしました。
普通に建築の話もしました。太田市美術館・図書館 ART MUSEUM & LIBRARY, OTAのこととか。
さまざまな議論ができる間柄っていいですね。


さて、修論やります。

2018-03-30

謝恩会'17

こんばんは。修了したはずなのに、ここ数日相も変わらず研究室に通っている中井です。
「最後のブログですよ!」と、次期M2のあづみさんに半強制的な機会をいただき、今年の謝恩会について簡単に書いてみます。あんまり長くてもあれなのであっさりと、後輩たちには背中で語りたい限りです。

今年はM2が7名、B4が7名卒業し、計14名のうちなんと12名が青井研を去ります。
そんな卒業生へ向けて、謝恩会では毎年恒例のM1作成ムービーがお披露目されました。
昨年我々の代はこの動画を、あーでもないこーでもないと結構なエネルギーをかけて作成し、今年はあのクオリティ越えられないだろ〜なんて冗談めいて同期で話していましたが、次期M2、さらっと越えてきました。
ここで詳しくその動画をご紹介できないのが残念ですが、
「モーションキャプチャー」という今流行りの(らしい)表現技術で、macPCの画面動作を録画(?)し、我々が日常的に使用しているソフトやSNSなど活用して卒業生14名へのメッセージや特徴を紹介してくれました。
それがなんともユーモアと皮肉と愛情たっぷりの、15分にもわたる秀逸な作品でした。うん、あれはもう“作品”の領域です。

そもそもこの次期のM1は、就活に自分のゼミに大会論文の執筆などなど色々タスクがあるのに、なんという完成度かと一同びっくりしつつ、当の本人たちは「意外と数日でできたんすよ〜」と言いのけ、M2おじさんおばさんはさらに驚愕するのみ。どんどんハードルがあがって毎年のM1は過酷です。笑
4月からは多少人数が減るけれど、こんなにパワフルなM2を中心に青井研はさらに盛り上がっていくだろうと確信した夜でした。

また青井先生への感謝をこめて、B4からは意味深な「パンツ」と色紙を、そしてM2からは「DIVING」(ダイビング)という題のM2作成冊子をお渡ししました。
この冊子には、M2計7人による座談会「特集 第9期の研究室観:イマダカラ イエル ハナシ」や、修論中のM2の生態・台湾調査の裏話・個人的嗜好作品などなどの特集に加え、その他格言シリーズや青井研的広告など、なんとまあてんこ盛りに収録されています。当初これがまさか研究室に贈呈されるとは考えておらず(完成した結果あまりにも良いので後輩にも読んで欲しくなったM2勢)、みんな結構言いたい放題ぶちまけていますが、それもまた一興ということでM2にとっては良い思い出となりました。
そしてこの「DIVING」というタイトルには、以下のような意味合いがあります。(以下、「DIVING」より引用)

「対象にダイブすること、そして一気に引いてみること、それを繰り返す」
2018年トウキョウ建築コレクション修士論文展公開審査会にて青井哲人が述べた言葉である。
しかし、思えばこれは以前より先生が私たちに示唆してきたことの根幹をなすことではないか。
“ダイブ”にはきっと、ただ飛び込むだけではなく客観性を隅に置き、その身を挺して対象世界に没入する、といったニュアンスが含まれている。
私たちは卒業設計・論文にはじまり、台湾調査、福島アトラス、tOR、そして修士研究と様々な世界にダイブし、各々ある一つの歴史を描こうとしてきたはずである。
それらの活動を踏まえ、本誌は2018年3月の博士前期課程修了に際し、私たち青井研究室第9期生7名の多様を極める思考の海にダイブするべく、“大真面目にふざけながら”制作したM2最後の表現物である。


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さて、この4月からそれぞれが色々な思いを抱えこの研究室から外へ出て行きますが、新たな経験をした皆とまた集まって熱い建築談義に花を咲かせることを夢見つつ、最後にこの言葉を送ります。
後輩のみなさん、良い悔いの残る1年にしてください。

この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がせておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ

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2017-10-07

M2修士論文発表

10月6日(金)にM2の中間発表が行われました。以下発表です。


芦谷龍征
『成城に見る郊外住宅地形成と変容ー小原國芳の都市開発思想と街への関わりー』
明治時代により首都圏近郊の鉄道網は拡大と発展を遂げてきた。その中で成城の研究は多くあるが、開発経緯を明らかにするものだけであり、細部にまで至っていない。本研究では、成城のように個人が開発に着手した例と鉄道会社が主体となって行う開発の違いを見ていく。
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(質問)
・学園都市がビジネスとしてすごく考えられていた。どこが既往研究との違いがあるのか。資料の掘り起こしをしっかりやるべき。
→既往研究との違いは、電鉄会社にたいしての利益を見ているということ。



池田薫
『砂利産業からみる多摩川流域の空間構造の変容』
多摩川流域の砂利の生産量は関東大震災前後で全国の40パーセントを占めている。大都市東京の再生を担っていたが、産業と空間の関係性については述べられていない。本研究では、上流、中流、下流の採掘・発送地としての重要な地点に着目し、砂利産業が空間に与えた影響を見ていく。
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(質問)
・工場まで追えるだけでも面白い。砂利の使い道についてはどうなのか。
→年代によって使い方は違う。建物のコンクリートに使われる。多摩川の砂利は骨材に適した砂利。

・どういう空間構造なのか。
→具体的に場所を見て、その場所で採取が行われて、発送するのかをこれから見ていく予定。

・砂利産業の関連施設は今後どのように変容していったのか。
→鉄道会社が作った鉄道は残りにくく、旅客と同時に行うために作られた鉄道は今でも残っていることが多い。



富山大樹
『1920-1930年代の神社の社殿建築・境内環境の変容に関する研究ー大江新太郎が手がけた多賀神社を中心に捉えてー』
明治神宮創建以降、1930年代初期にかけ、明治神宮創建に後続する神社改修プロジェクトを多数手がけた大江新太郎がいる。本研究では大江が手がけた社殿建築・境内建築の変容について、制度や体制、大江の思想を捉え、多賀神社を中心に捉えていく。
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(質問)
・どのように空間を捉えていくのか。
→俗と聖の空間を捉え、植栽に関しても、俗と聖の部分での植えて良い種類が違ったように空間を構成していく要素も見ていく。




中井希衣子
『稲荷信仰と都市民衆生活空間ー台東区東部地区(浅草周辺)を対象にー』
稲荷信仰は宗教組織としての主体が存在しないアノニマスな民間信仰である。個々の民衆生活に密着しているため、信仰理念が気薄である。本研究では台東区東部地区に着目し、生活空間に棲みついた稲荷信仰とその祭祀共同体組織を前近代から現代まで通史的に捉えていく。
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(質問)
・領域と組織は複数のレイヤーが重なっていくということが、ダイナミックに変わっていく変容はどのように捉えているのか
→古文書で当時の領域を捉えていく。

・稲荷信仰と都市共同体とはどのように捉えていくのか。稲荷信仰とはどういうことなのか。
・第6章について。実証的に行うのなら、今の稲荷神社の所有を登記簿で調べた方が良い。



中村彩
『港湾都市からみる東京埠頭論ー品川埠頭を多少としてー』
都市史分野において港安機能に着目した研究は遅れている。埠頭は陸からの物資、海からの物資を受け入れている空間である。大井埠頭は渡辺大志により先行研究があるものの、品川埠頭は外貿の受け入れ先となっていることは見ていく必要があると考える。
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(質問)
・大きいフレームでどのように変化したのか。コンテナではないときはどのように対処をされていたのか、この部分はコンテナが使われていた時から入ってきたのかを捉えるべき。

・大型船の運航はここでは難しいのではないか。これからこの場所はどのようになっていくのかを考えていくことが必要なのでは。




西恭平
『ドイツ国会議事堂及び議事堂前広場からみる近代建築・政治思想』
1990年ベルリンの壁崩壊後東西統一されたドイツでは、近世に建てられた国会議事堂が「国民に開かれた新たなドイツ政治」を主題にノーマン・フォスターにより改修された。本研究では、近代ドイツにおいて国会議事堂と議事堂広場がどのように扱われてきたかを、議会に対する構想における政治思想、計画者個人のバックグラウンドや他作品から捉えていく。
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(質問)
・表現主義とは?定義をしっかりするべき。

・2、3、4章の得られた成果はどのように絡めていくのか。
→2章は国会議事堂についての構想の思想だけ、4章は個人の生い立ち、思想を捉えていく。そこに統一が見られるのか、矛盾が見られるのかを見ていく。




古谷優実
『街区型集合住宅の面的開発に託された計画理念とその変遷ー内藤亮一を中心とするテクノクラートと横浜防火帯建築群に隠された計画理念に着目してー』

戦後復興で重要となった防火建築帯の達成は多くの研究がされているが、実利的にしか語られていない。本研究ではテクノクラートに焦点を当て、彼らが防火という実利の裏で実現したかった、街区型を面的に造成することへの計画理念を、事業スキーム、テクノクラートの施策・思想、戦後復興計画の雛形の分析、戦前までにテクノクラート間で共有されていた中庭ないし街区空地の意義を見ていくことですくい取りたい。
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(質問)
・1920年代の街区型集合住宅の資料と、横浜の街区型の関係性は。
→横浜で街区型を取り入れるために研究されていて、1920年代の街区型集合住宅から取り入れたのではないかと推測している。

・既往研究で藤岡先生が発表しているものとの相対関係は。
→藤岡先生との後日のインタビューのときにお話しして、自分の研究の位置付けをしていこうと考えている。




以上7名が発表を終えました。専門性が高いせいか、質問があまりこないものもありました(笑)如何に自分の研究を
何も過程を知らない相手に伝えるか、それは難しいことではありますが、今後重要になってくることだと思います。
12月にはM1の中間発表もあるので、自分の研究の面白さを伝えられたらなと思います。
(そのレベルに達せられるようにテーマを明確にすることから始めます、、、)

M1 保川

2017-04-01

M2修士論文発表

久々の更新となってしまいました、、、
空いてしまった間にB4の卒業設計・論文提出、ジョージさんの博士課程の論文提出、M2の修士論文提出、そして卒業式などなど、
大イベントが沢山ありました。その中でも今回は、2月17日(金)に行われたM2の修士論文の発表について書きたいと思います。



小見山滉平
『大宮駅東口(旧中山道大宮宿)における都市組織の変容ー短冊地割の改変、土地の細分化、大規模店舗の進出ー』
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一般的な宿場町の近代における変容パターンは短冊状の地割形態は残り続ける。しかし大宮宿の近代の変容というのはかなり異なっている。
その特異というものを、都市構造の変化、短冊状の地割細分化のパターン、大規模店舗の進出方法などによって分析していく。

・田村先生
 地割の細分化されるところと統合されるところの違いの要因をどう考えるのか。

・山本先生
 建築の規模、道路の幅員、法律が関係しているが、市街地復興にはどのように関係がしているのか。道路の幅員とはどういうものなのか。
 法律ではどのように扱われているのか。西武の従前と向後でどのように規模が違うのか。




祐川牧子
『リージョナリズムの表現と議論 ー1970~90年代の公共建築の設計競技を通してー』
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今日の建築界では地域性の建築化が探求されているが、理論と実践のギャップが見られる。
そこで近代日本のコンペ1970-90年代に着目し地域性の建築化がどのように要求され、それに対して応募者はどのように応え、
審査員は何を議論されてきたのかを分析し、時代的に特徴を明らかにしていく。

・大河内先生
 最近の公共施設のコンペでの地場産材のを要項に入れてしまう。このようなところをどのように受け入れているのか。
 必ずローカルアーキテクトと組まなければならない。それはどのような利点になっている のか。名護以降の地域性の建築の分析が弱い。

・田中先生
 名護市庁舎の分析の段階を詳しく地権がどのように動いているのか。




関根薫
『RCラーメン構造の表現上の扱いに見る村野藤吾の多元的設計手法』
 ★トウキョウ建築コレクション 川添善行賞
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ある単一の理論で建物全体を作り上げるモダニスト達を「一元的設計手法」と定義すると、様々な建築の要求を同一に扱い共存させる村野藤吾を「多元的設計手法」と定義できる。村野は他のモダニストたちと異なっていたと考えられる。それらを明らかにするために、建築を統合する村野の「判断」を観察していき、建築全体を貫く論理である構造のRCラーメンフレームに着目することとする。


・大河内先生  
 第6章に判断の基準となっている思想や倫理はどのようになっているのかを書くべき。

・門脇先生 
 大きな思想でしか語られていなく、建築を統合するためにエレメントを選ぶ村野の細かい判断は?
 村野の価値観をどのように考えているのか。

・小林先生
 村野は日生位劇場のビスについてはどのように考えているのか




門間翔太
『関東大震災以後の復旧復興における〈初期過程〉のマネジメント−応急仮設住宅と基盤整備の関係に着目してー』
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災害時の復旧復興におけるマネジメントは歴史的に見ると、バッラク令段階、建築基準法 と災害救助法の制定、災害救助法の運用拡張の3フェーズに分けて考えられる。これらを 分析していくことで、各フェーズでどのように移行してきたのかを示すことができる。

・田村先生
  基盤整備事業がすべての被災地で行われていなかった。一部だけが区画整理を行われてい た。行われていたところと行われなかったところをどのよ
 うに扱ったのか。

・山本先生
 地震に伴う退化、自然災害による退化だけでなく、雲仙・普賢岳のように広げて研究をし
 ようと思ったのか。災害における枠組みをどのように決めたのか。




弓削多広貴
『1960年代後半から70年代における建築思想としてのデザイン・サーヴェイ ー「戦 後」の言説と取り組みの系譜に着目して』
 ★トウキョウ建築コレクション発表
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デザインサーヴェイとは1960年代後半から70年代にかけて取り組まれた都市の調査である。これらの運動は近代再評価されているが、
それらに含まれる独特の戦後思想が視野から省かれていると考える。戦後史を踏まえた上で社会的背景を整理し、1960-1970にかけて行われたデザインサーヴェイにおける思想的制約を考察し、特徴・差異を分析していくことを目的とする。


・門脇先生
 研究の枠組みとして、見取り図があって各デザインサーヴェイが位置付けられている。第 3章と4章がエッセイ的なところが気になる。分析方法はどう
 なっているのか。

・大河内先生 
 デザイン・ザーヴェイが沈静化していってしまうのは何故か。衰退していく中で吉阪らが進めていったのは、どのような方向性で行ったのか。

・園田先生
 海外からの社会学や、戦前の文化人類学などの、大きな文化のでの枠組みでのデザイン・
 サーヴェイは何故見なかったのか。



M2、5人が無事に修士論文を提出することができました。

私は一年間のゼミを通して先輩方の修論を聞いてきたわけですが、 最初の何ヶ月間は何の研究をしているのか理解が中々出来ず、
聞きなれない言葉を整理するだけで精一杯でした。やっと理解してきて面白くなってきたときにはもう提出前、、自分の理解力の無さを恨みました。

自分は何に興味があるのか、何を目指しているのか、そのための方法は何のか。字にしてしまえば当たり前に見えてしまうけれど、これらをきちんと整理して人に伝えるということは、とても難しいことだと私も卒業設計を通じて学びました。 それをM2の先輩方はきちんと分かりやすく述べていてさすがだなと 発表している姿を見て改めて思いました。



M2の先輩を見送れるのは嬉しいことですが、やはり寂しい気持ちの方が大きいです。
こみさんの徹夜明けのおばさん具合だったり、門間さんの強烈な目力だったり、すけさんの可愛い一人遊び、かおるさんの面倒見の良さ、
弓削さんの苦笑いもできないほどの面白くないネタ、、、色んなところで、M2の存在はとっても大きかったです。
研究室の雰囲気もガラッと変わり、何か物足りない気がします。



4月に入り、みなさんの周りにも変化の一つや二つはあると思います。
今まで当たり前に目にしていた人がいなくなったり、責任を持つ仕事が出来たり、新たな出会いだったり、、
私は春の暖かいようで孤独なこの空気について行くことが苦手です。
だけど、M2のみなさんやジョージさん、そしてIAUDに行ってしまう同期のしょーたろとなおとが
新しい環境に身を置くことを考えると、慣れ親しんだ場所にとどまる私はなおさら頑張らないとなあ、と思います。


なんだか話が逸れてしまいましたが、M2の皆さん本当にお疲れ様でした。
そして社会に出て輝いてください!




B4保川