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大宮公園小動物園にいたイエガラスが死んでしまったとのこと。とても人懐こくて、深い青みがかった黒い姿が見られなくなるのはとても残念。
http://www.parks.or.jp/omiyazoo/animal-nisshi/iegarasu/animal-nisshi-iegarasu.html
下記2冊については、d:id:aoi-sora:20110507 で書いた。
平野啓一郎の『決壊』は、ドストエフスキーの作品が強く意識されていて、人間存在についての洞察が作中で展開されている。
「ゲド戦記」は児童文学とされているが、こんなに難しい作品を読んで楽しめる子供がいたら凄いと思う。分かりやすくはないけど、普遍的な問題が深く掘り下げられていて、物事を根本的に考えることの重要さを思い出させてくれる。
その他に、以下の小説が面白く読めた。
歴史学の方法論について書かれている。実践、理論の両面ともに参考になった。もっと早くに読みたかった。
福祉国家や所得再配分政策に対する賛否はどのような要因によって決定されるかを、統計的手法によって分析した教育社会学の本。今月になって本書と元になった博士論文の盗用が発覚して、学位が取り消されたが、研究テーマ自体はとても興味深い。
17年前に書かれた本だが、ハイパーテキストについて書かれている箇所は現状では置き去りになっている感があって、実現が期待される。
数年来気になっていた問題について書かれた本がやっと出た。都市化、高度成長によって大規模に整備されたインフラが老朽化していくなか、その維持・更新に要する費用がどの程度必要になるのか、そして、その費用をどうやって捻出していくかを推計している。さらに、これからのインフラ整備の考え方について提言をしている。
ひさしぶりに国会図書館に行ってきた。見ようと思っていた資料のほとんどがデジタル化されていた。でも、デジタル化資料の閲覧・複写は、現状でははっきりいって実用的でないと感じた。その理由について、メモしておく。
デジタル化は推進すべきと思うが、表示装置や印刷装置については本当に実用に耐えるものにするまでには、まだ課題が残っていると感じた。このような状況で、デジタル化済み資料の原資料が利用停止になるのはとても困るので、再考してもらいたいと思った。
ネット通販(主にツクモ)でパーツを取り寄せて、パソコンを自作することにした。予算は3万円余。だいぶ枯れたLGA775のマザーボードに、廉価版のCPUを載せて組んだ。OSは64ビット版のGentoo Linuxをインストールした。メモリは多めに8GB積んだ。
作業は、CPUにリテールクーラーを取り付ける作業が難しくて、これだけで3時間ぐらい浪費した。非常に硬くて、クーラーとかマザーボードが壊れるんじゃないかと冷や冷やした。手も痛くなった。あと、ケースのリセットボタンにつながるケーブルの極性をまちがえていて、電源を入れてもすぐに落ちてしまったのだが、原因を見つけるのに少し手間どった。
Gentooのインストールは難しかった。まだ、設定が終わらないし、どれくらいで終えられるか見通しがつかない。最初にインストールしたときにことを忘れていた。あの時は動かすまでに1週間ぐらいかかったような気がする。
実際に動かしてみたら、想像していたよりもかなり高性能で驚いた。安めのパーツばかりを使ったので、あまり期待していなかったので、ちょっとうれしくなった。
先日、福島へ行ってきた。ガタゴトガタゴト揺られて、ゆっくり流れていく車窓の風景を見ながら、山を越えて川を越えてトンネルを抜けて、行ってきた。
途中、地震の揺れで瓦屋根の落ちている家がたくさんある地域があった。特に、那須と郡山の周辺で多く見られた。大地震から五ヶ月が経つが、まだ修理できないところが多いようだった。
この季節は、田んぼの稲も育って、青々とした広い景色がいたるところで見られた。山に囲まれた谷あいに広がる水田の景色は、島に囲まれた小さな湾の海面に似ていて、とても美しかった。
福島では、家の畑で採れた野菜で作った料理をたくさん出してくれて、いつもよりたくさん食べた。いつきても、畑から撮ってきたばかりの野菜は格段においしい。子供のころは、あまり好きではない野菜でも、こちらに来て食べるとおいしくて食べられるということが何度もあった。
その辺を歩いてみると、桃やりんごがたくさんおいしそうに実っている。早朝散歩をしていると、五時頃から桃を収穫しているところにあちこちで出会った。
畑の様子も、近くを流れる川も、遠くに見える山も、子供のときに見た姿とほとんど変わっていない。ただ、道路や橋がきれいになったり、近くにコンビニとか店がけっこうできたりしているようだ。
こっちの人と話すときに出るのは、やはり放射線のことだ。ガイガーカウンターを買ったとか、畑で採れた野菜を不安に思いつつも食べているとか、農産物の売れ行きが不安だとか、とても深刻な状況だ。
新聞を開けば、県内の放射性物質・放射線に関する情報で現在も非常に多くの紙面を占められている。原発関連の情報量は、きわめて多い。全国紙の紙面とは全くの別物となっている。すでに日常に回帰した東京近辺の感覚とは、隔絶してしまっていると感じた。
はたしてこれだけ落差のあるところで、問題意識の共有とか共感ということが成り立ち得るのだろうか。福島で流通している情報はもっと広く発信されて、社会の耳目を集めるべきではないか。見えないものに対する不安をもっと自分の身と心で体験してみるべきではないか。などと強く思った。
最近はどこに行っても節電のために冷房の設定温度が下げられていて、気軽に涼める場所が少なくなってしまった。図書館に行ったら全然涼しくないので、大学に通っていた頃に冷房がほとんど効かない古い校舎の教室で、湿気で少しべとついた机の上で板書をノートに書き写していたときの記憶がふと蘇ってきた。
ひさしぶりにジュンク堂に行って書棚を巡る。ウィナーのサイバネティクス理論の本が岩波文庫になってた。前に読もうとしたことがあるけど、とても難しくて挫折した。政治学者の猪口隆氏の自伝が出版されていた。面白そうなので、そのうち読みたい。
大宮公園のボート池がすごいことになっている。近年水質の悪化が著しいため、今年の春先から水を抜いてかいぼりしているのだが、なかなか池の底が乾かないらしく予定の期間を越えて現在も水が入っていない。その池に草が大量に茂っていて一面が緑色になっていて、なかなか面白い風景になった。